第35話 死線
「その策ってのは、具体的には何をすればいいんだ」
「今私が使える中で最大の威力を持つ魔法を完全詠唱できれば、勝機はある、と思う」
「……なるほど、つまりその間、俺があいつを1人で引き付けなきゃならないってことか」
確か、クロウ先生が言ってたっけ。今の魔法は戦闘に特化して詠唱を省略する略式形式になっているって。
今までみた魔法は基本的には一息で言い切れるほどか、無詠唱のものだけだ。
完全詠唱となれば、本来の威力を取り戻すということだろう。
「どれくらいかかる?」
「……3分は欲しい」
3分……。インスタントラーメンが出来るまでの間の時間、あの化け物を一点に引き受けるわけだ。
元の世界にいた頃にはすごく短く感じる時間だったが、今は果てしなく長く感じる。
しかし、それしか希望はない。俺が、二人を守るんだ。
「久しぶりだあ。しばらくあそぼお」
化け物が口を開いたかと思えば、まるで唾を吐くように口内から液体を飛ばす。
紫色から察するに、おそらく一番最初に俺に対して撃ってきたものだろう。
「焼き焦がせ――焔玉!」
剣先から放たれた焔玉と溶液はぶつかりあい、二つは霧散する。
その間、俺はアリアから離れ、化け物の注意を引く。
「まだまだいくぞ! 焼き焦がせ――焔玉!」
俺は走りながら焔玉を放ち続ける。化け物の注意は引けたものの、魔法が効いている素振りはまったくない。
「ちょこまかちょこまか、うっとうしいなあ」
溶液を飛ばすことを諦めた化け物は、土壁を出現させたときと同様、足を踏み鳴らした。
今度は足元から、土で生成された二頭の蛇が現れ、うねりながらこちらに向かってくる。
俺が生成できる焔玉は1回につき1つ。魔法では対処できない。
剣を握り、向かってくる土蛇に対して切りかかる。
「――うらあああ!!」
剣を振り下ろすと、土蛇はまるで豆腐を切ったときのように、いとも簡単に両断することが出来た。
切られた土蛇はその生命活動を終えたように地面に倒れこんだ。
腰をひねり、回転の力を利用して違う方向からくる土蛇に対して剣を切り上げる。
これも同様に簡単に切り裂き、あっという間に無力化に成功する。
いける、俺が思っていた以上に、この伝説の伝導器は絶大な力を秘めている。
失っていた自信を取り戻しかけたその時、
「その剣、やっぱり嫌なかんじだあ」
先ほどまで前方にいたはずの怪物はまたしても容易に俺の背後を取る。
振り返ろうと思った俺の身に起きたのは、激しい衝撃。
俺の体はふっとび、化け物が生み出した土壁に背中から衝突する。
「――グハッ!」
体内の内臓が圧迫される感覚。今まで感じたことのない激痛に、おもわず突っ伏した。
鉄の味がする。
唾を吐くと、真っ赤に染まっていた。
「はあ……はあ……ま、まだまだ……」
俺は剣を地面に刺した。それを支えに立ち上がり、怪物の方を見る。
あれだけぶよぶよした体、バラダインが届けば、無傷では済まないハズだ。
なんとか一撃、入れることが出来れば――。
「今ので死んでないかあ。やっぱりその剣にマント、あいつにそっくりで嫌な感じだあ。お前だけは、必ず殺すう」
化け物は地面を踏みならし、土蛇を出現させる。しかし、今度は瞬時にその数を数えきれないほど。
「この数はどうするう?」
土蛇たちは同時に襲ってくる。体にはまだ痛みが残っているが、今はそんなこと気にしている余裕はない。
立ち向かってくる土蛇たちを切りつけては距離を取り、少しずつ数を減らしていく。
迷宮内で魔物たちとの闘いを経ていなければ、きっとすぐに土蛇の餌食になっていたことだろう。
ある程度体の使い方を把握していたおかげで、体がよく動いてくれる。
こんな窮地に立たされていながらも、成長を実感していた。
次にどう動くべきなのかが、ぼんやりとたがわかってくる。
もしかして案外才能があるのかもしれないな。
戦いの最中でそんなことを考えているうちに、土蛇を全て屠っていた。再び化け物を警戒するが、背後には回られていない。
土蛇と一緒に生成したのだろうか、化け物の手には自身の身長を超えるほどの土のハンマーを手にしている。
「こいつはどうかなあ」
体に似つかわしくない速さでこちらに走ってくると、片手で簡単に振り上げた。
「つぶれろお」
土蛇と同じなら構造物なら、このハンマーだって切り裂けるはずだ。
振り下ろされるハンマーに対して、俺は剣を突き上げた。
しかし、予想は簡単に裏切られ、剣とハンマーはつばぜり合いを起こす。
その瞬間、岩を押さえつけられているような重みがのしかかり、おもわず片膝をつく。
「ほらほらあ、つぶれるぞお」
「――ッ!」
体をめぐる魔力をこれでもかと剣に流し込む。
しかし重みは取り除かれることがなく、徐々に俺を押しつぶす。
地面がへこむほどの重みに、俺はもう諦めかけていた。
あともう少し、もう少し耐えればアリアが完全詠唱の魔法をコイツにお見舞いしてくれる。
もう少し、あともう少し……。
そこで俺は、自分の足元に広がる影が大きくなっていることに気が付いた。
俺自身が地面に押しつけられ沈み込んでいるせいだと思っていたが、ハンマー自体が、最初見た時よりも巨大になっている。
こんなでけえの、受けきれるわけねえよ……。
完全に心が折れてしまった。抵抗する力も萎んでいき、俺の体は床に追いやられる。
巨大になったハンマーと、見下ろす化け物との影に覆われ、視界は真っ暗になる。
さすがに死ぬな、これ……。
この世界に来て、嘘をついてしまったロクでもない俺への罰、だろうな。
勇者を騙るなんて、許されていいことじゃないんだ。
もしも神様がいるのなら、どうか、これをもって許してくれよな……。
剣に流し込んでいた魔力を絶つ。
化け物の力を乗せたハンマーが俺を押しつぶす。
俺は目を閉じて、覚悟する。
アリア、あとは、頼んだ……。
心の中で、後のことをアリアに託したつもりだったのに、予想だにしない声が帰ってきた。
『全く、慙愧に堪えぬ者よ』




