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結婚すると、あなたは私を忘れる――記憶を納める王国の契約令嬢  作者: swingout777


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7/12

第7章 王になる者は、一番愛する人を忘れる

 王になる者は、一番愛する人を忘れる。


 その仕組みを知ったのは、私が母の記憶を見た翌朝だった。


     ◇


「返還――未実施」


 私は、その四文字を何度も紙へ書いた。


 朝から三度。


 意味が変わるわけでもないのに。


「ずっとそれ見てるね」


 向かいに座るレオンが言った。


「見ています」


「何か増えた?」


「増えません」


「だろうね」


「でも重要です」


「それは分かる」


 私たちは王太子執務室にいた。


 昨夜、地下宮殿で見つけた皇太后アデライドの記憶記録。


《夫アルベルト二世に関する全記憶》


 そして。


《返還――未実施》


 献納。


 つまり奪うだけの制度だと思っていた。


 しかし。


 返せる。


 少なくとも、その機能は存在する。


「祖母上に聞く?」


「素直に答えると思いますか」


「思わない」


「私もです」


「じゃあ地下宮殿」


「今夜、もう一度」


「君、当然のように夜中に侵入するね」


「殿下もでしょう」


「私は王宮に住んでるから侵入じゃない」


「地下宮殿の存在をご存じなかったのに?」


「……反論できない」


 私は紙を畳んだ。


「返還が可能なら」


「うん」


「なぜ誰にも返していないのでしょう」


「少なくとも祖母には」


「ええ」


「戻す気がなかった?」


「あるいは戻せなかった」


「条件がある?」


「その可能性があります」


 記憶献納制度。


 百二十年間。


 これほど巨大な仕組みが、単純に「取る」だけとは思えない。


 地下宮殿の壁にも。


《記憶は、人を人たらしめる》


《ゆえに、奪うことを目的としてはならない》


 と刻まれていた。


 理念と実際の運用が矛盾している。


「まず」


 私は言った。


「制度創設時の規則を調べます」


「今の法律じゃなくて?」


「今の法律は、後から改正されている可能性があります」


「百二十年前の原文か」


「はい」


「どこにある?」


「王室法務院」


 レオンは立ち上がった。


「今から?」


「もちろんです」


「朝食」


「食べました」


「何を」


「紅茶」


「それは朝食じゃない」


「砂糖も入れました」


「さらに悪い」


「殿下」


「はいはい。行こう」


     ◇


 王室法務院には、王国成立以降の主要法令が保存されている。


 記憶献納制度の正式名称は。


《王国記憶保全法》


 意外だった。


「保全」


 レオンが言う。


「献納じゃない」


「最初から名称が違います」


 現在。


 一般には《記憶献納法》と呼ばれている。


 けれど。


 創設時は。


 保全。


「奪う制度ではなく」


「守る制度だった?」


「まだ分かりません」


「またそれ」


「断定は危険です」


「はい」


 百二十年前。


 エドガー三世の治世。


 法令原文。


 羊皮紙は古く、端が崩れかけている。


 私は慎重に読む。


「第一条」


『国家存亡に関わる情報を保持する者について、その者および国家双方を保護する必要がある場合、王室は該当記憶を一時的に保全することができる』


「一時的」


 レオンが反応した。


「はい」


「今はそんな文言ないよね」


「ありません」


 現在法では。


《献納された記憶は王国の所有物とする》


 とある。


「続き」


「第二条」


『記憶保全は罰として用いてはならない』


「今まで見てきたものと」


「かなり違います」


「第三条」


『本人の生命、精神、人格を損なう範囲の記憶保全は原則として禁止する』


 私は。


 読むのを止めた。


 レオンも。


 何も言わない。


 母。


 私の誕生から五歳まで。


 歴代王妃。


 夫に関する全記憶。


 どう考えても。


 人格を損なう。


「原則」


 レオンが言った。


「例外がある?」


「第七条」


 頁を進める。


『王位に就く者、ならびに王位継承者の配偶者については、国家の安全を優先し、特別保全を行うことができる』


「ここだ」


「はい」


 さらに。


『特別保全の対象は、統治判断を著しく歪めうる個人的執着とする』


 私は眉を寄せる。


「個人的執着」


「愛情?」


「それだけとは限りません」


「でも」


 レオンは次の行を読む。


 そして。


 黙った。


「何です」


「……読んで」


 私は読む。


『特に王位に就く者については、その者が国家より優先する可能性のある人物一名に関する記憶を、戴冠時に保全することが望ましい』


 一名。


 国家より優先する。


 人物。


「つまり」


 レオンの声が。


 低くなる。


「王は」


「もっとも大切な人物を」


「忘れる」


 部屋が。


 静かになった。


     ◇


 それだけではなかった。


 王位継承者本人。


 配偶者。


 両方に適用できる。


 時代によって。


 王が忘れる場合。


 王妃が忘れる場合。


 運用が変わっている。


「なぜ」


 私は。


 法令を見つめる。


「こんな制度を」


 頁の最後。


 制定理由。


 そこに。


 答えの一部があった。


『先王代、王の私情により三度の軍事行動が発生し、国民多数の生命が失われた』


 先王。


 つまり。


 エドガー三世より前。


「アルフレッドとエドガーの父親」


 レオンが言う。


「ヘンリー四世」


「はい」


「どんな王だった?」


「公式史では」


 私は思い出す。


「勇猛。領土拡大。戦勝王」


「つまり戦争好き」


「表現が直接的すぎます」


「でも間違ってない?」


「恐らく」


 さらに制定理由。


『第一の戦は、王弟への侮辱を理由として』


『第二の戦は、王妃の故郷を保護するため』


『第三の戦は、王太子暗殺未遂への報復として』


 すべて。


 国益だけではない。


 家族。


 愛する人。


 身近な誰か。


「王が一人を愛しすぎたから」


 レオンが言った。


「何千人も死んだ」


「そういう思想から作られたのでしょう」


 私は。


 ようやく分かり始めた。


 皇太后が言った言葉。


『王になる者にしか分からないことがあります』


 そして。


『あなたが本当に王になれば、そのとき記憶を捨てる必要がある理由が分かります』


「王は」


 私は呟いた。


「全員を平等に扱わなければならない」


「建前では」


「でも、人間である限り」


「一番大切な人がいる」


「その人のために」


「判断を曲げる可能性がある」


 レオンが。


 苦く笑った。


「だから忘れる」


「……」


「ずいぶん合理的だ」


「殿下」


「合理的すぎて気持ち悪い」


 私は。


 同意したかった。


 でも。


 法令を見れば。


 理屈は分かる。


 王一人の愛情。


 その判断で。


 何千人。


 何万人。


 死ぬことがある。


「もし」


 私は。


 慎重に言った。


「王が、自分の子ども一人を助けるために、一万人を戦争へ送るとしたら」


「……」


「私は反対します」


「うん」


「もし」


「言って」


「王妃一人の故郷を守るため、国庫を空にするとしたら」


「反対する」


「なら」


 言葉が。


 喉に引っかかった。


「この制度には」


「正しさがある?」


 レオンが先に言った。


「……少なくとも」


「目的には」


「はい」


 制度が。


 完全な悪なら。


 簡単だった。


 壊せばいい。


 でも。


 そこには。


 国を守ろうとした人間の理屈がある。


「エレナ」


「はい」


「君は」


 レオンが。


 私を見る。


「この制度が必要だと思う?」


 答えられなかった。


     ◇


 その夜。


 私たちは。


 再び地下宮殿へ降りた。


 今度の目的は。


 返還。


 法令原文には。


 さらに重要な条文があった。


『保全された記憶は、危険事由消滅後、本人の希望により返還する』


 本人の希望。


 返還。


 明記されている。


「じゃあ祖母上は」


「希望していない?」


「四十年も?」


「あるいは」


「危険事由が消えていない?」


 地下宮殿。


 記憶庫。


 昨日と同じ。


 無数の光。


 でも。


 今日は。


 違って見えた。


 ここは。


 墓ではない。


 戻る可能性を持つ。


 記憶の保管庫。


「返還記録を探しましょう」


 管理台。


 棚。


 古い台帳。


 そこには。


 確かに。


《返還者一覧》


 があった。


「いる」


 レオンが言う。


 私は台帳を読む。


《王国暦三百二十一年 エミリア・ローグ》


《保全理由消滅により返還》


 次。


 次。


 平民。


 貴族。


 軍人。


 返された者はいる。


「本当に戻せる」


「はい」


「なら王妃たちは?」


 王妃。


 王。


 王族。


 探す。


 しかし。


 ほとんどない。


「一人」


 私は止まった。


《王太子妃ルイーザ》


 九十四年前。


 夫に関する記憶。


《返還申請》


 その下。


《却下》


「理由は」


 レオンが覗く。


《統治上の危険継続》


「夫が王の間は」


「返せない」


「じゃあ退位したら?」


 次の記録。


 王の死亡。


 その三日後。


 再申請。


《本人辞退》


「なぜ」


 私は。


 理解できなかった。


「夫が死んだあと」


 レオン。


「戻せたのに」


「戻さなかった」


「どうして」


 その答えは。


 台帳にはない。


     ◇


 奥の管理室に。


 歴代管理官の日誌があった。


 ルイーザ王妃。


 返還辞退の日。


『王妃殿下へ説明』


『返還すれば、婚姻前から陛下崩御までの関連記憶が統合される』


『王妃殿下、長時間沈黙』


『「私はあの人を愛していたのですね」と発言』


『返還を辞退』


 その下。


『理由』


 私は読む。


『「今さら思い出せば、私はあの人を二度失うことになる」』


 胸が。


 締めつけられた。


 一度目。


 記憶を奪われて。


 夫を失った。


 二度目。


 思い出した瞬間。


 死んだ夫を。


 もう一度失う。


「残酷だ」


 レオンが言った。


「返せるからといって」


「元に戻るわけではありません」


 時間。


 人生。


 子ども。


 夫婦として過ごした何十年。


 それは。


 戻らない。


「だから祖母上も」


 レオンが言う。


「返さない?」


「前国王陛下はすでに亡くなっています」


「祖母上が記憶を戻したら」


「愛していたことも」


「閉じ込めたことも」


「十年」


「全部戻る」


 皇太后が。


 なぜ。


《返還――未実施》


 なのか。


 少し。


 分かった気がした。


 返還は救済ではない。


 時には。


 罰になる。


     ◇


「ここです」


 私は。


 さらに古い資料を見つけた。


《王位継承者特別保全手順》


 戴冠。


 王になる日。


 記憶を選ぶ方法。


「本人が選ぶの?」


 レオン。


「いいえ」


 私は読む。


『対象記憶は、魔術式により自動選定される』


「自動?」


『対象者の精神深層において、国家より優先される可能性が最も高い人物を抽出する』


 つまり。


 王本人にも。


 誰が選ばれるか。


 分からない。


「一番愛している人」


 レオンが。


 静かに言った。


「そういうことですね」


「妻とは限らない」


「子どもかもしれない」


「親」


「兄弟」


「友人」


 その人物。


 一人。


 全部忘れる。


「これ」


 レオンが。


 別頁を指した。


《王位継承予定者 レオン・エルディア》


 私の心臓が。


 大きく鳴った。


 すでに。


 書類が作られていた。


 戴冠予定。


 未定。


 特別保全。


《対象人物――未判定》


 当たり前だ。


 まだ儀式をしていない。


「……」


 レオンは。


 紙を見ている。


「殿下」


「うん」


「大丈夫ですか」


「今」


 少し。


 笑った。


「嫌なこと考えた」


「何です」


「もし対象が君じゃなかったらどうしようって」


 一瞬。


 意味が分からなかった。


「……は?」


「いや」


「殿下」


「自分でも情けないと思う」


「今そこですか」


「だって」


 レオンが。


 困った顔をする。


「こんな状況なのに」


「はい」


「一番愛してる人が君じゃなかったら」


「何を言っているのです」


「それはそれでかなり困る」


「知りません」


「怒った?」


「怒っていません」


「してるね」


「していません」


 私は。


 背を向けた。


 耳が。


 熱い。


 こんなときに。


 本当に。


 何を。


「エレナ」


「何です」


「私は」


 声が変わった。


 振り返る。


 レオンは。


 笑っていなかった。


「多分」


 私を見る。


「君だと思う」


 胸が。


 痛いほど鳴った。


「判定していません」


「分かってる」


「なら」


「でも」


 彼は。


 少し近づく。


「君だったら」


 そこで。


 止まる。


「私は」


 続き。


 でも。


 彼は言わなかった。


「何です」


「いや」


「途中で止めないでください」


「言ったら君が怒る」


「内容によります」


「じゃあ言わない」


「殿下」


「戻ろう」


「逃げないでください」


「逃げる」


 私は。


 本気で腹が立った。


 でも。


 その答えを。


 聞くのが怖かった。


     ◇


 翌日。


 皇太后から。


 呼び出しが来た。


 今度は。


 私ではなく。


 レオンへ。


 ただし。


 私も同席を求められた。


 場所。


 皇太后の私室。


「調べたのでしょう」


 開口一番。


 彼女は言った。


「王位継承者特別保全」


 レオンが答える。


「ええ」


「なら、分かったはずです」


「何が」


「なぜ必要か」


 レオン。


 黙る。


「祖父は」


 皇太后が続ける。


「私を愛していました」


「……」


「少なくとも」


 ほんの少し。


 皮肉な笑み。


「私はそう書き残している」


「日記に?」


「ええ」


 皇太后は。


 記憶がない。


 だから。


 自分が愛されていたことさえ。


 記録でしか知らない。


「その愛のために」


 彼女は言う。


「何人死んだと思う?」


 レオンが答えない。


「三千八百四十二人」


 数字。


 即答だった。


「北方戦線だけで」


 皇太后の目。


 冷たい。


「村は二十一焼けた」


「祖母上」


「子どもも死んだ」


「分かってる」


「あなたは分かっていない」


 強い声。


「王が一人の人間を愛するということが、何を意味するか」


 私は。


 割って入れなかった。


「普通の男なら」


 皇太后。


「妻のために世界を敵に回すと言えば、美しい言葉になるでしょう」


「……」


「王がそれを言えば」


 杖が。


 床を鳴らす。


「本当に軍隊が動く」


「……」


「普通の父親なら、息子を守りたいと願うだけ」


「……」


「王なら、そのために法を変えられる」


 静かな声。


 だから。


 怖い。


「王に」


 皇太后は言う。


「一番愛する人などいてはならない」


 私は。


 反射的に言った。


「人間に、それができますか」


 皇太后の視線。


「できないから」


 私を見る。


「忘れるのです」


 胸が。


 冷える。


「それが」


 皇太后。


「この制度の答えです」


     ◇


「では」


 私は言った。


「王になる者は、人間であることを捨てろというのですか」


「違う」


「同じです」


「エレナ」


「愛した記憶は」


 私は。


 母を思う。


「人間を作るものです」


「だから危険なのです」


「危険だから奪う?」


「国王とはそういう役割です」


「なら」


 私は。


 我慢できなかった。


「王になどならなければいい」


 部屋が。


 凍った。


 レオンが。


 私を見る。


 皇太后も。


「エレナ」


「一人の人生を壊さなければ維持できない王位なら」


「あなたは」


 皇太后の声が低くなる。


「自分が何を言っているか分かっているの?」


「分かっています」


「王太子に王位を捨てろと?」


「そこまでは言っていません」


「同じことよ」


「では」


 私は。


 レオンを見る。


 そして。


 言えなくなった。


 王位を捨ててほしい。


 そう言えば。


 私は。


 この人に。


 国より私を選べ。


 と言うことになる。


 まさに。


 この制度が恐れていること。


「エレナ」


 レオンが。


 静かに言った。


「もういい」


「でも」


「分かった」


 彼は。


 皇太后を見る。


「祖母上」


「何です」


「私は王になります」


 心臓が。


 止まったように感じた。


「殿下」


 レオンは。


 私を見ない。


「私は王太子です」


「……」


「そのために育てられた」


「……」


「この国から逃げるつもりはない」


 私は。


 何も言えなかった。


 皇太后は。


 頷く。


「それでいい」


「ただし」


 レオンの声。


 冷たい。


「記憶は差し出しません」


 皇太后の表情が。


 初めて。


 明確に変わった。


「何ですって」


「王になります」


 レオン。


「そして」


 ようやく。


 私を見る。


「エレナも忘れない」


「レオン」


「両方やります」


 皇太后が。


 立ち上がる。


「そんなことが許されると思っているの」


「許可を求めていません」


「王は」


「一人を愛してはいけない?」


「そうです」


「なら証明します」


「何を」


「愛したままでも」


 彼は。


 言った。


「王になれることを」


 皇太后。


 しばらく。


 レオンを見る。


 そして。


 首を振った。


「あなたの祖父も」


 静かに。


「同じことを言ったわ」


 レオンの顔から。


 血の気が引いた。


「何?」


「愛する者がいるからこそ、より良い王になれる」


 皇太后。


「そう言った」


「……」


「そして」


 その声には。


 今までで一番。


 深い疲れがあった。


「三千八百四十二人が死んだ」


     ◇


 私たちは。


 皇太后の部屋を出た。


 廊下。


 長い。


 誰もいない。


 レオンは。


 何も話さない。


「殿下」


 止まらない。


「レオン」


 初めて。


 自分から呼んだ。


 彼の足が止まった。


「……今」


 振り返る。


「名前で呼んだね」


「そこですか」


「ごめん」


 笑えない顔。


「大丈夫ですか」


「分からない」


 正直だった。


「祖父と同じなのかな」


「違います」


 反射的に答えた。


「でも」


「違います」


「まだ何もしてないのに?」


「はい」


「どうして言える」


「あなたを知っているから」


 言ったあと。


 気づく。


 皮肉。


 二十六日後。


 失うかもしれない記憶。


「私が」


 声を落とす。


「あなたを知っています」


 レオンが。


 私を見る。


「少なくとも今は」


 胸が痛い。


「だから」


「エレナ」


「あなたは前国王陛下ではありません」


「それだけで十分かな」


「十分ではありません」


 私は。


 言う。


「だから調べます」


「何を」


「愛する人を忘れなくても、王が暴君にならない方法を」


「そんなの」


「ないと決めるのは早いです」


「君らしい」


「褒めていますか」


「心から」


 少しだけ。


 彼が笑う。


 それを見て。


 私は。


 やっと呼吸できた。


「でも」


 レオンが。


 その笑みを消す。


「もし」


「何です」


「本当に二つしかなかったら」


 王になる。


 その代わり。


 私を忘れる。


 あるいは。


 私を覚えている。


 その代わり。


 王にならない。


「そのときは」


 私は。


 答えられなかった。


「エレナ」


「今は」


 逃げた。


「考えません」


「珍しいね」


「何がです」


「君が答えを先延ばしにするの」


「まだ情報が不足しています」


「そういうことにしておこう」


 レオンは。


 再び歩き出す。


 私は。


 その隣へ並ぶ。


 少しだけ。


 彼の手が。


 私の手へ触れた。


 偶然。


 かもしれない。


 でも。


 離れなかった。


 私も。


 離さなかった。


 王になる者は。


 一番愛する人を忘れる。


 その制度が。


 百年以上。


 この国を守ってきたのかもしれない。


 同時に。


 百年以上。


 誰かの人生を壊してきた。


 なら。


 私たちが探すべきなのは。


 制度を壊す理由でも。


 従う理由でもない。


 その二つしかないという。


 前提そのものを。


 壊す方法だった。


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