第10話 【謎】ミナトの九層、最近やたら安全じゃね?
【謎】ミナトの九層、最近やたら安全じゃね?
1:名無しの探索者
先週から一〜九層で湧きが明らかに減ってる。気のせい?
7:名無しの探索者
気のせいじゃない。俺も感じてた。特に朝
12:名無しの探索者
朝な。夕方に潜ったときは普通だった
18:名無しの探索者
あと真ん中な。真ん中歩いてると出ない。端に寄ると出る
23:名無しの探索者
心当たりあるわ。毎朝六時にきっかり入って十時にきっかり上がる台車のおっさんがいる
24:名無しの探索者
台車www
26:名無しの探索者
いるいる。作業着の
31:名無しの探索者
いやそれ関係あるのか?
45:名無しの探索者
関係あるわけないだろ
*
俺は、そのスレッドを見ていない。
その日の朝、売店の椅子に座っていた。
田淵さんが、店の奥から出てきた。
目が赤かった。それについては、何も言わないことにした。
「あんた」
「はい」
「九層は、どんなとこやった」
「水の音がしました」
田淵さんが、椅子に座った。
「音だけか」
「壁の向こうから、細い水が落ちてます。壁が湿ってました。触ると冷たいです」
「そうか」
「天井は高いです。ライトが届きませんでした」
「そうか」
田淵さんは、それ以上聞かなかった。
俺も、それ以上言わなかった。
しばらく、上屋の下を人が通り過ぎる音だけがしていた。
「新藤さん」
「はい」
「来月も、頼めるか」
俺は顔を上げた。
「線香を、ですか」
「そうや。毎月、十八日に」
「毎月」
「あかんか」
「いえ」
俺は鞄からメモ帳を出した。
「月極ですね」
「つき、なに」
「月極です。定期便の契約です」
俺はそこに書いた。
品名、線香一束。納品先、第九層。指定日、毎月十八日。
「運賃はいくらや」
「一回三千円で」
「安すぎるやろ」
「距離で決めてるので」
「距離」
「往復で十二キロくらいです。トラックなら、それくらいです」
田淵さんが、口を開けて俺を見た。
「あんた、あれをトラックの運賃で計算しとるんか」
「はい」
「歩いとるやろが」
「歩いてます」
「歩いとるがな!」
田淵さんが初めて大きな声を出して、それから笑った。
笑いながら、また少し目が赤くなっていた。
*
そのあと、俺は入口へ行った。
窓口で券をもらって、いつもどおり六時に入った。
今日は荷がない。
納品は昨日で終わった。次の依頼は来月十八日だ。
それでも、来た。
理由は、自分でも説明できなかった。
*
第一層。
俺は、道の真ん中を歩いた。
埃が、寝ている。
一メートル左に寄る。
埃が、立つ。
右に寄る。
埃が、立つ。
真ん中に戻る。
寝ている。
*
第三層まで、同じことを繰り返しながら歩いた。
結果は、全部同じだった。
俺が通ってきた帯の上だけが、静かだ。幅は一メートル半ほど。ちょうど、台車を押して歩くときに身体が通る幅だった。
広間で立ち止まって、考えた。
六日間、同じ時刻に、同じ道を通った。
それだけだ。
それ以外のことは、何もしていない。
*
紙を出して、書いた。
・道の真ん中だけ静か。幅一メートル半。
・六日通った。時刻は毎回同じ。
・外れると湧く。戻ると静か。
書いてから、鉛筆を止めた。
これは、何だろう。
少し考えて、答えが出た。
けもの道と同じだ。
山に人が毎日通れば、草が倒れて、そこだけ道になる。誰も舗装していない。ただ、通っただけだ。
通れば道になる。
当たり前のことだった。
*
俺は紙をしまって、台車を押した。
十時ちょうどに上がる。
地上に出ると、入口のところに人だかりができていた。
五、六人が、何かを話している。
通り過ぎようとしたら、その中の一人と目が合った。
大和だった。
「あっ、おっさん!」
大和が手を振った。周りの連中が、一斉にこちらを見る。
「え、この人?」
「そう、この人」
「マジで台車じゃん」
「だから言ったろ」
俺は台車を押したまま、立ち止まった。
「何かありましたか」
「いや、あの」
大和が、少し言いにくそうにした。
「掲示板、見てないっすか」
「見てません」
「あー」
大和が携帯を出して、画面をこちらへ向けた。
俺は覗き込んだ。
文字が小さくて、読むのに少し時間がかかった。
「これ、俺ですか」
「たぶん」
「台車のおっさん」
「たぶん」
俺は画面を返した。
「四十五番の人が、関係ないと書いてますね」
「そこ読むんすか!?」
「いえ、正しいと思います」
「正しいんすか!?」
「毎日同じ時間に歩いただけなので」
周りの連中が黙った。
一人が、恐る恐る聞いた。
「それ、何日やったんすか」
「六日です」
「六日で、九層まで静かになったってことっすか」
「静かになったのは、俺が通ったところだけです」
「幅は?」
「一メートル半くらいです」
「めっちゃ狭いじゃないすか」
「台車の幅なので」
誰かが笑った。
別の誰かが、笑わなかった。
「……なあ。それ、もし十層までやったら」
「同じだと思います」
「二十層は」
「同じだと思います」
「三十層は」
俺は台車の取っ手を握り直した。
「行ったことがないので、わかりません」
「でも、理屈は同じっすよね」
「たぶん」
誰も、何も言わなかった。
*
その週の終わり。
アパートのチャイムが鳴った。
こんな時間に誰も来ない。二十年、誰も来たことがない。
開けると、知らない男が立っていた。三十代くらいで、装備は着ていない。私服だった。
「あの」
「はい」
「あんたが、台車の人っすか」
「……はい」
男は帽子を取って、頭を下げた。
「頼みたいことが、あるんですけど」
俺は、玄関で立ったまま、少しのあいだ動けなかった。
二十年、荷主から名指しで頼まれたことは一度もない。
会社に電話が来て、配車係が割り振って、俺が走る。それだけだった。
俺の名前を知っている荷主は、一人もいなかった。
「どうぞ」
男は玄関に立ったまま、鞄から紙を出した。
「水と、電池です。第七層まで」
「重さは」
「えっ」
「重さを、伺っています」
「えーと、十五キロくらい、すかね」
「寸法は」
「寸法!?」
「台車に載るかどうかを見るので」
男が慌てて鞄を漁って、メモを探した。
「すいません、そこまで考えてなくて」
「かまいません。明日、現物を見ます」
「あ、はい」
「それと、一番大事なことを伺います」
俺はメモ帳を開いて、ボールペンの尻を押した。
「何時に、お届けすればいいですか」




