第26話 リンの行方
主のいない部屋で1人立ち尽くし、その紙に書かれた文字の意味を反芻する。
しんと静まり返った部屋とは裏腹に、巡る思考はこれでもかとせわしない。
その場から一歩も動けずにいた俺を解放してくれたのは、毎朝よく聞いている声だった。
「シオン君、どうしたんですか? ドアが空いてたので、入ってきちゃったんですけど」
振り返ると、顔に絆創膏のようなものを貼り付けたミラが立っていた。
ミラが俺の顔を見ると、どうやら異常を察知してくれようで、顔が強張る。
「シオン君、なにがあったんですか」
足早に駆け寄ってきたミラに無言で紙を差し出した。ミラが文章をすぐに読み終え意味を理解したことは、表情の変化からすぐに分かった。
「シオン君、これ……」
ミラが紙を見せてきた。先程までの文章で全てではなかったようだ。
再び象形文字のようなものが浮かび上がっている。
「このことをお前達以外の誰かに知らせれば、お友達の命の保証はしてやれない、って……」
ミラが口にしたことによって、改めてその言葉の意味が重くのしかかる。
……俺のせいだ、……俺が、勇者だから。
俺はこの世界にきてからずっと自分のことしか考えていなかった。この学院に入るときも自分の身の安全は保証してくれると学長がいってくれて安心してしまったが、勇者と親しくなれば狙われることなんて考えればすぐに分かることじゃないか。
そもそも俺がこの学園に入ることを決めなければ、リンが攫われることもなかったはずだ。
全ては俺の危機管理能力が欠如していたがために起きてしまったことだ。
俺が、俺が……
「――シオン君!」
突如ミラが抱きついてきた。急に現実に戻ってきたような錯覚に陥る。
俺はそのとき初めて自分が過呼吸になっていることに気がついた。
俺はゆっくりと深呼吸をして、なんとか息を整える。
俺を抱きしめるミラの体は小刻みにふるえていて、なんとも弱弱しくみえた。
俺のことを森で助けてくれて、集落まで逃がしてくれたときの勇ましさは微塵も感じられない。
ミラだって怖いはずだ。俺よりも遥かに長い時間をリンと過ごした。
俺はまた自分のことで手一杯になっていることがいたたまれなくなって、覚悟を決める。
リンを、ミラを、必ず守ってみせる。
「ミラ、ありがとう。もう落ち着いた。とりあえず今は、セレスティアに行く準備をしよう。それと、このことはもちろん他の人には」
「はい。他言無用で」
俺の胸に顔を埋めたまま返答するミラ。こういうときに優しく腕を回せるようになれればきっといいのだろうが、今まで異性と接した経験がないせいで躊躇ってしまう。
そうこうしているとミラは俺から離れ、妙な間が生まれて気まずい。
「よ、よし、じゃあ俺は今から準備してくるからミラもそうしたらいいよ。詳しいことはセレスティアに行く道中にでも話そう」
「そ、そうですね……」
そうして2人して部屋を出ようと振り返ると、開きっぱなしになっていた入口の直ぐ側でカツン、と妙な音がした。音がしたかと思えばドタドタと音を立てる足音が徐々に遠ざかっていく音が聞こえた。
――誰かに聞かれていた。
そう結論付けて慌てて部屋を飛び出したが、その位置から見えるところにはもう人影1つない。
「今の……もしかして、リンを攫った一味の関係者でしょうか」
「わからない……けど、その可能性は高いと思う。学院の中も安心できたもんじゃないな。部屋まで送ってくよ」
そうしてミラを部屋まで送って、俺もまっすぐ自室に帰った。
もしもリンが攫われてなければ、きっと一番に支度を済ませて俺の部屋に遊びに来ていただろうな。
リンがもし……そんなことばかり想像していたら、あっという間に約束の時間になっていた。
※
勇者から預かった三種の神器を携え、2日分の着替えを麻袋につめて校庭に向かった。
校庭にはすでに皆が整列していて、俺が最後のようだった。
「すみません、遅れました」
皆は俺の姿を見て心底喜んでいるが、ミラは心配そうにこちらを見ている。
「それでは全員揃いましたね。出発と行きましょうか」
そう言ってすぐ、校庭に大きな影が落ちた。
上を見上げると、巨大な飛行艇がゆっくりと降下していた。
そのあまりの大きさに圧巻されている皆の様子を見てクロウ先生は満足げに笑顔を浮かべている。
飛行船はそのまま校庭に着陸した。眼前に来て改めてそのデカさに気圧される。
温かみのある金色の木材で組まれ、彫刻のような装飾が施されている。船体は陽光を受けて柔らかく輝き、存在感を放つ。大きく貼られた白い帆には淡い水色の魔法陣が描かれ、帆の縁やマストの先には赤い旗がはためいている。
造船技術と魔法の粋を集めてできたようなその乗り物はあまりにも壮麗で、リンが攫われているという状況下でなければ我を忘れて夢中になっていただろう。
周りから感嘆の声が漏れるなか、相変わらずクロウ先生といったらニマニマしている。
甲板に人影が見えた。かと思えば、俺達と船との間にある土がうねり出し、平らだった地面から土の階段が甲板まで伸びた。
土魔法とはまったく、便利なものだ。
「では皆さん、乗りましょうか」
クラスメイトたちは皆一様に湧き立つように声をあげ、期待に胸を膨らませている。
そんな高揚感で満たされる空気の中、俺とミラは確かなる覚悟と決意を胸に飛行船へと乗船した。




