ちえの馬鹿
学校に近づくにつれて、当たり前のようにコウの周りに女子が増えていく。
でも、今日はいつもより早目の登校のため、その数はいつもより少なめだ。
コウは女子たちの相手をしているので、私と大はいつものように後ろで並んで歩いている。
「近藤くんおはよう」
大に話しかけようとしたタイミングで大に声がかけられた。
斎藤さんだ。
「…あっ、斎藤さんおはよう」
不意を突かれた大が慌てて挨拶を交わす。
そして、表情がガラリと変わる。
私には見せない他所行き用の顔だ。
「おはよう沖田さん」
斎藤さんがすぐに私にも笑顔で挨拶をしてくれる。
相変わらずの天使だ。
「斎藤さんおはよう」
私も笑顔で応える。
「…いつも、こうなの?」
大の右隣に並んで歩く斎藤さんが少し声量を下げて、私と大に訊いた。
コウのことを言っているのだ。
私たちには慣れた光景でも、不慣れな人には異様な光景なのは間違いない。
「うん…でも、今日はまだマシだよね?」
真ん中にいる大にそう振った。
「…ああ、いつも倍はいる」
大の言葉に斎藤さんが両手で口を押さえた。
その仕草がなんとも可愛らしい。
「…凄いね土方くんの人気」
斎藤さんの感想に私と大が同時に頷く。
「…えっ!?それどうしたの?」
何かに気がついた斎藤さんが慌てて大の後ろを回って私の左側に並ぶ。
どうやら私の左頬の絆創膏に気付いたみたいだ。
斎藤さんからは私の左頬が見えていなかったらしい。
「…あ…えっーと…ちょっとね」
誰かにこの傷を問われたら、適当な嘘をつくつもりだったのに、斎藤さんの驚く表情と急な質問に上手く答えられなかった。
「もしかして昨日の練習にいなかったことに関係してる?沖田さんや近藤くん。それに土方くんと原田くん。あと、谷くんもいなかった」
剣道部のマネージャーである斎藤さんは勿論私たちが昨日の練習にいなかったことを把握している。
永倉先生の話では山崎先輩は事情を知っていた。
でも、斎藤さんのこの反応だと詳しいことは教えられていないようだ。
「心配しなくてもそのこととは関係ないよ。ちょっと永倉先生に捕まって、色々と雑用を押しつけられてたんだ。あっ、でもこれは永倉先生いわく内緒にして欲しいらしいから斎藤さんも黙ってて。ちえの怪我はその帰り道で電柱にぶつかっただけ」
私が上手く説明出来ないのを見て、大が嘘をつく。
コウならともかく、大がこんな上手く機転がきくなんて意外だ。
やっぱりそれは相手が斎藤さんだからだろうか?
「…そうなんだ。痛そう…傷が残らないといいね」
大の話を聞いた斎藤さんがすごく心配そうな目で私を見た。
それが繕っていないことは、彼女を見ていたら分かる。
「大丈夫だよ。今は確かに痛いけど、すぐに治ると思う。私、昔からよく怪我してたけど治りも早かったから」
心配する斎藤さんを安心させようとそう言った。
「たしかに…ちえはほんと昔からどこか必ず怪我してたもんな。いじめられていた同級生を助けるために年上の男子相手に喧嘩したり、猫を助けるために危ない場所に平気で行ったりと思い出したらキリがない」
大がクスッと笑いながら言った。
「その度、大とコウがあとから助けに来てくれたんだよね?」
数あるエピソードからいくつかを頭の中に思い浮かべて、私もクスッと笑う。
「ああ…ちえが無茶ばっかりするから、いつも俺たちはヒヤヒヤさせられたよ。まあ、今もだけどな」
「…昨日は仕方ないじゃない?私はどちらかと言えば巻き込まれたんだから、無茶はしてないわよ」
と口走ったあとで、大の表情が急変する。
しまった…
恐る恐る左側に視線を向けた。
斎藤さんが真剣な表情で私を見ているではないか…
「…どういうこと?近藤くん?沖田さん?私に嘘をついたの?昨日、やっぱり何かあったんだ…」
「ちえの馬鹿…」
右側で大が頭を押さえていた。
なんとか今から誤魔化さないと…!
と再度、斎藤さんの方を向くと、とても嘘を言える雰囲気ではなくなっていた。
「学校に着くまでにちゃんと本当のことを話してね?」斎藤さんが私と大にそう言った。
…斎藤さんでもこんな表情するんだ。
と観念した。




