第22話 荷を降ろす相手がいない荷は、ただの重い箱だ
【台車】ミナトの運び屋について語るスレ4
201:名無しの探索者
例の運び屋、二十一層でやらかしたらしい。オルカの子が担架で出てきた
209:名無しの探索者
時間ぴったりが売りなんじゃなかったのかよ
215:名無しの探索者
四十分遅れたって聞いた
220:名無しの探索者
素人に深層任せるほうが悪いわ
224:名無しの探索者
いや、そもそも非戦闘員が二十一層って無理があるだろ
228:名無しの探索者
でも九層〜三十四層が静かなのは事実なんだよな。あれ何なの
231:名無しの探索者
だから関係ないって
235:名無しの探索者
関係ないって言うやつ、まだいたんだ
236:名無しの探索者
関係ないだろ
*
七月一日。
依頼ゼロの、六日目。
*
朝、鉄工所に寄った。
台車の車輪が、片方すり減っている。
「これ、替え時だ」
「いくらですか」
「いらん」
「それは困ります」
「困れ」
千代さんは車輪を外しながら、こちらを見もせずに言った。
「金、ないだろ」
「あります」
「いくらだ」
俺は答えなかった。
失業保険は、七月の頭で切れる。今日が、その七月一日だ。
「それ見ろ」
「あります」
「じゃあ言ってみろ」
千代さんが手を止めて、顔を上げた。
俺は、言わなかった。
*
新しい車輪がついた。
千代さんは工具を片付けながら、背中で言った。
「あんた」
「はい」
「荷がないのに、毎日どこ行ってんだ」
「道を、消さないように」
工具箱の蓋が、閉まった。
*
「そりゃ、荷主がいなきゃ意味ないだろ」
*
俺は、何も言えなかった。
千代さんは振り返らなかった。
「道ってのはな。誰かが通るから道なんだ」
「はい」
「あんた一人が通ってる道は、道じゃねえよ。轍だ」
「はい」
「轍は、雨が降ったら消える」
*
俺は工場の戸口で、しばらく立っていた。
「千代さん」
「なんだ」
「轍は、消えます」
「消えるだろうな」
「でも、消える前にもう一回通れば、残ります」
千代さんが振り返った。
「何十回でもか」
「何十回でも」
「あんたが死ぬまでか」
俺は、答えられなかった。
「あんたな」
千代さんは工具箱に腰かけた。
「あたしは、車輪を作る。車輪は減る。減ったら替える。それでいい」
「はい」
「でもな、道を作るのは、そういうのとは違うだろ」
「どう違いますか」
「替えが利かねえだろ。あんたが倒れたら、そこで終わりだ」
*
その日も、五時に入った。
第五層。第七層。第九層。第十六層。
全部、空荷で通り抜けた。
*
第十六層の中継点に着いた。
八時二十分。
誰もいない。
俺は台車を止めて、いつもの位置に寄せた。
荷を降ろす動作を、身体が勝手にやろうとする。
ベルトに手をかけて、止めた。
外すものが、ない。
*
俺は伝票を出した。
品名の欄が、白い。
数量の欄も、白い。
受取人の欄も。
*
二十年、荷を降ろしてきた。
朝に積んで、走って、降ろして、サインをもらう。
降ろす相手がいない荷は、荷ではない。
ただの、重い箱だ。
*
今日の台車には、その重い箱すら載っていない。
俺は伝票を鞄に戻して、時計を見た。
八時二十二分。
次の区間に出る時刻は、八時三十分。
八分、ある。
*
八分、そこに立っていた。
誰も来なかった。
*
十七時に上がった。
真木さんが記録をつけた。
「十七時ちょうどです」
「はい」
それ以上は、何も言われなかった。
*
売店で、田淵さんが茶を出した。
「今日は飯を炊いとらん」
「いえ」
「明日は炊く」
「はい」
俺は茶を飲んだ。
田淵さんが、こちらを見ずに言った。
「新藤さん」
「はい」
「千代さんに、何か言われたか」
「なぜですか」
「顔が、今日はちょっと違う」
俺は茶碗を置いた。
「轍だと言われました」
「轍」
「一人で通ってる道は、道じゃなくて轍だと」
田淵さんが、長いこと黙った。
それから、湯呑を持ち上げて言った。
「そうやな」
「はい」
「あの人の言うことは、だいたい正しい」
*
帰り道、携帯が鳴った。
知らない番号だった。
「はい」
『あの、すいません。新藤運送さんですか』
「そうです」
『第五層まで、水を運んでもらえるって聞いて』
俺は、足を止めた。
「いつでしょうか」
『あの、明日とか』
「何時にお届けしますか」
『えっと、朝のうちとか?』
「六時ちょうどでどうですか」
『六時!? 朝の!?』
「はい」
『えっ、あの、そんな朝から動けないんですけど』
「では、何時に」
『十時とか』
「十時だと、第五層の順番が合いません」
『じゃあ無理っすか』
「無理ではありません。時刻を変えます」
俺は歩きながら、頭の中の時刻表を引いた。
十時。第九層から第十六層へ向かう途中だ。第五層へは戻れない。
戻れないなら、順番を入れ替える。
「明日の十時に、第五層へお届けします」
『ほんとっすか!』
「はい」
『あの、いくらすか』
「三千五百円です」
『安っ』
*
電話を切って、俺はしばらく立っていた。
十一日ぶりの、依頼だった。
*
その夜、アパートに帰って、机に座った。
模造紙を見上げる。
五本の線と、時刻が並んでいる。
今日も、その通りに歩いた。一分も狂わずに。
そして、誰にも会わなかった。
*
鉛筆を持って、紙の隅に何か書こうとした。
書くことが、思いつかなかった。
・依頼ゼロ、六日目。
それだけ書いて、置いた。
*
翌朝、十時に第五層へ水を届けた。
依頼主は二十歳くらいの男で、寝癖がついていた。
「うわ、ほんとに来た」
「十時ちょうどです」
「え、すご」
男は水のケースを抱えて、それから思い出したように言った。
「あの、これ、順番変えてもらったんすよね」
「はい」
「他の人、大丈夫だったすか」
「他の依頼がないので」
「あ」
男が気まずそうにした。
俺は伝票を出した。
「サインを、お願いします」
男が書いた字は、まだ子どもの字だった。
*
その日から、少しずつ増えた。
一日一件。二日で三件。
どれも浅い層で、運賃は安い。一件三千五百円だ。
それでも、伝票の欄が埋まるようになった。
*
七月六日。
依頼ゼロの、十一日目。
その朝、五時に入ろうとして、上屋の下で足を止めた。
売店の前に、人が立っていた。
小柄で、短髪で、日に焼けている。
装備は着ていない。私服だった。
手に、折り畳んだ紙を持っている。
*
鵜飼さんは、こちらを見て言った。
「あんた」
「はい」
「あの日、何があったか。話してくれる?」




