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【完結】白苑後宮の薬膳女官  作者: 絹乃
二章

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16/32

1、葉青の薬膳料理

 市場で薬膳料理の食材を仕入れた瑞雪は、南邸へと向かった。


 野菜や肉は市で売っている物でもいいが、生薬となると質のいいものを使いたい。

 事前に実家であるファン家が営む薬舗に手紙を出し、必要な生薬を用意してもらっている。


 といっても悪い噂がつきまとう璠の薬など、簡単には後宮に入れることができない。どうしたものかと思案していると、皇帝の文護が提案してくれた。


『だいじょうぶですよ。ぼくがかったものということにして、もってきてもらいましょう』


 葉青の件を託されてから、文護に謁見する機会は何度かあった。


『お言葉はありがたいのですが。さすがに璠の人間は宮城に近づくことは許されないかと』


 叔母の欣然が罰せられたことは後宮内では有名だが、城市まちでの噂はさほど広まらず、すぐに忘れられた。

 長年地域に根付いて商売をしてきた璠一族の実績のおかげだろう。一見いちげんの客は寄り付かなかったが、常連は『きっと何かの間違いだよ』『欣然さんがそんな馬鹿なことをしでかすものか』と見捨てずにいてくれた。

 だからこそ璠家は今も薬舗を続けることができている。


 ただし後宮では「璠」を名乗るのは危険だ。だからこそ瑞雪自身も母方の祖母の姓である「夏」を使っている。


 皇后候補を託すこともあり、文護は瑞雪の身元を確認して過去の事情もすでに知っているようだ。それでも決定を覆すことなく、瑞雪を頼ってくれているのが嬉しい。


『じゃあ、シンユィにかってきてもらいます。ね? シンユィ』


 幼い主にお願いされて、護衛の厳星宇は「うっ」と口を引き結んだ。明らかに護衛の仕事の範疇を越えている。


『だめなの?』


 うるっと瞳を潤ませた文護に見つめられて、星宇はたじろいだように一歩下がった。


『ダメではございませんが。私が璠家にお使いに行くのですか?』

『うんっ、がんばってね。シンユィならできるよ』


 小さな両手が、星宇の大きな手をきゅっと握る。星宇は耳朶を赤く染めながら『できますよ、それくらい』とぼそぼそと答えた。


 奥の宮で暮らす紅梅ホンメイの元を訪れる回数が減ることもあり、瑞雪は決明子のうがい薬と麦炒粉むぎいりこを届けておいた。

 紅梅の口内炎が治ったので、大麦の粥を食べなくてもよくなったからだ。もし再び口内炎になった時は、大麦の粉を炒って粉にしたものを白湯に溶かして飲めばよい。一日三回飲むことで、症状が軽くなる。


『もーぉ、ずっとわたくしのところに来てくれたらいいのに』と、紅梅は口を尖らせていたが。薬命司は紅梅の専属の仕事ではないのだ。


 南邸の近くの道には、風に運ばれてきたのか萎れた花びらが吹き寄せられていた。元はどこかの庭できれいに咲き誇っていただろうに、何の花か分からぬほどに茶色く変色している。


 瑞雪は、南邸の離れの炊事場を使うこととなった。母屋の厨房よりかなり狭いだろうし使い勝手も良くないだろうが、他の使用人に混じって料理をするよりずっといい。


 離れの裏手にある炊事場は土間で、ひんやりとしている。


「葉青さまはまずは体力をつけるために、山芋ね」


 籠から、いちで買ってきた食材を取り出した。

 山芋は山の薬ともいわれるほど、滋養強壮に良い。しばらくは山芋を常食すれば、葉青の体力もつくだろう。山芋と木耳きくらげの蒸し物にしようか。

 木耳は白いものが薬効が高く上等品だが、黒いものには鉄分が豊富に含まれる。


「今日は乾物じゃない木耳が手に入ったのよね」


 生の木耳はきのことは思えないほどにぷるぷるとしている。木の耳とはよく言ったもので、透明感のある黒っぽい耳たぶのようだ。


「木耳は煎じて飲んだ方が効果が高いけど。きっと葉青さまは嫌がると思うし」


 山芋と木耳の炒め物も考えたが、弱っている胃には油はきついかもしれない。蒸した木耳は簡単に薬効を摂取することができ、優しい味で食べることができる。


 無理に食べさせるのではなく、自然と箸が進むような薬膳料理を——

 山芋の皮を包丁で剥きながら、瑞雪は調理を進めた。


「侍女の宋舞ソンウーさんの話では、葉青さまは豚肉と牛肉が苦手とのことだったわね」


 豚肉と牛肉は消化に体力を使う。どちらも栄養はあるのだが、胃腸が弱い葉青は胃が重くなるのだろう。

 そう考えて今日は鶏肉を買ってある。市では一羽ごと勧められたが、一人分であり脂のない部分が良いと説明すれば、ささみを売ってくれた。


「ささみはお粥と一緒に炊こうかな」


 葉青のめまいはぐるぐる回る回転性ではなく、ふらふらする浮動性のようだ。であれば水分代謝が悪くなり、めまいを起こすのだろう。さらに葉青は舌もむくんでいた。

 鶏肉は水分代謝を良くする働きがある。そこに生薬の当帰とうき川芎せんきゅうを加えてお粥にしよう。 


「陛下が会食の日の夜は、食が細くなると時宜さんが話していたけど。きっと油を使った料理が多いのと、お肉の脂がきついせいかもしれないわね」


 皇帝と同列に考えてはいけないけれど、この南家も接待などの酒宴は多いだろう。葉青は宴に参加することはないだろうが、酒に合う油と味の濃い食事を嫌っている可能性もある。


「当帰は匂いと味がきついから、こまかく刻んで……」


 当帰も川芎も乾燥しているが柔らかいので、包丁で簡単に切ることができる。ただしどちらも大量に長期間摂取すると副作用が出やすいので、何度も量を確認する。


 川芎は、本来は藭芎きゅうきゅうという。品質の良い藭芎の名が川芎だ。遠い産地から取り寄せないと川芎は手に入らないので、瑞雪は実家に頼んで購入した。勿論、買いに行ってくれたのは星宇だ。

 今では普通の藭芎も川芎が通り名になっている。それでも産地が違えば、やはり物が違う。


 大麦や雑穀ではなく粳米うるちまいを浸水させ、生薬を混ぜたささみに醤油で下味をつけておく。火を熾して蒸籠も用意して、とやることは沢山だ。


 小さな土鍋を火にかけると、ふつふつと湯気が立った。北側に面した台所は夏でも足元が冷えるが、蒸気のおかげで居心地は悪くない。

 粥の入った熱い土鍋と、蒸籠を瑞雪は葉青の部屋に運ぶ。

 炊事場も葉青の部屋も、どちらも離れにあるので料理が冷めないのは助かる。


「熱いですから、気を付けて召し上がってください」


 瑞雪が土鍋の蓋を取ると、ほわぁぁと白い湯気が立った。


「わぁ、おいしそう」


 卓子テーブルの席についた葉青が両手を合わせて、顔をほころばせる。食事の邪魔にならぬよう、髪はひとつに結んである。


「地味な料理ですこと。味も薄そうだし、匂いもちょっと。南家の令嬢の口に合うのでしょうか」


 料理を覗き込んだ宋舞が眉をしかめた。


「まぁ、薬膳料理ですから。消化を助けて、胃腸が丈夫になるのが先決ですね」


 なるほど、やはり普段から葉青は貴族らしい派手で油っこい料理を食べさせられていたのだろう。

 葉青は八歳だ。八歳の子供が山芋と木耳の蒸し物を見て、喜ぶ時点でおかしいのだ。


 瑞雪が碗によそった粥を受け取ったのは、葉青ではなく宋舞だった。


「まずは私が毒見させていただきます」

「毒見って……」

「当然でございましょう? お嬢さまは皇后となられるお方。毒など盛られては大変です」


 呆気にとられる瑞雪の前で、宋舞が立ったまま匙ですくった粥を食べた。


「本当に入っているのは生薬だけでしょうね。この匂いにまぎれて毒を盛ったりしていないでしょうね」


 咀嚼した粥を飲み込んだ宋舞が、葉青をぎろりと睨みつける。

 宋舞はまるで仇のように薬命司を憎んでいる。瑞雪は体の芯が冷えるのを感じた。宋舞はさらに蒸した山芋や木耳も箸で割って、毒見をする。

 作ったものをいちいち確かめている間に、料理が冷めてしまうではないか。


「だいじょうぶよ、ソンウー。わたくし、いただきます」


 葉青は粥の碗を受け取った。新しい匙に替えてすくった粥を、葉青は眺めている。

 ためらいがちな様子が、毒を疑っているのでなければいいのに。薬膳料理は食べたくないと拒絶されなければいいのに。

 瑞雪の胸の鼓動が速くなる。喉がからからに渇いて、舌が上あごに張り付いてしまう。


「お嬢さま、お気を付けください」


 追い打ちをかけるように宋舞が、悪い足を引きずりながら葉青に寄り添う。

 葉青は粥の載った匙を口に運んだ。瞼を閉じて、鼻に抜ける生薬の香りと口中の味を確認しているようだ。


 毒なんて当然入っていない、入れるわけがない。

 けれどどんな感想がくるか。もし「美味しくない」「口に合わない」と言われたら、次の機会は与えられないかもしれない。


「おいしいです、ルイシュエさん」


 清楚な白い百合が開くように、葉青は笑みを浮かべた。


「ちょっとおくすりっぽいけど、いつものごはんより食べやすいです」

「……よかった、です」


 瑞雪はほっと胸を撫で下ろした。本当によかった。薬膳だからクセはあるけれど、普段の食事よりも食べやすいというのは葉青の本心だろう。

 葉青は箸に持ち替えて、蒸籠に入った木耳を取る。小皿に入れた甘めの醤油と刻んだ生姜が添えてある。

 薬味として使われる生姜も、消化器官の働きを助ける薬膳だ。


「うわぁ、ぷるぷるですね。ほら、おはしで持ってもふにってしてるの。これ、本当にきくらげですか?」

「はい。今日は生の木耳が手に入りましたので。木耳の膠質にかわしつも健康にいいんです」


 葉青は、瑞雪の説明に耳を傾けてくれる。食感の面白い木耳を食べ、次にふっくらと蒸された山芋に箸を伸ばす。山芋はすでに宋舞の毒見でどれも崩されてしまっているが、葉青は慣れている様子で気にしない。


「どうなさったんですか、お嬢さま。普段は三口ほどで、もういらないと仰るのに」

「だって、あっさりとしておいしいんですもの」


 粥を匙ですくいながら、葉青は宋舞に答える。


「でも当帰や川芎は養生薬ですから、長期で服用するのは毒でしょう?」

「宋舞さん、お詳しいですね」


 瑞雪は顔を上げて、葉青の隣に控える宋舞を見た。


 当帰と川芎は共に中品ちゅうほんだ。どちらも血を補いめまいにも効くが、副作用として胃腸障害や腹痛、下痢を起こすこともある。中品は体力を養う滋養強壮や、虚弱な体を強くする薬だが、用法を間違えると毒にもなる。


 上品じょうほんは体を養う薬で、作用は弱いけれど長く服用できる。そして下品げほんは病気の治療薬で作用は強く、長期にわたって服用できない。


「まぁ、お体の弱いお嬢さまにお仕えする以上、生薬の知識は多少はございますよ。それにしても、こんな薬湯の匂いがするものをおいしいだなんて。お嬢さまの好みは分かりませんね」


 はは、と瑞雪は乾いた笑いを漏らす。


 葉青には、このまま消化の良いものを摂取してもらおう。まずは母屋へ向かう渡り廊下を歩いたり、慣れれば庭を散歩すれば体力もつくだろう。


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