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第31話 初めての実戦

 あまりに見慣れたその姿に興奮を覚え、いつの間にか体の震えは消えていた。

 これならまだ、戦えそうだ。


「シオン君、油断は禁物ですよ」


 普段の柔らかい声とは違う張りつめた声音に、俺は冷静さを取り戻した。

 学院で担任から教えてもらった事を思い起こす。

 体の中に流れる魔力を知覚し、剣に流し込むイメージ。

 体の中がほんのり暖かくなる感覚。

 目を開くと、剣は燦々と輝いていた。


 

「さあ、いくぞ、コブリン」


 

 俺はゴブリンに向かって一直線に走り出す。ゴブリンも俺に応えるように地面を蹴った。

 距離が近付くにつれ、忘れていたはずの恐怖心がふつふつと沸き起こる。

 変に体に力が入ってきて、足取りが重い。

 俺今、どうやって走ってるんだっけ。


「シオン君!」


 声の方を振り向くとミラが矢を放っていて、その矢が俺の顔の横スレスレを突き抜けていった。再びゴブリンの方を向き直すと、矢はゴブリンの足元に突き刺さり、進行を止めた。きっとミラほどの腕があれば急所を狙うのは赤子の手をひねるより簡単なはずだ。

 俺がひと呼吸おく時間を作ってくれている。ゴブリンが立ち止まっている間に軽く呼吸を整え、剣を握る手に力を込めて降り上げる。ゴブリンも身の危険を察知して、棍棒で防御の構えを取った。

 何でも切りさく剣にとって、木の棍棒など紙切れも同然だ。俺は確信を持って、持てる力の全てを乗せて剣を降り下ろした。

 自分がコントロールしている力とは別の力が加わっている感覚。振り下ろす剣は想像を超える速さで、ゴブリンの体を斜めに両断した。


 断面から黒い粒子が漏れ出して、殺意を持ったモンスターは小さな魔石だけを残して霧散した。

 一連の流れを見終えたところで、俺は一区切りつけるように大きく息を吐いた。魔石を拾い上げ後ろを振り向くと、ミラが満面の笑みで俺を見ていた。

 小走りで近付いてくるミラは片腕をあげていて、俺たちはハイタッチする。


「シオン君、やりましたね!」

「ああ。ミラが足止めしてくれたお陰だよ。それにーー」


 俺は腕組みをして突っ立っているアリアの方へ目を向けた。


「剣を振り下ろしたとき、妙に勢いづいたんだ。あれはアリアが何かしてくれたんだろ?」


 気付かれないとふんでいたのか、虫の居所が悪そうな顔を浮かべて視線をずらした。

 黙っていたままの方が良かったかな。


「無時に終えられたのは2人のおかげだよ。本当にありがとう」

「私の力添えなんてあってないようなものですよ。ゴブリンを倒せたのはシオン君の力です。アリアさんもそう思いませんか?」


 アリアは視線しを外したまま


「私の補助はあくまで保険、なくても結果は変わらなったはず」

 

 悪態をつくか、いいとこ無視すると思っていたが、予想外の気遣いにほっとした。

 

「ふふ。じゃあ、先を急ぎましょうか」


 といって歩き出した。初めての実戦を、俺の手によって終えた実感からくる高揚感で胸の中は支配されていた。

 高鳴る胸をなんとか落ち着かせようと深呼吸をしてみたが、そう簡単に収まるものではないようだ。

 しばらくはその感覚に身を委ねて、再び迷宮の深部へと探索を進めることにした。


 ※


 初めての実戦を終えてから何度かモンスターたちと接敵したが、そのどれもにかなりの余裕をもって対応することが出来た。

 狼のような魔物、シャドウウルフというらしい。その相手に震えが止まらなかったことがウソのように、今は日常の一部として魔物討伐を行えるようになった。

 敵を捉え、剣に魔力を込める。アリアとミラの援護をうけて一刀両断。

 時には遠距離から焔玉を放ち2人を援護することも。

 いかにもチームっぽい連携が出来ていることに、自信すらわいてきていた。


「魔物退治もすっかり慣れてきたものですね、シオン君」

「ああ、いまならどんな魔物だって倒せそうだ」


 自信満々に答えて見せる俺に、ミラはまるで子どもをみる母親のような笑顔を向けてくる。

 一方アリアは、訝しい顔つきをしていた。


 「過剰な自信は失態を招く。適度な自信と不安を両立させることが、この世界で長生きする秘訣。今のあなたは長生き出来そうかしら」


 釘をさすように淡々といってのけるアリアの言葉で、俺の心は平静を取り戻した。アニメの中でも、自信過剰で嫌味な連中が、物語から退場させられることはそう珍しくない。

 今の俺はそいつらとほとんど変わらないといっていいだろう。

 俺は攫われたリンのことを考えながら、いまだ冷め切らない高揚感をなんとか抑えようと再度試みた。


 「まあまあ。記憶を無くしたシオンくんにとって今回は初めての魔物討伐なわけですから、少し自信過剰なくらいがいいんですよ。本来不安で埋めるべきところは私がカバーしますから。それにきっと、アリアさんも」


 ミラがアリアに目配せをすると、不服そうに顔をそむけた。


「勇者に死なれては、世界の人が困る」


 今は2人に甘えることとしよう。この胸の高鳴りは、迷宮内にいるうちは理性で抑えることは出来そうにない。

 自分よりもはるかに経験も力もある二人がカバーすると言ってくれている。だから今回のこの迷宮探索では、俺は自信をつけることに専念することに決めた。

 リンを救出するうえで、戦闘が起こらないとも限らない。

 

「俺、戦いなんてしたことなかったからさ、今こうして魔物を倒すことが出来て本当に嬉しいんだ。俺は自信をつける。だから、2人にはその手助けをしてほしい。……だめかな」

「だめなんかじゃありません。私はいつだって、シオン君の助けになります」


 

 ミラは心底嬉しそうにガッツポーズをしてみせた。この世界に来て、いや、来る前も含めて俺は誰かを信頼して身を委ねるなんてことはしてこなかった人間だ。

 実際に誰かを頼って、受け止めてもらえることがこんなにも心地の良いものだとは、知りもしなかった。


「アリアさんは、どうなんですか?」


 ミラがいたずらな笑みを浮かべ、アリアに問うた。相変わらず歯切れの悪そうなアリアは視線をどこかに向けたまま


「私の強さを証明するために、あなたを援護する。勘違いはしないで。ある程度の力がないと、私の強さを正確に測ることは難しいから」


 俺はなんとなく、アリアの心根に触れたような気がした。言葉ではなんとか嫌味っぽく繕おうとしているが、結局根っこの部分では世界を救いたいという気持ちがある。だから、俺はアリアにいくら嫌味を言われたところで、嫌いにはなれなかったんだ。

 ミラもリンも、アリアもカインだって、結局は皆、世界を救うためにそれぞれが最善だと思うことに全力を注いでいるだけなんだ。

 だったら俺の今できる最善のことは、2人を頼って、自信を身に着けて、リンを救い出して学院に帰ること。


「2人とも本当にありがとう。それじゃあ、先を――」

「きゃあああ!!」


 俺の言葉を遮るように、迷宮の奥のほうから叫び声が鳴り響いた。一気に緊張が高まる。

 俺たちは目配せをしたあと、特になにか言葉を交わすわけでもなくただ声のなる方へと走り出していた。

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