騒動の翌朝
「どうだ?身体はなんともないか?精神は…何か怖いと感じることはないか?」
珍しくチャイムを鳴らす前に玄関を出た私にコウが顔を近づけて次々と質問をしてきた。
てっきり、今朝は早いなと驚いてくれると思ったのに…
「ちょ…ちょっと落ち着いてコウ!どうしたの?」
「どうしたもこうしたもあるか。あんな目に遭ったんだ。心配しない方がおかしいだろ」
コウが珍しく感情的になっている。
「…まあ、そう言われればそうね。でも、私よ。平気に決まってるじゃない」
と当たり前のように答える。
「何、言ってるんだ?ちえは女だぞ?いくら剣道が強いからと言って、年頃の女の子だ。平気と言われても安心なんかできるか」
威圧感がある表情をしたコウが私に更に近づく。
思わず後ろに倒れそうになった。
「…ごめん。でも、あんまり女女って言わないで」
心配してくれるコウの気持ちは分かる。
でも、女を再確認されるのは大嫌いだ。
「…すまない。女って自覚させることは、ちえにとって嫌なことだったな…」
コウが自分の言葉に気づいて謝る。
それと同時に私から少し離れてくれたおかげで、なんとか後ろに倒れるのは免れた。
そのことに安堵して、今度はコウに私から近づく。
「心配してくれたんだよね?ありがとう。コウは大丈夫なの?芹沢にやられたとことか平気?」
昨日の芹沢との闘いを思い出して訊いた。
「ああ、問題ない。多少痛むが大したことはない」
とコウが右腕をぐるぐる回して、元気をアピールした。
「良かった。さあ、早く行こ。せっかく私が早起きしたのに、遅刻したら三文の徳がなくなるじゃない」
笑顔でコウの右肩に触れて言った。
「…そうだな。せっかくちえが早起きしたのにそれは勿体ないな…行こうか」
コウが少し恥ずかしげにそう答えた。
どうやら、取り乱した恥ずかしさが今頃出てきたようだ。
私の家から少し早歩きでコウと一緒に大が住んでいる団地の棟に向かう。
すると、その棟に着いた瞬間、「おーい」と上から声が降ってきたのだ。
見上げると四階の廊下に大の姿があった。
「…ちょっと、大まで早起き?今日は雨でも…ううん雪でも降るんじゃない?」
大が勢いよく階段を下りて、下までやってきた。
「おはよう。良かった元気そ…」
大の元気な姿に安堵した言葉を言い切る前に大が顔をグッと近づけてきた。
「ち、ちょっと何!?」
あまりに大の顔が近いので慌てて目を逸らす。
すると、大が私の左頬の絆創膏にそっと触れた。
「痛むか…?」
大が神妙な面持ちで訊いた。
「…大丈夫、少し腫れてるだけ。すぐに治る」
心配する大に視線を戻して答える。
「ちえの顔に傷をつけやがって…やっぱり許せねぇ。あの半グレ集団はともかく、平間と野口はとっ捕まえてこらしめないと気が済まない」
大が怒りを露わにする。
すると、コウが私と大の間に割って入った。
「やめろ。昨日、永倉先生に言われただろ?もう、余計なことはせずに今は試合に集中しろって…」
コウの忠告に大が納得いかない表情を浮かべた。
「だってよ…大切な幼馴染が怪我させられたんだぜ?
しかも、よりによって顔に…怒りが収まらないのは仕方ないだろ」
大の言葉にコウがため息を漏らした。
「俺だって、本心でははらわたが煮えくり返る気分だ。だが、怒りや感情のまま動くものに剣道をする資格があると思うか?どうだ?」
コウの正論に大が何も言い返せなくなる。
「もうやめとこ。心配してくれたり、私のために怒ってくれるのは嬉しいけれど、この通り私は全然平気だからさ。だから、昨日のことは忘れて試合に集中しよ」
大の肩に手を置いて宥めた。
「…分かった。ちえが平気だって言うなら、俺ももういいや…」
完全には納得はしていない表情で大がそう言った。
「さあ、行くぞ。せっかく二人が早起きしたんだ。早く学校に着かないと勿体ないぞ?」
コウがそう言って先に歩き出した。
その後をすぐに大と一緒に追いかける。
「…でも、ありがと」
コウに追いつきながら、つぶやくように大に言った。
大に反応がなかったので、おそらく聞こえなかったのだろう。
まあ、いいやとコウに並ぶ。
それから少しだけ無言が続いた。
すぐに大が日曜日のインターハイ予選の話をし始めたので、私もコウもその話題で盛り上がる。
予選通過するために、できれば坂本には決勝まで当たりたくないというコウ。
逆に坂本とは一回戦で当たりたいという大。
どうせ坂本に勝てなきゃ本戦で勝てやしないのだから、スタミナがあるうちに坂本と試合したいらしい。
その考え方に実に大らしいと思わず笑みが溢れた。




