五月二十六日
五月二十六日 AM11:00 横坂モール
横坂市にある超大型ショッピングモール、街の中心にあり品揃えが豊富ということから平日、休日を問わず常に客で賑わっている。
ショッピングモールの中にある噴水の前で相馬ナイトはぽつんと立っていた。
『わかっていますね? お嬢様と“遊び”に行く事は認めましたがそれ以上をすることは絶対に認めませんよ。もし、なにかすれば容赦なくがら空きになっている背中にクナイを全て叩き込んで見せますから』
「・・・お願いだからインカムの耳元で呪詛みたいな言葉を吐くのはやめてくれ」
げんなりとした表情で待ち合わせ場所の独特なオブジェの前に立っていた。
あの日、エイレーネをデートに誘った相馬はたどたどしくも待ち合わせ場所と時間を決めて解散する。
デートの約束をした後、メイドはかっ!と目を見開いて相馬のポケットに小型のインカム(ケーブル付き)を渡し出て行った。
インカムと一緒に小さな紙が挟まっていてデート開始十分前になったらケーブル携帯に接続するようにと書かれている。
デート当日、携帯に接続してすぐに見知らぬ番号から電話がかかってきて通話ボタンを押した途端、メイドからの呪言みたいな会話がスタートした。
「このインカムは一体なんなんですか」
『女性とマトモに付き合ったことのない貴方がちゃんとエスコートできるとは思えませんので私が影ながらサポートしてさしあげようと思ったのです。感謝してください。感謝したら犬みたいに這い蹲りなさい』
耳元でごりごりと精神が凄い勢いで削られていく。携帯の電話きっちまおうかなと考えたけれど、どこかでみている彼女のことだ。クナイが本当に飛んで来るかもしれない。
『お嬢様が参りました、十一時方向です』
「・・・・おう」
メイドの指示で振り返った相馬は動きを止める。
「遅れてしまいました。申し訳ありません」
待ち合わせ場所にやってきたエイレーネはいつもの和服姿ではなく、白いチュニックにピンク色のレースのついたスカート。今まで和服しかみてこなかったから洋服姿の彼女に自然と目が釘付けになってしまう。
「どうしました?」
『何をぼーっとしているのです。早くお嬢様の服を褒めなさい』
インカムからのメイドの脅しに相馬は慌てながら。
「ふ、服似あってるな!」
「・・・そうかな」
さらにリンゴみたいに真っ赤になったエイレーネは自分の服を見下ろす。
「そ、そろそろ行こうぜ!」
その仕草がさらに可愛く感じて相馬は慌てながらも場所を移動する事を提案する。
「あ、うん」
歩き出したら、ちらりとエイレーネがこちらをみたと思うと残念そうな顔をする。
その途端、耳元から底冷えする声が響く。
『なにをやっているのですか? お嬢様が人ごみではぐれたらどうなさるおつもりです? 早く手を繋いであげてください』
「ひ、人ごみでまぎれたら大変だからな。手を繋ごう」
「うん!」
エイレーネは嬉しそうな顔になると相馬の手を握って歩き出す。
日曜日ということだけあって買い物客で賑わっていた。
横坂モールは複合企業店で様々な店舗が人で賑わっている。
「デートするといったが・・・エレネは何かやりたいこととか」
『貴方は阿呆ですか? お嬢様の境遇を理解しているはずですよね。なにそんな相手任せみたいなことをしているのですか?』
「えっと・・・こういう時って何をすればいいのかな」
『とにかく、ここは無難に服を選びに行きましょう。場所は理解してますね?』
ひそひそとメイドと会話をしてエレネの方に向く。
「そうだな、服とかでもみないか、もう少ししたら薄着とかになるしさ」
「はい」
二人は人ごみの中を移動しながら若者が使いそうな店の中に入る。
入ってすぐに相馬は戸惑った。
基本的に自分は安物の服を組み合わせるだけだからファッションにこだわりがない。エイレーネもそういうことに詳しいのかわからない。どうしたらいいのだろう。
「エレネって服とかになにかこだわりあるのか?」
「・・・実を言うとあまりこだわりとかないかな。この服も彼女が用意してくれたものだから」
『貴方たちはもっと服に関してのこだわりなどを持つべきです』
万年、メイド服着てそうなあなたがいいますか?
とりあえず服を見て回ろうと考えたらエイレーネが何かを熱心に見ていた。
「それ、着て見たいのか?」
「え、うん」
「じゃあ、すいませーん。これの試着って可能ですか?」
相馬は近くの店員さんを呼んで試着可能か尋ねてみる。
オーケーですよ!という返事を貰ったので相馬は服を持って試着室の前まで向かう。
「外で待っているから」
「う、うん」
試着室から少し離れて相馬はインカムを外すと電話口でメイドに抗議をする。
「ずぅっと耳元で罵倒すんのやめてくれませんか? 考える事すらできないんですけど」
『私としたことが何もしない貴方に少しばかり苛立ってしまったようです。ナビゲート失敗ですね。少し無言を貫こうと思います』
「・・・・本音は?」
『お嬢様の可愛い姿をもう少し眺める事にします』
エレネに一途というかなんというか、やれやれという顔をしながら相馬はインカムを接続する。
少ししてがちゃりとドアが開いてエイレーネが姿を見せた。
白いワンピースではなく猫のきぐるみみたいなものを着て。
「変・・かな?」
彼女はきぐるみみたいなパジャマ姿で現れる。
さっきまで熱心に見ていたのは白猫と黒猫のパジャマのセット。
「全然、むしろ子猫みたいで可愛いぞ」
「・・・ありがとう」
顔を赤くさせて肉球?がついた手で隠している姿に相馬だけでなく周囲の客たちも和んでいた。インカムの向こうで何かが噴射したような音が聞こえたのは幻聴だ。
「これ、買うね。ナイトさんは外で待っていて」
「ん、わかった」
相馬は頷くと店の外に出る。
外に出たところで一度、メイドに連絡を取ろうとしたが応答がない。通話も切れていた。
「なにやってんだか」と携帯をポケットに戻したところで聞き覚えのある声がする。
「あれ・・相馬君」
「ん・・剣立じゃないか。買い物か?」
「うん、そ、相馬君も」
「俺はまぁそんなところだな」
「お待たせしました・・・あら」
話していると買い物袋を持ったエイレーネがやってくる。袋の中にはパジャマが入っているのだろう。剣立は目を見開いてこちらをみていた。
「か、彼女と一緒だったの。ごめん、僕・・」
「あ、剣立は知らないんだったな。彼女はエイレーネといって俺の友達だ」
「はじめまして、エイレーネ・D・草薙っていいます・・・剣立さん、よろしく」
「ど、どうも・・剣立鳴海です。僕、邪魔みたいだからそろそろ」
いつもより挙動不審な剣立は目をきょろきょろと動かしながらもエイレーネと相馬の二人を交互に見て迷惑になると思って離れようとする。
「あの」
離れようとした剣立にエイレーネがある提案をした。
『どうしてこんなことになっているのか説明を願います』
あれから場所を少し変えてフードエリアへと三人は足を運んでいた。
席を確保している相馬の耳でメイドが尋問を行なっている。
そのほとんどを無視して相馬は二人が戻ってくるのを待っていた。
エイレーネの提案とは三人で一緒に遊ばないかという話、彼女としては相馬の友達と話をしてみたいと思ったのだろう。最初は邪魔になるからといって逃げようとしていたが別に問題ないぞという相馬の言葉で三人で遊ぶ事が決定した。
『あの子、貴方の友達だそうですね。お嬢様に害を与えるという事はないでしょうね』
「あるわけないでしょ。剣立は普通の」
『――本当にそうだといいきれますか?』
メイドの低い声によって後頭部に銃口を押し付けられているようなプレッシャーが襲い掛かってくる。
『はっきりいいまして、貴方の友好関係について私は一切信用していません』
「でも、アイツは」
『忘れたとはいいませんよ、のあの時の事を。貴方の無知が招いた結果の事を』
「・・・・」
相馬はどこにいるともわからないメイドを睨む。たかだが一般人の睨みで向こうが引き下がるとは思えないがやらないと気がすまなかった。
メイドの今の言葉は相馬の触れてはいけない部分をしっかりと刺激していた。いつも睨むなんてことをしない相馬が姿の見えない相手に敵意を向けようとしている。
「どういいつくろっても事実はかわりません。けれど、二度と俺の前で友達の事を疑うのは止めてください。あの時から俺は何があってもこれだけは信じると決めたんですから」
『理想と絵空事を語ることは誰にでも出来ます。悪いですけれど、彼に関しては私は信用するつもりはありません。お嬢様を守る為にここにいるのですから』
「・・・平行線ですね」
『そうです。だから貴方はずっとその友達の事を信じ続ければ良い。私はずっと疑うだけなのですから』
互いに譲れないものがあるのですからという言葉に相馬は静かに頷いた。
二人がいなくてよかったと思った。今の顔は彼らに見せられるようなものではない。
『・・・今はお嬢様を楽しませる事を第一としてください。こんな話をしてしまった私がいうのもおかしい話ですが』
「気にしないでください」
相馬ナイトがメイドと真剣な話をしている頃、エイレーネと剣立の二人はファーストフード店の前に展開されている長蛇の列に入っていた。
昼時なだけあって人の数がとても多い。
相馬が座席確保してくれているので頼まれていたものを買って戻るだけだから気にしなくていい。
気にしなくていいのだが二人の間に会話が一切なかった。
エイレーネとしては色々なことを聞きたいところだが何かを聞こうとするたびに剣立は距離を置こうとしているので無言の時間が続いている。
どうすればいいんだろうとエイレーネは困っていた。こういう場合、相馬やメイドが間に割って入ってくれていたから困る事はなかった。
「・・・キミは、相馬君とどういう関係・・なの」
悩んでいると前を向いている剣立がぽつりと尋ねてくる。
感情の篭っていない声にエイレーネは質問の意図がわからなくて一度尋ねる。
「どうゆう?」
「そのままの意味だよ。キミは彼と付き合っているのか?」
「・・・そういうのじゃないよ」
剣立からの質問にエイレーネは首を横に振る。
恋人みたいにデートをしていたけれど二人は付き合っているというわけじゃない。とても微妙な関係なのだと伝えた。
「じゃあ、なんで一緒にいるの」
「友達だから」
「・・・ありえない」
「え?」
「ううん、なんでもないよ。相馬君が待っているからいこ」
「あ、うん」
頷きながら二人は店員さんがもってきたトレーを受け取って相馬が待っている座席へと歩き出す。
隣の剣立の顔を見ようとしてエイレーネは動きを止める。
こっちをじぃーっとみるようにして剣立が見つけていたからだ。
ただ、その視線が相手を観察するような目。
「ど、どうしたの?」
「別に」
今まで聞いた中で一番低い声にエイレーネは呼吸が止まりそうになる。
まるで。
「あ、遅かったな」
「ごめんね。人が多かったみたいで」
さっきの目がウソだったみたいに笑顔を浮かべて剣立は相馬の隣に座りこんだ。エイレーネは戸惑いながらも座った。
「これを食べたらどうする? ゲームエリアとかがあるらしいけれど行ってみるか」
「ごめん、僕はこの後用事があるから帰るよ」
「そっか、また学校でな」
残念そうな声をだす剣立を交えながら相馬は三人で色々な話をしながら昼食を楽しんだ。
楽しんではいたがその横でエイレーネは何かを考えるような素振りをしているのがとても気になってしまったが熱心に話しかけてくる剣立との会話に盛り上がってしまってすぐに忘れ去ってしまった。
相馬とエイレーネは夕焼けに染まっている道を二人で歩いていた。
彼らの手にはショッピングモールで購入した小物や衣類などが詰まっている。
「けれど、本当に歩いて帰るのか? バスとか使ってもいいとおもうんだが」
夕方から夜への境目のこの時間、モノレールやバス、電車といった交通手段で帰るよりもエイレーネは相馬と歩いて帰るのを選んだ。
「夢だったんです」
「・・・夢?」
頷いてエイレーネは数歩、相馬より前に出ると振り返りながら、
「こうやって好きな人と一緒に買い物をしたり歩いてい帰るというのが私の夢なんです」
そういった彼女の笑顔を直視する事ができなかった。
エイレーネ・D・草薙は色々な傷を抱えている。一族に利用されて生贄として死闘に駆りだされ、無事に生き残って帰ってくればその命を狙われる。あまりの理不尽、一族の残酷な仕打ち、絶望して狂ってもおかしくはない中でそうならなかったのは相馬が関わっていたから。
「エレネ・・・・俺は」
彼女の気持ちは痛いほど理解している。理解しているけれど、それを受け入れる事をできなかった。
「わかってます・・・これは、私の我が侭です」
初めての恋、実って欲しいと願って積極的に動く者は動いていくだろう。けれど、エイレーネはそれをしない、否、できないというのが正しい。
「ナイトさんの中にまだ気持ちが残っているのはわかっているつもりです。でも、私だって・・・十六歳の女の子なんです」
「・・・・ごめん」
ただ、謝る事しかできないことに酷い罪悪感に包まれる。
どれだけ言葉で言いつくろったとしても、ウソをいったとしてもこればっかりはどうすることができない。
本音を言えば今も彼女は自分の中で居続けている。
どれだけウソで塗り固めたり、別の人と関わっていたとしても心の中にはいつも彼女の姿が焼きついていてどれだけ、過去のものにしようと思っても現在にあり続けていく。
呪いの様に。
永遠に忘れる事を許さない、刻み込めと叫ぶかのように永久にあり続ける呪い。
それを消し去る事は、出来ないだろう。
相馬自身が本気で望まない限り。




