第30話 意地
まさか見られると思わなかったのか、物凄い速さで顔をそらした。
あまりに速いものだから、目に溜まっていた水分がほんの少し、煌めきを帯びて宙を舞った。
「あなたたちの援後は必要ない」
吐き捨てるように言ったアリアは、俺たちの制止になど耳も貸さず、状況のアドバンテージをあっさりと手放した。
通路の中央にいた魔物たちは歩み寄るアリアに気が付くとすかさず臨戦体制を取った。
アリアを1人にするわけにはいかないと半ば強制的に飛び出る事になった俺とミラ。慌てる暇もなく武器を構えた。
「勇者シオン、何度言ったらわかるの。私がいる限り、あなたは必要ない」
アリアは魔物に対し右手を伸ばした。
小さく何かをつぶやくと、魔物たちの上空に巨大な水の玉が生成された。
「押し潰せ――天墜の雫」
眼前の魔物3体を屠るには過剰な程巨大な水の塊は、アリアの号令に従い勢いよく落下する。
直然になって魔物たちもその気配に気付いたようだったが時にすでに遅し。
水の塊は魔物3体を容赦なく押し潰すと、あまりの質量に迷宮内に地響が起きた。そのせいでパラパラと岩の破片が崩れ落ち、やがては飛び散った水が雨のように降りそそぐ。
降りしきる水に光が反射して、まるで星屑が舞っているような錯覚に陥ってしまう。
命のやり取りが行われたとは思えないほどに、眼前の光景は神秘的だ。
「いい加減わかった? 勇者シオン」
「アリアが強いことは、もう充分わかっているつもりだよ。それでも、俺は、戦うしかないんだよ」
それは本心から出た言葉だった。この世界にやってきてからというもの、台風のようにあらゆる出来事が目まぐるしく身にふりかかった。きっと1人だったらのたれ死んでいたか、逃げだしていたことだろう。
そんな俺を救い出してくれた本当の勇者とミラとリン。その人たちのために今は、自分の出来ることをしたい。
世界を救うなんて大それたことが自分に出来るとは到底思えないが、今はただ、手の届く範囲の人たちに不幸であって欲しくはないんだ。
「もしも次、魔物が現れたときは俺を前線に立たせてくれ、アリア」
アリアはとても不服そうだったが、俺の意志が固いと察してくれたのか、特に何も言わなかった。
「次は私も、戦いますからね!」
重い空気察知してミラがわざとらしく、おどけるようにいう。
リンが攫われたことを他人には漏らせない以上、今は少しでも経験値を積んでおきたい。たとえそれが付け焼き刃なものであってもないよりはマシなはずだ。
「それじゃあ、魔石を回収して先に進みましょう」
ミラはそういって、先程アリアが水の塊を叩きつけた場所へ行き、なにかを拾い上げていた。
「ミラ、何してるんだ?」
「何って、魔石の回収ですよ。魔物のコアと言ったらわかりやすいでしょうか。魔石は買い取ってもらえて、結講いい値段になることもあるんですよ。今回のは、そうでもなさそうですけどね」
ミラは手慣れた手付きで魔石を回収した。
「そうして生活していたのか?」
「シオン君も知っての通り、サナリ村は特にこれといった特産物や資源もありませんでしたから。森で魔物を倒して魔石を売っては生活資金にしていたんですよ」
だからミラはわざわざあんな危険な森ヘ日常的に入っていたのか。この場合入っていたという言い方は適切ではない。生きるために入らざるを得なかったんだ。
きっとそれはミラに限ったことではない。王都以外出身の者の大半は、そうして小さい頃から実戦を通して力を培ってきたはずだ。
「本当に、本当にすごいな、ミラ」
「な、なんですか急に」
急に褒めたからか、ミラは煩を赤らめた。照れ笑いを見せるその顔には一切の翳りもない。
死と隣り合わせだった日常のことなど微塵も感じさせない純心な笑顔。
アリアとはまた違った強さの一面を感じずにはいられなかった。
「あなたたち、早くしなさい」
アリアはこちらの反応を見ることもなく、先へ進み出した。俺とミラは再びアリアの後ろに付いて行き、迷宮の奥を目指す。
それからしばらく魔物との接敵はなく、休憩と探索を繰り返してはどんどん奥深くへと潜っていく。
「それにしても、アリアは伝導器なしで魔法を使うことができるんだな」
ミラはおそらく弓矢、おれは三種の神器、クロウ先生は本を使ってたっけ。
基本皆武器を手に魔法を放っていたように思うが、今のアリアは何も持っていない。
「現代の魔法使いは伝導器なしで魔法を使うことは絶対に出来ない。それは私も同じ」
「へえ、だとしたら、アリアの伝導器はなんなんだ?」
「そう簡単に教えるわけがないでしょう。戦闘において情報の有無は結果を大きく左右する」
「……それもそうか」
もう少ししつこく聞いてみてもよかったが、教えてくれるわけもないか。
よく考えればそうだ。伝導器を奪ってしまえば、魔法使いはただの人になってしまう。
純粋な魔法の技比べをするよりも、どうにかして伝導器を奪ってしまった方が簡単だ。
魔法使い同士の戦闘において、伝導器を知られていないというだけでかなりのアドバンテージだ。
そうして先ほどの魔物と遭遇してから1時間くらい経っただろうか、再びミラが敵の位置を捉えた。
通路の正面、先に行くには避けては通れない。
「お、俺が先頭に」
剣を抜き、ゆっくりと進む。奥の方は薄暗くなっていて、魔物はまだ見えない。
「シオン君、待って下さい。今、敵の姿を映します」
ミラは矢筒から矢を取り出した。普段使用している矢とは違い、先端が妙に光択を帯びている。
ミラは近くの岩壁に近付くと、マッチを付けるときの要領で、矢先を壁で擦った。すると矢の先が燃え上がり、あっという間に火矢へ変貌した。
火矢を魔物がいるであろう場所へ放つと、暗がりで見えなかったところに敵の姿が浮かび上がった。
黒ずんだ緑色の肌に、ボロ布で身を包む小柄な肉体。2本の足を地に付けて立つその姿は人とまったく変わらない。
人と違うところといえば耳や鼻が異常に尖っている事だ。
俺はその魔物を知っていた。あまりに見慣れたその容貌に若干の安堵感すら覚える始末。
「――ゴブリンだ!」




