第29話 迷宮内部
1分ほど階段を降りた頃だろうか、奥のほうからほんのり明るい光が差してきた。
階段を降りきると、そこは洞窟の中のように、岩肌が四方を囲む空間が広がっていた。
天井は手が届かないほどに高く、とても地下と思えないほどに広々としている。
岩肌には不規則的に光る石が当て嵌められていて、それがこの迷宮内での光源としての役割を果たしていた。
「きれい……」
隣にいたミラが、声をもらした。黒々とした岩肌に散りばめられた光る石は、まるで満点の星空を思わせるほどに壮大で、自分のちっぽけさを突きつけられているようにさえ思えてくる。
「なにをしているの、早くついてきて」
眼の前に広がる景色の美しさなど露ほどにも気にしていない様子のアリア。先を進みながら吐き捨てるように言う。
俺たちは気持ちを入れ直し、アリアの背中を追った。
そうだ、俺たちの目的はあくまでも、リンを助けることなんだ。
「オルピクソン、索敵魔法は使えるの」
「て、低級のものでもよければ、一応」
「じゃあそれ、常に発動しておいて」
すぐ隣にいる俺は、どうやらなにも力になれないことのようで疎外感を覚える。
今はただ、自分にやれることをやるしかない。
そうして腰に差した剣に軽く触れる。魔物が出たら、俺が倒すんだ。
「流れる風、道を歪めし影の導を運び込め――流風の調べ」
ミラが詠唱を終えると、ミラからそよ風が吹いてきた。
「ミラ、今のは?」
「風属性の低級索敵魔法です。周期的に風を発生させて、その風に触れたものの場所を検知することが出来ます。低級なので、お世辞にも精度がいいとは言えないんですけど……」
これも、幼い頃から森を庭として過ごしてきたことによって得たスキルといったところだろう。特に迷宮での奇襲は逃げ場も限られているし、絶対に避けなければいけない。
魔法の発動を確認すると、アリアは特に礼をするわけもなく、再び進み始めた。
俺たちはただ、周りを警戒しながらアリアの背中を追うだけになっていた。ミラは魔法を駆使して貢献しているが、俺は現状何もできていない。
リンのことについてミラと話したいけれど、アリアが近くにいては迂闊に話すことも出来ない。
それに、迷宮に来たはいいが、向こう側からもまだなにもアクションはないし、今は迷宮探索を進めるほかない。
「オルピクソン、魔物の反応は?」
「得には感じません。私のことはミラでいいですよ。せっかくの機会ですし、わだかまりがあるようでしたら、取り除きませんか?」
しばらく無言の時間が続き、ミラもこの空気に耐えられなくなったのだろう。しかしアリアはうんともすんとも言わず、迷宮を迷いなく進む。
とりあえず拒否はされていないということで、ミラは続ける。
「そ、その、アリアさんはどうして勇者に、シオン君に対してあんな風な態度を取ってるのですか?」
俺は内心で、よくぞ聞いてくれたと心底ミラに感謝した。入学早々なにかと俺につっかかってくるのには必ず明確な理由があるはずだ。
俺が直接問いただしたいところではあるが、どうも昨晩のことがちらついて気まずい。
「アリアさんも、知ってるはずだよね。シオン君が、どれだけの功績を収めてきたか。私たちと同い年ってことは、もっともっと小さいころから、世界を救うために尽くしてれたんだよ。王都の皆も、感謝こそすれ、憎しみを持つ人なんて聞いたことがありません」
説明するミラの語気がだんたんと強まっている。ミラもアリアの態度には思うところがあったということか。
王都でみた、俺に対してひざまずく人々をみて、勇者に対する思いがどれほどのものなのかはひしひしと感じた。
今まで出会った誰もが俺に対して好意的に接してくれた。それはきっと、本物の勇者が身を削ってきたことへの恩返しなのだ。
そんな絶大な功績を残す勇者に恨みがあるとすれば、一体それはどういった人間なのか。その答えは、眼の前にいる本人から聞くしかない。
しかしそんな思いなど知らぬ存ぜぬアリアは、変わらぬ歩調で歩き続けている。
「そうやって無責任に勇者を担ぎ上げる、だから――」
ぼそっと漏らしたアリアの声には嫌悪というよりは、呆れのような感情が見て取れた。
「だからどうして――」
アリアが言いかけたところで、ミラの表情に緊張が走る。
「20m程先、魔物の反応が3つあります」
ミラは背中に差していた弓矢を抜いた。俺も慌てて剣を抜く。
一方アリアはミラの報告に眉ひとつ動かすことも、特に何か武器を構えるわけでもなく、淡々と道を進む。
すぐ目の前の道はカーブしていてまだ魔物は見えない。カーブを曲がりきったところでようやく、灰色の影が3つ、蠢いているのが目に入った。大型犬ぐらいの大きさのそれは、この洞穴内でなければ仲睦まじい光景に見えたかもしれない。
「幸いまだこっちには気付いてないみたいだな。どうする?」
「私が後方で支援しますから、シオン君とアリアさんは前方で敵の気を引き付けて下さい」
「わ、わかった」
初めての実戦ということもあってか、まだ何もしていないのに体中の毛穴から汗が吹き出す。
剣を握る拳は小刻み震える。抑えようと更に力を込めてみるが、徒労に終わった。
「シオン君、大丈夫ですよ」
情けない俺を見かねてミラが手を重ねてくれる。俺よりも小さい手。
手のひらにはいくつもタコが出来ていて、ミラの日常がどういったものだったのか、その一端を感じさせる。
震えは微塵もありはしない。
こんなところで何をびびってるんだ。俺が、リンを助けるんだろ。
覚悟を決め、顔を上げると、今の一連のやり取りを見ていたであろうアリアと目があった。
きっと小馬鹿にされると身構えたが、アリアは下唇を噛み、憐れむような双眸で俺を見ていた。




