12月21日
『では次に、このスライドをご覧ください…』
体育館の壇上では、うちの学校のOBであるところの歴史学者が、マイクを使って何やら熱心に説明を続けていた。
『わが国古来の文化と異国文化の融合』というテーマ。
学校の授業自体は、先週の週末で終わっているのだが。
講演会とか実習とかいったオマケみたいなカリキュラムは、今日から始まる補習期間に、まとめて消化してしまおうということらしい。
こういう行事は得てして、死ぬほど退屈なもので。
周囲の生徒達はひそひそおしゃべりをしていたり、こくりこくりと船を漕いでいたりで、熱心に話を聞いている者などほとんどいない。
異国文化…か。
ウンディーネって…きっと異国の精霊だよな。
この国古来の…っていうなら河童とか、龍とか、なんとかかんとかの神とか…
いや…それは精霊じゃなくて神様か。
だとすれば…一体どうして、こんな所にいるんだろう?
『我が国の古来よりの風習として、天災を鎮めるために、人身御供を捧げるというものがあります。悲しい歴史ではありますが…このようにして、多くの乙女達が命を落としたものと考えられ…』
人身御供…ねぇ。
生贄を捧げて、代わりとして精霊を召喚する…
あの『賢者の石』が…触媒なのか。
ぼんやりそんなことを考える。
不知火の好きそうな、ゲームの中の伝説としてはありそうな話だけど…
ウンディーネ………大丈夫かな。
彼女は今、最初に出会ったあの泉で眠っている。
『賢者の石』の力が浸透した結果、強い魔力を持つようになったあの泉にいれば、傷の回復も早まるのだと、昨夜ウンディーネは言っていた。
『明日の夜、また彼らが攻め入ってこないとも限りませんから…』
それまでに、可能な限り回復しておきたい、ということらしい。
ゲームにタイムリミットはあるんだろうか。
あんなにひどい怪我をしていたのに…そんなに無理しなきゃいけないのか。
昨日はウンディーネの力を借りて、何とか反撃することができたけど…
俺一人じゃ…何も出来ないしな。
講演会は終盤に差し掛かり、学者は生徒の質問に一つ一つ答えている。
「先生の最近の著書の中に、異国の『精霊』と『シャーマン』の関係を、我が国古来の伝承である『式神』と『陰陽師』の関係になぞらえた箇所がありますが…」
高等部の生徒の言葉に…はっとした。
あの人、今…精霊って言ったな。
学者は誇らしげに、その生徒の質問に応じている。
「この国の人々は古来より、自然に対し強い信仰心を持っていたため、精霊という超自然的な物の存在を受容するのに、とても有効な土壌があったと考えられます。これは今調査中なのですが…異国から渡ってきた人々の中に『精霊使い』を称する者がいて、一部の民に崇められていたらしい。その人物は、異国で非常に有名な錬金術師の弟子であったとされています。その錬金術師に関する伝承では、不思議な魔力を持つとされる『賢者の石』を作ったとされ…」
『賢者の石』?
「その錬金術師は優れた医師であると同時に、多くの書物を著した作家でもありました。『妖精の書』という書物の中には、世界を構成する水・火・土・風の四大元素を、精霊として擬人観的に描写した箇所があります」
四精霊………
隣のクラスの不知火の方を、振り返って見てみる。
彼女もまた…食い入るように、学者の顔を見つめていた。
炎の精霊…サラマンドラ。
そして昨日出会った、風の精霊…シルフィード。
水の精霊ウンディーネ。
ということは…あと、もう一人。
土の精霊?
それは一体…どこにいるんだろう。
講演会が終わって、クラスの女子達とじゃれあっている不知火に声をかける。
放課後つきあえ…と言うと、彼女は気まずそうな顔をした。
「………ゆすり?」
「…そんなんじゃねえよ」
「じゃあ…何よ」
「んー………」
『精霊のことだ』なんて…今は言うべきじゃないだろう。
「まあ、後でな…」
手を振って、彼女に背を向ける。
ちょっと…と呼び止める声がしたが、俺は振り向かずその場を去った。
体育館を出たあたりで、友達に声を掛けられる。
「なぁ、仁!?」
興味津々な彼らに近づくと、いきなりヘッドロックを掛けられた。
「…なんだよ、一体?」
「お前…不知火と何話してたんだよ!?」
…は?
「お前、あいつと仲良かったっけ?物好きだなぁ…」
「不知火もまあ、かわいいっちゃかわいいけどさ…ゲームオタクってのがちょーっとな」
友人達は口々に好き勝手なことを言っている。
「で、何話してたんだよ!?ひょっとして…『クリスマスどっか行こうぜ』みたいな???」
…思わず、ため息をつく。
「俺も…不知火誘うほど暇じゃねえよ」
「本当かぁ?」
「本当…ったく馬鹿馬鹿しい」
はっきり言って、俺は今んとこ、彼女なんて必要ないと思ってる。
しかも、よりにもよって不知火なんて………
一緒にいたって何の話するんだよ?
だいたい…怒ったり笑ったり忙しいあいつと一緒になんていたら、きっと毎日ぐったりだ。
付き合うんなら、もっと…そうだな。
『では今夜…またここで』
微笑んだウンディーネの顔が脳裏に浮かんで…
慌てて大きく首を振る。
不思議そうに俺の様子を眺めている友人達。
「どうした?仁…」
「いや………なんでもない」
何の用?と、明らかに不機嫌そうな声で言い、不知火は俺を睨んだ。
どうやって…切り出そう。
「………何よ」
『サラマンドラのこと』?
それとも『ゲームのこと』…か。
でも…不知火のことだ。
その言葉を口にした途端、この場から逃走しかねない。
「ちょっと、何なのよ一体!?」
「………あのさ」
「だぁーもう!!!言いたいことあるならさっさと言いなさいよ!」
「…わかった。じゃあ言う」
意を決して…
「精霊の話なんだけど…」
その瞬間…彼女は言葉を失った。
目を大きく見開いて…硬直する。
「せ………精…霊…???」
「知らないとは言わせないぞ。お前のパートナー…サラマンドラって精霊なんだろ?」
突然の俺の問いかけに、ものすごく動揺しているらしい。
体が小刻みに震えている。
が…平静を装おうとしているのか、ひきつった顔で笑う。
「さ…サラ………な…なんだろ?私…そんなもん………」
「お前昨日、俺に『ゲーム』って言ったな!?あれ…サラマンドラって精霊と一緒に戦ってるゲームのことだろ?」
何とか誤魔化そうと思ったらしいが…
核心をついた俺の質問に、彼女は観念した様子で肩を落とした。
俯いて…黙り込む。
「どうなんだ?不知火」
「……………言えない」
青ざめた顔をして…蚊の鳴くような声でつぶやく。
口止めされてるのか…あの精霊に。
どんな経緯であのゲームに、不知火が参戦することになったのかはわからないけど…
何の疑いも持たずに、精霊に言われるがまま行動しているんだとすれば…
『またね』
愉快そうに笑っていた…あの男。
俺は彼女に、『風群睦月』が昨夜言っていた…街の名を告げる。
「今夜…あの街には行くな」
「…何?今夜って」
「とにかく行くな!お前が思ってるような遊びじゃないんだ、あのゲームは…」
その時。
校舎の向こう側の渡り廊下を、不知火先輩が歩いているのが見えた。
そして…
うわっ、という、弓道部員の小さな叫び声と共に…
一本の矢が………彼女に向かって飛んでいくのが見えた。
思わず大声で叫ぶ。
「不知火先輩!危ない!!!」
先輩は、すぐに俺の声に気づいたようだ。
立ち止まり、振り返る。
矢はまっすぐに、彼女に向かって飛んでいったが…
一陣の風が巻き起こり。
矢の軌道は………大きく曲がった。
はっと…息を呑む。
次の瞬間、ダン!!!という鋭い音と共に、矢は彼女のすぐ傍の柱に突き刺さった。
「お姉ちゃん!!!」
不知火が甲高い声で叫び、先輩の方へ走っていく。
風の吹いてきた方向を、振り返って確認するが…
誰もいない。
風?
昨夜のあの男の…にやりと笑う口元を思い出す。
まさか………
保健室に運ばれ、しばらく眠っていた先輩は…
俺と不知火を見て不思議そうな顔をした。
ひどく顔色が悪い。
不知火によると、彼女は昨日から風邪を引いていて、熱があるのだそうだ。
不知火が心配そうに呼びかける。
「お姉ちゃん………大丈夫?私、わかる?」
「…うん」
「………よかったぁ」
大きくため息をついて、両手で顔を覆う不知火。
慰めようと、そっとその肩に手を置く。
こうしてると…やっぱり二人は姉妹なんだな、と実感する。
「…仁くん」
先輩は、ぽつりと俺の名を呼んだ。
「先輩、大丈夫ですか?…僕の声、聞こえてました?」
こくり、と小さく頷く。
「ありがとう…お陰で、助かった」
誤って矢を放った中等部生と顧問の女の先生が、半泣きで先輩に謝罪している。
弱々しいながらも笑顔を作って、いいですよ…と答える先輩。
「熱もあるみたいだし…もう少し、休んでいったら?」
保健室の先生の言葉に、彼女は大丈夫です…と首を振った。
「5時間目テストなんで…行かないと」
「お姉ちゃん!!!」
不知火が突然、先輩の腕を掴んで怒鳴る。
「そんなもんどうでもいいじゃない!お姉ちゃん顔真っ青だよ!?」
「………本当?」
「休んでなきゃ駄目だよ!テストだテストだって………馬鹿じゃないの!?」
こいつの言うとおりだ、と思ったので、俺も賛同しておくことにした。
「そうですよ…先輩」
先輩は、きょとんとした目で俺達を見つめる。
「私…そんなに顔色悪い?」
頷くのが同時になってしまった俺達を見て………
彼女は…ふっ、と顔をほころばせた。
ぎょっとした顔をして、不知火は先輩の両腕を掴み、大きく揺さぶる。
「お姉ちゃん、ショックで頭どうかしちゃったんじゃないの!?」
その言い方は…ひどいだろ。
姉ちゃんと一緒にいた頃から、彼女は滅多に怒らず、いつもにこにこしている人だった。
今だって俺達を心配させまいと…懸命に明るく振舞っているのではないかと思う。
全く………姉妹だというのに、不知火とは大違い。
「大丈夫。さっきね…ちょっと怖い夢見ちゃって」
彼女は目を細めて、穏やかな口調でそんなことを話す。
「だから…多分、顔色悪いのはそのせいだと思う」
不満そうな顔で、んー…と唸る不知火。
「確かに…何かちょっと、うなされてるみたいだったけどさ…」
「でしょ?だから…大丈夫」
ふらりと立ち上がり、保健室の先生にぺこりと頭を下げる。
「先生、ありがとうございました。教室戻ります」
少し危なっかしい足取りで廊下へ出て。
先輩は振り返り、もう一度微笑んだ。
穏やかで…優しい笑顔。
笑顔は笑顔でも………昨夜のあいつとは、正反対の印象を受ける。
傍らで大きくため息をつく不知火に…声をかける。
「不知火………さっきの矢…見てたか?」
「…しっかり見てたわよ」
けだるい表情で、不知火はじっと俺を見る。
「あの矢………変な曲がり方、しなかったか?」
はぁ?という顔で、彼女は眉をつり上げるが…
構わず、続きを話してみる。
「急に強い風が吹いたろ?それで…不知火先輩を避けるみたいに、矢がちょっと…曲がったみたいに見えたんだけど」
「水月さぁ…」
明らかにイライラした様子で、彼女は声を荒げる。
「さっきから精霊だゲームだ変な曲がり方だって…ノイローゼなんじゃないの?野球のやり過ぎだって、多分」
不知火はすっくと立ち上がり、呼び止めようとする俺に見向きもせず、ずんずん歩いて保健室を出て行った。
結局、何も聞き出すことは出来なかったけど…
やっぱり何か隠しているみたいだし、それに…
風。
あいつに………何か、関係があるんだろうか。
校舎を出ると…
さっき講演をしていた学者が、人待ち顔で立っていた。
大学教授だとか言ってたけど…暇なのかな。
会釈して通り過ぎようとする俺に、彼は声をかけてくる。
「君は…精霊に興味があるのかね?」
「………は?」
彼は、さっきまでうちの学校の先生達と一緒に、昼食を摂っていたのだと話す。
「ああいう講演は得てして、君みたいな若い人達にはウケないもんだ…とても熱心に聴いていた君の様子が、非常に印象的だったんだよ」
「そうでしょうか…」
実は色々考え事をしていたのだ…とは、さすがに言えない。
「特に…あの生徒さんの質問に答えている間、君は睨むように私を見ていたからね」
動揺する気持ちを抑えて…平静を装おうと試みる。
「もしかしたら…と思ったんだ。違うかい?」
「ええ…まぁ」
彼はポケットから一枚の名刺を取り出し、俺に差し出した。
「もし、もっと知りたいことがあるなら…ここへ来たまえ。今度の休みにでも」
「………はぁ」
「四精霊について…」
心臓がどきんと高鳴る。
「実は、発表していない発見が…まだまだ沢山あってね。もし興味があれば…友達でも連れて、遊びにおいで」
ちょっと迷ったが…
とりあえず、頷くことにした。
野球部の練習を終えて、暗くなった道を歩く。
四精霊のこと。
もしかしたら…『賢者の石』のことも。
ゲームのことも?
そんな書物が発見されたのだとしたら………
でも、あの学者。
『精霊なんているわけがない』っていうようなこと、講演の中でも言ってたし。
書物に書いてあることが真実だなんて、おそらく…思ってはいないのだろう。
伝承を調べるのが、専門だって言ってたし。
その発見を、誰かに話したくて仕方がないのかもしれない。
俺はまだガキだし、話したって支障はないって…そう思っているのかも。
だとすれば………
ゲームのことがもっとわかれば…
ウンディーネが元の世界に戻る方法も、不知火達を傷つけずに済む方法も…
分かるかもしれない。
「ウンディーネ…」
泉のほとりに立って呼ぶと、彼女は静かに姿を現した。
夕食の後うちをこっそり抜け出して訪れた泉は、肌を刺す冷たい空気に包まれている。
「やっぱり…不知火は、サラマンドラのパートナーで間違いないと思う」
「…そうですか」
つぶやいて俯く彼女は、まだ昨夜の傷が癒えきらないらしい。
水面に立つウンディーネの体から放たれる青い光は、昨夜以前と比べると遥かに弱々しい。
「なあ、ウンディーネ…俺と不知火、二人が勝者になるってことは…出来ないのか?」
「………え?」
家に帰ってから、ずっと考えていた。
その結果。
「…引き分けってわけにはいかないのかな?」
「それは………わかりません」
彼女は困った顔で首を振る。
「ゲームが幕を開けたということは…ゲームを取り仕切る『ゲームマスター』もどこかにいるはずなのですが…」
「…ゲームマスター?」
不知火に聞けば…意味が分かるだろうか?
ということは…やっぱり他の意味でも何でもなく、ゲームはゲームってことか。
「ゲームマスターがそれを良しと判断すれば、可能なのかもしれません。ただ…ゲームマスターがどのような人物で、どういった権限を持っているのか…私達は、召喚主から何も聞かされてはいないのです」
ゲームマスターって…審判みたいなもんか。
彼女は、青い光を放つ賢者の石を握り締める。
「遥か遠い昔…彼は私達を呼び出し、こう言いました」
『各自、賢者の石を守るように。お前達が皆目を醒ました時、ゲームは幕を開ける…それぞれパートナーとなる人間を見つけ、共に戦い賢者の石を守るのだ』
負けた者は、賢者の石を勝者に渡すこと。
賢者の石が勝者の手に渡り、敗者の力全てが受け渡されると、敗者は消滅してしまう。
ウンディーネが知っていることは、実は…たったこれだけだった。
「賢者の石は…つまり、サラマンドラやシルフィードも…持ってるってことか?」
「見ての通り、これは賢者の石の欠片です。4つに砕けた賢者の石をそれぞれの精霊が守っている…サラマンドラやシルフィードだけでなく、土の精霊ノームも勿論」
土の精霊は…ノームっていうのか。
まだ会ったことがないのは…そいつだけか。
「4つの欠片を一つにすれば、前にお前が言ってた、その…高位の精霊ってやつが呼び出されるんだろ?それを呼び出すのが…」
「おそらく…ゲームマスターの勤めなのでしょう」
つまりは…
ゲーム最大の目的は、賢者の石の欠片を全て集め、勝者となることだが…
最低でも石を守りさえすれば、彼女が消滅することはない。
あとは、元の世界に帰れる方法さえあれば………
「どの精霊も仕掛けてこなければ…お前達が戦う必要はないわけだな?」
「ですが………実際仕掛けてきているのですから」
シルフィード…か。
「私が目を醒ましたのは、今から…あなた方の暦にして10年ほど前のことです。それからずっと、共に戦うパートナーを探していましたが…実際にゲームが開戦する今まで、見つけることが出来ませんでした。でも…」
厳しい表情で、ウンディーネは天を仰ぐ。
「シルフィードはおそらく、もっとずっと前に目を醒まし、あの睦月という男性とペアを組んで…力を蓄えてきていたのでしょうね」
「サラマンドラは…どうなんだ?」
困った顔で首を振る。
「実際に会ってみないことには…ですが、彼はどちらかというと傍観者といった性質の精霊ですから…積極的に仕掛けてくるということは、考えにくいと思います」
「…せっかく戦闘能力が高いのに、勿体無いな」
そうかもしれませんね、と彼女は少し微笑んだ。
「ですが、シルフィードが好戦的な精霊だったとは…想定外でした」
「あの…男の影響じゃないのか?」
にやりと笑った…睦月という男。
「ノームは…静かにじっと機を待つタイプの精霊です。今は表立って動いていなくとも、おそらく…勝ちを狙って、私達の様子を窺っているのだと思います」
「お前は…勝ちたいのか?」
驚いたように、目を見開くウンディーネ。
視線を水面に落とすと、前髪がさらさら流れて目の上にかかった。
悩んでいる様子で、黙り込んでしまう。
人間と比べると、随分長生きなんだろうけど…
精霊の中では多分、俺と同じくらいの年なんだと思う。
死にたくない。
家族のところへ帰りたい。
でも…他人を傷つけるようなことはしたくない。
きっと…そんなところだろうな。
「ウンディーネ…良い事思いついたんだけど」
彼女は黙ったまま、悲しそうな目を俺に向ける。
そんな顔で見つめられると…弱い。
心臓を鷲掴みにされるみたいな気持ちにぐっと耐え、俺は彼女に提案した。
「サラマンドラと…不知火と、同盟を結んだらどうだろう?」
この時間の電車は、忘年会帰りのサラリーマンでごった返している。
俺みたいなガキは珍しいらしく、しばしば大人達の冷ややかな視線が飛ぶが…
構わず、窓の外を見ていた。
一緒に行く、と言い張るウンディーネは、石と一緒に泉のほとりに置いてきた。
『お前はまだ傷が完全に癒えてないんだから…今日は戦いに行くわけじゃないし、俺一人でも大丈夫だよ』
『でも…』
しばらく考え込んだ後、彼女は決心した様子で、わかりました…と頷いた。
『行ってらっしゃい、仁…気をつけて』
にっこり笑ったその顔は………やっぱり姉ちゃんそっくりだ。
ふう、とため息をついて、窓の外のビルの照明に視線を移す。
不知火………
きっと…いるだろうな。
あんだけ『行くな』って言ったのに…
サラマンドラって精霊は、好戦的じゃないのかもしれないけど…
ゲーマーの不知火はおそらく、ゲームには勝ちたいって…思うんじゃないだろうか。
けど………あの睦月って男。
昨日のは多分…まだほんの準備運動みたいなものだ。
「あいつのシューティングの腕…いまいちだもんな」
あんなんで…あいつに勝てるわけない。
「大丈夫かな…不知火」
改札をくぐると。
そこは…しんと静まり返っていた。
………昨日と同じだ。
まだ電車も動いてるし、人も沢山いるはずなのに。
ここは、いつものこの街じゃない。
『ゲーム』の…フィールドだ。
妙な胸騒ぎがして、不知火を探して走り回る。
「不知火!」
名前を呼ぶが…返事はない。
「こっちじゃないのか…」
高架橋の下をくぐり、駅の反対側に回る。
「不知火!」
「やあ」
はっとして…
声の方に目を凝らす。
そこに立っていたのは…睦月だ。
昨日と同じように…顔はフードですっぽり覆われている。
「すずちゃんを探してるんだろ?」
「お前っ………」
にやりと笑う…男。
ぐい、と親指で、向こう側の大通りを指差す。
「行ってあげたら?今、彼女…シルフィードがお相手してるから」
けど…と、男は右腕を横に突き出す。
「ちょっとだけ…お付き合い願おうかな?」
そこに現れたのは…二振りの刀のようなもの。
一本を、俺に投げて寄越す。
「使える?」
「……………」
使えるわけ…ないだろ。
剣道でさえ、授業でやったくらいしか経験がないってのに。
と。
気づいたら、目の前に睦月の姿。
「何!?」
慌てて構えた刀が睦月の刀と交わり、白い眩い光を放つ。
「良い反応だ!」
楽しそうに言って、彼は再度刀を振り下ろす。
激しい衝撃が腕にかかる。
もう一度刀が交わり。
睦月は、大きく跳躍して後退した。
「…かかっておいでよ」
挑発するような笑顔。
相変わらず、口元しか見えないが…
「来ないの?」
にやり…と笑う。
「それなら…もう一度、こっちから行くよ!」
ぐっと足を踏み込んで、睦月は大きく刀を振り下ろした。
「くっ…」
今の所は何とか、ついていけてるけど…
こいつ…刀さばきの鮮やかさは、まるで本物の武士みたいだ。
一体どこで…こんなもの身に付けたんだろう。
その時。
不意を付いた攻撃で…俺の刀は放物線を描いて、遠くへ飛んでいってしまう。
………しまった。
「王手!」
楽しそうな笑い声をあげ、睦月はこちらに向かって歩いてくる。
「さあて…どうするかな?」
じっと睨む俺に、睦月は静かに刀を向けた。
「けど、ウンディーネがいないんじゃねぇ」
「………お前は」
ま、いっか…と楽しそうにつぶやく。
「君が痛い目に遭えば…彼女も、出て来ざるおえないでしょ」
振り上げた刀の先端が、街灯に照らされてきらりと光る。
ぐっと硬く…目を閉じる。
その時だ。
俺と睦月の間に…大きな水柱が上がった。
「仁!!!」
ウンディーネの声。
はっとして…立ち上がる。
「行ってください、仁!サラマンドラと…不知火さんを!」
両手をかざして、何か呪文を唱えるウンディーネは…苦しそうな表情。
…ウンディーネ。
「わかった!!!すぐ戻るから…だからそれまで頑張ってくれ!!!」
駆け出した俺を…睦月が追ってくる気配はない。
大通りに出る。
そこは、激しい風と立ち上る炎で…
地獄みたいだった。
「不知火…」
周囲を見渡す。
昨夜見たときは1体だったシルフィードが…なぜか今日は沢山いる。
何か…分身みたいな術を使ってるんだろうか。
かまいたちのような鋭い風と、炎の塊がぶつかり合って、眩しい光を放っている。
その先には、昨日見た…サラマンドラの姿。
苦しそうに歯を食いしばって、次々に炎の塊を繰り出す。
そして。
近くにいた数体のシルフィードが…こっちを見て、にっこり笑った。
「!?」
襲い来る風の刃を避けながら、振り切るように走りまわる。
と………
目の前に、不知火の姿を確認した。
青ざめた顔で…地面にぺたりと座りこんでいる。
ゆっくりと彼女に近づいていく、沢山のシルフィード達。
不知火はぶんぶんと大きく首を振って、銃を構えた。
そして泣き叫びながら…手当たり次第に撃ちまくるが。
目はぎゅっと…閉じたまま。
駄目だ。
あんなんじゃ…当たりっこない。
俺は大きく息を吸い込んで…叫んだ。
「不知火!!!」




