八月十二日
夏休み。中学三年生だろうと高校三年生だろうと休みの日の朝はゆっくりと布団の中で過ごしたい。
かくいう僕もその一人だ。
薄い毛布の中で惰眠をむさぼる。
すぐに起きるつもりはない。
でも、僕の惰眠はすぐに終わる事になる。
ダダンダンダダン!
ダダンダンダダン!
ベッドの近くに置いてある折りたたみ式の携帯電話からメールの着信音が鳴り響く。
条件反射のように慌てて体を起こす。
震える手で僕は携帯電話を手にとって画面を見た。
From 塒白衣
図書館なう。
メールの内容は一文だけだった、でも頭に冷水を浴びたかのようにクリアになる。
さっきまでもう少し惰眠をむさぼろうとかぼんやり考えていたのにそういう思考も綺麗さっぱり消滅してしまう。
「やばいっ・・今日だっけ」
時計の短針は九を指している。
「・・着替えないと!!」
毛布から這い出てズボンとシャツを脱ぎ捨てて壁にかけてある制服に着替える。
通っている学校の決まりとかで制服を着ないといけない決まりはない。
でも、僕がこれから会いに行く相手は制服を着ていないと色々とうるさいので制服を着ないといけないのだ。決して、殴られるとかそういうわけじゃない。
制服に着替えると外に停めてある自転車に飛び乗る。
三十分ほど自転車をこいだ先にある小さな図書館に向かう。
夏だけあって空には雲ひとつなくじりじりと太陽の光りが背中に降り注ぐ。
目の前のアスファルトが熱でゆらゆらと揺れているように錯覚してしまうほどに熱い。
十分ほど自転車をこいでいるだけで首や額に汗が浮き上がってくる。
「あー、熱い」
図書館に行けば涼しい冷房とウォータークーラーが待っている。
それを考えるだけで自転車をこぐ足に力が入った。
「遅刻したら・・・・とんでもないことになるよね」
主に待ち人の折檻もとい説教。
あの時の光景を思い出してしまっただけで夏なのに寒気を感じてしまう。
「急ごう・・」
さらに自転車のペダルを踏んでいる足に力を入れた。
「それで何か言い分はありますか?」
「遅れてごめんなさい!」
「うるさいですね。図書館では静かにというマナーを知らないのですか?知らないのならすぐに幼稚園から人生をやり直す事をお勧めするね?」
「・・・・本当に申し訳ありませんでした」
大声で叫んでしまった事を恥じて次は小声で謝罪する。
ぺこりと頭を下げていると相手はふむと小さく呟いて。
「では、外を三十週くらいしてきてもらえますか?」
「なんで!」
「普通、待ち合わせの十分前に到着するのが礼儀だね?それなのにキミは三十分以上遅刻して、ここに待たせているんですよ?それなのに謝罪だけで許すと思う?」
「ちょーっと待ってもらえます?塒さん。まずいっておきたいことがあるのですが」
「なんでしょう。言い分は聞きますよ」
「そもそも今日は図書館で会うなんて約束をして」
「却下」
「最後まで言わせてー!」
「不利になるような発言を許すわけがないじゃん」
「それって自分が不利だと認めるという事―」
「これ以上いうならキミの口をホッチキスで塞いで喋れないようにしてやる」
「(横暴すぎる!)」
それが彼女だとわかっているけれど、本当に横暴すぎだよ!
「時は金なり。無駄話を中断して勉強をしょう。受験生なんだから」
「受験生というけれど、僕達の通う学校の試験なんて形だけのものでしょ?」
「そうだね。でも、ある程度成績を抑えておくと三年間の高校生活がらくーに過ごせるよ?」
話しながら勉強を始めている彼女に呆れながらも僕は隣に座って参考書などを広げる。
それからしばらく無言の時間が続く。
お互いに参考書の問題を解いたり、過去に学校が出した問題を取り組んだりして時間を費やす。
ちらっ、と隣で参考書とにらめっこをしている彼女の横顔を盗み見る。
髪は首筋までの長さで表情を変えずに勉強に取りくんでいる。
「顔になにかついてる?」
「いえ、別に」
「ずぅっと顔を見ていてもいいのよ」
「いきなりなんですか」
「だって、惚れているでしょ?」
何を言い出すんだ、この人は・・・・。
「そ、それはないよ」
さらりととんでもない発言をする彼女にひやひやしながら否定する。
「酷い」
「あー、傷ついた・・ごめん」
言い過ぎたかなと思い謝罪する。
「ますます苛めたくなっちゃう」
「ドSだ・・・・生粋のドSがここにいる」
「こんなどうでもいい話は置いておいて」
「自分からでしょ!ふっかけたの」
「キミ」
塒は急に鋭い目で僕の首から服の中まで続いている包帯を指差す。
「その包帯どうしたの? 一昨日までは巻いていなかったよね」
「あぁ・・これ」
首下の包帯を触る。
「昨日の晩怪我しちゃってね。それで包帯・・大げさだけどこれしかなくてさ」
ウソである。
包帯をちらりと目でみながら振り返る。
エイレーネ・D・草薙さんと話をしたときの出来事を思い出す
「魔法って信じますか?」
目の前の美少女から告げられた言葉に僕の目が丸くなる。
え、なんですかこれ?
漫画や小説だけの話なんじゃないんですかぁ!と叫びたくなる。美少女と男が出会うと物語が始まるといわれるが、そういう状況なのかこれ?と頭が混乱を始める。
「あの・・」
「は、だ、大丈夫です!」
不思議そうに首をかしげる仕草に再びドキリとしながらも首を振る。
「魔法っていっていましたけど、よく映画や小説とかにでてくる魔法使いが杖をふって呪文を唱えるとか言うあれですか?」
「こっちの世界の事はよくわからないですけど、イメージ的にはそれで・・・・あっているのかな?」
「はい・・ですが、こちらの世界は貴方がいる世界とは少し勝手が違います」
「あの、こっちあっちの世界ってなんですか?まさか異世界からきたとかそういうファンタジー設定!?」
「んなことあるわけないでしょ。夢見るのは小学生までにしてください。でないと脳みそがただのお花畑になって無駄ですよ」
「・・すいませんでした」
本気で子どもみたいに浮かれていた僕を絶対零度の眼差しでメイドさんにみられて沸騰した頭が冷静になる。
なに浮かれているんだろうって気分になった。
「あの、話を続けてもよろしいでしょうか?」
「お願いします」
「まず、相馬さんが仰った魔法使いという言葉ですけど、私達は魔法使いではなく魔術師と名乗っています」
「それってどこが違うの?」
「初心者にはそういうところからはじめないといけないようですね。お嬢様、私が教えましょうか?」
「大丈夫。ここは私に任せてあなたは買い物にいってきてもらえる」
「わかりました」
メイドさんはぺこりと会釈してこの部屋から出て行こうとして僕に近づく。
「もし変な事をなさいましたら骨も残らないような恐ろしい目に貴方をあわせますので覚悟しておいてくださいね?」
耳元で囁かれた瞬間、本能的に頷いた。
でないと何をされるかわからない。
メイドさんが去って行った後、草薙さんは緑茶を一口飲んでから。
「まずは、魔法使いと魔術師の違いについて話します・・相馬さんにとってこの二つの違いってなんだと思います?」
「違い・・・・杖をふるってなんでもできるのが魔法使いで部屋にこもって何かの研究をするのが魔術師とか小説で読んだイメージだけど・・違う?」
「いえ、だいたいあっています。私達、魔術師はそれぞれの家系によるんですけど。悲願を達成する為に魔術の研究をしています。魔術師は一子相伝で次の子へ力を託す事によってより大きな力を扱えるようになっていきます。私達はその力で一族の悲願を達成する事を目的としています。それに対して魔法使いというのはかなり希少な存在なんです」
「希少?」
「はい、魔法使いという存在についてなんですけど・・彼らには不可能がない」
「不可能がない・・って?」
「そのままの意味です。私は魔法使いに出会ったことがありませんけど、彼らは魔術師にはある限界というものがないとされています・・・・さらに、魔術師と違って魔法使いは血筋によって誕生する事がないとされています」
「へ?じゃあ、どうやって生まれるの」
「それがわからないんです」
「わからない?!」
「魔法使いというのは何の前触れもなく姿を見せるといわれています。そして絶対的な力を振るって世界を変えてしまう」
まるで別世界について話されているみたいだ。
実際の所、普通の世界が染み付いている感覚としては本当に別の世界について話されている気分で、おかしな感じがする。
違和感を覚えながら話は続く。
「世界を変える?」
「今までに幾人のもの偉人が偉業を成し遂げていますね?
私達の世界ではあれは魔法使いによる力によるものではないかと噂されています。いつどこで現れるのかというのがわからないために詳しい事はわかっていないんです」
「謎の存在か・・・・」
とにかく、今の話を聞いている限り、自分はとんでもない世界に足を突っ込みかけていることだけは理解できた。
「大雑把ですけどこれが魔術師と魔法使いについての違いです」
「へぇ・・・・ん、一族の悲願っていったけどそれってなに?」
会話の中に気になる部分があって尋ねる。
「すいません・・話すことができないんです。これを話してしまうと相馬さんにも魔術師になってもらって一族の為に協力してもらわないと」
「話すだけでもダメなわけ?」
隠されると気になる。これ人間のサガである。
エイレーネは困ったような顔を浮かべながら「その・・話すとなるとどうしても見せないといけなくなってしまうんです」といった。
「なにを?」
「魔導書を」
魔導書?と鸚鵡返しに答えた前で草薙さんは机の上に重たい本をどん!と置く。
置いただけで机が揺れて置いてある湯飲みの中に波紋が広がる。
それだけじゃない。
急に周囲の空気が重たいものに変わった。
呼吸をするのも難しい。
見えないなにかが自分の心臓や脳みそを掴んでいるような感覚に包まれて嫌悪感が増す。
体が震えだした僕を見て草薙さんは置いた本を布のようなもので覆ってしまう。
すると周囲の重たい感覚が消えた。
すいません、と彼女は小さく謝罪して本を片付ける。
「い・・まのは」
「魔導書です。魔術本ともいいます。魔術師の力の源であり魔術師になろうとする者が最初に通る門」
「通る・・・・門」
草薙さんは説明してくれた。
魔導書とは魔術師になるために必要な物で。魔法使いが突然出現するのに対して魔術師になるには魔導書を開いてページの内容を読むことが必然とされている。
ただ読むだけ。
そうすることによって脳に魔術の知識が染みこみ、引き継がれている魔力回路が活性化しその魔導書を使うのに適した体へと作り変える。
「それが・・・・魔導書」
「はい、魔術師というのは本来一子相伝で力と魔導書が受け継がれていく仕組みになっています。ですが、血筋が絶える。何らかの理由で魔導書を失うといったことが原因で外に技術が漏れてしまった事が過去に何度かありました。
その結果、縁もゆかりもないものが魔術師として登場するという事があります・・けれど、それはほんの一握りです」
「なんで?読めば魔術師になれるというわけじゃないのか」
「魔導書の情報を受け入れられるほどの許容量と・・親から子へ代々と受け継がれる魔術回路が存在しない魔術師としては覚醒しません。回路がない場合、脳内が汚染されて普通の人としての生活を送る事は不可能になってしまう」
おそろしい世界、だと思った。
ただ、そう思ったのである。
「えっと・・どんどん話を進めていっていますけれど、相馬さん、理解できていますか?」
「うん」と頷く。
「ほとんど理解できてない」
そうですよねと草薙さんは小さく呟いた。
悪いんだけど、と僕は彼女に聞きたい事を尋ねる。
「昨日のあれってなんなの? 首に痣が残っているから夢じゃないっていうことはわかるんだけど、日本の地面にはあんなゾンビ達が大量に埋まってでもいるわけ?」
「あれは私達とは違う別の魔術師が使役している傀儡です」
「傀儡って・・」
草薙さんの話によると傀儡とは魔術師が使う操り人形のようなものと簡単に説明してくれた。
「なんで僕は襲われたの?」
「・・・・本題に入りますが、相馬さんは襲われたというわけじゃないんです」
間違えられたんですといった彼女にいわれて僕は混乱した。
「ま、間違えられたってなにとですか!?」
「私・・・・とです」
静かに告げられた事に言葉が出てこない。
「相馬さんは私と間違えられて襲われたのです。今、この街では魔術師同士による戦いが行なわれています」
少し間を置いて、彼女は話した。
日本の外にある魔術結社なる組織がある計画を立ち上げた。
十三人の様々な方面の術に秀でた者達の中で最強の魔術師を決める戦い。
夜闇決闘と名づけられた戦いが密かにこの街中で行なわれている、と草薙さんが説明してくれるが僕の頭はどこか別の世界のやりとりのような気がしていた。
本当はすぐ間近で自分も巻き込まれているというのにどこか遠い場所の―。
「そこで相馬さんに話しておきたいことがあります・・・・聞いています?」
「う、うん」
「実は、私の不手際で貴方に印が刻まれてしまったのです」
「印?」
草薙さんは机に置かれていた手鏡をとるとそのまま僕の首筋を映す。
鏡を覗き込むとそこにはくっきりと残っている手の跡ともう一つ。
「なんだ、これ」
手形とは別に骸のような黒いマークが浮き出ていた。
骸のマークは驚いたことにかちゃかちゃと口をせわしなく動かしている。
「手形は薬とかを使って消す事はできます、残念ながらその刻印だけは私達では消す事ができないのです」
「え、てか、刻印ってなんなの?」
次々と巻き起こる展開に頭の中はぐるぐると混乱を始めている。
それを理解しているのか少し落ち着くようにいいながら話してくれた。
「簡単に説明するとマーキングみたいなものです。対象の相手を絶対に逃がさないという意味もあるんですが自分の索敵範囲内にいたらすぐにでも襲えるためにです」
「そ、それって」
そこから先の言葉が出てこない。
いってしまえばそれが現実になってしまうという恐怖がむくむくと頭をあげようとしている。握り締めている手が汗ばんできた。
どうして、
どうして、僕が!?
なんで・・・・。
「大丈夫です」
言葉を失っている僕に草薙さんは優しく微笑んだ。
「なにが・・・・」
大丈夫なんだ、と叫びたかった。
わけのわからない世界に放り込まれて、殺されるかもしれないというのに、何が大丈夫なんだ、と目の前の少女に訴えたかった。
「相馬さんは絶対に私が守ります! これ以上、貴方を巻き込ませるようなことはしません」
どこにそんな根拠があるのだろう。
草薙さんはにこりと微笑んで汗ばんでいる僕の手を上から握り締める。
自分よりも小さな手のはずなのにとても大きく感じてしまう。
不思議と彼女の言葉を聞いていると震えや冷や汗が止まっていく。
「・・・・僕は・・・・」
「大丈夫です」
にこりと草薙さんは微笑む。
彼女ならなんとかしてくれるのではないだろうか?
もしかしたらなんとかなるかもしれない、と出口の見えない状況に一筋の光が差し込まれたような気がした。
「僕は、どうしたらいい」
口から出た声はさきほどよりもしっかりとしたもの。
「魔術師は夜になるまで活動をする事はありません。私達は人中で術を行使してはいけないという暗黙の了解があります。ですから、明るい時間帯は相馬さんの好きになさって大丈夫です。ですが―」
「そう、キミも運がないね」
「まぁ・・ね」
ウソでぬりかためた事情を話すと塒は小さく呟いた。
『ですが、夜になったらすぐに私達と合流してもらいます。危険もありますけれど、傍に居てくれたほうが安全なので』という彼女の言葉を思い出しながらため息を吐いた。
「心配ね」
「え?」
「首もとの包帯は巻きにくいでしょう。これから毎日家へ窺って巻いてあげよう」
「その本音は?」
「ここの視線がウザすぎます」
小さく呟いて彼女は目を細める。
つられて顔を上げるとさっ、と目をそらす人達の姿がちらほらと見えた。
無理もないかなと隣の彼女を見る。
隣にいる塒白衣という少女はとても美しい。
友達ということを差し引いても異性からすれば美しいと思うだろう。それに加えて、彼女の白い髪、うっすらと赤い目が皮肉にも普通の美しさとは違った別の美にみえる。
アルビノという、生まれながらにしての体質だとしても彼女は他者の視線というものに敏感で、それが大嫌いだった。
「じゃあ、どうする? まだお昼だけど」
「お昼でも食べよう」
「図書館、飲食禁止だけど?」
「外に出る」
「でも・・」
大丈夫、といって塒は参考書類をカバンの中にしまって立ち上がったのをみて、慌てて後を追いかける。
外はじりじりと日光が容赦なく降り注いでいて日陰と言える場所がこれっぽっちもない。
塒は日傘をさして林の方へと進んでいく。
手で日光を少し遮りながら尋ねる。
「どこにいくのさ?」
「ついてくればわかるさ」
さっきからずっとこの会話のやり取りばっかり。
どれだけ尋ねても彼女はついてくればわかるというだけで教えてくれない。
子ども扱いされているような気がしながらも大人しく後に続いているのは昔からの付き合いゆえだろう。
林の中はたくさんの枝や葉があるおかげで照り付けてくる日光が弱くなってきている。
それでも塒は日傘を仕舞わずにそこそこ大きな木の下に辿り着くと鞄からシートを広げた。
「キミはどうする?」
「じかに座るよ。そのサイズだと僕は入れないしね」
彼女が座り、向かい合うようにして座ると鞄の中から重箱が出てきた。
「なに・・これ?」
黒い重箱(二段式、保冷中)が鞄の中から姿を見せたことに驚きながら尋ねる。
「ボクが作った」
「え?」
「ボクが時間をかけて作った」
「いや」
「しっかりと味わえ」
「・・・・わかりました」
重箱の蓋を開けるとおにぎりや熱さで腐らなそうなおかずが姿を見せた。
渡されたおしぼりで手を拭いてからおにぎりを手にとって口に含む。
しっかり塩をまぶしているみたいで口内がすっぱくなる。
「でも、どういう風の吹き回し?」
おにぎりを食べてから僕は尋ねる。
「なにが」
「料理をするのが嫌いって明言して、学校でも食堂利用だったキミが急に弁当を作ってきたことだよ」
僕は塒白衣という少女の事を誰よりも知っていると自信がある。
彼女は家庭的なことは絶対にしないと公言しており、学校の成績においても他の科目は一位をとっているというのに家庭科だけ壊滅的な成績をたたき出している。
それほどまでに料理とかはしない!といっている彼女が弁当を作ってきたという事に驚いている。
「別にただの気まぐれだ。キミも知っているだろう?そういう人間だ」
「いや、唐突な所が多いのは認めるけどさ・・・・手、どうしたの?」
僕の視線はおにぎりを手に取った彼女の人差し指や中指に釘付けになる。
彼女の指は白い包帯が巻かれていた。
「初めての料理というのは難しい。包丁などで指を切った」
「大丈夫なの?病院とかに――」
「なに?もうおなか一杯だから弁当はいらないとは。仕方あるまい。ならば早急に腹をナイフで」
「なんでもありませんでした。まだまだ空腹ですので味あわせてください」
「三回周ってワンといえ」
「・・・・・・・・え」
「冗談だ」
目が本気だったが何も言うまい。
余計な事を言えばとんでもないことが待っていることはもうわかっている。
しばらく二人は無言で弁当を食していた。
「この後の予定は?」
「勉強に決まっている。目的を忘れたわけじゃないだろ」
「受験生はつらいなぁ」
僕と塒白衣は中学三年生、つまり受験生だ。
中高一貫ならば気にすることはないのかもしれないが二人は普通の中学校に通い、高校受験が控えている。人生のターニングポイントといわれても過言ではない。
夏は受験生にとって大事な時期ともいえるだろう。ここで必死に努力をすればばら色の高校生活が待ち、中途半端だと灰色の高校生活。なんか、嫌だな。
「目指すは国友の特進クラス、どれだけ勉強したとしても足らないというのはわかっていると思っていたけれど?」
諭すような言葉に僕は否定しない。
国友高校、この街で知らない人はいないというほど有名な私立高校である。どうして有名なのかということを説明する前に特待生という制度について語る必要がある。
特待生制度とは入試をはじめとしていくつかの定められた試験で上位の枠組みに入った者達は特進クラスという場所に振り分けられる。特進クラスに所属された者は他のクラスの生徒達とは一線を越していることをアピールさせるかのように様々な待遇が与えられる。
その一つが学費など学校に関する費用の負担が全額免除されてしまうこと。特進クラスになった者は食堂などをはじめとする施設における料金が全て無料になって使い放題となる。
全てがタダになるというのは生活の苦しい者達からすると希望以外の何物でもないから勉強に自身のある人達は特進クラスを目指そうとする。
かといって僕は勉強が得意というわけじゃなく、彼女が国友を目指すというなら特進クラスを狙うべきだということで二人は夏休みも一緒に勉強をして特待生に入るためという目的の為に励んでいた。
「それにしても流石に外は暑い、日陰とはいえ」
「仕方ないよ。最高気温が30℃は超えるってニュースでいっていたし、室内の飲食スペースでもよかったんじゃないの?」
「・・・・キミは愚か者だな」
半眼で塒は睨む。
「ボクみたいな美少女とこうして二人っきりで昼食を食べられるというのにこのチャンスをみすみすドブに捨てようとするなど愚か以外のなにものでないということをその皺の少ない脳みそに叩き込んであげようじゃないか、キミは自分がしでかした罪の重さを自覚しないといけない」
「・・・・申し訳ありませんでした」
土下座をする勢いで謝罪する。
謝罪した事で満足したのか彼女は、はいと自身の箸でおかずを手にとって口元へ差し出してくる。
「あの・・・・塒さん」
「お腹すいているだろう? ほら、食べるといい」
「・・・・・・」
戸惑いながら口を開けて差し出されたおかずを食べる。
食べ咀嚼してからごくん、と飲み込んだ。
「おいしいだろう?」
そういって微笑む彼女を見て僕の心臓はドクン!と大きな音を立てる。
あぁ、可愛い、と素直に思う。
「そういえば明日は夏祭りだったな」
「いきなりなにさ」
「デートしないか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・はぃ」
塒白衣がいった意味が理解できなくて僕はマヌケな表情を浮かべた。
今日はとことん予想外なことが起きる。
彼女は超がつくほどの成績優秀で三学年の間の中で常に一位をキープするほどの頭脳の持ち主で、教師たちからは神童とまでもてはやされている。けれど、そういうものに興味はなく、どちらかというと彼女は資格とかが大事だといってはばからない。
「いいかい? 資格というのは全て自分に返ってくるものなのだよ。多くの資格を持っていればいるほど自分の可能性を見つけやすい。だからキミも機会があるなら資格を沢山手に入れるといい。手に入れる気があるなら私がサポートしてあげよう」というほどのレベルで布教してきたことが記憶に新しい。
次に冷静に全てを対処する。
冷静沈着であり、何事においても冷静に対処している。教室に大きな蜂が入ってきて教師すら授業が止まっている中で彼女だけがティッシュを手にとり、壁で休んでいる蜂を捕獲、外に放り投げるという事をやってのけた。
表情変えずにそれを行なった事から一部の生徒からは雪の女王といわれている。
次にもてる。
成績優秀でクールな彼女はアルビノということを除いてもかなり可愛い部類に入っていて上級生、下級生問わず告白されている事が多い。しかし、彼女は全てを断っている。
「どうして断っているの?」と気になって尋ねた事がある。
「簡単なことだよ。私は恋愛に興味がないからだ」と表情を変えずに彼女は言ってのけた。
最後に行事に興味がない。
誰かの誕生日だろうと夏祭りがあろうとスキー合宿などがあったとしても彼女はそんなことに一切、興味を示さなかった。
「あ、そんなこともあったな」といってのけてしまうほど行事に興味がない。
故にいきなり夏祭りの話題を出してきた彼女に驚いて反応が遅れてしまうほどのものだった。
そしてなによりデートといいだしたことにびっくりしたのが一番の所だ。
何事においてもクール、彼女の事を嫌っている人も多く近づきがたい雰囲気を本人がだしているから友達も少ない。
けれど、僕は知っている。
塒白衣は誤解されやすいけれども誰よりも優しく頼りになる少女だということ。
不器用なところがあるけれど、それは素直になれないだけで。
僕だけが知っている彼女の良いところだった。
「何をにこにこ笑っているんだ、気持ち悪い」
「罵倒しなくてもいいじゃないか」
「キミが気持ち悪いからだよ。それで・・・・返事は?」
目を右左へと動かしてから尋ねてくる彼女を見て、つい笑ってしまう。
「なんだね」
「いや、いいよ。夏祭りだよね? 行こうよ」
「誘ってくれる友達がいないのか、寂しいヤツめ」
「キミにだけはいわれたくないんだけど・・・・まぁ、事実だけど」
「私は事実しかいっていない」
「・・・・そうだね」
なんか子どもみたいなやりとりをしている、そう思ったけれど口にださない。
それは自分が心の底から楽しんでいるからで。
自分は塒白衣のことが大好きで、どんなやりとりでも愛しく感じてしまう。
一方的な片思い、けれどそれでもいいと考えていた。
伝わらなくてもいい。
彼女の傍にいられて話していられるだけで、今も無言でおにぎりを頬ぼっている彼女の顔を見ていられるだけで幸せだ。
「・・・・なんだ、変態のような顔を向けて」
「そ、そんな顔をしてないよ!?」
「いいや、その目は明らかに変態のようなものだった。きゃー、犯されるうぅ」
「ちょっと!? 大きな声でいわないでよ。誤解されちゃったらどうするのさ!」
「いいじゃないか」
本気で言う彼女に苦笑しつつもやめてくださいと土下座をした。




