八月十三日
エイレーネ・D・草薙とメイドの二人はお化けビルの入口に来ていた。
二人はお化けビルを見上げている。
住民の間で呪われているなどといわれているこの場所を気にしている人など存在しない。
今宵、ここにて夜闇決闘が行われることとなっている。
そして、最後のカードだ。
「お嬢様、緊張なさっておいでですか?」
「そうかも・・・・しれないです」
主の手が僅かに震えていることに気づいてメイドは静かに尋ねる。
話によると他の対戦者達は全てリタイアしてしまい、残りの魔術師は自分と今夜戦う相手のみだ。
今日、うまく相手を無力化させれば全てが終わる。
人を襲おうとする魔術師達がこの大陸から手を引くし一般の人が襲われるという事もなくなる。
――なにより。
「(相馬さんの刻印を消す事が出来る)」
魔術師が相手を監視、確実に殺す予告という意味でつけられる刻印、残りの魔術師が刻印をつけた黒幕だというのならば倒さなければならない。
――彼を巻き込ませないためにも。
だからだろう、いつもより、自分の体が硬くなっているように感じる。動きにくいと感じるのは自分が緊張しているからだだろう。
「でも、負けるわけにはいかないんです」
「周囲に防音の結界陣を張っておきます・・・・・・お嬢様」
「なに?」
「なにがあろうと無茶だけはなさらないで下さい。それと命を捨てる覚悟だけはなさらないで。お嬢様がいなくなったら悲しみます」
主従関係、だけではない。メイドは本心から彼女に命を捨てるという選択肢だけはとってほしくない。そのことをどうしても伝えたくて喋った。
それがわかったのか、エイレーネは目を丸くしていたがすぐににっこりと微笑んで大丈夫ですと力強く言う。
「いってきますね」
そういって主が暗闇の中に消えるまで見送ってからメイドは周囲に住んでいる人達が気づいてやってこないように人払いと防音の結界の準備に入る。
気配がないお化けビルの中をエイレーネは迷うことなく進んでいく。
相手の魔術師はこの戦いを生き抜いてきているのだから相当の猛者に違いない、でも、それでも、負けられない。
「っ!」
背後から水の流れる音が聞こえて振り返ると水の塊が飛来する。
咄嗟に横に跳んで避けた。
標的を失った水塊は壁に激突するとぼっかりと穴を開けて飛び散った。
弓を展開して矢を暗闇に向かって放つ。
光りをまとった矢は真っ直ぐに向かい、見えない何かにぶつかって乾いた音を立てて地面に落ちた。
「そこにいるのはわかっています・・・・出てきて名乗ったらどうです?」
返事は水塊だった。
エイレーネは次の矢を用意して放つ。
魔術を施して強化された矢と水塊がぶつかると双方が派手な音を立てて地面に落ちた。
矢は流した魔力に耐え切られず水と落ちる途中で消滅する。
「礼儀知らずの人が最後の相手という事ですか」
嫌味をいってみるが相手は返事をしない。それどころか暗闇の中から次々と水塊を放ってくるだけ。
何かを狙っているのかと警戒してみるけれど、それらしき様子もない。水塊の放つタイミングも不規則で狙いがあるとも思えない。
ならば、これはなんなのだろうとエイレーネは思いながら相手の様子を見ようとしたのだが、ずっと不規則に撃たれる水塊。
「(これは早々に倒したほうがいいのかもしれませんね)」
壊れている壁をみながらエイレーネは判断を下した。
全弾を見切って回避しているが後ろの壁はもはや原型をとどめていないし床は水で濡れている。
このままだと足場が濡れて動きにくいものになる。そうなるのが敵の狙いかもしれない。
幸いにも自分の進行先の足場は濡れていない。
「だったら」
飛んで来た水塊を避けると同時に前に踏み出す。
エイレーネが近づいてきているというのに放たれる水塊は一発だけ。二発、三発と同時に撃てないのか。それとも罠なのか。
「どちらにしても入ればわかることです」
身体強化でさらに走る速度を上げて暗闇の中に向かって弓を振り下ろす。
弓の側面につけられた刃が何かを切りつけた感触が腕に伝わってくる。
――瞬間。
ゆらりと目の前に何かが覆いかぶさろうとした。
「っ!?」
驚いたエイレーネは一歩、後ろに下がる。
黒い影はそのままぶちゃ、と大きな音を立てて地面に崩れ落ちた。
思いっきり地面に顔を打ちつけた魔術師は、ぴくりとも動かない。
罠かもしれないと思いながら倒れて動かない魔術師のフードをゆっくりとめくる。何時襲われてもいいように矢を短めに手に持って、自由な方の手を伸ばした。
フードをめくったエイレーネは目を見開く。
「これは・・・・」
フードのめくった彼女が目にしたのは先日戦った冥界の魔術師、ジャック・ローターと名乗っていた死人を操る魔術師。
敵対していた魔術師の亡骸が横たわっているということにエイレーネは理解できなかった。
どうして彼が死んでいるのか。
なんで、既に敗者となっている魔術師と戦っているのかエイレーネは困惑した。
「あーぁ、もう終わっているよ」
「っ!?」
廃墟内に響いた声にぞくり、と体が拒否反応を起こしたかのように震え上がる。
それと同時に爆風がエイレーネに襲い掛かった。
声も、動くことも、できずに風に吹き飛ばされて半壊している壁に打ち付けた。
ぶつかった衝撃で壁の一部が崩れてぱらぱらとコンクリートの破片が彼女の体に降り注ぐ。
上半身を無理やり起こしてエイレーネは折れた矢の先端を空中に向かって投げる。
あらかじめ矢尻に描いておいた文字が輝いて爆発して、続けて襲い掛かってきた水塊が蒸発してしまう。
「ニ撃目を防がれたのは初めてだ。今回の相手はそこそこ期待できそうだ」
謳うように襲撃者は楽しそうに喋る。
痛む体を無理やり起こして立ち上がるが右足に鈍痛が走った。さっきの爆風で足を捻ったかもしれない。
「姿を見せたらどうですか・・・・」
悟られないように痛みを隠して暗闇の中にいるだろう襲撃者に問いかける。
コツン、コツンと靴底がコンクリートの地面に当たって響く、乾いた音が室内に広がっていく。
ゆっくりと暗闇の中からその人物は現れた。
暗闇に慣れた目が襲撃者の姿を捉えてエイレーネは顔を驚愕に染める。
「へぇ・・・・対戦相手も同じような格好をしているとは奇遇だね」
「っ! あ、あなたは・・」
エイレーネは息を呑んで目を見開いた、まるで時が止まってしまったかのように呼吸する事すらできない。
それほどに目の前に現れた相手が予想外すぎた。
「塒・・・・白衣」
「どうして私の名前を知っている・・・・あぁ、相馬ナイトと関わりを持っていたんだったな。確か、エイレーネ・D・草薙」
素性がばれている、と体から冷や汗が流れてくる。
相馬ナイトが魔術師に狙われないようにエイレーネは簡易の使い魔で周辺を監視していた。
プライバシーに関わる事には極力触れないようにしてはいたが身近の人物が利用されるのを阻止する為に情報を集め、その過程で塒白衣のことについても把握していた。
でも、彼女が魔術師に関する者だとわからなかった。
住居などを確認していたし、使い魔で監視している限りこちらに気づいている素振りを見せない。
だから、こちらに無関係だと思っていた。
――なのに。
「どうして、あなたが、ここに・・」
「なにをわかりきっていることを」
小さく鼻を鳴らして塒白衣はエイレーネを見下ろしながら。
「ボクがここにいるということの答えは一つしかない」
ゆっくりと言葉を紡ぐ彼女を真っ直ぐに見ることが出来ない。
ゴミをみるような冷たい瞳を塒白衣は向けていた。
「キミの敵が私なのだよ」
ウソだ、ありえない、と否定の言葉がエイレーネの頭の中で飛び交う。
目の前の少女が敵だという事実に背けたい、でも、現実というのはどこでも非情で残酷だった。
塒白衣は掌に火球が生み出してこちらに向かって投げてきた。
「くっ」
痛む足を無理やり動かして離れたところに落ちている弓を手にとって矢を取り出して放つ。
迫り来る矢を塒白衣は片手で掴んで受け止める。
「・・・・?」
何もおきなったことに塒は矢をみて首をかしげ覗きこもうとすると側面に描かれた文字が輝いて小さな爆発を起こす。
爆煙の中に向かってエイレーネは残りの矢を全て取り出して放つ。
連続して巻き起こった爆発と熱い風が周囲に広がっていく。
顔を撫でる爆風と破片から視界を守りながらも彼女の険しい表情は消えない。
「・・・・やっぱりか」
ゆっくりと煙を引きながら塒白衣は現れた。
全くの無傷で。
かなりの矢を放ったというのに一撃も受けていない様子だった。
「っ!」
さっきの攻撃で少しくらい傷を負っていてくれればと期待していたのだけれど、どうやら淡い期待で終わってしまったみたいだとエイレーネは顔をゆがめる。
浴衣についているコンクリートの破片や砂を手で払い落としながら渋面の表情で塒はエイレーネに問う。
「キミさ、なんで退魔の術を使っているの?」
「・・・・え」
予想していた言葉とは違うものが飛び出て彼女は愚かにも戸惑いの表情を浮かべて声を漏らした。
それだけで、塒白衣は全てを理解する。理解してしまう。どうして、目の前にいる彼女が魔術とはいえない力を使って戦っているのか。何故、魔術を使っていないのか理解する。
だから、笑う。
あまりにも滑稽すぎて彼女は笑った。
「何も知らないんだぁ、そっか、そっか」
どういう意味なのかと尋ねようと口をあけたエイレーネの周囲の地面が盛り上がり、巨大な手の形になると体を拘束する。
「しまっ・・・・」
「これからキミを殺さないといけないわけ・・・・だけど、少しお話しよっか」
土の塊がコンクリートみたいに硬くなってしまって首から下をすっぽりと拘束されてしまい手を使っての術などが行使できない。向こうのペースの中から打開策を見つけるしかない。
「お話・・・・とは?」
「まず確認なんだけれど、エイレーネ・D・草薙のDってさ、DarkのD」
「・・・・・・」
「沈黙は肯定だよ?」
言われても沈黙を貫くエイレーネに塒白衣は淡々と喋っていく。
相手が沈黙だろうと喋り続ける。
ただ、自分の仮説が正しいのかどうか確認するように口を動かす。そこに周りの意思など必要ない。
「魔術師の中でDは闇の一族のことを指す場合が多い。闇の一族っていうのは解体、破壊といった系統の攻撃魔術をもっていると聞いていたんだが、どういうわけかキミの使っているのは退魔の術であって、魔術じゃない」
「なに・・・・を・・」
「そもそも退魔、と魔術は魔という文字が入っているけれど、意味合いが違う。退魔は魔を退ける、魔術は魔の術・・・・言葉の意味が違うから、力の使い方もまるで違う。キミは魔術師じゃない」
「そんなことは・・・・ない・・です」
震える声で塒の言葉を否定する。
自分が魔術師じゃないなんてありえない。
闇の一族であるし、なにより、
「(魔導書を持っている・・・・あれを持っているのは魔術師しか!)」
「その顔からして魔導書持っているから自分は魔術師だなんて思っているんじゃないかな?」
顔を覗き込むようにして思ったことを当ててきた彼女の言葉に息を呑む。
なぜ、と思っているとすらすらと塒白衣は話す。
バカな子どもに大人が優しく教えてあげるようにゆっくりと、彼女の心に染みこんでいくように喋った。
「魔導書を持っている、読んでいるからといって魔術師になれるというわけではないのを知らないの?」
「どういう・・・・」
「その様子からして本当に知らないんだね、やれやれ。折角楽しそうな相手と戦えると思っていたのに、とんだ期待はずれだな・・・・いや、そもそもこの計画からして全てが期待外れ以外のなにものでもないか」
エイレーネは塒のいっていることがまるでわからなかった。
向こうはそのことに意識を向けていないようでぶつぶつと呟いている。
これはチャンスだ。
彼女に気づかれないようにエイレーネは拘束されている服の中に隠しておいた弓に力を注ぎこむ。
ゆっくりと力が行き渡ったのを確認して弓を動かす。
「まぁ、こんなのに期待するというのが全ての間違い」
――いまだ!
エイレーネは土の中で弓を前に動かす。
ガリガリガリ!と弓の側面についた刃が土を凄い勢いで削り取り考え事をしている塒の体に向かって飛び出す。
「ん、邪魔」
「・・・・なっ」
まるで小さな羽虫を追い払うみたいに塒は刃を指で受け止めるとそのまま空中で粉々に破壊してしまう。
「こんなの不意打ちでもなんでもないよ・・・・そういえば、キミの事をすっかり忘れていたよ。どうせだから死ぬ前にキミに色々と教えてあげようか。この計画の全てとかさ」
「その前に一つ・・・・聞いていいですか?」
「ん」
「貴方が魔術師であることを相馬さんは」
――知っているのですか?と最後までいう事が出来なかった。
室内が重たい空気に支配された。
塒の手が伸びてエイレーネの首の骨を掴んでいる。
「気安く彼の事を呼んでんじゃねぇよ」
自分と同い年くらいの少女の握力とは思えないほどの力に絞められて声が出せない。
「何も知らない外国産が気安く私の大事な大事な名前を呼ぼうとしているんじゃないよ。殺すよ?まだ殺すつもりはなかったがあまりに知ったかぶりをするようだったら首の骨をへし折って原型をとどめないくらいに顔をぐちゃぐちゃに潰してやって残りの体をアマゾンにいるピラニア達の餌にしてしまうぞ?
いいか、これから私の目の前で彼の名前を呼ぶな。呼べば、現存する苦痛を醜い体に叩き込んでから、なぶり殺してやる」
呪詛のような言葉を吐きだしてエイレーネの首から指を離す。
強い力によって締め付けられていた喉下は紫色の痣がうっすらと浮き出ていた。
「げほっ・・・・げほっ・・」
「さて、続けるか」
まるで何事もなかったかのように話す彼女にエイレーネは恐怖し戦慄した。何をどうやっても逃げられない。
そんな絶望に心が、精神が、全てが支配されていく。
「この計画だけど、キミ達はどんな風に聞かされているんだったかな・・・・あぁ、十三人の魔術師と戦って最後まで生き残った者はどんな願いが叶うとか、そんなものだった?」
目の前の少女は合っているか尋ねてきた。生殺与奪の権利を握られているのでエイレーネは首を縦に振るしかできない。
逆らえばすぐに殺されてしまう。
「その通りです」
「聞いた時にさ、おかしいと感じなかったのか」
どういう意味です?と首を傾げてしまいそうになるエイレーネの表情を見てあーと塒は納得したような声をだす。
「全く、魔術師っていうのはどいつもこいつも自分の事しか頭にないヤツばかりだから、こんな風に騙されてしまうんだろうな。詐欺紛いのことなのにさぁ・・・・ま、いいや、冥土の土産に君に教えてあげるよ。
この決闘ね、キミ達の願いをかなえるためのものじゃない。むしろ逆、ある人間の目論見をかなえる為に存在するんだよ。その目論見というのが―“魔女”の覚醒を狙っているものなんだよねぇ」
――魔女の覚醒。
塒の言葉を理解した途端、拒絶の言葉を発しようとする自分をエイレーネは抑えられなかった。
――でも、声を出せない。
彼女のいうとおり、今回の夜闇決闘は魔術師の仕組みからしたらかなり逸脱していることは気になっていた。
魔術師は親から子へ自分の力を与えていくことできたるべき悲願の達成の為に術を後世に伝えていく。なのに、この夜闇決闘では年長者である大人達が参加をせず、後に力を伝えていかないといけない“若い”魔術師ばかりが戦いに参加している。
「でも・・・・そんなこと」
仮に塒のいうとおりだったとしてもそれはありえない。
魔女の覚醒など、本来起こってはいけないことだ。
魔術師の間においてタブーな会話というのはいくつも存在する。
女神の予言、
法の書の解読。
聖剣。
ソロモンを集める事など、いくつもの禁止とされているものが世界にありふれている。
魔女もその一つ。
いつから存在が認知されたのかはわからないが魔女は世界を滅ぼす、災厄を撒き散らす存在として語り継がれている。
現在でも魔女は人を誑かす、恐怖の対象とされている。魔術師の間では滅びの力を持ち、世界を壊す事ができると囁かれている。
「ありえないなんていわせないよ」
否定しようとしたエイレーネの瞳を塒が覗き込むことで否定しようとする感情を阻止する。
「ありえないなんてことを否定する事は誰にも出来ない。既に誰かがやったという事実がない限り、いつかそれは起こる。たとえ、どれだけ荒唐無稽で非現実的だったとしても」
「・・でも、魔女なんて生まれたら」
この世界は滅んでしまう。
魔女は魔法使いに匹敵するほどの強大な力を有している存在といわれている、ただ、魔法使いと決定的に違うものがある。
「魔女は・・・・世界に災厄をもたらす危険な存在として語り継がれています。そんなものを生み出して誰にメリットが――」
「そこまでは知らないさ。そいつの企みなど興味がないからね。私には私の、そいつにはそいつの目論見が合った、利害の一致というヤツだ。だからこそお互いに協力し合っている。片方は魔女になるための儀式の準備、そして、生贄の準備」
どこまでも表情のない瞳がエイレーネを見据える。
底なしの闇が目の前にあるような気がして体が震えた。
同い年の、自分とは違い、平凡な世界にいるはずの少女が、エイレーネの前にいる塒白衣が桁違いな化け物のように思えてしまう。
「私は魔女になって世界を滅ぼす。そのための最後の生贄がキミというわけだよ・・・・そろそろ終わりにしよう。キミには絶望して死んでもらわないといけない。そうしてくれないと――」
私は魔女になることができないからね、とエイレーネの耳元で囁いて塒は笑う。
人形のように整っている綺麗な顔を狂気の笑みで歪ませて、
そんな彼女を前にエイレーネは言葉に出来ない恐怖に体を蝕まれていくのを感じた。
▼
「・・・ここ、どこ」
白い空間の中にいた。
太陽の光も、何もない、影すらも存在しない場所なのに、どうしてか僕は底を白い空間として認識することができる。
どうしてこんなところにいるのだろうか?と思い出そうとするけれど、フィルターがかけられているかのように思い出せない。
『あ、目が覚めたみたいだね』
「・・っ、誰!」
空間に響いた自分ではない者の声につい大声を出してしまった。
どうして震えているのかわからない。
聞こえてきた声に恐怖していた。
どうして、何故、かと聞かれればわからない。
本能的に僕は恐怖したんだ。
『そんなに怖がらなくてもいいのにィ。初心なんだからなぁ』
「・・・・誰、貴方」
『私?うーん、色々と呼び名があるんだけどねぇ。そうだ!ここでは謎のお姉さんXで』
「ここでなにをしているんですか、貴方は」
「うっわぁ」
名前決めたのにスルー!?と叫んでいる女性を見て奇妙な違和感を覚えた。
フリフリのレースがついたドレス、出るところはしっかり出ている。
だというのに何故かその人のことを覚える事ができない。
しっかりと相手の目を見ているのに、何色の瞳をしているのか、鼻の形、肌の色、髪、長さ、唇、睫毛といった顔のパーツを一つも記憶に留められなかった。
『あー、私の姿を記憶しようなんて無駄な事はしない方がいいよ? こういうヤツだと納得してくれると嬉しい』
「・・・・ところで、ここは」
『名前を聞きたいんだったら困ったなぁ、ここには色々な名前をみんながつけていくからね。祭壇の間、エルピス、真理の入口、黄泉の世界、全ての始まりとか・・そうだねぇ、キミの場合だと・・・・真実を写す鏡なんてどうだろう?』
「疑問系でいわれましても」
それに鏡なんてないじゃないかと心の中で思っていると、乾いた音がして何かが傍に現れる。
「うわっ!?」
いつの間にか大きな鏡が置かれていた。
周囲に金色の装飾が施された鏡だが、目の前にいる僕の姿を映さない。
どうしてだろうかと思っていると鏡の中心が真っ黒になり映像を流し始める。
「草薙・・・・さん?」
鏡の向こうでは弓を手に戦っている草薙さんの姿があった。
だが、様子がおかしかった。
草薙さんは戦っているときは常に冷静に物事を見極めている戦い方をしている。でも、今の彼女は焦っているように感じる。
そして、もう一人の姿が見えた。
「・・・・・・え」
小さく、声が漏れる。
それほどまでに鏡に映っていたもう一人が信じられなかった。
「どうして・・・・彼女が」
『簡単なことだよ』
動揺している僕に囁くように女性が耳元で口を動かす。
聞きたくない。
知らないほうがいい、と頭の中で声が響く。
聞かないように顔を背けようとする、でも、女性は頬をやさしく掴む。
『塒白衣は夜闇決闘・・・・魔女生産計画の要だよ』
「ま・・・・じょ?」
どういうことだ、と女性に問おうとした、でも、口が鉛のように重たくなって動かせない。
黙りこんでいる僕が面白いのか女性はキャッキャッと子どものように笑う。
『動揺してる動揺してる~。相当にショックだったみたいだねぇ、当然だよね。キミは彼女の事を見ているようで見ていなかったからね』
「そんなこと・・」
『ないって言い切れる?』
瞳を覗き込まれて言い返すことが出来ない。彼女の纏う雰囲気に圧されたというわけでもない、本当に言い返すことが僕は出来なかった。
わからない。
どうしてだろう。
自分は塒白衣と付き合いが長い。知らないことなんか。
本当にないといいきれる?
頭に響いた小さな声――。
とても小さなものだったというのに、それが真実であるかのように錯覚して彼女の事を話せない。
一番、わかっているはずだ。
彼女の事を。
でも、実際は違う。
「僕は・・・・何も、理解してない・・・」
わかっているつもりになっていただけじゃないのか?と自問する。
塒白衣という少女とずっと一緒にいた、ただそこにいただけで、彼女の事を、理解していたと胸を張っていえるだろうか?
――答えはノー。彼女の趣味、好きなもの、嫌いなもの、休日は何をしていて、どんな本を読むのか。
「何も・・わかってない」
『そう、キミは塒白衣のことを理解しているつもりになっていただけ、彼女のつけていた仮面に見事にぃ騙され自分勝手な尊敬を抱いて一方的な好意を寄せていただけに過ぎない、だから彼女の本当の気持ちと隠していたことも知らない。キミもいい加減、目を背けるのはやめにしなよ。もう、わかってるはずだよ?』
女性が耳元で囁いてくる。
目を背けるな。
真実を見ろと――。
だとしても僕は一つだけ受け入れたくないものがある。
それは。
『キミが彼女に殺されたという事も絶対に変わらない』
少女の言葉と同時に脳裏に蘇るのは輝く刃が心臓を貫いた瞬間、激痛で驚いた僕が振り返ると、塒白衣の目と合う。
底の見えない光のない瞳をこちらに向けている彼女は笑っていた。
新しいおもちゃをもらえた子どものような無邪気な瞳を向けて――ナイフを深く突き立てる。
「ごほっ・・がはっ!」
殺された時のことを思い出し激しく咳き込む。
女性は背中を優しく撫でながらも話を続ける。
優しく、諭すように、囁いた。
『最初に教えるのは魔女かな』
魔女とは、世界に災厄を撒き散らす存在、魔術師などが目的の為に術を使うのに対して彼女達に目的は存在しない。
ただ、世界を壊す為に暴れ続ける。いわば毒のようなもの。
それが魔女だ。
『魔女が生まれるのにはいくつか条件があるの』
「条件?」
『そう、一つが生み出す為の大地、大陸の事をいうんだけどね。ただし、普通の大陸じゃだめ、血で穢れている場所じゃないといけない。それも長年染み付いているものじゃなくて新しい血で染まっている所というのが重要だ』
誰かが僕の頭の中の電球のスィッチを入れてくれた。
「日本が選ばれたのは・・・・内戦が終了したばかりだから」
『それもあるんだけどね。あの国は端っこにあるところだから色々と溜まってきちゃうんだよ。おまけに厄介なものがある場所だから余計にかなぁ』
次に、大陸が血に染まっているという事に含めて重要なのが絶望している少女ということ』
「・・・・彼女は世界に絶望しているという事?」
『そんなところだね。私は全知全能のあのムカツク神様じゃないから詳しくは知らないけれど、彼女は魔女になる素質を秘めていた。そこで』
魔女育成計画が始動した。
表向きは十三人の魔術師による決闘という名目と悲願達成の餌をぶらさげて生贄を集めて魔女候補と戦わせる。
候補が死ねば次の候補を用意し魔術師を殺せば、そのまま次の魔術師を殺す。
魔術師を殺し、うちの中にひめている魔術と魔導書の力を体内に取り込んでいき、十三人全てを殺し終えた時、魔女として覚醒する。
『十三人というところがミソでもあるんだよね。不吉な数字として忌み嫌われているし呪いの力も増徴しやすいから』
鏡では草薙さんが拘束されて塒白衣と話し込んでいる。
すると、急に塒が草薙さんの首を絞めた。
塒の行動を見て少女が小さく息を漏らした。ため息ではなく驚きの方に近い。
『驚いたなぁ。へぇ、ほぉ、ふぅん』
「何ですか」
ニタニタとこちらを見ているのが気になって尋ねる。
何も出来ない僕はこの映像を見ているだけなのが歯がゆく思うけれど、することがないんだから仕方ないか。
『別に・・でもま、このままだと確実にあの子は死ぬね。どう足掻いても魔女として覚醒を始めている彼女を止めることはできない』
――顔をゆがめる。
何も出来ないという無力感がどっしりと体にのしかかってくる。
わかってはいたことだ、自分はただの一般人で何をどうあがいても彼女達の世界に関わることはできない。
自分はゲームでいうなら村人のようなポジションで勇者たちがくれば同じセリフを繰り返し喋って情報を提供する。
ただ、それだけの存在、勇者にも主人公にすらなることもできないのだから。
『もし、どんな状況を覆せる力があるとしたらキミはどうする?』
心の葛藤を見越してか偶然か、女性は問うてきた。
女性は心の底から笑みを浮かべて楽しそうに語る。
『どれだけ絶望的であろうと、どれだけ嘆きに包まれていようとその力があれば絶望を希望に嘆いている人たちと笑顔にさせることが出来るすべてを覆す事ができる力、そうゆう力があったとしたらキミはどうする』
「どうする・・というのは?」
『もう一度、彼女との関係をやり直す? それとも人を殺している彼女の息の根を止める、それとも彼女と一緒にプラスをマイナスに出来る力でマイナスを撒き散らす。キミは』
真っ直ぐに瞳を覗き込んで僕に問うた。
『キミはその力を手にして、なにをしたい?』
問いにすぐに答えられなかった。
けれど、心の中では力を求める渇望が大きくなっていく。
力。
力、力、力、力、力、力、力、力、力、力、力、力、力、力、力、力、力、力。
それだけあればどんなこともできる。
この世界は力が全て。
でも、それでいいのか? 力を求めるだけでいいのか、そんなことをすれば人を平気で殺している連中、自分のために他者を蹴落とす奴らと大差ないんじゃ?
自分も力を求めたら。
『長いこと葛藤しているみたいだけど、力を渡す事はここにきた時点で既に決定してしまっているのよねぇーん、ガタガタ言う前にとっとと渡す事にするわ』
そういうと胸に赤い光を無理やり押し込んだ。
「ぐ・・が・・!?」
赤い光が胸の中に入った途端、激しい不快感と徒労感、苦痛などが襲いかかってくる。
異物が侵入した事で体も拒絶反応を起こしているらしく、針で全身を貫かれているような痛みが襲い掛かった。
『・・・・ん?うわーぉ、これはまたアッチの世界がすごいことになりそうだねぇ・・頑張ってね。応援しているよ』
だんだんと薄れ行く意識の中で戸惑っている様子の声が聞こえたけれど、激しい痛みと疲労感、不快感で喋る事も、考える暇もない。
『いってらっしゃい。産声は大きく上げるんだよぉ』
▼
「さて、キミとの話にかーなーりの時間を費やしてしまったようだ。そろそろ終わりにしよう、キミを殺して計画は成就される。私が魔女となることでね」
「・・・・」
あれから塒は痛めつけるように下級の魔術を使ってエイレーネを攻撃した。
最初は苦痛に声をださずに抵抗を続けていたが精神に限界がきていた、塒の言葉に反応する様子も見せない。
「こういうイジメ続けたら死んでしまいましたみたいな結果は、あまり好みじゃないんだが、なれるしかないのかな」
コンコンと靴底で地面を叩く、すると彼女のすぐ近くのコンクリートがぼこぼこと膨れ上がると人の形へと姿を変えていく。
「ゴーレム、ヤツを潰せ。ただし、ぐちゃぐちゃにはするな。後で私が食すのだから」
土で生み出されたゴーレムは岩と岩がぶつかりあうような音を鳴らしながらゆっくりと衰弱しているエイレーネに向かって拳を放つ。
拳が彼女に届くという瞬間、ぴたりとゴーレムの動きが止まった。
塒が指示をだそうとしたら目の前で派手な音をだしながら地面に崩れ落ちる。
目を見開いていると周囲にちらちらと赤い粒子が舞う。
粒子に触れようと手を伸ばす、視界の片隅に人がいることに気づいた。
ボロボロにした少女だろうと思ったが、違う。
彼女は土の中に閉じ込めたままで動けないはずだ。
では、誰だ?と目を向けたところで動きを止める。
信じられないものをみるように目を大きく開いた。
「・・・・相馬・・・・ナイト」
▼
「どうして・・・」
塒白衣は崩れ落ちたゴーレムの残骸の向こうにいる相馬にそう問うことしかできなかった。
問われた相馬の方は悲しそうな、色々な感情を混ぜた顔をこちらにむけて一言、一言だけ告げた。
「俺が生きているのかって聞きたいのか?」
「っ!?」
ぞわっと全身から鳥肌が立って後ろへ距離をとる。
なんだ?
こいつは、何だ?
塒白衣の体から冷や汗が流れた。
よくわからない圧迫感に体を支配される。
目の前にいるのは確かに相馬ナイト、けれど、何かが大きく違う。
「誰だ・・・・お前」
相馬ナイトの形をした目の前の存在に問う。
そこで自分の声が震えていることに気づいた。
――恐怖している?
――自分が?
――ありえない、
魔女となる一歩手前、体からあふれ出るこの力なら兵器、国のトップだろうが全てを散らせる事ができる。
絶対的な力を持っている自分が恐怖する事など地球が滅んだとしてもありえない。
――そのはずなのに。
目の前にいる自分よりもちっぽけで無力な存在が目障りだ。
「誰なんだ・・・・お前は!」
もう一度、問う。
さっきよりも声が震えていることに気づいて嫌悪感が増して地面に足を踏み鳴らす。
瞬間、地面から無数の針が生み出されて相馬ナイトのもとへと向かう。
地面から突き出てくる針は真っ直ぐに彼の体を貫いてスプラッタな光景を生み出すはずだった。
針が相馬に触れるか触れないかの距離で動きを止める。
彼女が使った魔術は操者たる自分の意思でない限り停止する事はないし消えない。
相馬を殺す事に躊躇いはなかった。
だから、針が止まるなんていう事はない。なのに針は彼の直前で制止している。
どうしてかと考えていると針に向かって相馬は指を伸ばす。
ぴん、と指で突いた瞬間、ぱらぱらと砂が地面に零れ落ちるように針の全てが消滅して行く。
「な・・・・」
消滅した針に驚きながらも塒は掌に水の塊を生み出して投げる。
目の前の現象がどういうものなのかわからない。
頭にある魔術の知識だけでははっきりと断定できない。
何かを使っているというならそれを使わせる暇を与えないほどの攻撃をするだけだと、水の塊を投げ地面から針を生み出すなど攻撃の手を緩めない。
ちらちらと、赤いものが舞う。
「赤い・・光り・・?」
視界を覆うように現れた赤い粒子はちらちらと、まるで粉雪のように周囲に降り注ぐ。
赤い粉雪に目を奪われていた塒ははっ、と目を見開いて相馬の方を見る。
無数に放った攻撃全て、届かず。
まるで、もとから存在しなかったみたいに消えていた。
「なんなんだ・・」
無くなった攻撃に戸惑いながら敵意の目を緩めず相馬を睨む。
頭の中で次々とどうするか考える。
これまでに相手をしてきた魔術師は全て一撃で叩き潰してきた。
奴らは傲慢で、自分達が最強だと思い上がっている者ばかりで受け継がれてきた力が絶対であると揺るぎようのない自信を持っている。
それらを一撃で砕いて喰らってきた。
なのに、こいつは、相馬ナイトには自分の力が通用しない(何を言っているの?)戦ってきた魔術師はみんな絶望したような顔をしていたのに(忘れているよ)表情を変えず立っている(持っている力を全部使っていない)相馬ナイトを睨む(使わないと消される!)
「さぁ、殺してやる(お前は!?)」
塒は咄嗟に自分の喉に触れる。
なんだいまのは?(ようやく表にでてこれたよ)
自分のものとはまるで違う声がでてきた。それも勝手に(その器にようやく定着してきたんだよ。まもなく)どういうことなのだろうかと考えていると頭の中に次々と別の思考が流れ込んでくる。
「ぐ・・ぐっ・・」
突然、ガンガンと頭の中で警鐘が鳴り響いたみたいに痛みが走り出す。
なんとかしようとすればするほど、頭の中の痛みが大きくなる。
思考が出来ない。
何かが自分を飲み込もうとしてくる。
「あ・・・・あぁ・・」
薄れいく意識の中で手を伸ばす。
塒白衣は周りの人間、そして世界が大嫌いだった。
生まれた時は祝福されたのかもしれない、けれど、物心ついたときに彼女は世界から拒絶されてしまった。
きっかけは両親の両方がそれぞれ浮気をして相手を作っていたという事だろう。
どっちもどっちということで二人の間に会話というものはない。
母親は事務的に朝、昼、夜の食事を作って洗濯物を外に干したり入れたり、掃除をするだけで後は外にいる浮気相手の下で過ごすという毎日、父親の方も同じように朝、夜の食事だけは家で食べて、それ以外はずっと仕事と愛人の家で過ごしている。
愛のない家に二人がいるのは塒白衣がそこで生活していたからだ。
子どもの為、外の人に自分達の家庭が崩壊寸前だということが悟られないようにという本音を隠建前として塒を利用し彼女のために自分達は頑張っているんだというアピールを外にしていた。
少し先に生まれた人間に利用される人形、他人の為に利用される存在、それが自分、それが塒白衣だと思い続ける。
だから、表向きは彼らの望むように振舞い続けた。
成績は常にトップ、何回かある家庭訪問で担任教師は自分を褒め称える。そうすることで二人は満足して自分の好きなようにやらせてくれる。
教師の前では良い子の振りをして同世代の奴らとは関わらない。無邪気な子どもと接しているだけでどれだけ自分が醜い事を考えているのか、周りと違うのかという事実を嫌でも認識してしまう、それと髪だ。
塒白衣はアルビノ、先天精白皮症、メラニンの生合成に支障をきたす遺伝子疾患であり、メラニン沈着組織の色素欠乏、皮膚で紫外線を遮断できず紫外線に対する耐性や視力が弱いという問題が多い。
自分とは違う存在というのを小さい子ども達は無自覚に、残酷にも輪から外そうとする。
だから、塒は友達といえる存在がいない、そもそも必要と感じなかった。家のことやプライバシーのことをあっさりと他人に話す間柄というのが酷く嘘っぱちにみえたからというのもあるし、友達に過程の事を話して同情されたくなかったというのもある。
――それなのにどうして自分は相馬ナイトと長い年月を過ごしていたんだろうか?
偶然にも知り合っただけ。塒は誰よりも朝早く来てカバンの中に入れておいた本を開いて自分の世界の中に入る。
日課のようなもの、それが崩れたのは性質の悪い、上級生で不良を気取っている連中がやってきた時だった。
彼らは札付きの悪でリーダーの室戸とかいうヤツの家がかなり裕福で校則でもってきてはいけないもの(ゲーム機とか)を平然と持ち込んだりしていた。
それだけなら、ただ問題の悪い生徒で終わったのだろうけれど、この室戸。数日ほど前にグラウンドをバイクで走り回るということをしでかした。
体育の授業中でグラウンドにでていた一年生達をあざ笑いながらバイクを走らせた。
バイクにぶつかって怪我をした子もいて、家族が怒鳴り込んできたらしい。
学校側としては対処をしなければならない為、一週間の停学処分。
停学処分など彼らにとって知ったことかということだろう、だが、自分に絡んできた事がわからなかった。
関係ないかとタカをくくっていると急に室戸の部下(名前を知らないからその1)がいきなり読んでいた本を叩き落していちゃもんをつけてくる。
支離滅裂ないちゃもんの会話を繋げてようやく状況を理解した。彼らは少し前に行われた全国模試の成績で自分が“学校トップ”の成績をとったことが気に入らずこんないちゃもんをつけてきたのだった。
文句あるなら勉強すればいいじゃないかとも思ったがただ、彼らは気に入らないから自分にちょっかいをかけてきている。
ちらりと壁にかけられている時計を見るとまだ八時を過ぎたばかり教師もこないしさっきからちらほらとやってきているクラスメイト達は危機感を覚えてすぐさま教室から逃げ出している。厄介ごとに巻き込まれたくないのだろう。
自分もこんな連中に絡まれるくらいならこの場から逃げてしまうだろう、但し、逃げた奴らみたいに罪悪感を抱く事はないが。
どうしたものかと廊下に目を向けたところで一人の男子生徒がやってくる。
クラスの中で地味で特に目立たない男の子、名前も覚えていない。
そんな子に室戸達が威圧的な視線を向けると、彼は我関せずみたいな表情をして鞄を机の上に置くと、壁に設置されている非情警報のボタンを躊躇うことなく押した。
――ジリリリリリリリと甲高い音が室内に響きわたる。
室戸達は彼の突然の奇行に戸惑っていて動かない。
「・・・・逃げなくていいの?」
動かない室戸に彼はぽつりと呟いた。
マヌケな表情をしている室戸とその取り巻きに眠たそうな顔をして言う。
「先生、来るけど」
そこで彼らは自分達の置かれている状況を思い出す。
停学処分となっているのに学校に来ていることがここに向かってきている教師達にばれたらどうなってしまうか、室戸が慌てて教室から出て行ったのを見て取り巻き達も互いにぶつかりあいもつれあったりしながら同じように逃げ去る。
入れ替わるようにして教師がやってくるとその男子生徒はけろっとした表情で警報装置がいきなり鳴り出したというウソを言い放った。
本当か?と教師の目がこちらをみていたので無言で頷いた、ここで余計なウソをついたらややこしいことになるのは目に見えていたし、教師の後ろで両手を合わせてお願いと頼み込んでいる彼の行為を無碍にしてはいけないと思ってしまったこともある。
――それが塒白衣と相馬ナイトの出会いだった。
この出会いを通してあまり会話のなかった二人の仲は少しだけ深まる。
どういうわけか学年があがってもずっと同じクラス、席替えをすると、隣は決まって彼、教師が余計な気遣いでもしたのだろうかと思うほど、彼と居る時間のほうが血の繋がっている家族の時間よりも増えていた。
中学生に上がる頃にはあの二人はとうとう家に足を運ぶ事すらなくなっていた、中学生で料理もできるとなれば放置しても大丈夫だろうと考えたのだろう。ネグレクトと思ったがこれをいえば児童養護施設にいれられてしまう危険があったから黙り続けた。
施設に入ったら相馬ナイトと離れ離れになってしまうのではないかという気持ちもあったし、自分が異質であるということをまた思い知るようなところにいたくもなかった。
さて、この頃から自分のところに一人の男がやってきていた。
ソイツは自分の事を魔術師と名乗って、この世界の隠された部分について語り始める。
一通り聞き終わったところで、ある提案をしてきた。
『魔女になる気はないかい?』
魔女とは世界に災厄を撒き散らして、その気になれば世界そのものを壊す事が出来る凶悪な存在であり最強の存在。
そんな存在になれる素質が自分にあるとソイツは断言してきた。
最初は興味がなかった、でも、ある日を境に魔女になる事を決意する。
魔女になると決めた時から彼女の人生は大きく歪んだ。
生贄となる魔術師が日本にやってきて、彼女は、一人、また一人と彼らの命を奪って力を体内に取り込んでいく。
十三人の生贄の力を体内に取り込むことで魔女として覚醒する。
そのために、彼女は魔術を殺していった。彼らは悲願の達成しか眼中になかったみたいで塒のような存在を前にして恐怖してまともに戦おうとする者はいなかった。
一方的な蹂躙、その構図に彼女は少しながら飽きていた。
魔女になるという目的の為とはいえ、こんなつまらないことを後、何回続けないといけないのだろうと。
最後の一人は、そこそこの実力を有していた。けれど、魔術師といえるような相手ではなかったことが残念だった。
腹立たしい事に相馬ナイトの名前を吐き出した時にはむごたらしく殺してやろうかと黒い感情が浮き上がった。
私のモノの名前を気安く呼ぶな。
最後の戦いが始まる前に、塒白衣はある決意をしていた。
相馬ナイトを自分の物にする。
彼の事を考えなかった日はなかった、あの日からずっと、彼と一緒にいた、彼は拒絶しなかった。
自分の体質、髪の色、視力が悪い、“塒白衣”という存在を否定せず、ただ、傍にいてくれた。
時々、尊敬の目をむけてくれるのも嬉しかった。あの二人とは違った尊敬の目があると考えただけで何故か、一日やっていける元気が出た。
魔女になると決意した時、彼にその姿を見られるのが嫌だった、だから、世界を壊す前に彼を自分の物にしよう。そして、殺した。
最後に、今まで興味のなかったことに挑戦してみたがとても疲れた、けれど、彼のお節介ともいえる行為がとても嬉しかったのは間違いない。
本当はもっと一緒にいたいけれど、それはできなかった。
自分は世界を壊す、それを見られたくない。だから殺した。
――その筈だった。
けれど、彼は再び目の前に現れて(敵だ)あろうことかやろうとしていることを止めようとするように最後の標的の抹殺を止めようとする。(ヤツは)
まるでやろうとしていることが間違いであるかのように、自分の手にした力が間違っているというかのように、彼は(殺せ!)
彼は全てを拒絶してきた(ヤツを殺せ!)
▼
相馬の前で急に苦しそうな表情を塒白衣が浮かべて地面に手をついたかと思うとゆらりと体を起こす。
「・・・・・・・・・・・・・ひ」
起こしたと同時に体から黒い煙のようなものがいたるところから噴き出して相馬に向かって伸びたかと思うと途中で止まりそのまま天井に向かう。
黒い煙が細く鋭くなるとまるでドリルのように回転しながら天井を削り取る。
「そうかそうかそうかそうか! その力、その力ぁ、お前はお前は、そのの力を手に入れたのか」
ぽっかりと空いた天井の穴を見ながら塒は両手を伸ばす。
光に照らされている彼女の姿はまるで月に向かって祈っている少女のような姿に見える。
純白だった髪は黒に染まっていく。
まるで、何かが穢れていくように、どこかが壊れてしまったみたいに、変わる。
ゆっくりとある星座を指差した。
「あの星座が輝いている・・・・まるで生まれたばかり見たいに。そう思わないか?」
街の空は星がみえるほど明るいわけじゃない。
明かりが常についている場所が多くて昔のように星がたくさんみえる美しい夜空を都会でみることは不可能に近いというのに夜空で生まれたばかりのごとく輝いている。
間違いない。
「コイツは」
原因なんて考えるのは後回しだ、自分の邪魔をする者は排除する。
相馬は襲い掛かってくる黒い煙のようなものを後ろに跳んで避ける。
標的を失った煙はがりがりと地面を抉って小さな穴を作った。
直撃すれば体に同じような穴ができてしまうだろう。
不思議と、迫り来る攻撃を前にしながら恐怖といったものがない。
体が今までにないくらい軽くて、どんなことでもできてしまう自信が芯から、心の底からわきあがってくる。
留まっていたら自分の中で渦巻いておかしくなりそうなくらい気持ちがあらぶる。
今までになかった興奮におかしくなりそうになりながら相馬は息を吐く。
ただ、息を吐いただけだというのに地面が揺れるほどの衝撃が起こって攻撃をしようとしていた塒は後ろの壁に向かって飛ばされる。
壁にぶつかる直前に体から黒い煙を生み出して衝撃を殺してゆっくりと壁にもたれるようにして止まった。
ただ息を吐いただけなのに衝撃を起こしたことに戸惑いながらも目の前の塒白衣から目を逸らさない。
彼女も憎悪の表情のまま自分を睨んでいる。
――どうしてこんなことになったのだろうか、と小さく呟く。
つぶやいた所で彼女から返事がくることはない。
もう、自分と彼女は別の道を進んでいる。
相馬ナイトは“塒白衣”という少女を誰よりも知っていたと自負していた。
けれど、それは幻想でしかなかった。
現に彼女は魔術師を殺して“相馬ナイト(ぶん)を殺した”それを許すという事はできない。
相馬は拳を握り締めながら目の前の敵を見据える。
同じように彼女も黒い煙を刃のように握り締めながらゆっくりと切っ先を向けた。
言葉は不要だ。
否、使う段階はとうの昔に終わっている。
会話をする必要はない。
後はどちらかが生き残るだけ。
相馬ナイトと塒白衣は理解した。
――これは殺し合い。
どちらかが生き残ってどちらかが死ぬ。
泣いても足掻いても変えることの出来ない現実が目の前にあった。
二人は同時に動き出す。
黒い刃と赤い拳がぶつかりあう。
拳圧だけで皮膚が千切れ、刃が触れるだけで鮮血が飛び散る。
それでも二人の中で「下がる」「逃げる」という選択肢はない。
どちらかが消えるまで退かない。
片方の存在が消えない限り二人がそれぞれの武器を下ろさない。消滅するまで止めない。
段々とお互いの速度が上がる。
ゆっくりと。
第三者からみれば二人は音速を超えていると錯覚してしまうほどのものだ。
止められるものなどいない。
――頭の中が段々と空っぽになる。
それは怒りを超えた感情からくるものなのか、ただ、何も考えたくないのかはわからない。
音速を超えた一撃が彼女の刃を砕き、真っ直ぐに体を貫く。
華奢な少女の体を拳が抉るように貫いた。
▼
塒白衣は刃を振るいながらぼんやりと思っていた。
――自分はなにをしているのだろうか。
殺すつもりでやっている。
この気持ちは揺らがない。揺らぐはずがないものだった。
なのに、相馬ナイトとぶつかりあっていると色々と考えている事がバカらしいと思える。
怒りや憎悪が上書きされるように何かへ染まっていく。
超越したといえばいいのだろうか?
「(あぁ。なんだろう)」
迫る拳を刃でいなしながら体から流れる血の温もりを感じながら塒は笑いそうになるのを堪える。
目の前で拳を振るっている相馬は今までに見た事のない顔をしていた。
怒り、戸惑い、嘆きが交じり合った表情で拳を振るう。
その姿に罪悪感はないけれど、喜びがでてきた。
瞬間、漆黒の刃が赤い粒子を撒き散らす拳によって砕かれる。
音速を超えた拳が刃を砕き、そのまま体を貫いてしまう。
皮膚を切り裂き、骨を砕いた。
強風が巻き起こり後ろの壁ががらがらと壊れていく。
――あぁ。
――あぁ。
口元が自然と緩くなる。
勝敗なんていう言葉で決めたくはないけれど、決定した。
この戦いでどちらかが消えて、どちらかが残る。
相馬ナイトが生存、塒白衣が消滅。
自分は消えるだけだ。
――あぁ、
――あぁ、
――なんと、あっけない結末なのだろう。
圧倒的な力を手に入れる一歩前で妨害されて消滅なんて。
全てを捨てて一つを自分の物にして、世界を滅ぼそうとしたのに台無しだ。
――否。
――否。
全て失ってしまったというわけじゃない。
世界を滅ぼして終わりにしようとしていた、その前に相馬ナイトを自分の物にするつもりだった。
彼が生きているなら滅ぼしても意味がない。
でも。
「(これで・・)」
相馬ナイトの心の奥深くに塒白衣を殺したという事実を刻み込める。
自分の中で永遠に生きてもらうつもりだったけれど逆の方も良いかもしれない。
この世界に未練なんてない。絶望しかないのだから。
けれど、それでも生きてきたのは。
相馬ナイトがいたからだ。
惨めで最低な世界の中でも彼がいただけで大きく変わった。
良い意味でも悪い意味でも変わらないと思っていた自分が変わることが出来たのだ。大切に思わないわけがない。
独りぼっちで何もない自分に対して彼は色々なものをもっていた。自分にはないものを沢山、いつか、そう遠くないいつか、彼は私から離れていってしまうだろう。
――嫌だ。それだけは嫌だ。独りだけこの苦しい世界で生きていけるほど強くなくない、強くなくなってしまった。
彼がいないと生きていけないほどに弱い。
――だから自分のものにしたかった。
独占して誰にもとられないようにしたい。
成功したと思ったのに失敗していた事に悲んだ。でも。失敗したと思ったけれど、成功した!
目の前で彼は泣いていた。
涙は流していないけれど長い付き合いだ、顔を見ればわかる。
――泣いている。
塒白衣〈わたし〉を殺した事を後悔した顔。
心の奥深くに存在を刻み付けてやった。
――これで彼は私から離れない。
自分よりも魅力的な女の子が現れたとしても決して離れない。離れられない。
絶対に離れる事ができなくなった。
――あぁ、
――あぁ、
――あぁ、なんと嬉しい誤算だろう。
――消えたとしてもいい。
――ずっと、彼の中で生き続ける。
重力に引かれてゆっくりと下に落ちていく。
体を貫いた時の衝撃で後ろの壁が壊れて外の景色がむき出し。
消える前に何かを言おう。
――決定的な一言を。
「よくも、殺したな」
震える唇を必死に動かして塒白衣は伝える。
「(あぁ、間違えた)」
縛り付ける決定的な一言。
噛んでしまったけれど、これでもう。
「(思い残す事はない)」
相馬ナイト(かれ)は逃げられない。




