もう少しこのまま
「…まさかちえが出てくるとは思わなかった。びっくりした…おはよう」
大が驚いた表情をこちらに見せる。
まだ、外は薄暗いためハッキリとは見えない。
「びっくりしたのは私の方よ…しかも、その格好はランニング?どういう風の吹きまわし?」
とあまりに突然のことにまだ心臓が忙しない。
…まあ、心臓が落ち着きがないのはそれでだけではない自覚はあった。
「…それはお互い様だろ?まだ、5時半くらいだぞ…何でちえが起きてて、更にランニング姿なんだよ…」
大が仏頂面で文句を言う。
「…目が覚めたのよ。悪い?」
と口を尖らせた。
「…俺も。せっかくだから、ランニングでもしようかと思ってさ…」
大の言葉に大の母親である幸子さんがさぞかし驚いただろうなと思った。
「ちえの家に近づいてきた時、ちえのことだしきっとまだ爆睡してんだろうなって思ってたら、家の前にちえがいたから驚いたんだよ」
大の説明に思わず笑った。
「いつも、起こされないと起きない二人がこうして朝早くからランニングしているのをコウが見たら、きっと目を丸くするんじゃない?」
「…だな」
大がつられて笑う。
「さぁ、せっかくランニングしにきたんだから、さっさと行くよ?」
と言って先に走り出す。
「おい!待てよ!」
大がすぐに私に追いついた。
すると、私が加速する。
それに気づいた大が勢いをつけて走ってきて、私を追い越していった。
…こんにゃろ!
私は必死にダッシュして、大に並んだ。
でも、すぐに失速する。
すると、前方の大が立ち止まって、私を待っていた。
「…昔は逆だったのに、やっぱりもう男子には敵わないのかな?」
と大に追いついてから、ぼやく。
「…おいおい。昨日、あっさり優勝したやつが言う台詞かよ?」
私が追いついたことを確認して、大がゆっくりと歩き出す。
私も大に並ぶように歩き出した。
「…だって、女子なんて男子よりかなりハードルが低いんだもん。予選の優勝なんて、あんまり素直に喜べない…」
他の選手には悪いけど、あんな精神状態で勝てるレベルだ。
「…中学から全国常連のちえらしいな。俺とコウも割と常連だったのに、コウは三回戦負けで俺なんて初戦負けだぜ?」
と大が自身の初戦敗退を笑い飛ばした。
…そっか、私には泣いているところを見られてないと大は思ってるのかもしれない。
思わず顔を曇らせた。
「そんな顔すんなよ。仕方ない…これも経験だ。それにコウには悪いけど、坂本に負けるよりはマシだったかな?」
と大が白い歯を見せて言った。
「…怪我してたんでしょ?私を助けに来て、芹沢と戦ったときに負った怪我を…」
大の方を見れずに訊いた。
「みたいだな。でも、本当に初めはなんともなかったんだぜ?なのに、土曜日の夜に急に痛み始めて…先輩たちに悪いことしたな」
先輩を差し置いて出場した身分でたとえ怪我とはいえ、結果を出せなかったのはやっぱり大にはショックだったのだろう…
昨日のあの光景が頭に蘇る。
「…まっ、終わったことは仕方ない。あっ、今日は俺は部活に行かずに病院に行ってくるわ。山崎主将に言われてんだ」
「…何ともなかったらいいね?」
と心配する。
「ああ…でも、今週末の関東大会は無理だな。こんな状態で出て迷惑かける訳にもいかないし…」
大の言葉に胸がキュッと締めつけられる。
「…ごめん」
「何でちえが謝るんだよ?」
大が首を傾げる。
「だって…私を助けに来たせいだし…」
と言った瞬間、大が私の頭に手をのせて、髪の毛をくしゃくしゃにした。
「ち、ちょっと!?何すんのよ?」
思わず抗議する。
「ちえのせいじゃねぇよ。俺が弱かったから、芹沢と戦った時に怪我をしたんだ。だから、絶対にちえのせいじゃない」
大が真剣な表情で私に言った。
「…うん、分かった」
そんな真剣な顔で言われたら、そう答えるしかないじゃない…
「なあ、ちえ?」
大が立ち止まって、私に訊いた。
「何?」
私も思わず立ち止まる。
「…俺、今からちえが怒るようなことをする。でも、怒らないで黙って受け入れてくんねぇか?」
大の言葉に頭の上でクエスチョンマークが浮かぶ。
えっ、嫌がらせでもするつもり…?
と警戒した矢先、大がスッと私を抱きしめたのだ。
…えっ?
「…ち、ちょっと大?」
と恥ずかしくなり、振り解こうと大の腕に触れた。
「…悪い。もう少しこのままでいさせてくれ」
大の言葉に大の腕から手を離す。
何よもう…
大の言う通りにする。
まっ、まだ外も薄暗いし誰かに見られる心配もないか…
数秒して大がゆっくりと私から恥ずかしげに離れる。
「悪かったな…」
大が目を逸らして謝る。
「ううん…別に大丈夫」
と答える。
「…さてと、早くしないと学校の支度する時間が無くなっちまうな。さあ、行くぞちえ」
そう言って、大が走り出した。
「うん!」
返事をして、大の背中を追いかけていく。




