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GAME -JIN-  作者: 転寝猫
3/9

12月20日

『あなたには、ゲームに参加する権利があります』

昨夜の少女の言葉を、ぼんやり思い出す。

『私のパートナーとなって、ゲームに勝ち抜けば…願い事を何でも一つ、叶えることが出来るのです』

「願い事………ねぇ」

ウンディーネと名乗った少女…もとい、精霊の体は、水面に浮いているようだった。

だけど…あの子は映像なんかじゃなく、ちゃんと実体を持っていた。

そんなこと…現実にあるわけない。

夢でも見たのだろうか…

だけど。

ポケットから…石を取り出す。

「これがあるってことは、やっぱ…夢じゃないんだよな」

つるつるした丸い石を均等に四つに砕いたような、そんな形。

『その石を守り、他の精霊に勝利すれば、より高位の精霊が召喚され、あなたの願いを聞き入れてくれるでしょう』

『何でそんなこと、俺に教えてくれるんだ?』

俺の問いかけに、彼女は躊躇うように俯く。

そしてしばらく黙り込んだ後…囁くように言った。

『私は…その石を守るよう、召喚主に言い渡されています。ゲームに負け、石を奪われれば…この身体は消滅してしまう』

悲しそうな少女の横顔に…どきりとした。

『私、あとどのくらい…生きられるのかな』

あの時………

そうつぶやいた姉ちゃんと…彼女の姿が重なった。

『ゲームに…勝てたら?』

『おそらく…召喚させる前にいた世界へ、帰ることが出来るのだと思います』

寂しそうな瞳の少女に、思わず尋ねる。

『君………帰りたいの?』

はっとした表情で、俺をじっと見つめる。

息が止まりそうなひと時の後。

ウンディーネは小さく頷いた。

『仁…私には、あなたの力が必要なのです。私と一緒に…戦ってくれませんか?』


携帯が鳴り出して、我に返る。

電話はクラスの友達からだった。

『映画行こうぜ!今日こそは付き合えよな!』

「ああ…わかった」

『一晩考えさせてくれ』

昨夜そう言って、ウンディーネの元を後にした。

『では…明日の夜またここで』

約束通り、一晩考えてみたけど…

いくら考えたって、解決出来る問題じゃない。

とりあえず俺は、友達に会って、気分を変えてみることにした。


電車に揺られながら、ぼんやり窓の外を見る。

だいたい、叶えて欲しい願い事なんて………

『姉ちゃんを生き返らせてくれ』って言ったら…あいつは何て言うだろう。

けど…

ウンディーネの寂しそうな顔が脳裏に浮かぶ。

帰りたいって言ってたな、あの子…

元の世界には…親とか友達とか、兄弟とか…大事な人達が沢山いたんだろう。

なのに、『召喚主』とやらの身勝手で、こんな誰も知らない世界に、一人呼び出されて…

あの泉で、ずっと誰かを待ってたんだ。

俺や、姉ちゃんが…気づくまで。ずっとずっと長い間。

終点を告げるアナウンスが流れる。

慌てて大勢の人の流れにのり、電車を降りた。

時計を見ると、友達との待ち合わせまではまだ少し、時間がある。

クリスマスを控えた街は、華やいだ雰囲気に包まれていて、何もなくても何となくそわそわしてしまう。

「とりあえず…靴でも見に行くかな」

誰に言うでもなくつぶやいて、エスカレーターを降りる。

視線をスニーカーに落とす。

大分痛んできているので、クリスマスだからと言えば買ってもらえると思う。

そして、きっと…母さんは言うだろう。

『プレゼントしてくれるガールフレンドとかいないの?』とかなんとか。

ちょっと面倒臭い気がして…思わず一つ、ため息をつく。

姉ちゃんが生きてたら…そんな風に俺の事、からかったりしただろうか?

そんな事を考え始めたら、昨日グラウンドで会った不知火先輩の横顔を思い出した。

あの人は真面目だから、妹をからかったりはしないだろう。

まぁ、例えしたとしても…当の妹はゲームが恋人みたいな奴だし、からかい甲斐はないかもしれないな。

と………その時。

目の前に立っている少女に、視線が釘付けになる。

「あんた何馬鹿言ってんの!?そんなこと出来る訳ないでしょ常識的に考えて!」

空に向かって、大声で怒鳴っているのは………

その…妹だった。

「不知火…何してんだ?」

声掛けない方がいいかな…と思った時には既に、その言葉が口をついて出ていた。

不知火は耳まで真っ赤にして、あ………とつぶやく。

「誰としゃべってたんだ?今…」

「あ、いやその………あれぇ…私何してたんだろ!?」

見事な狼狽っぷりで更に周囲の視線を集めた後、彼女は両手を合わせて俺を拝んだ。

「ねぇ水月、お願い!今見たことは誰にも言わないで!」

「…はぁ?」

「だからぁ!クラスの子とかに言いふらさないでって…お願いしてるんだってば!!!」

言いふらさないでって…

ゲーム好きが高じて…ついに妙な電波でも拾うようになってしまったんだろうか?

それとも…昨日買ったゲーム絡みで、何か空想でもしてたのか。

よくわからないけど………

「いいよ」

とりあえず…友達に話して気持ちの良い話ではないし。

ほっとしたように笑って、そうだ!と彼女は手を叩く。

「水月ってさ…シューティングゲームとかって、得意?」

「………は?」

期待に満ちた、きらきらした目。

さっきの動揺は、一体どこへ行ってしまったのか。

本当…変な奴。

「別にすげぇ得意なわけじゃないけど…友達何人かでやってて、一番最後まで生き残れるくらいには、得意かな」

促すような目に乗せられて、つい…すらすら答えてしまう。

すると。

やった!というように指を鳴らして、不知火は俺の腕を掴んだ。

「ねえ水月、もう一つお願いがあるの!」

「………何だよ?」

彼女はさっき同様両手を合わせ、今度は明るい声で言った。

「シューティングゲーム、教えて!」


何回かプレイして、財布の小銭が尽きた頃。

休憩しよっか?という不知火の提案に乗り、近くのファーストフード店に入った。

「注文してくるからちょっと待ってて!何なら、席取っててくれてもいいけどっ」

それは…席を取っておけっていうことか。

まぁでも…奢ってくれるっていうんだし、いいか。

店の階段を上がる途中で、ポケットの携帯が鳴る。

『今どこ?』

友達からのメール。

そうだ…映画。

今から行けば、間に合うことは間に合うが…

『ごめん!急用出来たから、また今度』

そう返信して、携帯をバッグにしまう。

どうせ即座に電話がかかってきて、何だ?女か?とか何とか…面倒なことを聞かれるのは目に見えてる。

窓際の席に腰掛け、しばらく待つと、不知火の暢気な声が飛んできた。

「はーい、お待ちどおさまっ」

ポテトとコーラの載ったトレイをテーブルに置いて、あー疲れた!と伸びをする。

首をコキコキ鳴らすのに合わせて、二つに分けた長い髪がふわふわ揺れた。

「ここんとこ運動不足気味だから、大騒ぎしたら疲れちゃった」

「…あんなの運動したうちに入んねーよ」

さっきの口止め料と講義料にしては安いな…とちらりと思ったが。

懐が寂しいのはお互い様だろうし、まぁ文句は言えまい。

しばらく無言でポテトを貪った後、で…と彼女は真面目な顔で俺に向き直る。

「どうでした!?先生!!!」

「…どうって………ひどいな」

はっきり言って、二人プレイである必要がないくらいの状態だった。

ひどいときには、銃口が画面を向いてすらいない。

誰かに教えを乞おうという気になるのも頷ける。

「ねえねえ!どうやったらあんたみたいになれるの!?」

「どうやったらって、なぁ…」

あれは…どこをどう直す、というレベルの話じゃない。

敵が出てくると、パニクってきゃあきゃあ騒ぐだけで、スクリーンは全く直視していないように見えた。

お前は敵を狙ってない、と指摘すると、彼女は不満げに首を振る。

「…狙ってるわよぉ」

「いーや狙ってない。目の前に沢山現れた時とか、『とりあえず沢山撃っときゃ当たるだろう』って風に見えたぜ?」

図星をついたようで、彼女は気まずそうな顔をしたが…

すぐ、居直った風に威勢よく言い返してきた。

「………だって、一匹狙ってたら違うところから狙われちゃうじゃない!?」

「でも結局一匹も倒せなければ、そんだけダメージ受けるんだぞ」

きょとんとした目で俺を見て、そっか…とつぶやき、しょんぼりする不知火。

…ちょっと、言いすぎたかな。

さすがに少し反省して、優しい口調で声を掛けてみる。

「俺がちゃんと援護しててやるから、今度はちゃんと狙って撃ってみろよ。一番近くにいるやつから、落ち着いて一匹ずつ、な」

「…まだ、付き合ってくれるの!?」

目を輝かせる彼女に…ため息をつく。

ころころ表情が変わって、忙しい奴だ。

「しょうがないだろ。観るつもりだった映画、もう始まっちゃったし」

げ、とつぶやいて、彼女は小声でこわごわ尋ねる。

「ひょっとして………デート…すっぽかしちゃったってこと?」

「そうじゃねえよ」

呆れて思わず顔が緩んでしまう。

そんな大事な用があったら、お前のゲームなんかに付き合ったりするもんか。

「クラスの奴らだよ。さっき電話あったんだけど、急用出来たからって断った」

「…よかったの?」

よかったの…か。

昨日もボーリングすっぽかしたばかりだし…ノープロブレム、とは言いがたい状況だけど。

「別に映画観たいって気分でもなかったし…」

『明日の夜、またここで…』

ウンディーネは、そう言って微笑んだ。

今日の夜。

あの場所へ行くべきか、行かざるべきか…

ゲーム…か。

彼女の言い方からすると、『ゲーム』というのは、不知火が好きなテレビゲームとかというよりはむしろ、競技とか勝負とか…そういった意味だろう。

勝敗を決する方法は何なんだろう。

そして…敗者はどうなってしまうのか。

やっぱり、死んでしまうのだろうか。

それとも…

よくあるファンタジー映画よろしく、悪党が勝者になったら世界が滅亡してしまう…とか。

そんな厄介そうな『ゲーム』に首を突っ込むなんて、どうかしてるとしか言いようが無い。

でも………

「ねえ、水月!?」

目の前に突き出された手にびっくりして、不知火の顔を凝視してしまう。

「ごめん、ちょっと…考え事してた」

怪訝そうな表情の不知火の口からは、『どんな?』とか『何の?』とか…今にも質問が矢継ぎ早に飛んできそうだった。

ひょっとしたら『ゲーム』に興味を示すのは、俺より不知火なのかも知れないけど。

「…で」

コホン、と咳払いをして、話題を変える。

「お前のほうこそ、どういうことなんだ?」

「…何が?」

不知火が得意なのは、家に閉じこもってパソコンとかテレビに向かってやるゲームであって、こんな風に街中でやるゲームではないのだろう。

普通、女の子がゲーセンに行く理由って考えると…

やっぱり、デートじゃないだろうか。

「普通の女子だったら、あんなもん上手くなくたって困りはしないんだろうけど…ゲーマーを名乗る不知火としてはやっぱ、出来なきゃ格好付かないってとこ?」

「格好って…誰に?」

すっとぼけた様子の不知火に、とどめの質問をぶつけてみる。

「一緒に、シューティングゲームやりたい男がいるってことだろ?」

「あんた何言ってんの!?」

不知火は突然素っ頓狂な声を上げ、テーブルをものすごい勢いで叩く。

周囲の視線が一斉に俺達に注がれ、フロアはしん…と静まり返った。

少し恥ずかしくなって…俺は首をすくめるが。

彼女はそんなことなどお構いなしで、そんなんじゃないわよ…と不機嫌そうにつぶやく。

「本当かぁ?」

「本当!もう…急に意味わかんないこと言わないでくれる!?びっくりしたじゃない」

「………そうか」

多分、お前よりも周りの客の方が…びっくりしたと思うんだけど。

「じゃあ、何なんだ?」

それは…とつぶやいて。

彼女は視線を天井に向けた。

何か真剣に考えてる様子で、じっと一点を睨んでいる。

そのまま…しばらく時間が経過する。

シューティングゲームが上手くなりたい理由一つ説明するのに、そんな大それた理由が必要とは、到底思えないんだが…

やっぱり変な奴だ…と思いながら見つめる俺に、彼女は心底困ったような視線を向けた。

「うまく説明出来ないんだけど…」

やっと口を開いたはいいが、その口調はしどろもどろで…

やっぱり何か…隠そうとしているみたいだ。

「訳あって…どうしてもシューティングゲームの腕を上げなくちゃならなくて…これは…これはね………うーん」

「…何だよ、訳って」

腕組みをして、またしばらく黙り込んだ後。

何か名案がひらめいたらしく、不知火の瞳がきらっと光った。

「これは…一つの課せられたミッションなの」

「…ミッション?」

「そう。ゲームをクリアする上で、どうしても越えなくちゃならない壁っていうか…」

「…ゲーム」

俺の動揺は………彼女に伝わってしまっただろうか。

今…確かに不知火は『ゲーム』と言った。

『あなたには、ゲームに参加する権利があります』

ウンディーネの言葉と…同じ。

まさか………不知火も?

「そんなゲームに、不知火は参加してるのか?」

恐る恐る尋ねると、そう!と彼女は明るく頷いた。

「そうなの。普通はゲームってオンラインでやるけど…あれよ、オフでカードバトルやったりとかするじゃない!?ああいうのと同じ」

「オフ…?」

「オフって言ったらオフライン、ネット上じゃなくて現実にって意味に決まってるでしょ?だから…今日は助かったわ、水月のお陰で!」

満面の笑みで感謝の意を表す不知火。

オフ………知るかよ、そんなもん。

でも………そうだよな。

まさかな。

「まあ…いいや」

不知火が敵だなんて考えるのは、あまり気持ちのいいことじゃない。

少しほっとして、ごちそうさま!と手を合わせる。

「じゃ、特訓再開と行くか…礼は上手くなってから、言ってもらわないとな」

「おっけー!よろしくお願いしますっ」


その後、何回か両替機のお世話になって…

不知火は最初の頃と比べると、大分上手くなった。

そろそろ帰らなきゃ、と腕時計を見て、彼女はにっこり笑った。

「本当に今日はありがとね!水月」

「ああ。俺も結構楽しかったよ」

映画を観るより出費は嵩んだけど…映画を観るより気晴らしになった。

ただ…

不知火がしきりに周囲を気にしている風だったのが、なんとなく気がかりだった。

それに、『ゲーム』という言葉も。

ふと、ウンディーネに会った時のことを思い出し、バッグから携帯を取り出した。

ソフトを起動して…カメラ越しに不知火を見てみる。

と………

はっとした。

彼女の肩のあたり。

カメラに写ったのは…黒髪で浅黒い肌の男の姿。

空中に浮いているようなその様子は、昨夜のウンディーネと同じ。

全身から力が抜けるような感覚。

「………やっぱり」

『ゲーム』。

そうなのか。

けど………あいつが言っていたことと、ウンディーネが言っていたことは、何だか大きくかけ離れているような気がする。

シューティングゲーム?

そんなものが…ゲームに必要なのだろうか。

不知火が参加しているということは…俺は、あいつと戦わなきゃならないのだろうか。

あいつは、不知火先輩の妹なんだぞ?

それに、不知火先輩は…姉ちゃんの親友だった人だ。

どうしたらいいんだろう。

そうだ。こんなゲーム、参加しなければ…

『あなたの力が必要』

昨夜のウンディーネの…姉ちゃんに良く似たあの声が、頭に響く。

全身に溜まった重苦しい空気を追い出すように、大きく一つ深呼吸をする。

「とにかく………今夜行ってみなきゃ、何も始まらないよな」


俺の姿を見て、ウンディーネはとても嬉しそうな顔をした。

「来てくれたのですね!?仁」

だが…石を突き出す俺に、彼女は一瞬で表情を硬くする。

「まずは…俺の話を聞いてくれ」

俺は、不知火の話をした。

そして…あの浅黒い肌の男の話も。

彼女は深刻な表情で、そうですか…とつぶやく。

「それは…炎の精霊サラマンドラです。おそらくその少女は」

「その、サラマンドラって奴の…パートナーってことなんだろ?」

ウンディーネは困ったように俺を見つめ、小さく頷く。

「俺、あいつと戦うなんて…出来ないんだ。同じ学校に通ってるし、まぁ…友達だし。あいつは女だし…傷つけるわけにはいかない。それに…」

ありがとね、と笑った不知火の顔を思い出す。

「あいつ…そんな大変なことだって分かってなくて、ゲームに参加してるんじゃないかな?もしそうだとしたら…参加するかどうかは別としても、俺あいつのこと…止めてやらなきゃ」

「…ですが」

黙って俺の話を聞いていたウンディーネは、厳しい表情で俺を見た。

「サラマンドラの攻めの魔術は、他の三精霊を遥かに凌いでいます。彼女が魔術の扱いに不慣れだとしても、おそらく簡単に負けることはないでしょう」

「魔術にも…攻めと守りがあるのか?」

「ええ。守りの魔術に関しては…私がおそらく、一番上かと」

「…だったら、別に俺がいなくたって」

いえ、と彼女は首を振る。

「パートナーがいなくては、ゲームで勝ち残ることは出来ません。パートナーとなる人間がいてはじめて、私達は実体化することが出来、その『賢者の石』に触れることが出来る…パートナーがいなければ、戦うことすら出来ず、『賢者の石』を奪われてしまうのです」

握っていた石を見つめる。

青く光るこの石…『賢者の石』っていうのか。

これを奪われるということは…彼女が消滅してしまうということ。

パートナー…か。

「その…シューティングゲームというものは、よくわからないのですが…おそらくサラマンドラは、そのすずという少女の適性に一番適った戦い方として、その方法を選んだのだと思います」

人によって、戦い方も異なるのか。

もう一度…尋ねる。

「それ………俺じゃなきゃ、駄目なのか?」

潤んだ青い瞳が、射抜くように俺を見つめる。

「私を見つけて名を呼んでくれたのは、仁…あなただけです。以前、幼い少女が私に話しかけてくれたことがありましたが…」

心臓が高鳴る。

『妖精を見たの』

………姉ちゃんのことだ。

「彼女はまだ幼過ぎて、ゲームのことが分からないようでした。だから…」

ウンディーネは、泣きそうな顔で俺を見て、深々と頭を下げた。

「お願いです!仁…私と一緒に戦ってください」

「戦うったって…」

『一体どうやって』と言いかけたその時。

びくっと彼女の体が震える。

「どうしたんだ?ウンディーネ…」

「結界の中に………誰かが」

青ざめた彼女に…

俺は、意を決して叫んだ。

「行こう!ウンディーネ」

「仁………」

「この石を…守るんだ!」


ウンディーネに連れられて行った先は…

さっき不知火と遊んだ街。

終電まではまだ時間があるし、年末で大賑わいのはずなのに…

バスターミナルには、全く人気がなかった。

時が止まってしまったかのような静寂の中。

一人の男が立っていた。

黒のパーカーにジーンズ姿の、長身で細身の男。

フードを目深に被っているので、顔は暗くなっていてよく見えない。

ただ…一つだけわかったこと。

その男は、ウンディーネやさっきのサラマンドラとは違う。

………人間だった。

「…水の精霊ウンディーネ」

歌でも歌うように、男は滑らかな調子で言う。

「そして…坊やがそのパートナーってわけ」

声からして、20代くらいの若い男のようだ。

「お前は………?」

「俺?」

ふっ、と笑って男は答える。

「俺は…風の精霊シルフィードの…パートナーだよ」

「で………その…シルフィードってのは、一体どこに隠れてるんだ?」

「…どこにも隠れちゃいないよ」

楽しそうに言って…男は黒いフードの下で、にやりと笑った。

「素人のチビくん相手なら…俺一人で十分だからね」

その瞬間。

ものすごい風が吹いて、体が数メートル後方に吹っ飛んだ。

「いっ………!」

アスファルトに叩きつけられ、一瞬息が出来なくなる。

「仁!!!」

悲鳴を上げるウンディーネに、男が静かに近づく。

「さ…石を渡してもらおうかな?」

はっとした顔をして。

ウンディーネは何か唱え、両手を天にかざした。

滝のような轟音と共に、彼女の目の前に厚い水の壁が出来る。

水しぶきを避けるように、腕で顔を覆いながら、楽しそうに男は叫ぶ。

「そう!さすが鉄壁の守りのウンディーネ…そうこなくっちゃね!!!」

男がかざした手の先端から、かまいたちのようなものが幾重にも重なり合って飛んでくる。

風の刃は水の壁を切り刻もうと襲い掛かり、激しい水しぶきが幾つも上がる。

苦しそうに、顔を歪めるウンディーネ。

「うう………」

「まだまだ!」

男は両手を天にかざし…その手をウンディーネの方に向ける。

すると、空圧の塊のようなものが水の壁を貫き、そして…

彼女の体を貫いた。

「うっ………」

「ウンディーネ!!!」

腹を押さえてうずくまるウンディーネに、急いで駆け寄る。

「大丈夫か!?」

「え…ええ………でも………危ない!」

叫ぶ彼女を抱え、飛んできた風の刃を避ける。

男は俺を見て、愉快そうに口笛を吹く。

「へぇ…なかなかやるじゃん」

「お前っ………」

反撃しなくては。

でも………やり方が分からない。

その時、俺と男の間に水の柱が幾つも発生する。

見ると、ウンディーネは苦しそうな息の中、何か懸命に唱えていた。

「ウンディーネ!」

「…これで………少しは………攻撃を防ぐことが」

「けど…お前………怪我してるのに」

彼女の腹部からは、人間と同じ…真っ赤な血が流れ続けている。

「仁………一緒に………戦ってなんて言って、私………こんな」

彼女の目に涙が滲む。

悔し涙だろうか。

水柱は風の刃に切り裂かれ、一つ、また一つと消えていってしまう。

このままじゃ………

ごめんなさい…と涙声で言って俯く彼女の肩を、強く揺さぶる。

「諦めちゃ駄目だ!」

「………仁」

「俺に戦い方を…教えてくれ」

最初からあの男のようにはいかないだろう。

だけど………

「ウンディーネ、頼む!」

彼女はぐっと唇を噛んで、また何か小声で唱えた。

そして…強い眼差しで俺を見る。

「仁………球体をイメージしてください」

「球体!?」

頷いて、彼女は依然攻撃を続ける男を、じっと見据えた。

「手の平に…球体があるとイメージして、それを………あの男に」

………そうか。

ボール。

荒れ狂う風の中、大きく息を吸い込んで。

マウンドに立つように、ぐっと足を踏みしめる。

右手の中には…野球より二回りくらい大きい、水のボールが握られていた。

「…ストレートだ」

自分に言い聞かせるように…つぶやく。

勝負はこの一球。


九回裏、2アウト満塁。

あの日、俺の手を離れたボールは…

最終打者のバットに、まるで吸い込まれるようにヒットしたのだった。

それ以来俺は、ピッチャーマウンドに立つことをやめた。

どうしても…姉ちゃんが死んだ、あの日の試合を思い出してしまう。

トラウマなんて簡単な言葉では、言い表すことが出来ない。

…恐怖だった。


けど………

傷を抑えてうずくまりながら、必死に呪文を唱え続けているウンディーネ。

彼女を…このまま消滅させるわけにはいかない。

約束したんだ…守るって。

「行くぞ!!!」

大きく振りかぶって…

投げた。

その瞬間、水の球は更に大きさを増し。

猛スピードで男に向かって走る。

はっとした表情の男。

その体は、水の塊に大きく吹き飛ばされる。

………筈だった。

水の塊は、突如起こった大きな竜巻にぶつかって…弾けた。

「…間に合ったようですね」

穏やかな女性の声。

見ると、男の傍らに、ブロンドの長髪の女性が立っている。

「シルフィード…」

苦しそうに、ウンディーネがつぶやく。

あらあら…と困ったように笑って、シルフィードと呼ばれた女性は言う。

「ウンディーネ…長い眠りから醒めたばかりで、少し…体が鈍っていたようですね」

そして、彼女は興味深そうに目を見開き、俺の方をじっと見た。

「初めてにしては、なかなか…お見事でした。ウンディーネのパートナー」

ぐっと歯を食いしばって、ウンディーネの前に立ちはだかる。

「まだ…やる気なんだろ?」

その時。

フードの男が、愉快そうに大声で笑った。

「まあまあ、そう怖い顔するなよ…」

静かに前に進み出て、俺の前に立つ。

「今日は様子見。明日は早いし…この辺にしといてやるからさ」

「今日は…って」

「明日の夜」

彼は東の方にある、電化製品の店が軒を連ねる街の名を告げた。

「そこへおいで。きっと…面白いものが見れると思うよ」

じゃあね、と片手を挙げた彼の体は、ふわりと宙に舞い上がった。

シルフィードも彼に従って、空中に浮き上がる。

「…待て!!!」

空に消えていく男を…大声で呼び止める。

「お前…一体何者なんだ!?」

「俺…?」

男は振り返って、また…にやりと笑う。

相変わらず、顔は半分以上黒いフードに埋もれ、その全容を窺い知ることは出来ない。

「俺はね………風群睦月」

「風群…睦月?」

「そ………またね、水月仁くん」

こいつ………何で、俺の名を?

待て!と呼ぶ俺の声に、再びは答えることなく。

睦月と名乗った男とシルフィードは、ビルの立ち並ぶ街の遥か向こうへ…消えた。

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