正体と責任
昨日【アナライ】に戻り、早朝に寝て、朝に目が覚めた。
少しハメを外してしまい、マリンはまだ寝ている。
一足先に起きた俺は、食堂に行き、朝食を食べている時に女将さんにからかわれ、カンナは相変わらずやる気のない顔していたが、少し赤くなっていた。
朝食を食べ終え、しばらくしたら、宿屋の庭で女将さんがカンナに鍛練を始めた。
「このくらいも出来ないのかい。譲ちゃん。今までなにやってたんだい。」
「なんでこんなめに…昨日まではパラダイスだったのに…」
カンナがぶつぶつなにか言っていた。
「私は聞いてんだよ。文句ばかり言わないで、質問に答えな!」
「だらだら暮らしていました。」
「そうだろうね。魔術師は戦闘中、動く事も少ないし、攻撃も直接しないし、攻撃も当たらないように立ち回る。譲ちゃんのやっている事は間違いではない。だがね、魔術まで衰えてちゃ意味がないだろう。魔術くらいはしっかりやりな。」
「だって仕方ないじゃん。奴隷になって、ダメな奴隷のふりしとかないと、いけなかったから魔術の鍛練してないんだよ…」
またぶつぶつ言っていた。俺には聞こえなかった。
俺には…
「お前、そんな言い訳があるか!なんでダメなふりしないといけない。そもそもなんで奴隷になったんだ。」
譲ちゃんからお前になった。俺が言われたてめえになるまで時間の問題かも…
それにしても、奴隷になった事情なんてナイーブな事だろ。それを女将さんが聞く事は筋違いだ。女将さんにしては珍しい。
「女将さん!そういう事を聞くのは、デリカシーがないんじゃないですか?女将さんが聞くのは筋違いです。」
女将さんとカンナがポカーンとしていた。
「なんだ…やっぱり気づいてないね…それともわざとやってる?」
女将さんがぶつぶつなにか言っていた。自分が聞くのは筋違いだったと反省してるのか。
初めて女将さんに勝った気がした。
「女将さんが、筋とおさないのも珍しいですね。」
「そうだね。譲ちゃん悪かったよ。」
口では謝っているが、それ以外は全く謝ってない。
カンナが恨めしそうに俺を見ていた。
なぜだ?助けたのになんでだ?
「カンナ、なんで俺に怒っているんだ?怒るなら女将さんだろ。あなたは私のお母さんですか?と言ってやれ。」
女将さんが笑っていた。
言えるもんなら言ってみろ!って感じか?
「カンナ、言うんだ!女将さんはお前には言えないだろう思われているぞ!!」
女将さんがもっと笑った。
なめられてる!
違う事は違うと言わないといけない。
「カンナ!なんでいわ…」
「ご主人様は黙ってて!」
言おうとしたらカンナが遮った。
なぜ俺がキレられてるんだ?と思っていると、
「昨日、話したでしょ。」
はい?なんで俺が知らないのに女将さんに話しているんだ?
「あんたのだらしなさをジンに教えてやりな。」
って事は、女将さんに教えていたのか?
女性は全くわからない。男の俺にはさっぱりだ。
「奴隷になって、売れなければ、一生なにもしないで暮らせると思って、奴隷になりました。」
さらに、カンナの思考はもっとさっぱりだ…。
空いた口がふさがらない。
「…そうだったのか。」
しか言えない。あの奴隷商人に同情した。泣いて喜ぶ訳だ。
「カンナ。あんたを見つけたのがジンで良かったよ。もし、もっと厳しい人に見つかっていたらどうしたんだい?」
確かにな…俺は甘いからな…。
女将さん、お母さんみたいだな。まぁ、俺やマリンにとったら【アナライ】のお母さんみたいな者か…
少しは反省したか、と思ったが
「あんな脳筋ばかりの街じゃあ、見つからないよ。」
こいつ…ここまで言えたら尊敬するわ…。
でも、ぶっちゃけるのは今じゃないよ。ある意味、尊敬するがヤバいだろ。こいつ目ついているのか?
ここは、そうだったね。気をつけます。ごめんなさい。で済むだろう。
女将さんの顔が…
「あんた!そんな自堕落でどうすんだい!!ボルドーのせいだね。甘やかし過ぎなんだよ。全く…」
あれ?なんでカンナと師匠が知り合いなのか?
「カンナ、師匠と…ボルドー様と知り合いなの!?」
「あーあっ、お母さんが自分でばらしてどうするの?」
はっ!?お母さん?女将さんがカンナのお母さん?
「女将さんってカンナのお母さんなんですか?」
その後、マリンも合流して全部聞いた。かなり驚いた。そして平謝りした。知らなかったのは、俺だけだったみたいだ…。
今、思い返せば納得できる。
決闘の時、いろいろサポートしてくれてたみたいだった。
特に、デーブルの試合を見ていて、デーブルの伽相手に【変装】して、デーブルに抱えられたところは脱帽した。それを俺は…
っていうか師匠!確かにカンナは、自由な子で優秀な魔術師だが、俺が思ったのと違う!!凄い人なんだろうな。と思っていたのに…
なんか詐欺にあった気分だ。
「女将さん。今までいろいろ申し訳ありません。そして、本当にありがとうございました。」
女将さんのままで良い、と言われたのでそのままにしている。
「いいよ。それよりカンナは任せときな。びしびし鍛え上げてやる。性根を叩き直さないとね。」
おおーっ…怖い。
そうだ!今までの恩返しに
「女将さん、カンナ解放する…または女将さんに譲渡しましょうか?」
カンナの顔が、解放の時はキラキラして、譲渡の時は首がとれるんじゃないか。と思うくらい振っていた。
「いやっ!それは、いくつも筋が通らないよ。」
女将さん、筋通さないといけない病気でもかかっているのか?娘なんだから、自分でいうのもなんだが、変な男の側にいるの心配じゃないのか?
それはともかく、複数あるのか、
「いくつもですか?」
「まず1つは、カンナが自分の責任を果たしてない。独立した大人が自分自身で売ったんだ。それを売れる予定がなかった、なんて言い訳あり得ない。騙されてなら考えてやってもいいが、それじゃダメだ。」
なんか…確かにそうなんだけど…しかも、騙されてなら考えてやっても、って、なんか本当に考えるだけっぽいな…。
「2つ目は、ジン達になにも貢献していない。ジンはしかるべき手順で買ったんだ。それが師匠の娘や、お世話になった人の娘だからといって、解放や譲渡する必要はない。いらないなら、どこかの奴隷商店に売りな。」
本当に厳しい…。買った側の責任なのかもな…違うか?
売りな。って言ってたけど、奴隷商店に売る日が、俺の命日になりそうだ。まぁ売るつもりはないけど。
「そして最後だが、親が子供を奴隷のように使ってはならない。いくら自分が生んで、育てたとしても、子供は親の道具ではない。アドバイスや補助するのは良いが、それを含めて決めるのは子供自身だ。それだけは越えてはいけない一線だと、私は思う。実際、私に譲渡したら筋を通すために、道具として使わないといけない。それだと一方を立たせると一方が立たなくなる。だから断る。」
「道具として使わなければ良いんじゃないですか?」
人を道具とか考えられない。
「それを私がしちまうと、今まで道具として使っていた者が悪者になるかもしれない。そいつらはジンと同じで、しかるべき手順で買った奴らだ。それなのにだ。私の正体はこの街にいる、古参の奴らには結構知られている。それで奴隷を大事に使ってたら、それが見本になってしまう。街長は奴隷を大事にしてるのに、あの人は…ってな、それじゃあ買った奴らがバカを見る。可哀想だろう。」
やっぱり納得できない。できないが…これがこの世界の常識なんだな。
奴隷解放した、地球の人達は本当に偉人だったんだな…。ちょっと違うかもしれないが…。
「女将さん、やっぱり俺は納得できないし、その人達も可哀想とも思えないです。マリンやカンナを道具だなんて思えません。ただ、この考えを押し付けるつもりもありません。」
地球の偉人達の真似なんて、俺には無理だ。
「ジンの考えは嫌いじゃないよ。それはそれで良いんだ。そういうのも含めて、主人の自由なんだから。ただ、私がするのが不味いってだけの話さ。だから解放も譲渡もするんじゃないよ。」
きっと女将さんも、本当は解放や譲渡してほしいだろう。だが街長の立場が、それを許さないのだろう。
街長じゃなければ良かったと、今ほど思っている事はなかった。と思っているに違いない。
なぜなら、女将さんの目が少し赤くなっていた。そんな女将さんを理解はできないが、尊敬した。
「女将さん、そういってカンナの世話をサボらないで下さいよ。」
笑いを誘うように言った。
女将さんも俺の意図に気づいたのか、
「あはは!安心しな。びしびし鍛えてやるからね。」
涙をだしながら笑っていた。これで涙をやっと流せたかな?
「ただ、厳しいだけじゃ可哀想なので、たまには優しくしてあげてくださいね。お願いします。昨日と同じように、夜も一緒にお願いします。本気で。」
マリンの顔が赤くなってうつ向いていた。
「ありがとう。…もう昼過ぎか、夜の準備しないとね。」
俺にしか聞こえないくらいの、小さな声でお礼を言って、宿屋の中に入っていった。
ふと、カンナの様子を見ると寝ていた。それを見て呆れ果てたが、近くに行って起こそうと腕を持つと、ローブの袖が濡れていた。
「お互い、不器用すぎるだろ。」
俺の呟きは、一人の不器用者の耳に消えていった。
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