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第34話 差

 できることなら逃げ出したかった。

 ゴブリンを倒して満足していた戦闘初心者の俺にとって、眼前に迫る怪物はとても手に負える相手ではない。

 だけどこちらには戦闘慣れした二人がいるし、なによりアリアはノーラン王立学院たっての魔力量を誇る天才だ。

 あいつの攻撃を見切って俺を助けてくれる技量もある。なにより3対1。

 剣に魔力を込める。これで、あいつを斬る。

 そう決心して怪物の方を見やるが、姿が見当たらない。あたりを見渡すがその姿を見つけられることができず、代わりに、なぜか俺を逼迫したような表情で眺めるミラとアリアが視界に入った。

 なんでそんな顔で俺を見るんだ。ミラに目を合わせてみたが、微妙に視線がズレていることに気がついた。

 ミラは俺を見ていない。ミラの視線は、俺の頭上へと向いていた。


「――その剣、なんかやだなあ」


 突然頭上から降り注ぐ声。俺の体は恐怖で硬直して、振り返る事もできない。

 動けば殺される。


 動くな。


 そう、俺の本能が告げている。


「まずはおまえからあ」


 足元に大きな影が落ちた。背後にいる怪物は、今、何かを振り上げている。

 避けなければ。避けろ。逃げろ。

 念じるように言い聞かせるが、体はまるで岩になったかのように動かない。


「貫け――蒼槍そうそう


 

 手をかざすアリアの前方に、水の槍が生成される。先端部分は激しい渦潮のように回転してその貫通力を高めている。

 詠唱を終えると、魔法は俺の頭上をかなりのスピードで通過し、化け物へ直撃した。

 冷静さを取り戻した俺は、慌てて距離を取り、化け物の方を向き直す。

 だらしのない腹部に直撃した魔法は体を貫くことはなく、まるで吸収されるように槍先から徐々に消えていった。



「魔法を、吸収したのか」

「い、いえ、今の感じはおそらく……」

「ヤツの防御障壁が私の攻撃力よりはるかに上回っている、ただそれだけ」


 今までクールだったアリアも焦りからか、冷や汗を垂らす。

 ミラの体は小刻みに震えている。


「わ、私たちでは太刀打ちできません。言語を介する魔物は1等星魔法使いでも相手になるかどうか……」

「かゆーい、かゆいなあ。お前からしぬかあ?」

「死ぬのはお前だ。化け物が」


 言葉の強さとは裏腹に、焦りが消えないアリア。おそらく、最初の攻撃が効かなかったことが予想外だったのだろう。

 それに加え、戦い慣れしたミラでさえ怯え、ほとんどド素人の俺がいるんだ、アリアにとっては戦いづらいことこのうえないはずだ。

 何とかして逃げないと……。

 手の届く範囲の人には不幸になってほしくないなんて思っておきながら、この体たらく。 

 自分で自分が嫌になる。

 しかし今はそんな内省に浸っている暇はない。とにかく次の策を講じなければ。

 

「あ、アリア! 俺たちはどうしたらいい! すまないが、君が頼りだ」


 俺はすべてのプライドを投げ捨て、自分の中で出しうる最適解を叩き出す。

 三人の中で戦意を喪失していないのアリアだけ。それに魔力量も多いし、迷宮をこれまで探索してきて感じたのは、アリアもかなり戦場に慣れているということだ。

 今はミラよりも、アリアに頼るほうが適切だろう。


「私が時間を稼ぐ、あんたたちは逃げなさい。足手まといよ」


 てっきり魔法を唱える間の時間稼ぎをしろと言われると思ったが、その予想は簡単に裏切られた。

 アリアはいつも言っていた、勇者はいらないと。

 俺がここで時間稼ぎに戦えば十中八九ただでは済まないだろう。そうなればアリアの望み通り、俺は勇者として生きていくことはかなわなくなうだろう。

 俺を表舞台から退けたいアリアが、どうして俺を逃がす?

 それに、流石のアリアでもあいつと1対1ではとても勝てるとは思えない。


「おまえ、おでのことなめてるなあ。1人も逃がすわけねえだろお」


 化け物はそういうと片膝を上げ、勢いよく地面を踏み鳴らした。あまりの衝撃に迷宮内部はまるで地震に見舞われたように揺れ、俺たちはよろめく。

 揺れが収まったかと思えば、俺たちを囲むような土の壁が床から生成される。

 この様子はつい数時間前にみた。それは、カインがクロウ先生との模擬戦闘で使っていた地縛陣という魔法だ。



 しかしそれとは大きく異なる点がいくつかある。カインの魔法は柵のようだったが、こいつが生成したものは隙間のない、重厚な壁。

 おそらく先ほどアリアが放った魔法をもってしても貫通しきれないほどの分厚さ。

 土壁はあっという間に俺たちの背丈を超え、化け物よりも高く伸びていった。

 化け物の様子を伺いながら、ふと壁に触れてみた。

 その堅牢さが突きつける無情な現実に、おもわず吐き気を催す。

 アリアの命がけの気遣いもたった数秒で水泡に帰してしまい、いよいよ覚悟を決めなければならない。

 

「――ミラ! 数ではこっちが勝ってるんだ、まだ諦めるな!」


 俺はこの国の人々の希望の象徴である伝説の伝導器、イシュ・バラダインに再び魔力を流し込む。

 剣はさらに煌々と光を発し、その存在感を遺憾なく発揮する。

 アリアに向いていた化け物の視線も剣に向く。これでミラも再起してくれれば希望はあると思っていたが、ミラが感じていた絶望はどうやら俺の想像を超えるものだったらしく、剣の光をもってしても拭えるものではなかった。

 地面にへたりこんだまま、ぼそぼそとなにか呟いている。


「こ、こんなはずじゃ……どうして……世界は……また…」


 死にかけていた俺を支えてくれたミラ。不安なとき、いつも傍にいてくれたミラ。

 初めて見るミラの怯え切った表情を見て、俺の中にあった恐怖心は徐々に溶けていく。

 この世界に転生してきてから、俺は自分のことばかり考えていた。

 自分はこうありたい、自分がこうしたい。あれはやりたくない、逃げたい。

 俺はずっと、守られることに甘えていた。

 なのに、歳も変わらないミラは、いつも傍にいて支えてくれた。

 俺が壊れないよう、いつも気遣ってくれた。リンも一緒だ。

 もしここでこの化け物に立ち向かわなければ、俺は一生後悔する。

 今度は俺が、お前たちを助ける番だ。

 俺はアリアの隣へと歩み寄り、剣を化け物に対して向ける。


「アリア、俺たちだけでなんとかしよう。俺はどうすればいい、なにか策はないか」

「…………1つだけ、ある。しかし……」

「なんだ、早く言ってくれ。申し訳ないが俺は、策なんてひとっつも思い浮かばないんだ」


 どこか言い淀んでいたアリアは覚悟を決めたように、その策を語りだす。


「ヤツを倒せるかもしれない。けど……あなたも死ぬかもしれない」

「…………マジか」


 俺は剣を握る手に、静かに力を込めた。

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