八月十二日
「なんでこんなことをしないといけないんだ・・・・?」
その日、芳養麻春人は一日中、不機嫌だった。
ぶつぶつと文句を言いながら周囲の民家へと視線を向ける。
既に時間は夜の九時を過ぎている。サラリーマン達は家に帰宅して妻と一緒にビールを飲み、テレビをみている頃だろう。
そんな時間に自分はどうしてこんなところを歩いているのだろうか、と自問する。
答えはすぐにかえってくる。
芳養麻は刑事だ。刑事といっても捜一、警視庁捜査一課という警察の花形部署でも交番勤務というわけではない。
彼が所属しているのは警視庁公安部、そこの公安総務課第六公安捜査第11係に席を置いている。
警視庁公安部はGHQの人権指令により廃止された警視庁特別高等警察部の後継組織であり公安部は暴力団や政治組織をはじめとする普通の警察が対処するには手に余る事件を管轄として活動している。
そのため、縄張り意識の強い部署との争いが絶えない。
公安総務課第六公安捜査第11係に芳養麻は席を置いている。
いっても着任してまだ一日も経っていないうえに芳養麻は刑事に成り立ての人間でもあった。
憧れであった刑事になれたことは素直に嬉しい、喜ばしい事なのに芳養麻が不機嫌なのは配属された11係の捜査対象についてだ。
「立花主任、本当にこの地域にいるんですか?」
「信頼できる筋からの情報だ。間違いない」
「今日、何度も話を聞いたのですが信じられません。魔術師が人を襲っているなんて」
父のような警官になりたいという夢を叶えるために司法試験などを受けて芳養麻は警官、いわゆるキャリア組となる。
それから努力を重ねていった結果、父と同じ刑事になれた。
芳養麻の父親の所属していた花形部署の捜査一課ではないが、警視庁配属となった時は涙して喜び、なれない酒を同僚たちと飲み交わしたほどだった。
けれど、配属された警視庁公安総務課第六公安捜査11係は他の部署と違って魔術師、魔術に関する事件、つまり通常で起こりえないものを調査する事を目的としている。11係の主任であり自分より階級が上の立花警部が真顔で何度も語っているからウソじゃないことはわかる。けれど何度も聞いていると本当にいるのか?と疑いたくなってしまう。
もしかしたら魔術師という用語を使っているだけでカルト集団なんかが本来の担当なんじゃないかとすら疑いたくなる。それだったらまだ嬉しいという気持ちが彼の中にある。
主任の立花をはじめとして自分より長くこの部署に所属している先輩刑事達はそれぞれが険しい表情をして民家へ意識を向けていた。
自分達はここのところ民家を襲撃している強盗を捕まえる為に来ている。
強盗となっているが立花達の話によるとその犯人は魔術師。
魔術師というのは夜間に活動することが多く、目的の為には手段を選ばない。
そんな彼らを警察では捕まえる事ができない。日本は罪刑法定主義をとっているので、証拠など裁判官が納得するものを揃えないと意味がない。しかし、魔術師はそういった証拠などを残さずに人を殺したりする事ができる。
そんな連中を普通の警察が捕まえるなんて事はできない。
だから公安部に新たな部署を設立し魔術師を秘密裏に確保していく。それが11係の役目。
「しかし、それほど危険だというのならあらかじめ住人を避難させるか機動隊の出動を要請するとかして人員を増やせばいいのではないのでしょうか?
「いいか、新入り」
立花が太い腕を回して芳養麻を引き寄せる。
自分より頭一つ低い上司は何故かにやりと笑っていた。
「この街で魔術師が殺人を行なう、自分達じゃ手に負えないから応援よこしてくださーいといって上が認めると思うか?」
「は・・?」
立花の言葉にぽかんとした途端、先輩達の口から失笑が漏れる。
混乱している芳養麻に立花は耳元で口を動かす。
「これから起こるのは現実ではありえないような事柄ばかりだ。人生と刑事の先輩であり上司である俺が後輩であるお前に教えるのはいくつかあるが、一つは、目の前で起こった事を否定するな、否定せずに受け入れてこれからどうするかをすぐに考えろ! ここの仕事は思考を放棄したヤツが生き残れるほどやわじゃない」
「は、はい・・」
「そして、次に大事なのが」
にっ!と歯を見せて立花は腹を小突いた。
げほげほと咳き込んでいる芳養麻の背中を叩き。
「自分の身を一番に考えろ。死にたくないと感じたら迷わずに逃げろ。俺達は誰も責めたりはしない! なぁ!」
「主任、一度にいいすぎですよ」
「らしいといえば主任らしいですけど」
「新人も戸惑ってますよ?」
「え、あの」
先輩達が苦笑している中でそうかぁ?と立花は豪快に笑う。
芳養麻を除く全員がひとしきり笑ったところで「さてと、伝えたい事は全部いったつもりだ。気ぃ引き締めろよ。こっから先は仕事だ」と真顔で告げられる。
「は、はい」
真顔になった立花にたじろぎながら芳養麻は頷く。
今まで愛嬌のあるおっさんというイメージだった立花の顔がまるで歴戦の戦士のような風格をみせたためにたじろぐ。
全員が懐から拳銃を取り出して弾丸の数を確認する。少し遅れて芳養麻も確認して動き出す。
立花や先輩は魔術師が民家を襲うポイントをいくつかに絞ってメンバーを数人に振り分けて散開した。
芳養麻は立花ともう一人の先輩と共にある民家の前に立つ。
情報によると父と母、子一人の家庭らしい。自分とは少し違うなと思いながら芳養麻は家を見てふとおかしなことに気づいた。
何がおかしいのかわからないが芳養麻はとても気になってしまい家を睨む。
「・・・・どうした?」
周辺を窺っている立花が訪ねるよりも早く芳養麻はドアホンを押す。
「お、おい!?」
押した芳養麻を止めようとした立花も気づく。
確かにドアホンを押した。
なのに、目の前にある機械からはコール音がならない。それどころか灯がついているというのにドアの隙間から顔を見せようとすらしない。
おかしいことに気づいた立花はもう一人の部下を呼んで突入する指示をだす。
「・・・芳養麻、俺と一緒に中に突入する。中山はそこで待機」
「はい!」
「わ、わかりました」
立花と一緒に芳養麻は拳銃を取り出しドアを少し開けて滑り込むようにして中に入る。
土足であがりこんで二人はリビングに向かう。
「っ!?」
リビングのドアを蹴って中に突入した芳養麻は言葉を失う。
そこでは家族団欒で夕飯を楽しんでいたのだろう。机にはおいしそうなハンバーグとサラダにスープ、そしてご飯がうっすらと湯気をだして置かれていた。
周りを囲むようにして血まみれでこと切れている三人の家族が倒れている。
芳養麻はかがんで小さな子どもの首に触れて脈を図った。
「・・・・」
近づいてきた立花に首を横に振る。
子どもは既にものいわぬ体になっていた。
「くそっ!」
拳を床に叩きつける。
ぴちゃんと傍の血だまりが跳ね返って服にかかる。
「どうやら既にここにはいないようだ。他はどうだ?」
袖口の小型マイクで状況を尋ねる。
『しゅ・・・・き・・・・は・・・・い!』
少しするとノイズ交じりの先輩の焦ったような声が聞こえてきた。
「どうした? 聞こえないぞ、何かあったのか」
立ち上がろうとした芳養麻の首筋に冷たい何かが触れた。
なんだと確認しようとした所で呼吸ができなくなる。
「ぐっ・・がっ!?」
何が起きているのかわからない。
混乱している芳養麻は後ろにいる“何か”を引き剥がす為に立ち上がって体を揺らす。
けれど、しがみついている“何か”はより首にしがみついてくる。
「動くな!」
立花の怒声にぴたりと動きを止めた直後、大きな音と耳元を何かが掠めた。
ずちゃりと何かが潰れるような音と冷たい何かが首筋から入り込んでくる。
「うひっ!」
ぶるる、と背筋が震えながら芳養麻は首にしがみついている何かが床にずり落ちた。
「主任・・」
「逃げるぞ!」
感謝の言葉を出す前に立花が芳養麻の腕を掴んで外に飛び出した。
上司の顔が必死なのがわからない。
「一体・・・・」
「今はとにかく走れ! 捕まったら今度は絞められるんじゃなくて骨折られるぞ!」
「え? なにが」
民家を飛び出したところで横から黒い影が飛び出して立花に襲い掛かった。
ぐらりと体のバランスが崩れて芳養麻は近くの門柱に体を打ちつける。
痛む体を触りながら体を起こして言葉を失う。
目の前で立花ともみあっているのは目の前の民家で命を落としていた男が覆いかぶさるようにして襲っていた。
死んでいる人間がどうして動いている?と動揺している芳養麻は拳銃を取り出して立花を襲おうとしている男に向ける。
「どけ!撃つぞ!」
「警告は・・・・無用だ。さっさと撃て!」
「でも・・」
動揺している芳養麻の前で外に待機していた先輩が拳銃を向けて発砲。
衝撃でつんのめった男は地面に大の字に倒れて動かなくなった。
「すまん、助かった」
荒い息を吐きながら立花はむくりと起き上がると呆然としている芳養麻に近づいてぺちんと頭を叩いた。
「大丈夫か?」
「なんで・・・・」
「やはり死んでます」
「他の部下と連絡がとれない。とにかくここから離れたほうが安全かもしれないな。撤退だ」
「逃げるんですか!?」
「死んだ人間が動く理由がわからないし部下との連絡がとれない。これだけ最悪としかいいようがない状況だ。撤退したほうがいい」
「でも! もしかしたら生存者が」
「新入り!命令だ」
「でも!」
「いいから!」
そういって先を歩こうとした先輩の首が吹っ飛んだ。
風船が割れるような感じに頭が弾け飛んで鮮血が芳養麻の顔にふりかかる。
地面に崩れ落ちた先輩の体の前にローブですっぽりと体を隠した者が手を前にして立っていた。
フードの隙間から笑っている口が見えて芳養麻の頭に浮かんだのは疑問。
なんだ?
こいつは一体なんなんだ? 状況を分析するけれど、でてくるのは常識的なことばかりで役に立つとは思えない。
ローブの人物はゆっくりと近づいてくる。
一歩、二歩と距離が縮まるたびに寿命が減っていくような感覚に包まれていく。
勝てない。
コイツにはどんな手段を用いた所で勝てない。自分はただ逃げるしかない。
逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ!と警鐘が頭で鳴り続けているので動けない。いや意地でも動こうとしない。
今の芳養麻の頭の中にあるのは死んだ父のように民間人を守る強い警察が占める。
父のようになるために刑事になったんだという意地がその場から逃げる事を絶対に許さなかった。
ローブは手を一振りすると黒い砂のようなものが集っていく。
黒い砂は刃へと形作る。
まるで生きているかのように動いている砂が地面に当たるとバリバリと火花を撒き散らす。
「う、動くな!」
警告は無意味だとわかっているのに芳養麻は叫ばずにいられなかった。
震える手で銃口を相手に向けた。
ローブは拳銃を向けられたというのにまるで気にせずに近づいてくる。
撃つ。撃っていいのか?
相手は敵だ。本当に?
へんなものを持っているんだぞ。だから敵じゃないといえるのか。
殺されるかもしれない。確証があるのか?
こっちは正当防衛が成立しない限りは撃ってはいけない。確実に殺されてしまうぞ。
一つの考えを出すたびに別の考えが浮き出て邪魔をする。
どうすればいい? どうしたらいい、混乱する芳養麻の目の前でローブは砂の刃を投擲する。
ヘビのようにうねりながら近づいてくる刃に気づいて芳養麻は発砲した。
弾丸は刃に吸い込まれて消える。
貫いたのか、弾かれたのかわからない。
ただわかっているのは。
このまま死んでしまうということだけで。
呆然と迫り来る刃を目視していると横から衝撃を受ける。突き飛ばされたということに気づいた。目の前で肉が切り裂かれていく。
「た、立花さん!?」
芳養麻を庇ってローブの砂の斬撃を受けたのは立花だった。
どうして彼が? 自分が撃たなかったから。
逃げようとしなかったから、彼が死ぬ。
「うわぁああああああああああああああああああああっ」
叫んでいるのか泣いているのかわからない声をあげて芳養麻は拳銃を乱発する。
何も考えずに撃っているからローブに当たっているのかすら、わからない。
けれど、芳養麻はただ撃った。
カチカチッと虚しい音がいくつも鳴り響いて。芳養麻は拳銃を地面に投げ捨てて倒れている立花に駆け寄る。
「しゅ、主任、大丈夫ですか?」
「新入り・・・・か」
「喋らないで下さい。すぐに救急車を手配しますから」
携帯を取り出した芳養麻の腕を震える手で立花は掴む。
「いいから・・・・逃げろ」
「でもっ!」
ポケットからハンカチを取り出して芳養麻は立花の傷口を押さえようとするが彼の手から零れ落ちるようにして次々と血が流れ落ちていく。
流れていく血をみているとどうしょうもないくらい自分が無力だと思い知らされる気分だ。
「まだ、ここが安全・・・・じゃない・・まだ・・でて」
「だからって主任を見捨てて逃げるなんて」
「・・・・さっきいったことを・・・・忘れたのか!!」
見捨てられない。自分のせいで傷ついた人を置いて逃げるなんて。
芳養麻のそんな考えを見抜いたのか立花は胸倉を掴んで自分の下に引き寄せて叫んだ。
重傷だということを感じさせない声に同様していると、ぐばっ!と顔に血を撒き散らす。
「“あれ”をみて・・・・お前は逃げろと・・感じただろ・・・・直感には素直に・・・・従え」
「でも、主任がいなくなったら11係は誰が!」
「んなことは後で・・考えろ。今は」
――お前の出来る事、自分の身を一番に考えて行動しろといったきり立花主任は動かなくなった。
傷口から流れ出ていた血も段々と少なくなってきている。
もう、助けられない。
芳養麻は顔を歪めて主任の顔に体をうずめたかった。
けれど、それはできない。
視界の端からゆっくりと死んでいる筈の人々がこちらに向かってくるのが見えた。
中には先輩が発砲した男の姿があった。その中には連絡の途絶えていた先輩達の姿もある。
どれもが瞳孔が開いた瞳でふらふらとまるでゾンビのようにおぼつかない足取りでこちらに向かってきている。
拳銃はもう使えない。警棒で立ち向かった所で人数が多すぎて無理だ。
「くっそぉおお!」
奥歯を強くかみ締めながら芳養麻は彼らがいない道に向かって走る。後ろは一度も振り返らない。振り返ってしまったら自分は止まって戻るというのがわかっていたから。
――どうして、
――どうして、
――どうして、こんなことになった。
理由なんかわかりきっている。
「僕が弱かったからだ・・」
自分に力がなかったからだ。
彼らを救えるほどの力を持っていたらこんなことにはならなかった。
力がなかった事を悔やみながら芳養麻は停車している車に辿り着いた。ドアを乱暴に開けて震える手で無線機を手に取る。
――無線機で応援を呼ぼう、そうすればあいつらを鎮圧できるはずだ。
回線を開こうとした芳養麻は急に呼吸ができなくなる。
なんで?と戸惑いながら振り返った芳養麻は言葉を失った。
後ろには死んだはずの立花が自分の首を絞めていたのだ。
瞳孔の開いた瞳が真っ直ぐに自分を見ている。けれど、その瞳に自分は写っていない。呼吸もしていない。
彼は死んでいる。
――もしかしたらこれは罰なのかもしれない。
芳養麻は薄れ行く意識の中でそんなことを思っていた。
自分が無謀で力がなかったら立花は死んで追いかけてくる彼らの数を無駄に増やしていっただけ。
これは自分に対する罰なのかもしれない。
「――ダメ!」
そんな声を最後に芳養麻は意識を手放した。
「どうしてこんな民家なんかに?」
図書館での勉強を終えて家に帰ってきたところを宅前に待機していたメイドさんに無理やりここにつれてこられた。
それからずっと近くにある喫茶店で時間を潰すようにいわれた。
お金なんかは渡されていない。飲み物代は全て自腹でした。理不尽のなにものでもない。
「相馬さんには申し訳ないのですがここに魔術師が姿を見せるみたいなので」
「魔術師が現れることと僕がここにいることの何の関係性が?」
「忘れたのですか? 貴方は魔術師に刻印を焼き付けられているのです。私達の傍に居たほうが安全なのです。それに刻印をつけられた者は必ず殺される。狙われている人間を放置するほど我々は冷酷ではないということです。わかったらお嬢様に感謝しなさい」
メイドさんの言葉に僕はなるほどと納得してしまうが同時に疑問が浮き上がった。
「なんで魔術師は民家なんかに現れるんだ? 僕を狙うなら自宅の方に現れるんじゃ」
刻印は対象の相手を必ず殺すという意味ならばどうして自分が住んでいる家のほうで姿を見せないのだろう。今いる民家は自宅の反対方向に位置している。明らかにこれはおかしい。
「それは相手が冥界の魔術師だからです」
「めい・・かい?」
「・・・・お嬢様、二つ名のことについては話していないのですか?」
「あ、忘れていました」
二つ名?
新たに飛び出した単語の意味を聞くために草薙さんに尋ねる。
「二つ名ってなんですか?」
「魔術師は悲願を達成する為に活動をしていると話しましたよね。魔術師のほとんどは悲願達成の為にお金がいります。なので裏家業に手を染めている者達がほとんどです。その中でかなりの実力を有した者に畏怖の念をこめて二つ名を与えられている魔術師がいます。それが二つ名です」
「二つ名があるという事は強い・・・・んじゃ」
「そうですね。ほとんどが恐ろしい力を持っています。ですが、冥界の魔術師如きお嬢様の敵ではありません」
自信満々にいうメイドさんだが僕は魔術師に関してはよくわかっていないので酷く不安になる。
「・・・・あれ、なに?」
数メートル先の暗闇で車の所でもみ合っている人達がいるのに気づいた。
車に乗ろうとしている人をもう一人が止めようとしている。喧嘩でもしたのだろうか?と僕が思っていると急に草薙さんが走り出す。
「ダメ!」
彼女は叫んだかと思うと手に弓矢が現れ、矢を放った。
矢が片方の人に刺さった途端、体から蒸気を吹き上げて消滅してしまう。
「ど、どういうこと!?」
目の前で人が消滅した事に僕は混乱しながらメイドさんと草薙さんに尋ねた。
彼女は倒れこんでいるもう一人の脈に触れている。
「お嬢様」
「この人は大丈夫、相馬さん。悪いですけれど、この人を車の中に運ぶのを手伝ってください」
「う、うん」
頷いて三人がかりで男の人を車の中に寝かす。服や顔が血まみれなのがとても気になったがそれよりも。
「あの人はどうなったの?」
「浄化しました・・・・えっと、この国でいうなら成仏させました」
「成仏って・・・・死んでいたの!?」
僕は驚きの声を漏らす。
お化けビルで遭遇したゾンビのような連中も草薙さんがなにかをしたら煙を出しながら消えてしまったことを思い出す。
「既に人としての活動を終えていました」
「つまり、あれはゾンビってこと?」
私達は死人と呼んでいますけどねと付け加えながら彼女は肯定する。
死体は魂のなくなった器と考えられており、器のなくなった人を動かすのに体内に魔力を流し込む事によって操者とのパスを繋げ、動かなくなった死体を操ることができるらしい。
「冥界の魔術師は死者を操る事を得意とするというのを聞いたことがありました。まさか本当だったとは思っていませんでしたけれど」
「しかし、あれをみると信じるしかありませんね。それとこんなところに姿を現した理由というのも納得がいきました」
理由?と僕はメイドさんに尋ねる。
「いくら力のある魔術師といっても操れる死体がなければ意味がありません。死体などそう簡単に手に入るわけがない。ならば魔術師は簡単に死体を手に入れるためにするにはと考えれば自ずとわかるでしょう?」
――駒を増やすために人を襲う。
メイドさんの発言に言葉を失う。
つい周りの民家へと視線を向ける。
明かりが灯っているのに家からは人の気配というのがまるで感じない。
「ねぇ・・・・まさか」
「来ます」
草薙さんの言葉と同時に暗闇の中から沢山の死人が姿を見せた。
設置されている電灯の明かりに照らされてた彼らの姿に言葉がでてこない。
死人は死んだ人という意味だ。故に彼らは死んでいないといけないということはわかっていた。
けれど、どこかでわかっていなかったのかもしれない。死人は体中に返り血などがべっとりとついている人もいれば撃たれたのかぽっかりと穴が空いている人もいれば眼球が飛び出ていたり、内蔵が零れ落ちている死人もいた。
あまりの気持ち悪さに吐きそうになるのを堪える。
その横で草薙さんは呪文を呟き、片手に弓矢を展開して構え、メイドさんはスカートを翻し両手にクナイを取り出す。
「私の後ろに隠れていてください」
草薙さんの指示に少し抵抗を感じたけれど、後ろに隠れる。
女の子の後ろに隠れるのって、男としてどうなんだろうと思ったけれど、目の前のゾンビ達を僕が相手に出来るわけがない、と無理やり納得させた。
「いきます」
メイドさんが地面を蹴って死人の中に突入した。
死人はゆらゆらとおぼつかない足取りで彼女を取り押さえようとするがまるで閃光のように素早い動きでクナイを操り伸びてくる手を斬りおとしていく。
斬りおとされた手は地面に落ちる前に灰となり消滅する。
僕らに近づいてくる死人は草薙さんの青銀色の光を放つ矢が額に刺さって次々と浄化されていく。
ただみていることしかできない。
そのことに納得はしている。
仕方がない。僕には力がないんだ。
出来ない事を望んでも仕方がない。
だから黙ってみていた。
はやく終わる事を願いながら。
しばらくして大量にいた死人達は消滅して、メイドさん、草薙さん、僕の三人だけとなった。
「もう・・終わったの?」
「・・・・まだです」
暗闇の中を草薙さんは睨む。
ぱちぱちと手を不規則に叩く音が民家の間に響き渡った。
設置されている街灯の光りに照らされてゆっくりと男が姿を見せる。
どこにでもいるような外国人の男はしばらく手を叩いた後にブラボーと呟いた。
「さすがは闇の一族の参加者というところかな。私の用意した死人を一掃されてしまうとは思わなかったよ」
「どうしてこんなことをしたんですか。魔術師は一般人を巻き込むことなんてしてはいけないはずです」
「確かに巻き込んではいけない。魔術師は己の術を無闇に外へさらけ出す事を禁止している」
だが、それは悲願の妨げにならなければだと魔術師は歌うように喋る。
「キミのように年端のいかない者であろうと我々が術を極めているのは悲願を達成する為のものだよ? そのために必要なものはどんなものであろうと手に入れる。それはわかりきっていることだ」
必要なもの、それが目の前の魔術師は人間の死体のことだろう。
故に魔術師は民家を襲い、死体をこしらえた、そういうことなのだろうか。
「しかし、何人かの魔術師と遭遇はしたがキミみたいに若い乙女が参加しているとは思ってもみなかったよ。これは中々にいいサンプルが手に入りそうだ」
パチンと魔術師が指を鳴らすとコンクリートの地面が、ぼこりと陥没して複数の死人が姿を見せた。
死人の姿を見て僕は口を抑える。
目の前に現れた死人はかなりの歳月が過ぎているのか腐っていた。
顔の皮膚は人間のものとは思えないほど変色しているし腕や足からは白い骨がむき出しになっているところがある。
目は濁っていて瞳孔が潰れているようにみえる。さらにいうと蛆や虫が体中の上を這い回っているようで口の中からムカデが出てきた時は吐きそうになった。
「さて、始める前に名乗りを始めようとするか」
「・・・・名乗り?」
これから殺しあうというのに何故名乗り合う必要があるのだろうか?
僕が困惑しているとクナイを構えたままのメイドさんがこちらに近づいてくるのに気づいたので尋ねた。
「メイドさん、名乗りあう意味ってあるんですか?」
「魔術師同士が決闘をする場合、お互いの名前、持っている者の場合は二つ名を名乗る事が義務付けられています。魔術師が自らの名を明かすという事はすなわち“相手を確実に消す”という意味が込められています。魔術師とは自分を秘匿する者、それが名を明かすという事の意味は限られているのです・・・・といっても、昔のしきたりで最近守っているものは少ないですが・・・・」
「まずは年功序列ということでこちらからいこうか、私の名前はジャック・ローター。冥界の魔術師だ」
「エイレーネ・D・草薙、魔術師です」
それが決闘開始の合図となりジャック・ローターの側近のように控えていた死人が動き出して草薙さんに近づいてくる。
彼女は矢を構えて放つ。
光りを放った矢が死人の片割れの額に突き刺さった。
「・・・・?」
額からじゅーっと音を立ててはいるが死人は消滅しなかった。
草薙さんは驚きながらも振るわれた腕を後ろに跳んでよける。
「その顔はどうして消滅しないのかっていう顔をしているね。簡単だよ。その死人には色々な術式が施してある。その中でキミみたいに浄化術を使ってくる対策もちゃーんとなされている」
だから、それは意味がないのだよと遠くから魔術師の声が飛んでくる。
横から振るわれた腕を避けたが別の腕が草薙さんに迫ってきた。咄嗟に弓の側面につけられている刃を振るって伸びてくる死人の体の一部を斬りおとす。
斬りおとした拍子に大量の小蝿が飛び出して彼女の視界を覆う。
「虫まで操れるの!?」
「違います。あれは偶然です」
苦虫を噛み潰したような表情をしてメイドさんが静かに告げる。
「助けなくていいの?」
「これは由緒正しい決闘です。我々が無粋なことをすれば、汚した者として処罰されてしまいます」
黙ってみているしかない。
おかしい、と僕は呟く。
女の子が死体を操る変人なんかと戦いあわないといけないなんて、おかしい!
目の前の状況を否定している間にも草薙さんは襲いかかって来る死人と戦っている。
操者である魔術師は一歩もその場から動いていないというのに草薙さんは右へ左とステップを踏むように戦っていた。
長期戦になれば彼女が不利だ。それは理解しているのか死人の体を弓で斬りながら弾き飛ばすと矢を構える。
死人に向かって放たれた矢はぼっかりと大きな穴を開けた。続けて矢を撃つ。一発撃つだけで浄化できないなら二発撃てばいけると考えたのだろうか。同じ事を相手の魔術師も思っていたようでぱんぱんと手を叩きながら笑う。
「残念だが、一発、二発程度の浄化術では私の死人はそう簡単に消す事なんてできないよ。百リットルほどの聖水でもあれば別だ―」
「―避けないと危ないですよ?」
にこりと聖女のような笑みを浮かべた草薙さんの言葉に魔術師は反応が遅れた。
直後、腹部に矢が突き刺さる。
「な、にぃ・・?」
刺さった矢は輝いて爆発を起こす。
爆竹が炸裂したような小さなものだったが距離が近かったから火傷はしただろう。
魔術師は壁に叩きつけられて苦悶の声を漏らす。
それと同時に死人の動きが止まった。
「どう・・やって・・・・私を狙っていたのは警戒していたのに」
「簡単ですよ。操っていた死人さんを利用させてもらいました」
わき腹をおさえている魔術師に草薙さんは答える。
死人達から離れていつでも矢を放てるように構えて一体の死人を見る。
目で追いかけた魔術師は目を見開いた。
視線の先の死人の腹部にぽっかりと大きな穴があいていて、ゆっくりと修復しているところだった。
「まさか、ニ撃目が」
「そうです」
どうやら死人に向かって射た矢の一つで大穴をあけて続く二つ目がその穴を通って魔術師の腹に刺さったようだ。
刺さった所が悪いのか魔術師の服がどんどん赤く染まっていく。
「これ以上続けますか? 貴方には不利だと思いますけれど」
「・・・・・・いいだろう。私の負けだ」
「では、刻印を消していただけますか?」
「・・・・わかった」
魔術師は痛む腹をおさえながら指を動かした。
「消したぞ」
「・・・・ありがとうございます」
「くっ・・・・私がぁぁぁ」
魔術師は苦痛で顔を歪めながら暗闇の中に消えていく。
動かなくなった死人達はそのまま土の中に帰っていった、もしかして穴を掘って移動しているのか?と僕はいなくなった穴をみながら考えてしまった。
「あは」




