なんで私なのよ?
昼休みは早々にお弁当を食べ終え、渚と誠子にはちょっと用事があると言って、教室をあとにする。
頬の傷のことは渚にもちゃんと報告した。
誠子同様に「詮索はしないけど気をつけてね」と釘は刺されたので、ごめんと謝っておいた。
でも、今日はなんだか渚の元気がなかった気がする。
朝、来るのが遅かったのと何か関係があるのだろうか?
などと考えながら、私は一人北校舎へとやって来た。
北校舎は3年の教室がある場所だ。
当たり前と言えば当たり前だが、廊下を歩いているのは三年生ばかりで少し緊張していた。
そして、3-Cの教室までやって来る。
空いているドアから恐る恐る中を覗き込む。
すると、教室の中にいる三年生の何人かが私に気づいて視線を向けてきたので、思わず顔を引っ込めた。
…やっぱり知らない教室は緊張する。
私を知っている者がこんな私を見たら、らしくないと言われそうだが、私は意外に小心者なんだ。
昔は慣れない場所に行く時は、よく二人のお兄ちゃんの後ろに隠れていた。
でも、度胸がないわけじゃないので、怯むのは最初だけだ。
気を取り直して、再度教室を覗き込む。
すると、間近に顔があったので、驚いて思わず声を上げてしまう。
教室にいた三年生のほとんどが私に注目する。
「ごめんごめん。驚かせてしまったかな?」
「武田先輩!?」
冷静になってくると、すぐに目の前にいるのが武田先輩だと認識する。
「相変わらず沖田さんは面白いね。ところでこの教室に何か用かな?もしかして、僕に用とか?」
スッと背筋を伸ばして武田先輩が私に訊いた。
相変わらず背が高くて羨ましい。
顔も整っているし細身なので、まるでモデルだ。
その細い身体からはやはり昨日の武田先輩の強さは想像出来ない。
「はい、少し話せますか?」
私は武田先輩を見上げながら訊いた。
「ああ、構わないよ」
武田先輩がそう答えた瞬間、教室の中から男子生徒の冷やかしの声が聞こえてきたので、武田先輩が茶化すなよと教室の中を振り返りながら笑って言った。
「じゃあ、校舎裏で話そうか?」
と武田先輩が私を教室から離そうと優しく肩を持つ。
武田先輩はヤクザの家系の息子。
そんなことは私は一切気にしていない。
でも、武田先輩が教室でのクラスメイトとの距離感を見て、先輩も普通なんだなと思ってしまったのは私が少なからず偏見な目で先輩を見ていたということである。
そのことに心が少し苦しくなった。
「どうしたの?」
校舎裏に武田先輩とやって来た直後、私の様子に気づいた先輩が私に訊いた。
「…いえ、何でもないです」
とかぶりを振った。
「そう言えばここは君が原田くんをボコボコにした場所だね?」
武田先輩が周囲を見渡しながら笑った。
「…ボコボコにはしてません」
と仏頂面を浮かべる。
「ところで僕に話って何だい?」
武田先輩が和かに笑みを浮かべた。
「昨日は助けて頂いて本当にありがとうございました」
そう言って、武田先輩に深々と頭を下げる。
「お礼なんていいよ。頭を上げてよ沖田さん。あれは僕が好きで勝手にやったこと。沖田さんに感謝される筋合いはないよ」
武田先輩が頭を下げる私の肩にポンッと手を置いた。
私はパッと顔を上げる。
「いえ、助けて頂いたことには変わりません。武田先輩が来てくれなかったら、あのあと一体どうなっていたか分かりませんし…例え芹沢たちに勝てたとしても、警察沙汰になっていた可能性は充分にあった筈です」
…そうだ。
あれだけの乱闘騒ぎを起こしたのに、お咎めなしになったのは武田先輩があの場を収めてくれたからだ。
きっと問題が起きないよう、陰で動いてくれたに違いない。
「相変わらず律儀だね。やっぱり血筋かな?」
「えっ?」
「…いや、何でもないよ。でも、沖田さんがそこまで感謝してくれているなら、一つ僕の頼みを聞いてくれるかな?」
武田先輩が笑みを浮かべる。
その表情に少し嫌な予感がした。
「…何ですか?私の出来ることなら何でも…」
と答えるも少々顔は引き攣っている。
「僕も沖田さんとデートがしたい」
武田先輩が和かに言った。
やっぱり…
ていうか今、「も」って言った?
「…武田先輩、私が原田とデートしたこと知ってるんですね?」
私の問いに武田先輩が表情でそうだと答える。
「原田くんだけずるいじゃないか。僕も沖田さんとデートがしてみたいな」
武田先輩が少し前屈みになって、私の顔に近づく。
「…ずるいとかないです。私は貸し出し物じゃありませんよ…」
と武田先輩から目を逸らす。
するとクスッと笑い声が聞こえた。
「そうだね。さっきの言い方はあまりに沖田さんに失礼だ。でも、本当に僕は沖田さんとデートがしたいんだダメかな?」
武田先輩が真剣な眼差しで私に頼んでくる。
…何で私なのよ?




