面目ない…
シャワーを浴びたあと、爺ちゃんに今日は雨かと馬鹿にされながら朝御飯を食べて、いつもより早く支度が終わり、婆ちゃんから手作りお弁当をもらって家を出た。
そういや、和兄の姿はなかったな…仕事にでも出掛けたのだろうか?
と和兄の仕事が探偵だったことを思い出す。
家の塀にもたれながら、コウを待つ。
竹刀は学校に置いてきているので、今日は割と手軽だ。
すると、遠目にコウの姿が見えてきた。
塀から背中を離して、コウへと大きく手を振る。
コウがそれに気づいて、私の元に小走りで駆けてきた。
「なんだ?今日は随分と早いな。まあ、ちえの場合は高校に上がってからたまにあるし、あまり驚かなくなってきたな。大なら驚くが…」
コウの台詞に早朝に大とランニングしたことを言おうとしたが、なぜか言いづらくなって止めた。
なので、別の話題にする。
「そういえば、コウがこの前言っていたよね?」
並んで歩きながら、コウに言った。
「何をだ?」
コウが首を傾げた。
その時、掛けていた眼鏡が少しズレたのでコウが人差し指で直す。
「もし、コウが大と試合することになったら、少しでいいからコウのことを応援して欲しいって…でも、大もコウも負けた。まあ、大は怪我してたから仕方ないとして、コウは坂本に負けたよね?」
私はじっーとコウの顔を見る。
「うっ…」
コウの顔が引き攣る。
「…私に応援してくれって言ったのに負けたよね?」
とコウを責めた。
正直、昨日のコウと坂本の試合はよく覚えていない。
試合は観ていたし、コウが負けるのも見ていた。
でも、昨日の私は常にぼっーとしていて、よく覚えていないのだ。
にも関わらず、私はコウをわざと責めている。
それはきっと、私の中のわだかまりが解けたから、なんだか気分が晴れて、ちょっとコウをいじめたくなったのだ。
「…面目ない」
とコウが素直に謝る。
その様子に思わず笑う。
「…ごめんごめん、冗談。ちょっと揶揄っただけ、真面目に謝らないでよ」
とコウの肩をポンっと叩いた。
「…冗談だったのか?いや…応援を頼んだ癖に負けたのは事実だ。しかも、大ではなく坂本に…」
とコウが反省を口にする。
「なら、今週末にリベンジしなきゃ。大は無理でも、コウはメンバーに選ばれてるでしょ?」
「そうだな。終わったことをグダグダ言っていても仕方ない。今度こそ坂本…いや、海援高校に勝つ」
コウが意気込みを口にする。
それに自ずと笑顔になった。
「ありがとな、ちえ」
コウが私にお礼を言った。
「ん、何が?」
首を傾げて、コウを見る。
「励ましてくれたんだよな?坂本に負けてショックを受けている俺を?」
コウの問いに、何も言わずに頷く。
…いや、実はいじめたくなっただけとは言えない。
「…にしても、何かいい事でもあったのか?なんか今日のちえはご機嫌に見える」
コウの台詞に何故か今朝のことを思い出した。
「…そりゃ私、予選優勝ですからっ」
と自慢げに繕う。
「そうでした。あらためて、おめでとう御座います。ってちえなら、当たり前といえば当たり前か?」
コウが二度頷く。
「当たり前じゃないわよ。まあ、コウのおかげではあると思うけど」
「ん、俺のおかげ?」
コウが首を傾げた。
「うん、伊東さんに私の練習相手を頼んでくれたでしょ?あの練習は私にとって刺激になったし、伊東さんほどの実力者と練習出来るなんてなかなかないしね」
そうだ…彼女はとても強い。
実際、予選で彼女ほどの腕前の女子はいなかった。
昨日、あんな状態でもし伊東さんと試合していたら、コテンパにやられていただろう。
「そうか。それは良かった」
とコウが笑みを浮かべた。
二人で会話しながら、コウの住む団地の棟の前までやってくる。
「さあて、コウを起こしに行くか?」
建物に入る前にコウが言った。
「大はもう起きてるよ」
コウの背中に向かってそう言うと、コウが立ち止まって踵を返す。
「えっ?」
「今朝、ランニングしようとしたら、私の家の前でばったり会ってさ。そのまま二人でランニングしてたから」
流石に抱きしめられたことは伏せておく。
「…俺も行きたかった」
「えっ、何?」
コウがボソッと何かを言ったけれど、よく聞こえなかった。
その時、上から荒々しく扉が開く音が聞こえてくる。
そして、勢いよく階段を駆け降りてくる音がした。
「ちえ、コウおはよう。さあ、行こうぜ!」
と大が元気よく下りてきた。
「おはよう」
大に会うと今朝のことを思い出して、恥ずかしくなると思ったのに、意外にも心は穏やかだった。
大が合流して、再び歩き出す。
「…おはようって今朝会ってたんなら、いらないだろ」
歩き出した瞬間、コウが私に言った。
…ん、何?何か怒ってる?
「そうだ大。今日はちゃんと病院に行けよ?」
コウが釘を指す。
「うんうん、大は昔から病院嫌いだから逃げないか心配」
と賛同した。
「大丈夫だ。斎藤さんに付き添ってもらうよう俺が手配しておいた。山崎主将も了承済みだ」
コウの台詞に大が思わず声を上げる。
「えっー!何でだよ!?病院くらい一人で行けるって!」
「お前が逃げないように斎藤さんに監視してもらった方がいいからな」
コウが大の反応にやや嬉しそうに笑みを浮かべた。
「私もその方が、いいと思う。斎藤さんがついていくなら安心」
そう言ったあとで、もう昨日に私を苦しめた光景は蘇ってこなかった。
「何だよ?ちえまでコウの味方かよ…ちぇっ…」
この時、大の仏頂面を眺めながら、安堵している私がいた。




