八月十三日
???
「ダメだなぁ、戦いは慢心したら終わり、基礎中の基礎だっていうのに本当になってない」
そう聞こえてくる言葉に魔術師は何の言葉も返さない。
正確に言うと返せないというのが正しい。
彼は小さな国の中で生まれた地位のない魔術師の長男、一族の悲願の為に生涯を捧げる事を誓い、今まで打ち込んで来た。
大した実力を持っていない彼だが、ある日、魔術教会から呼び出しがかかった。
魔術教会・通称血の結束は閉鎖的で他者のことなど眼中にない魔術師の数を把握し揉め事が起こらないように管理する所で、そこに所属しているのはどれも一癖も二癖もある猛者ばかりだと聞いている。
呼ばれるのは大抵、魔術師としての密約を犯した者ばかりで自分は何か違反した覚えはないが裏切り者として処罰されたくもないため出席した。
ある話を持ちかけられた。
十三人の魔術師による決闘に参加しないかという提案だった。
その話を聞いた時。何を考えているんだ、こいつらと心の中で罵倒した。
魔術師は基本的に他者と係わり合いを持たないし無用な争いは避ける。
呪術などにおいては依頼されたりがほとんどとなっている昨今、好き好んで自分の術を披露する物好きなどいない。
丁重に断ろうとした。
しかし、次の言葉でその考えは大きく変わった。
『この戦いで生き残った者には名誉と我々、魔術教会が全力で悲願達成の援助をする』と。
魔術師において何よりも優先しないといけないのは悲願の達成、そのためならば自分の命も惜しみはしない。
それが自分達の存在意義。
何度も教え込まれた言葉は頭の中で繰り返されながら目の前の提案を呑んだ。
決闘ということに不満はあるがようは勝ち抜けばいい、勝って悲願を成し遂げる。
――そう考えていた自分を呪いたい。
魔術師は荒い息を吐きながら相手の姿を目視で確認する。
かなりの距離が空いているというのに向こうはそんなことお構いなしという感じで近づいてきた。
他の魔術師と何回か戦い苦戦をする事はあれど、負ける事はなかった。このままいけば勝ち抜ける、そう思っていた。
――あんな“化け物”に遭遇するまでは。
「化け物は酷いなぁ」
響いた声に後ろを振り返ろうとしたところで体を水龍が貫いた。
ヤバイ、と思った瞬間、体の中に水がどんどん浸入してくる。口、鼻、目、耳と体の穴という穴から水が流れ落ちる。
「・・・・全く、こういう連中ばかりなのかなぁ? 三流魔術師の相手ばっかりって本当につまらない。つまらなすぎてさぁ・・・・そろそろ喰らっていいかなぁ」
鼓膜が破れて相手がなにをいっているのかまるで聞こえない。
けれど、予想はつく。
――逃げろ、
――逃げないと危ないぞ。
――殺される。
――殺されてしまう。
頭の中でずっと危険信号が鳴り続いている。
魔術師は逃げる為に地面に指をつけた。
けれど、何も起きない。
「(な、なんで・・・・)」
指を地面につけて魔術を使おうとしているのに何も起きない。
どうして?という疑問に魔術師は恐怖で歪んでいる顔をさらにゆがめる。
「・・ん? もしかして術使って逃げようとしていんのかな。無理無理。もうキミはゲームオーバーなんだ。だからさ」
目の前の相手がにこりと微笑む。
ただ笑っているはずなのに、ハラペコの肉食獣がようやく餌にありつけるような顔と重なってしまう。
声は聞こえない。でも、いおうとしている事は何故か容易に想像がついた。
「そろそろ終わりにするねぇ」
深夜の街中、一人の魔術師の悲鳴が木霊する。
ぺろりと唇を舐めながら捕食者は妖艶な笑顔を浮かべた。
「あ~。おいしかった・・・・でも、物足りないなぁ」
「もっと、食べたいや」
▼
結論からいうとあの魔術師を倒したからって全てが終わったというわけじゃなかった。
安全な所に移動してから包帯を取って確認をするとまだ刻印は残っていた。冥界の魔術師じゃないとすると残りの魔術師につけられたかもしれないと二人はいい、まだ行動を共にすることが決定した。
「というわけで草むしりです」
「呼び出したかと思えば・・・・いきなりなに?」
のんびりしていたところを電話で呼び出された僕はメイドさんに尋ねる。
目の前に軍手とゴミ袋を差し出している彼女はというと相変わらず無表情、この人笑えばいいのに。
「私の言葉が理解できませんでしたか? 仕方ありませんね。そのノミみたいに小さな脳みそが理解できるよう、もう一度教えて差し上げます。草むしりをしますよ。理解できましたか」
そして毒舌も冴えていた。
「えっと、どうして草むしりなんですか?」
「簡単なことです。お屋敷の周りの雑草共が少し掃除をしていない間にぼうぼうに伸びているのです。なんとしても奴らを刈り取らなければいけません。ですから貴方が奴らを殲滅するのです」
「僕だけ!?」
会話の中にメイドさんは自分を入れなかった。
のんびりするつもりだったら許せない、僕は何をするのか訊ねる。
「私はお嬢様と買い物に行かないといけません」
「他人を屋敷の中に一人って危険だと思うんだけど」
「問題ありません、うっかりトラップを起動させなければ」
「無理だから!」
その後、騒ぎを聞きつけた草薙さんがやってきて、食材などを買いに行くということだったので男手の方がいるんじゃないかという話になった。
草むしりをメイドさんが、買い物を僕と草薙さんといくことになる。
「お嬢様にへんな事をすれば命がありませんよ?」と釘を刺してメイドさんは草たちと格闘を始める。
「いきましょうか」
「あ、はい・・・・」
『この雑草ドモォオオ!キサマラのためにお嬢様との買い物ガァァァ!』
聞こえてくる叫びはきっと幻聴だろう。そうに、決まっている。
「・・・・なんか虚しい」
「え?」
スーパーでの買い物を終えて僕はぽつりと呟く。
自分の手にあるスーパーの袋は二つ。隣で首をかしげている草薙さんの手にはスーパーの袋が三つ。
悲しきかな、男として頑張ろうとした結果、二つまでが限界で彼女はそれより上だった。
男のプライドが砕け散った瞬間だった。
「相馬さん?」
「女の子より・・・・力が弱いなんて」
「え、あ・・・・」
どうしたのだろうと思っていた彼女は急に困ったような表情になって手を振る。
「相馬さんの力が弱いというわけじゃないんですよ。私、ズルしているんで」
「・・・・ズル?」
「魔力を体に馴染ませる必要があるんでこういうところでも魔術を使っているんです」
簡単な肉体強化をしているんです、と草薙さんは言う。
肉体強化は文字通りの意味で、魔力を体に流し一時的に筋力の底上げをしているからほんの少しだけ力があがっているのであって、普段の彼女はスーパーの袋二つが限界だそうだ。
魔術、すごいなと思った。
「ねぇ、どうして」
最後まで言おうとして止める。自分は巻き込まれているだけであって彼女達とは縁もゆかりもない。
深く入ったところで出来る事なんか一つもない。
そう、一つもないんだ。
「夜闇決闘に参加するのかっていうことですか?」
だが、相手は途中までで察して続きを言う。
言おうとしていることがばれて僕は何もいえない。
「そうですね。一族の為という理由もあるかもしれないんですけれど、一番はママに少しでも追いつきたいというのがしっくりくるかもしれない」
「お母さん?」
どういうことか気になって僕は草薙さんに尋ねる。
少し座って話さない?と彼女に提案されて、近くのベンチに促された。
荷物を置いて草薙さんはゆっくりと話してくれた。
彼女の母親は優秀な医者で何人もの重病患者をその手で救ってきたそうだ。どの医者がこれはダメだとさじを投げたものも積極的にメスを振るって救っていたらしい。
「でも、ほとんどの医者はママのことを人でなしや狂人として蔑んでいたの」
「な、なんで!? 重病の人を助けたんでしょ」
「人の体を切り刻んで楽しんでいるって思われていたの」
医者がさじをなげた患者すら積極的に救っている。救われた方からしたら嬉しいことこのうえないだろう。でも、さじを投げた医者からすれば面白くない。自分では救えなかった患者が他の人に救われた。面目丸つぶれと考えたのかもしれない。
故に、プライドが大事の人間がとる行動は、一つ。
悪評を流して陥れる。
「そんなの・・・・酷すぎる」
「蔑まれてもママは信念を曲げなかったんです」
人を救う為だけに行動していただけだというのに誰からも理解されない、どうして報われないのだろうと僕は納得できない。
理不尽だ。
必死に人を救おうとしただけなのに。
「報われないなんて」
「一度」
一度だけ聞いたことがあるんです、と草薙さんは言う。
彼女も理解されない母親に聞いたことがあるそうだ。
蔑まれてまでどうして人を救おうとするのか?
「そしたら、怒られちゃいました」
『人を救うのに理由がいるのか? 人を助けるのに理由がいる世界なんて最低だ』と頭を小突かれましたと草薙さんは小さく笑う。
それからも彼女の母親は何人も救い続けた。自分が大きな病にかかって亡くなってしまうまで。
母親が亡くなってから草薙さんは父の下に引き取られた。そこが魔術師の家系で、彼女は魔術師になるための知識を叩き込まれたらしい。
「それからかな・・・・ママみたいに誰かを救えるようになりたいって考えたの。その時に夜闇決闘の話がきました」
基本、一対一の戦いだが中には約束を破り一般人に手を出す魔術師がいる。一般人を守るという理由で草薙さんはこの戦いに参加したのが主な理由だったと話す。
母親と同じように誰かを守る為にという理由だけで、この決闘に参加していると。
「・・・・凄い」
「え?」
「なんでもない。そろそろ戻ろうか」
袋を手にとって立ち上がる。
ちらりと母親の事を楽しそうに話している彼女の表情からして本当に素晴らしい親だったんだろう。
「今日の夕方から夜に僕、神社の夏祭りにいきたいんだけれど」
「夏祭り?」
草薙さんは首を傾げて尋ねる。
「祭りの事しらないの?」
「はい、私の住んでいた地方ではそういうものはなかったので」
「夏祭りっていうのは・・なんていったらいいのかな。たこ焼きやら焼きそばとかの出店があってみんな浴衣を着てわいわい楽しむところっていえばいいかな」
「面白そうですね。でも、行くわけにはいかないです」
「・・・・なんで?」
「予定が入っていて」
「あぁ、そうなんだ。仕方ないね」
この時、僕に観察眼があったら彼女の目が少し泳いでいた事に気づいていたかもしれない。気づいて問い詰めていたら。
あんな結果にはならなかったのかもしれない。
▼
「遅いな・・・・」
黄泉神社へと続く長い石段の前で時計を確認していた。
待っている黄泉神社はもともとは別の地方にあったらしいんだけれど、土地の区画整理などの政策によってこの横坂市へと移された。
社は新しいけれど、神社そのものの歴史は深いそうだ。
「はぁ・・・・」
僕はため息を吐いた。
約束の時間になっても彼女の姿が見えない。
彼女の性格からして待ち合わせ時間、三十分前には到着している。
だというのに待ち合わせ時間になっても彼女の姿が見えない。何かあったのかな?
塒白衣は普段、携帯電話の電源を切っている、理由を聞いてみたら「私がかけることには問題ないが相手にかけられるのはへこへこしているみたいで嫌いだ」ということらしい。
相手に下としてみられるのが許せない、強気な部分は昔からあった。
それが原因で味方を作るよりも敵を作ることのほうが多かった。
でも、僕は彼女の傍に居続けた。
凡才だから、周りから標的にされたこともあったけれど、塒白衣の傍にいた。きっと、それは・・・・。
「すまない。遅れた」
後ろから聞こえた声にうん、僕もさっききたところだよと返そうとしたところで動きを止める。
「どうした?急に固まって」
白い浴衣を藍色の帯で留めた線の細い少女がそこにいた。
綺麗に結い上げた髪には花のかんざしを飾っている。
目の前にいる少女が塒白衣だと一瞬、わからなかった。
可愛いに加えて可憐さがあいまってなんとも言いがたい美しさを醸し出していて、しばしの間、言葉がでなくてその姿を見つめてしまう。
「・・・・どうした?」
「あ、ごめん」
ハッとして誤魔化すように視線を泳がせる。
「すまない。なれない事をやってしまって遅くなった」
「どうして着付けを?」
「私にも色々とあるのだ。さぁ、行こう」
彼女はそういうと僕の手を握った。
その感触に驚いて、目を見開く。
今まで彼女から手を握ってくるという事がなくてますます混乱してしまう。
「行くぞ。時間は限られているんだから」
「う・・うん」
彼女に引かれる形で石段を登っていく。
人の流れに乗って歩く事およそ十分。石段を登りきると屋台の灯りが見え始めてきた。
焼き鳥、焼きそば、わたあめなどのお祭りの定番メニューを売っている出店から、スーパーボールすくい、射的、アイドルの写真やプラモデルと統一性のない景品が置かれているくじ、様々な店が並んでいる。程度の差こそあれ、どこも一様に繁盛しているようだ。
「おぉ・・」
夏祭りにやってきて、感嘆をもらす。
「久しぶりにくるけれど、賑わってる」
「そうなのか? こういうところに興味がないからはあまりわからない」
不思議そうに首を捻りながら彼女が言ってくるのを僕は小さく苦笑する。
昔から行事に興味がなかった彼女からすれば屋台などできゃっきゃっ騒いでいる人達は変な集団にでも見えるのかもしれない。
「そういうわけだからここらへんの案内を君に任せたいと思う」
「任せるって、何かこれが食べたいとかそういうのある?」
「全くない。だからキミに任せる。さぁ、キミの腕を見せどころだ」
引きつった笑みを浮かべてから塒に視線を向ける。
表情に変化はないけれど、目からプレッシャーを感じた。
「じゃあ、適当に食べてから出店を見て回ろうか」
「うむ、頼む」
なんか、前途多難な気がする、と思いながら近くの焼きそば屋の列に並ぶ。
「なぜ、みんなこの列に並ぶんだ?」
「それは焼きそばを食べたいから」
「どうして? 一流の職人が作ったものとはいいがたいだろう、並ぶ理由が理解できない」
屋台のおっちゃんが聞いたら怒りそうな言葉に困った表情を浮かべながら。
「別においしい料理を食べたいから並んでいるわけじゃないよ。みんなで楽しく食べたいから買うんだ」
「・・・・理解に苦しむ。何故だ」
首をかしげている塒にかける言葉を考えているとはいよ!と屋台のおっちゃんが焼きそば渡してくれる。
金を支払うとその列からはなれた。
「はい」
「・・・・む」
「一緒に食べよう。そうすればわかるかも」
「・・・・うむ」
焼きそばの入ったパックを渡して僕らは空いていたベンチに座って焼きそばを食べる。
「あまりおいしくないな。ソースは濃いし、火が通っているのか怪しい部分もちらほらある。なにより野菜が焦げているじゃないか・・・・」
これはダメだったかな?と隣で冷や汗を流していると。
「だが、楽しいという気持ちはわかったような気がする」
「え」
焼きそばを食べ終えた彼女は空になった容器を膝の上においた。
「君と一緒に食べると楽しいというのはわかっていたがこういう場所でというのもいいものだ」
「・・そういってもらえると嬉しいよ」
一瞬、ドキリとしながらなるべく冷静さを装って頷いた。
顔を赤くしたりしたら彼女にからかわれてしまう。
「さぁ、次だ。案内してくれ。まだまだ私はキミと楽しみたい」
「僕、まだ食べ終わってないんだけど・・」
次に案内したのはカキ氷だったけれど、あまりに列が長かった為に彼女にはベンチで待ってもらって買ってくることにした。
「シロップの好みは・・・・ってわかんないよね」
「当然だ。キミに任せるよ」
「わかったよ」
屋台の前で、イチゴやメロンと書かれた紙を見て氷削機の前に立っていたおねえさんに声をかけた。
「すいません。イチゴとレモンを一つ」
「はいよ!」
元気よく声を返して屋台のおねえさんは手馴れた動作でカップを二つ用意して氷の山を盛り上げると、赤と黄色のシロップをたっぷりとかけて手渡してくれる。
これといった好みがカキ氷にない僕はありきたりなものだがイチゴとレモンをチョイスすることにした。
代金を払いカップを受け取り、塒が待っているベンチまで戻ってくると手渡す。
「はい」
「ありがとう」
塒はカップを受け取ると不思議そうな顔をして先端をスプーンみたいに切り抜いたストローで黄色の氷をすくい取り、じぃっと眺めてから、ぱくっと口に放り込んだ。
「・・・・・・ほぉ」
驚いたように目を見開いて、ぱくぱくと一気にかきこむようにカキ氷を食べ始める。
「あ、あんまり一気に食べると・・・・」
「・・・・っ!」
遅かったようだ、彼女は渋面になって、手で側頭部をさすった。
「な、なんだ、これは・・・・キーンと、きたぞ・・」
「カキ氷みたいにつめたいものを一気に食べてしまうからだよ。なんとか頭痛っていわれていた気がするけれど・・大丈夫?」
「・・だ、大丈夫だ」
目をきゅっと瞑っていたが少ししてふぅーと息を吐いた。
「しかし、さっき食べた焼きそばよりも芸術的なおいしさだな。何故、これは評価されていないんだろうか。もっと名物として売り出すべきだ」
「そ、そうだね」
既に夏祭りなどで名物になっていることをいうべきかどうか少し悩んでしまった。
視線を感じて顔を上げるとじぃーっとイチゴ味のカキ氷を見ている塒と目が合う。
「少し・・・・食べる?」
「いいのか!」
目を輝かせる彼女に頷いてイチゴのシロップがかかっているカキ氷が入っているカップを差し出す。
塒は自分のストローで器用にすくいあげて自分の口の中に入れる。
「こっちも中々のものだ・・・・だが、私的にはこちらの方が好きだな」
「ふぅん」
「ところで、なんでスプーンがストローなんだ?」
「シロップだけを味わったりする為・・だったと思う」
「なるほど、詳しいな。ないとは」
「いやいや」
カキ氷を堪能してから食べ物系ではなく、スーパーボールなどの出店を見て回っていた。
「これはどういったものなんだ?」
「くじ引きだね」
「意味はわかる。だがなんでそんなことをしないといけない? 欲しいものなら金を費やせばいいじゃないか」
彼女の言い分は一理ある。
けれど、ここは祭りが行われている場所であり、屋台だ。
「くじを引いて自分の手に入るものがあるかもしれない、ないかもしれない。そういうのを楽しむものなんだ」
「・・・・ふむ、ではやってみてくれたまえ」
「僕が?」
彼女が頷いたのを確認してから屋台のおっちゃんに金を渡す。
おっちゃんは金を受け取ると傍に置いてある小さな箱を差し出した。
「この中に入っているのを一つ取ってくれ」
「はい」
カラフルな箱の中に手を入れて適当なくじをとっておっちゃんに渡す。
おっちゃんは渡されたくじを手に取るとめくって番号を確認する。
残念賞かな?と思っていると横に置かれていた四角い箱を差し出してくる。
「ほらよ。大事にしな」
「あ、ありがとうございます」
「・・何があたったんだ?」
覗き込んでくる塒と一緒に木箱を開けるとそこには銀色の懐中時計が入っていた。
「懐中時計?」
「それな。天才といわれた時計職人の爺さんが作ったって言う最後の作品らしいからな」
屋台のおっちゃんはそういうと別の客の対応を始める。
僕らは屋台から離れてからまじまじと懐中時計を眺めた。蓋の裏に馬らしきものが描かれていた。
「ユニコーンか」
「え?」
「ほら、馬の額に細長い角があるだろ」
「本当だ」
「神話にでてくる獣。ユニコーンだ。女性にしか懐かないということだ」
「じゃあ」
懐中時計を塒に差し出す。
彼女は、ん?と不思議そうな顔をして首をかしげた。
「なんだ?」
「あげるよ、僕は時計もっているから懐中時計は使わないから」
「しかし、これはキミが手に入れたものだ」
どうやらただであげるといっても受け取るつもりはないようだ。
趣向を変えよう。
「じゃあ、プレゼントとして僕からあげるよ。今日ので、デートのきにぇんに」
最後に噛まなかったならかっこよかっただろうに、僕は項垂れてしまいそうになる。
すると白くて小さな手が懐中時計の箱にそっと触れた。
「プレゼントだというのなら、貰おうじゃないか」
「へ?」
「違うのか」
「う、ううん! キミへのプレゼントだ」
「そういえば、今日はキミの誕生日だったんじゃないか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・ぁ」
「プレゼントなら、キミの誕生日プレゼントとしてこれを」
「男に、に、二言はないよ! これはキミへのプレゼントだから受け取ってください! お願いします!」
半ばヤケクソ気味に叫んで彼女に押し付けるように木箱を前に差し出す。
では、と塒は木箱の中に入っていた懐中時計を受け取る。
時計を見ている彼女の表情は変わらない。けれど、付き合いの長い僕だからこと、頬が少し緩んでいることがわかった。
「嬉しいな」
その言葉を聞くだけで心は喜びに満たされていく。
彼女といるだけで満足だ。
だから。
「ねぇ、どうして急にデートをしようなんて言い出したの?」
だからこそ、彼女が前触れもなくデートをしようと言い出したことが気になる。
行事、恋愛などに興味のなかった塒が急に興味を持ち出したことに酷く違和感があった。
「簡単に説明するなら、時間は永遠じゃないというのを改めて思い知らされたからだよ」
「それって、どういう」
「相馬ないと、キミはボクの事が好きか?」
「えっ!?」
いきなり好きか?といわれて戸惑った。
嫌いか好きかと聞かれたら塒白衣のことは大好き、けれど、それをはっきりといえるほどの度胸を持っていない。
「私はキミの事は大好きだ、だからこそ、はっきり伝えておきたい、私はキミのことが好きだとね。ないと、キミはどうなんだ? 私の事は嫌いか」
「・・・・嫌い、じゃない。むしろ・・好きだよ」
真っ直ぐに彼女に見つめられて、自分の心臓の音が聞こえるくらいにまで緊張しながら震える声で応える。
「そうか、良かった・・・・」
心の底から安堵したみたいに彼女は小さく笑って僕の手を掴んだ。
「今日の祭り、存分に楽しもう」
「うん」
握り締められている手にドギマギしながらも笑みを返して歩き出す。
これからもずっと、彼女が隣にいてくれる。
塒白衣と一緒に居られる。
そのことがとても嬉しい。
僕は笑顔で彼女と祭りを楽しむ。




