第三話 自分が変われば世界も変わる(良くも悪くも)
健全な肉体に健全な魂が宿る。その格言に対して、俺、月見里栄太は全力で頷く。その通りだと思う。
肉体の変化は、俺の精神に多大な影響を与えた。それを一言で言えば「自信が付いた」だろう。
他者に引け目を覚えることが少なくなった。性格が明るくなったと思う。他者から向けられる視線も柔らかくなったように思う。その感覚は、きっと錯覚ではないだろう。その事実を直感する度、俺の頬が勝手に緩む。
しかし、未だ満足できない。する訳にはいかない。
俺の目標は飽くまで「学校一のイケメン」。外見だけでなく、中身も鍛える必要が有る。そちらは、肉体の改造よりも難題であった。
俺が「中身」と思っている要素を簡潔に表現するならば「才能と性格」。より具体的な題目を上げると三つ。
「得意分野の伸長、学力の向上、コミュニケーション能力の向上」
得意分野に関しては考える余地は無い。一択だ。
俺は小説の執筆を試みた。
幸いにして、俺には「文芸部」という強い味方がいる。先輩達から教授を賜り、小説サイトへの投稿を始めた。幾つかの短編を発表した後、長編にも挑戦した。
長編。これもまた、一朝一夕で終わるものではない。書き続けることになる。その際、俺は先輩方から二種類の助言を得た。
「投稿時間を設定して、定期的に連載」
「投稿時間を指定せず、マイペースに投稿」
俺の場合、どちらが向いているのか? これは――悩んだ。
最初、前者を採用した。そちらの方が、サボらず最後まで続けることができると思ったからだ。ところが、これには大きな問題が有った。
それは「時間の拘束」。
決まった時間に投稿することに、俺は苦痛を覚えるようになっていた。そのストレスは他の作業にまで影響している。これは、俺にとっては由々しき事態だ。
そもそも、俺の目的は「校内一のイケメンになる」ということ。小説の執筆は、その為の手段に過ぎない。その事実に思い至ったところで、俺は定期連載を止めた。
俺はマイペース投稿にシフトチェンジした。すると、小説を書くことに苦痛を覚えなくなった。この経験は、俺に大きな学びを与えてくれた。
「無理をしない。自分に合ったやり方でやる」
努力、及び努力を継続することは目的を果たす手段に過ぎない。手段に囚われることは本末転倒だろう。
執筆活動が気楽になったことで、俺は様々な分野にも手を出した。
俺は文芸部経由で入って来る情報の中から、「これならば」と思うものを選択して、自分に無理のないペースで頑張った。
全国高校生文芸コンクールに応募したり、出版社の新人賞にも応募したりした。こちらで成果が出たならば、俺のイケメン度も上がるとは思う。
しかし、これらも手段に過ぎない。実行に執着しても、結果は気にしない。気にしている場合でもない。
そもそも、執筆だけ頑張る訳にはいかなかった。高校生の能力の評価には、より以上に大切な、絶対的なものが有った。
それは「学力」。
学力を伸ばす方法は、俺が生まれる前から多種多様な勉強法が確立されている。その中で自分に合ったものを採用すれば良かった。
俺の場合、「兎に角、五分間」という予防線を設けた。しかし、短過ぎる。その短時間で何ができるのか? 実際のところ、存外に色んなことができた。
俺は幾つかの勉強法を、「復習」と「予習」に分けて採用した。
復習に関しては、板書したノートのチェック。
重要な箇所、分からない箇所、興味を覚えた個所に、それぞれ別の色ペンでアンダーラインを引いた。一先ず、それだけ。
気が向いたときは、それぞれに付いて考えたり、調べたりしている。当然のことながら「五分」という制限時間は過ぎた。しかし、そこは手段と割り切って拘らない。
予習に関しては、教科書の音読。
英語で読めない単語など、分からない箇所にはアンダーラインを引いて適当に読み飛ばした。一先ず、それだけ。
気が向いたならば、後で調べた。
因みに、数学に関しては先々の例題に取り組んでいる。まあ、解けないことが多い訳だが。
分からない問題は、何が分からないのかメモした。それらに付いては数学教諭や、数学が得意な生徒に質問した。
分からないところが分かるようになると、必然的にテストで良い点を取れるようになる。それに伴って成績も上がる。俺のクラスカーストの地位も上がる。
いつしか俺はクラスで一目置かれる存在になった。その事実は「俺にとっての最大の難問」を攻略する最大の武器となった。
最大の難問「コミュニケーション能力」。
俺は自他ともに認める陰キャだ。他人と付き合う努力を怠っていた。その為、俺の交友関係は狭い。
俺が声を掛ける存在は、自分の家族と、ズゥちゃん一家と、文芸部の部員くらいだろう。その事実を鑑みる度、挫けそうになる。
しかし、俺は「イケメンになる」と決めた。辛くとも乗り越えねばならない。
俺は暗い復讐心を滾らせながら、コミュニケーション能力を向上させる作戦を練った。幸いにして、俺には「クラス」という実戦場所が有る。これを活用しない手はない。
俺はクラスの役に立つことを考えた。しかし、これが「諸刃の剣」であることは、今までの経験上直感していた。
クラスメイトから「便利な人間」と思われたなら、良い様に使われるだけ。
実際、中学では「断らないから」と言う理由で、他の生徒に利用されて散々に振り回された。その出来事を想起する度、頭が重くなる。「その経験が、俺を陰キャにした」と言いたくもなる。精神衛生上宜しくない。絶対に避けたい。
俺は自分の得意分野にターゲットを絞り、そこで貢献するよう心掛けた。具体的に何をしたかと言えば、図書委員に立候補したのだ。
立候補という行為は、俺のクラス内評価を一段高くした。それを盤石なものにする為、俺は係の仕事を真面目に頑張った。
委員活動だけでなく、文化祭を始めたクラスのイベントも、逃げずに参加した。その際、自主的に「これをやる」と宣言している。我ながら積極的だと思う。
その代わり、他者がやるべき仕事を振られたときは拒否している。
俺が拒否すると、当然相手は嫌な顔をする。それを見ると、俺も嫌な気持ちになる。しかし、内心では「これで良い」と自分に言い聞かせていた。
真のイケメンは他人に流されない。
俺が一番ストレスを覚える状況は、他人のやるべきことを押し付けられたり、他人に振り回されたりすることだ。
そもそも、俺は八方美人ができるほど器用ではない。その事実を知っているからこそ、頑なに拒否した。
俺は「自分軸」を信条に、自分の意志で、自分のやるべきこと、やりたいことだけに注力し続けた。この信条は、他のあらゆる活動に好影響を与えていた。その顕著な例となったものは、執筆活動だった。
自分の時間を確保できるようになった為、執筆活動が捗った。満足のいく作品を仕上げられるようになった。それに伴って、読者からの評価が上がった。読者の数も増えた。
それらの事実が、望外の成果となって、俺に返ってきた。
全国文芸コンクールに出した作品が評価され、入賞した。その成果が校内集会の場で発表されて、俺は皆の前で表彰された。
投稿サイトで多くの読者に評価され、お金が入るようになった。それを使ってスマホを購入した。尤も、贅沢できるほどではないので機種は型落ち。契約会社は(親子共々)某格安SIM。それでも、俺にとっては望外と言える成果だ。
出版社の新人賞に応募した作品が評価され、受賞(佳作)した。その事実を文芸部で発表したところ、部員達の口から校内中に流布してしまった。
様々な成果を上げたことで、いつしか俺は「校内一の有名人」と呼ばれるようになっていた。残念ながら「イケメン」とは一度も言われていない。俺の努力はこれからも続く。
しかし、俺に対する周囲の評価は、俺の目論見以上になっていた。
今の俺は、学年カーストを超越した別格の存在だ。その事実は、俺の自尊心を大いに満足させている。しかしながら、良いことばかりという訳ではなかった。
校内やSNS上などで、妬みや嫉みを受ける機会が増えた。
その手の言葉が目や耳に入る度、俺の口は「へ」の字に歪む。言い返したい気持ちも沸く。しかし、反論は悪手だ。絡んだ時点で、相手の術中に嵌ってしまう。
最善手は「無視」。
こちらが構わなければ相手が調子に乗ることも無い。俺は徹底的に無視した。その行為は、それなりに効果が有った。しかし、俺は平静な日常を送ることができなかった。
無視しようもない問題が、俺の前に立ちはだかった。
その問題が発生したのは、俺達が二年生に上がったばかりの春、四月上旬の頃。登校しようと家を出たところで、俺はそれに遭遇した。




