五月二十四日
五月二十四日 AM15:25 一年四組教室
不審者による襲撃事件から少しばかり時間が流れた。
その間、特にこれといった事件は起こっていない。復学した剣立もクラスの雰囲気にようやく馴染んできているといったところだ。
まだ人と話すことに躊躇いはある様子だが最初よりは柔らかくなっている。問題があるとすれば未だに不良の権田が教室にやってきて絡もうとしてくる事だろう。
鎖音原の姿を見つけると慌てて逃げていくが、いなかったら教室の中まで入ってこようとする。
「では、HRを終わる前に、六月一日に行くオリエンテーションで行動する班を明日までに決めて私まで提出してくださいね。それでじゃあ、気をつけて帰ってくださいね」
担任のまっちゃんが以上でーす!といって教室から出て行く。
「ねぇ、相馬君」
「ん?」
HRが終わって教室が騒がしくなっている中で隣の席の剣立がおずおずと相馬に尋ねてくる。
「オリエンテーションってなに?」
「え、知らないのか」
つんつんと背中を突かれて振り返ると鎖音原がひそひそと話しかけてくる。
「(忘れたのか? オリエンテーションは今年から行なわれるようになっただろ)」
「あぁ、サンキュ」
「どういたしまして、出来るなら外に出て話をしてくれると嬉しいな。こちらとしては掃除の邪魔だから」
箒を手に持っている鎖音原を見て相馬は鞄を手にとって剣立と一緒に廊下に出る。
「帰りながら説明するわ」といって下駄箱で靴を履き替えて外に出た。
「オリエンテーションだけど、オリエンテーションっていうよりかは学年内の交流会といったほうが理解しやすいかな」
「交流会?」
「オリエンテーションは各学期に1~2回ほど行なう行事で二泊三日と小さな合宿のようなもので今年からはじまったものなんだ」
そして、そのオリエンテーションでは最低三人までの班を作らないといけない。最低人数は決まっているが最高人数に関して決まっていないのはいくらでも親しい人間を作ってくださいという意図がある。
「相馬君、はどうするの?」
「ん、俺はまだ決めていないなぁ、鎖音原とは一緒になろうとかは考えているけれど、他のメンバーはあんまり」
そもそもクラスメイト全員の顔と名前が未だに一致していない。色々ありすぎて人の名前を覚える余裕が脳みそにないのかもしれない。
あれ、そうなると自分はボッチにはなっていないけれど寂しい奴と思われるんじゃないのか?と相馬が冷や汗を流している横で剣立がぽつりと呟いた。
「じ、じゃあ、ぼ、僕も相馬君の班には、入っていいかな?」
「別にいいぞ」
「ほ、本当に!? う、ウソとかじゃないよね!」
人数も三人になるから丁度いいな!と相馬が納得していると剣立がいきなり詰め寄ってくる。
「ウソなんてついてどうするんだよ。それより俺とでいいのか? お前と一緒に行きたいと考えている奴他にも」
「ぼ、僕は、相馬君と一緒の班がいいんだ・・・」
う、と相馬はたじろぐ。剣立は目に涙を溜めてこちらを見る、少し身長が低いから見上げている形になっている姿は小動物のような愛らしさがあった。
「なら、俺はとやかくいわないけど、明日、まっちゃん先生に班の提出するけどいいか」
念のため確認を取ると剣立は目を輝かせて頷こうとして動きを止めた。
さっきまで笑顔だった顔が強張っていて体が小さく震えている。後ろになにがあるんだと振り返ろうとしたところで声が響いた。
「あっれぇ、アンタ、剣立ィじゃないの?」
そこには数人の女子グループがたむろっていた。彼女達の着ている制服は国友のものじゃないからどこか別の学校の生徒で化粧などをしていてかなり派手だ。中にはガングロメイクをしているのもいる。
別の学校というところに気づいて相馬は疑問が浮き上がる。
どうして彼女達は剣立を知っているのだろうか?
「へぇ、学校またくるようになったんだァ」
「っ!」
リーダー格らしい女子の言葉に大きく体をすくませる。
なんだか剣立の様子がおかしい。
「なんかいったらどうだよ? 久しぶりの再会なんだからさぁ」
「どうせだからさ、近くのカラオケいってさ、何していたとか話し聞かせてもらおうよ」
「あ、それいいね! というわけだから剣立――」
「行こうぜ、剣立」
「え・・・」
震えている剣立の腕を掴んで相馬は彼女達から離れる。
少し早歩きで、いる場所から離れようとすると後ろから女子グループが呼び止めてきた。
「ちょっと待てよ!」
「あたしら、剣立に用あるんだけど」
「てか、アンタ部外者だよね? 邪魔だから一人で帰ってくんない? アタシら剣立に大事な用事あるからさ」
「大事な用事ってのがなんだか知らないけどさ。ここで言えばいいじゃん」
は?何コイツ、みたいな視線がとんでくるが相馬は無視する。
「いえない用事だっていうんなら俺達、これからよるところあるから失礼するわ」
「あ、うん」
「ちょっと待てよ!」
剣立の腕を掴もうとする女子の手を相馬は払いのける。
「急いでいるんだ。あまりしつこいと怒るぞ」
最後の方を低い声でいいながら凄みを利かせる。腕を伸ばしていた女子はうっ、と声を漏らして手を引っ込める。
そのまま相馬は剣立をつれて歩き出す。
後ろで苦々しげな視線を向けている女子達の姿が見えなくなるまで早歩きを続ける。
「ふぅ・・・・ここまで離れれば大丈夫かな?」
「なんで・・・・なんで、僕を助けてくれたの・・・・」
未だに震えが残っているのか小柄な体をさらに小さくさせて剣立が尋ねてくる。
相馬は当たり前のように言った。
「そんなの、友達が困っているのを助けるのに理由がいるのか?」
「とも・・・・だち・・」
友達というと剣立は大きく目を見開いていた。
「僕と相馬君は、友達、なの?」
「違うのか?」
「ごめん・・・・」
「俺としてはもうお前と友達になっているもんだと思っていたんだけどなぁ・・・・仕方ない」
相馬はパン!とズボンの側面を手で拭くように叩いてから剣立の前に手を差し出し。
「俺と友達になってくれ」
「・・・・・・」
剣立は信じられないものをみるように相馬がだしている手を見つめてから顔を覗き込み、いきなり涙を流した。
相手がいきなり泣き出したから相馬は戸惑う。
「悪い、なんか傷つけるようなことをいったなら謝る!」
「ち、違うの・・・こんな僕に友達になってくれって・・い、いってくれたから、う、嬉しくて・・ねぇ、本当に僕がキミと友達になっていいの?」
相馬がこくりと頷く。
「でも、僕は、まだキミに話していないことだって一杯あるんだよ? もしかしたらキミが思っているような人じゃないかも・・し、しれない」
「そんなのは友達になった後で考える」
「傷ついちゃったら・・・・」
「後になって考える!」
何かに酷く怯える剣立につい相馬は叫んだ。
「剣立になにがあるとかそんなことは起こってしまった後に考える。ここで俺が言いたいのは剣立、俺はお前と友達になりたいってこと、それだけだ!」
「ぼ、僕で、いいの」
「当たり前だ!」
すると剣立は涙を拭って相馬が差し出している手を握り締める。同じ男のはずなのにとても小さく、弱いと感じる小さな手が握り締めてきた。
包み込むようにして相馬は剣立の手を握り返す。
「これから、よろしくね」
目に涙をためながら微笑む剣立をみて相馬は何故か戸惑った。
よくわからないけれど、戸惑ってしまった。
剣立と別れて相馬が家に戻るとリビングにはどういうわけかメイドさんとエイレーネが待っていた。
「何をぼけーっと扉の前に立っているのですか? そんなところにいたら激しく邪魔です。お嬢様が貴方に話があるという事なのでとっとと向かい合うようにして座ってください。いいですか、向かい合ってですよ。隣に座るなんて事をしたら容赦なく貴方の汚い頭を首から切り離して差し上げますから」
あれ、デジャヴ?と考えているとメイドの毒舌が飛んできたために大人しく着席するが、ここは誰の家なんだろうと相馬は首をかしげる。
「どうしたんだ?」
「実は・・・・この前の襲撃のことについてお話しておかないといけないことがあったので早急にナイトさんに伝えておこうと思ったんです」
「この前の襲撃・・・・」
相馬の脳裏に刀を振り上げていた襲撃者の姿が蘇る。このご時勢に刀を持って襲い掛かってきた。
「魔術師達の間で噂が広まり始めているんです。その噂にでてくる特徴の刀がメイドがみたものと一致するんです」
「ちょっと待ってくれよ。魔術師たちの間で刀が噂になるってことあるのか? アイツらは自分達一族の悲願の為になるようなことしか興味がないだろ」
「それが少し違うみたいなのです」
メイドは無言で二人の前に紅茶の入ったティーカップを置いて、エイレーネの後ろに待機する。
「違うっていうのは?」
「魔術師の間で噂になるという事は二つの意味があります。一つは自分達の悲願に繋がる可能性があること、もう一つは脅威になるかもしれないということです。ここ数日の間、噂になっているのは魔術師たちにとって脅威となりえる存在のようなのです」
「・・・・どういうこと?」
「これは噂なんで私達もはっきりとした情報があるというわけじゃないんですけど、その刀、妖刀らしいのです」
「妖刀ってあれだよな? ゲームとかにでてくる怪しい刀」
「げーむをしたことがないのでなんともいえないですけど、それでいいと思います」
エイレーネは小さく笑いながら話してくれた。
噂になったのはおよそ二週間ぐらい前からだったのだが、眉唾ものだと決めてかかって一蹴していたらしい。それが急に噂になったというのは少し前、日本に在籍している魔術師と海外から資料を探しに立ち寄った魔術師が襲撃を受けたことが原因だった。
ただ斬られて怪我を負ったというだけなら襲われた方の実力の低さをみんながバカにするだけで終わっただろう。
しかし、問題は斬られた人達の体から魔力、魔力を司る源が全てなくなってしまっていたという事実があった。自分達に被害がとんでくるのではないかと魔術師達は噂を流すことによって情報を入手しようと考えたらしい。
そんなことをするくらいなら家に閉じこもっていればいいのにと相馬は思うがエイレーネ曰く、閉鎖的になるよりも有益な情報を集めて対策を練るほうが重要らしい。
「エレネはその妖刀とやらの仕業だと考えているのか」
「なんともいえません。妖刀の類について、私は、あまり詳しくないんです」
「それについて詳しそうなヤツの話を聞いたほうがいいのかもしれないけれど、その妖刀を調べるのは警察の人達もやっているんじゃないかな。気にしているみたいだったから」
「前に会った芳養麻という方の事ですか?」
相馬はエイレーネに簡単に説明した。彼が魔術などを捜査する部署に所属している事、ゴールデンウィークの時に知り合い、今回の事件も担当している事などを話した。
「普通の人達もそういう組織を作っていたんですね・・・でも、難しいかもしれないです」
「なんで」
「貴方はミジンコ以下のバカですね」
「・・・・」
メイドさんのいきなりの罵倒に相馬は言葉を飲み込む。
いきなり介入したメイドは説教を始める。
「妖刀は聖剣と称される存在と比べると力が劣りますが適正のある人間が使うだけで脅威となりえるものばかりなのです。いくらそういう専門部署が存在するといっても所詮、彼らは普通の人、悪く言えば雑魚の集りでしかありません。そんな方達が刀を見つけたとしてどう対処するというのです?」
「・・・・ごもっともな意見ですね。俺達で探すのか」
「そうすべきなのかもしれないですけれど、妖刀について調べてからでないとダメだと思うの。何もわからずに探して見つけたとしても扱いに困るから」
一理あるなと相馬は頷いた。
「じゃあ、妖刀を見つけても無闇に追いかけないということか・・」
「いざとなったら貴方の力で破壊すればいいだけですけどね」
「一回死ぬほど痛い目みろって遠まわしにいっていませんか? 俺の気のせいでしょうか」
「気のせいです」
堂々と言い切ったメイドを半眼で睨む相馬とエイレーネはくすくすと笑っていた。
話題を切り替えるために相馬は別の話題をだす。
「でもさ、探すならなるべく急いだ方がいいんじゃないのか? その妖刀の力がどれほどのものかなんてわからないけれど、手に入れようとする魔術師とかでてくるかもしれないし」
「まだ、噂の領域をでていないので動き出す魔術師はいないかもしれないですけれど、さらなる被害が続くようでしたらそういうことを考える人達もでてくるかもしれません」
魔術師というのはどこまでも嘘つきで残酷な連中だ。手に入れた刀を使って周囲の民家に住んでいる人達に襲い掛かってくるかもしれない。まだ魔術師と関わって半年くらいしか過ぎていないがそういう連中だという事は痛いほど理解している。
「俺にできることは今はないのかもしれないけれど、二人とも無茶だけはしないでくれよ」
「大丈夫です」
「お嬢様は私が絶対に守りぬきます。貴方は平々凡々の世界を満喫していなさい」
笑顔と毒舌に対しては相馬は小さく笑う。はっきりいうと危険満載の世界にいるよりもメイドさんがいうような平凡の世界で友達とのんびり青春を謳歌している方がいい。
それを察してメイドはこんな毒舌を放ったのかもしれない。
「はいはい、そうさせてもらいます」
「・・・・ナイトさん、これは?」
エイレーネは学生鞄からはみ出ているA4の紙に気づいて尋ねる。紙には六月のオリエンテーションについてとプリントされていた。
「あぁ、六月の頭にオリエンテーションを行なう事が決まったんだよ、といっても場所がまだ決まっていないらしくてどこにいくのかわかんないけど」
「・・・・楽しそうですね」
話を聞いたエイレーネは羨ましそうな声を漏らす。
相馬はなんともいえない表情になるのを堪える。エイレーネは家庭の事情から学校に通っておらず通信教育で今まで勉強をしてきた。だから同い年の友達もいないし流行とかも知らない。
何気なく視線をずらすと目を見開いてこちらを見ているメイドの姿が目に入った。お嬢様を悲しませやがってどうしてくれんだこの野郎と語っており、そしてなんとかしろってことだろうと相馬は察する。
「そうだ!」
ぺかーと相馬の頭の中で明かりが灯る。
「なぁ、エレネ」
「はい・・」
「俺と、デートしないか?」
え?とエイレーネはぽかんとした表情を浮かべて、メイドの怒気がさらに大きくなった。
五月二十四日 PM20:00 廃工場
横坂市の端にある工場地帯、沢山の機械音や作業員達でにぎわっているはずなのにまるで誰もいないかのように静かだ。
それもそのはず、少し前に起こった内戦が原因で工場はテロリストと自衛隊による戦闘によって未だに立ち入り禁止区域の一つとして国から指定扱いになっている。
囲むようにして武装した警官隊が次々と一つの工場の中へと向かっていく。
「A班、報告しろ」
『周囲に人影なし、ターゲットは工場の中にいることは確認できました』
「そうか」
芳養麻春人は無線機を使って工場に展開している警官隊に向かって告げる。
「全班へ通達、突入と同時に犯人を確保せよ。わかっていると思うが対象は無傷で確保せよ。実弾の使用は各班長に一任するとする・・・諸君らの健闘を祈る」
同時に設置されている無線機からA、B、C班のメンバーからの情報が飛び交ってくる。
芳養麻達11係が廃工場に警官隊を引き連れているのはこの街で横行している斬り裂き魔を確保するためである。優秀な刑事課の刑事達が犯人がここに潜伏しているという情報を掴み、上層部の指示で芳養麻達が導入された。
「(上としては11係にポイントを稼がせたいとでも考えているのだろう)」
警視庁公安部公安総務課第六公安捜査第11係は表沙汰にできない事件の対処を目的としている部署であり主な仕事として日本で活動をしている魔術師の確保がある。
といっても11係は大きな実績がない。先日の歌手の護衛に関しては失態の方が大きい為に実績とはいいがたいとして評価されていない。それ以前に11係は花形部署と比べてこれといった実績を得ていない。11係を存続させる為に上層部としては色々な事件に介入させて必要性をもたせようと考えているのだろう。
「B班から応答アリ、マル秘が逃走した模様!」
「逃走経路からしてC班が近い、彼らのこのルートに誘導して挟み撃ちにするんだ」
「わかりました」
部下が設置されているカメラに向かって指示をしているのを眺めながら芳養麻は犯人が確保されるまで息がつけなかった。
犯人は既に何人も傷つけている。どれもが刃物によるものだから大きな危険はないと考えている。
だが、相手が魔術師だったら?と考えると嫌な考えばかりが思考にまとわりついてきて落ち着かない。
お願いだから早く終わって欲しい。班長から犯人確保という報告が届く事を願う。
全滅なんていうのはもううんざりだ。
「主任、班長から連絡です。被疑者を確保」
「そうか! 凶器は?」
「・・・・それが見つかっていないという事です」
「わかった、各班長は周囲に潜んでいる者がいないか確認した後、撤退せよ。犯人は厳重に監視するようにと指示してくれ・・・・少し出る」
了解、という部下の返事を聞いて芳養麻は偽装している車から外に出る。五月だというのに冷たい風が彼の頬を撫でてきた。
さっきまで張り詰めていたからなのか体が鉛のように重たい、睡眠をとれていないというのも原因の一つかもしれない。
「無事に・・終わった」
ふぅと小さく息を吐き、ネクタイを緩める。
犯人確保、これで次の事件が起きる事はないだろう。凶器が見つかっていないのが問題だが周辺を捜索していけばいい。
そう、思っていた。




