⑤鏡の悪魔ライシエルとの闘い
姿は見えない。いや、なんか、歪んでいる。
陽炎。蜃気楼。温度差でモノが歪んで見えることがあるが、まさにアレだ。
あれが人の形を作っている。
怖い。これは怖いぞ。
俺はその場から走って逃げる。
「おい、居たぞ。見えたぞ。透明だが、近づけば見えるっぽいぞ。」
走りながら腕輪に話しかける。
「・・・なら、やりようはあるわ。」
腕輪から、何かが流れ込んでくる。
「何を・・・」
と言い終わる前に、あっという間に俺の右手は、甲殻類のような、装甲に覆われた。
「何をしてるんだお前!」
俺の利き腕は右だ。右でハンマーを振るい、彫刻を作る。
芸術家を目指す俺にとって、右手は最も重要な体の部分だ。
「一発よ。一発だけあの鏡の悪魔を吹っ飛ばす力を与えたわ。アンタがアイツをヤるのよ。」
「なんでだよ!なんで俺が!」
「うるさいわねぇ。なんでなんで、って。アンタ男でしょ。腹くくって男らしく戦いなさい。」
俺が戦わないといけない理由なんかひとっつも無い。
このアスタロトを助ける理由も一つも無い。
だが、鏡の悪魔はこの腕輪をしている限り、俺を狙ってくる。
確かに!確かに俺がやんなきゃいけねぇのか!?俺がやるしかねぇ状況になってんじゃねぇのかこれ!?
走りながら頭をフル回転させる。あーだこーだ言ってもしょうがない。
この状況を何とかしないと、死んじまう。今は問題解決に全力集中しなければ。不満は山ほどあるが。
いくらか走った後、俺は蛇口を見つける。ホースがつながったモノだ。
それを全開にし、辺りを水浸しにする。建物の駐車場で、俺以外に人は居ない。 奥まった地形の隅っこに居れば、少なくとも方向は3つに絞られる。
右か正面か左か、背中から来ることは無い。
「少しは頭を使うじゃない。」
腕輪のアスタロトがしゃべる。
心臓が和太鼓みたいな音を立てる。どっくんどっくん言っている。アドレナリンも全開で、指先が痺れ、舌に鉄の味が広がる。
いつ来るかわからない。深く呼吸をする。
ぴちゃ・・・ぴちゃ・・・と音が聞こえる。姿は見えない。
腕を構える。
「ふーん。やるね。」
透明の塊から、声がする。
と思った瞬間、それは姿を現す。
俺は、アスタロトが、人の姿をしていたから、悪魔はこういうモノだと思っていたが、違った。
全身甲冑を着たような、関節から見るに、機械、ロボット?、だが目は有機的な、生物の目だ。
半透明の紫の角。黄色い、金属・・・?いや、セラミック・・・?陶器?の装甲が全身を覆う。
手には三又の槍。身長は2メートル。明らかに人間じゃない。生命でもない。機械でもない。
装甲の隙間からは、血管のように張り巡らされたチューブが、ドクンドクンと脈打っている。
なのに、人間の声。悪魔。まさに悪魔としか言いようがない存在。
「まあね。水を使われると、弱いんだよね。光の反射がズレて、姿を隠せなくなっちゃう。」
声は、女、甲高いしゃがれた女の声だった。
また女。勘弁してくれ。
「お前・・・人間だよな?人間に一杯食わされたってことか?そうかー。」
鏡の悪魔、名前は確か、ライシエル。ライシエルは槍をこちらに向ける。
アスタロトが俺に向かって話しかける。
「いい、絶対に外すんじゃないわよ。外したらそんときゃあんたも私もここで死ぬ事になるわよ。」
「わかってる。」
ライシエルからは目を離さない。
まさに死の可能性が形になって俺の目の前に現れている。本当に死ぬ。死をリアルに感じている。
俺は考えた。絶対に当てる方法。外さない方法。勝算はある。しかし、とんでもない博打だ。
リスクを取らなければ、おそらく死ぬが、運が悪くても死ぬ。
大丈夫じゃない。大丈夫じゃないがもうこれしかない。
俺は、手足から血が引いていくのを感じながら、勇気を振り絞り、いや、無謀を振り絞り、ライシエルに言葉を投げた。
「卑怯な手を使うとは聞いていたが、本当に弱そうなやつだな。姑息な戦い方しかできないのも納得だ。」
ライシエルは、それを聞いて、一呼吸おいて、消えた。
いや、気が付くと俺は槍で刺されていた。刺されて壁に磔になっていた。
あまりにも早くで目で追えなかったのだ。
「その恰好で、もう一度言って見ろ。」
ライシエルが笑いながら俺を挑発する。
よかった。右腕が刺されなくて。
刺されたのは、胸と左腕だ。
「今だアスタロト。」
俺は右手をライシエルに向ける。
右手が一瞬で太陽のように輝き、何かを発射する。
ビームなのかレーザーなのか、分からないが、
腕からは何かが発射され、俺の目の前にあった建物を一つ粉々に吹っ飛ばした。
その反動で俺の右肩はとんでもない衝撃を受け、磔にされていた壁も砕け、槍も抜け、俺は地面に落ちる。
また落下だ。今日は一体何回落ちるんだ。何回も落ちたせいで、受け身がうまくなり、最初ほど痛くはない。
右では元の手に戻っていた。
「おい、アスタロト。俺の胸を治してくれ。それくらいは出来るだろう?」
そう言うと、
後ろから声がした。
「いやー、やるね。お前。人間のくせに、いい度胸してるよ。お前の魂は俺のコレクションに加えよう。その価値がある。」
ライシエルだ。左腕は無くなっているが、死んじゃいない。避けたんだ。あの一瞬で。
絶望だ。
俺は今まで、人生で、絶望した~という言葉を何度も使ったことがある。が、
今、この瞬間、本当の絶望を味わっている。最悪だ。
眩暈がする。胸の出血も止まらねぇ。
一歩、また一歩ライシエルが近づいてくる。カチン、カチン、と、金属とアスファルトが弾く音。
もう抵抗することも逃げることもできねぇ。俺はやるだけやった。好きにしやがれ。
地面にへたり込む形で、ただ、死が迫っているのを待つだけ。
「私の勝ちよ。」
アスタロトがそう囁く。
笑えるね、悪魔も死ぬ瞬間には虚勢を張るらしい。
だがそうじゃなかった。
この後俺は、悪魔ってのは恐ろしい存在なんだと理解することになる。




