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第四話 月に叢雲、花に風(訳が分からん)

 山之上高校生になってから二回目の春(四月)を迎えた。始業式も終わり、心機一転、新しいクラスで学業に励むことになる。


 俺が所属したクラスは二年A組。所謂「トップクラス」。級友の面子は、一年のときとは全く違っている。

 クラス内の人間関係を構築し直す必要が有った。それなりに面倒だ。しかし、この事実を知った瞬間、俺は「ほっ」と胸を撫で下ろしていた。何故ならば、A組には「俺のトラウマ」と言える存在がいなかったからだ。


 俺のトラウマ、ズゥちゃんを含めた学年カースト最上位の陽キャギャルグループ。


 ズゥちゃんを含めて、俺を笑ったギャル達は別のクラスに所属していた。何処なのかは、敢えて調べなかった。

 今の俺にとって、全て過去の話。そういうことにしたい。


 これからは、誰に気兼ねなく、好きに過ごせる。


 俺は一年時以上にマイペースに、気楽に学校生活を楽しむことにした。それができる状況だった。ところが、俺の期待は裏切られた。


 或る日の登校時、家を出た瞬間ズゥちゃんとバッタリ会った。その事実は、俺にとっては意外なものであった。


 俺の登校時間は早い。「イケメンになる」と決意して以降、健康の為、早寝早起きを信条にしている。尤も、本当の理由は別に有る。


 ズゥちゃんとは、余り顔を合わせたくない。


 ズゥちゃんが家を出る頃には、俺は既に学校にいた。お陰で、鉢合わせたことは一度も無かった。二年生になった今も、俺は早めの登校を心掛けている。

 俺の登校時間は、ズゥちゃんと重ならない。そのはずだった。ところが、今日はズゥちゃんと鉢合わせてしまった。


 ズゥちゃんは、俺の家の門の前にいた。その姿が目に入った瞬間、俺の口から「げっ」という声が漏れ掛けた。流石に失礼なので、寸前で堪えた。しかし、俺の眉根は盛大に歪んでいる。


 何故、ズゥちゃんがいる?


 俺は首を傾げながら門を潜った。俺としては、挨拶をして、そのまま通り過ぎるつもりだった。

 ところが、俺の敵前逃亡はズゥちゃんに阻まれた。


 俺が門を潜ったところで、ズゥちゃんが俺の傍に近付いてきた。その際、彼女は満面の笑みを浮かべていた。

 一体、その表情の意味は何なのか? 不思議に思ってみていると、ズゥちゃんの吊り上がった口が開いて、そこから朗らかの声が上がった。


「一緒に行こっ」


 ズゥちゃんは、俺と一緒に登校するつもりのようだ。その言葉の意味は、瞬時に理解できた。しかし、俺の首は一層斜めに傾いでいる。


 今まで、ズゥちゃんは所属するグループとの付き合いを優先していた。彼女の方も、俺と関わろうとはしなかった。学校だけでなく、プライベートでも同様だ。

 互いに避けていた為、顔を合わせても素通り。言葉を交わすことも無かった。

 ところが、今日に限ってズゥちゃんの方から話し掛けられた。何故なのか? 俺は首を捻りながら、ズゥちゃんの言動の意味を考えた。その際、併せて過去の記憶を検索している


 ズゥちゃんと一緒の登校なんて、中学校の時以来か?


 互いに疎遠になって久しい。二度と一緒に並んで歩くこともない。そう思っていた。だからこそ、俺の首は傾ぐ。頭上に「?」が浮かぶ。考えたところで「それ」と思しき可能性は閃かない。答えを知りたければ、ズゥちゃん本人に聞くしかないだろう。

 しかし、俺から話し掛けることには躊躇いを覚える。


 何て言えば良いんだ?


 今も尚、俺はズゥちゃんの顔を見ると不整脈になる。正直、ズゥちゃんの提案を断りたい。

 しかし、俺の口から出た言葉は、俺の想いとは真逆のものであった。


「あ、うん」


 俺はズゥちゃんの提案を呑んだ。彼女と一緒に登校した。このときは、「どうせ今日だけのこと」と思っていた。ところが、そうはならなかった。


 次の日も、次の日も。登校時にズゥちゃんと会ってしまった。いつも俺の家の門の前にいる。何故なのか? 

 偶然の可能性を想像したことも有った。しかし、全て必然、意図的なものだ。


 一度、遅れて家を出たことが有った。このとき、俺は「ズゥちゃんは登校した」と思っていた。ところが、玄関の前にズゥちゃんの姿が有った。


 ズゥちゃんは、ずっと俺を待っていた。その事実を目の当たりにして、俺の首が盛大に傾いだ。


 何故、そこまでしてズゥちゃんは俺と一緒に登校したがるのか?


 ズゥちゃんは「陰キャ、デブオタは無理」と言って、俺をフッた。

 あの日以降、互いの接点は無くなった。当然、互いの好感度を上げるイベントも皆無だ。少なくとも、俺の記憶には無い。

 それなのに、ズゥちゃんは俺と関わろうとしている。


 何で?


 ズゥちゃんの意図を推測するには、余りに情報が無い。それを尋ねることもできない。

 俺は分からないまま、惰性でズゥちゃんと登校し続けた。


 登校中、ズゥちゃんは俺に様々な話を振った。

 学校やクラスでの出来事、互いの趣味嗜好のこと、最近興味を覚えたこと等々。その際、ズゥちゃんは俺のスマホの番号を尋ねている。


「そういえば、教えていなかった」


 俺がスマホを購入したとき、既にズゥちゃんとは疎遠だった。番号どころか購入したことすら伝えていない。その事実を想起して、俺は彼女に番号を教えた。

 すると、ズゥちゃんは意外な提案をした。


「毎日掛けて良い?」


 女子からの電話。しかも、初恋の相手。ズゥちゃんにフラれる前の俺ならば、即応で首肯した。しかし、今の俺には難題過ぎる。


「俺、家では電源を切ってる」


 俺には日課が有った。それを維持する為に、それなりにストイックな生活を続けている。その事実を告げると、ズゥちゃんは不満げな顔をした。しかし、我が儘は言わなかった。


「じゃ、メッセージだけ送るね」


 以降、ズゥちゃんからメッセージが届くこととなった。その返事をすることは、正直、しんどかった。しかし、「止めろ」とは言えなかった。


 俺は自分の生活習慣を守りながらも、ズゥちゃんとの付き合いを続けていた。その甘さのせいで、学年内に於ける俺の立場が微妙なものになった。


 とある日の下校時のこと。

 その日、俺は図書委員の仕事をしていた。解放されたのは完全下校間際。既に殆どの生徒が帰宅している。その中にズゥちゃんも含まれている。彼女は帰宅部だ。友達との付き合いも有る。学校を出る理由は有っても、残る理由はない。

 ところが、俺が昇降口に着くと、そこにズゥちゃんの姿が有った。


「何で?」


 俺の首は盛大に傾いだ。

 ズゥちゃんはクラス役員をしていない。帰宅部のままだ。完全下校ギリギリまで学校にいる理由は無い。それなのに、彼女と鉢合わせた。何故なのか? 考えたところで、俺の脳内に答えは無い。

 俺は頭上に「?」を浮かべながら首を傾げていた。すると、ズゥちゃんが傍に来て声を上げた。


「一緒に帰ろっ」


 完全下校間際の夕暮れ時。しかも、帰る方向は同じ。断り様も無い。俺は素直に頷いた。

 俺としては、登校時の延長くらいの感覚だった。しかし、この判断は拙かった。

 この出来事は()だった。


 帰宅途中、俺は背後に誰かの視線を覚えていた。それが気になって、途中で振り返っている。すると、俺の視界に「派手な髪色をした複数のギャルの姿」が映った。

 あの個性的な容姿は見紛いようも無い。その姿が目に入った瞬間、脳内に過去のトラウマが閃いた。


 ズゥちゃんに告白したとき、俺を笑っていた奴らだ。


 学年カースト最上位の陽キャギャル達が、こちらにスマホを向けていた。その行為を直感した瞬間、スマホからシャッター音が聞こえたような気がした。嫌な予感がした。

 俺が覚えた予感は、翌日に具現化した。


 スマホを使った二年生の連絡手段、ラインの二年生専用グループ内に、俺達の下校の様子が投稿されていた。しかも、俺にとっては驚きの題目付きで。


〈二年ベストカップル〉


 ベストカップル。その表現を見て「誤解するな」という方が無理な話だろう。

 ラインを見た二年生は、俺とズゥちゃんが付き合っていると錯覚した。俺は同級生達からズゥちゃんとの関係を尋ねられる羽目になった。

 尤も、この問いに対する俺の答えは決まっている。


「只の幼馴染」


 他に言葉が無い。敢えて言うならば「一年生のときにフラれた」くらい。それを言う気は更々無い。ズゥちゃんにしても、それ以上の言葉は無いはずだ。

 この件に関して、ズゥちゃんも肯定はしていない。しかし、否定もしていない。はぐらかしているようだ。その反応を知って、俺の首は激しく傾いだ。


 一体、ズゥちゃん達は何がしたいんだ?


 ズゥちゃんを含めて、陽キャギャル達の奇行の意味がサッパリ分からない。いや、何となく「これ」と思う可能性は閃いていた。

 

 まさか、ズゥちゃんの気が変わったとか?


 ズゥちゃんが、俺を見直した。その可能性を想像すると、脳内に「再挑戦」と閃いた。しかし、それを実行する気には、どうしてもなれない。


 俺は、ズゥちゃん達に嫌われている。軽蔑されている。告白しても、同じ目に遭うだけだ。


 俺の心には「フラれた際に負ったトラウマ」が有る。それは未だ癒えていない。その傷が(うず)く度、ズゥちゃん達に揶揄(からか)われている可能性を想像した。


 生徒達から何度尋ねられようと、俺はズゥちゃんとの関係を否定し続けた。この行為は、残念ながら徒労だった。

 俺が否定しても、ラインには俺達が一緒にいる様子が投稿され続けている。


 いつしか、二年生間では「俺達は付き合っている」ということになっていた。少なくとも、それぞれのクラス内では不文律化している。

 この状況で、敢えて俺に色目を使う女子生徒は――皆無。その事実を目の当たりにする度、俺は盛大な溜息を吐いた。

 しかし、全てが悪い事ばかりではなかった。一つだけ救いが有った。


 俺達の関係を誤解している人間は、スマホを持っている山之上高校の二年生だけ。


 そもそも、情報の発信源がラインの二年生専用グループ。他学年が知る由もない。この事実が、俺に幸運をもたらした。


 五月、ズゥちゃんとの関係が囁かれてから一か月経った初夏の頃。

 俺は一人の女子生徒と出会った。その出来事が、結果的にズゥちゃんとの噂を完膚無きまで粉砕した。

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