ごめんなさい
翌朝、珍しく早目に目が覚めた。
パジャマ姿のまま、カーテンを開いて窓から外を眺める。
朝日が微かに部屋に差し込んできた。
まるで、昨日の大変な一日がまるで嘘だったような気がしてくる。
でも、頬の痛みがそれを現実だったと思わせてくれた。
左頬には大きめな絆創膏が貼ってある。
これをクラスメイトに見られたら、きっと心配されるだろう。
…参ったな。
まあ、言い訳するしかない。
それに永倉先生や武田先輩のおかげで最悪の事態は避けられそうだ。
とりあえず、私は試合モードに戻らなきゃ…
と気合を入れるため、勢いよく自分の頬を両手で叩いた。
そして、すぐに悲鳴を上げた。
◯
「馬鹿だろ…お前」
珍しく朝の食卓に姿を現している私に向かいに座る和兄が冷たい目線を送ってきた。
私は仏頂面で返す。
「やめなさい和也。朝から喧嘩は勘弁しておくれ…にしてもちえが怪我して帰ってきたときは驚いたわ。頼むから変な騒動には首を突っ込まないで頂戴。あなたに何かあれば、あの子になんて詫びればいいか…」
と隣にいる婆ちゃんが深いため息をついて、居間の隅にある仏壇に目を向けた。
「…ごめんなさい」
昨晩も謝ったが、再度婆ちゃんに頭を下げる。
「とにかく、お前は日曜のインターハイの予選のことだけ考えておけ。それ以外の余計なことは今は考えんな!てか、お前はもう余計なことを考えなくていい…」
と和兄に嗜められる。
「…はい」
昨日の件のせいか、和兄がやけにしっかり見えた。
でも、なんか和兄がそう見えるのが私の中で納得がいなかくて、素直に顔に出せない。
「…ところで婆ちゃん。爺ちゃんは?」
右手には箸、左手に白飯が盛られた茶碗を持ちながら、婆ちゃんに質問する。
いつも婆ちゃんの向かいにいる筈の爺ちゃんの姿がない。
「ほんとだ。いつも新聞読んでる爺ちゃんいないじゃねぇか?いつもはまだ夢の中にいる筈のおてんば娘が珍しすぎて気付かなかったぜ」
目玉焼きを箸でつつきながら、和兄がさらりと言った。
それを耳にして、反射的に立ち上がる。
「ちえっ!」
婆ちゃんの怒声に動きをピタリと止めた。
和兄の頭上数センチのところで私の箸が止まっている。
「和也もいい加減にしな。ちえをいちいち挑発するんじゃない。次やったら許しやしないよ」
声量はやや低めでも迫力のある声が居間に響く。
あまりに鋭い婆ちゃんの目つきに思わず、目を逸らす。
すぐに座布団の上に座った。
「…ごめんなさい」
和兄とハモるように婆ちゃんに謝る。
「…ったく。ただでさえ、私は気が立っているんだ。これ以上はやめとくれ」
婆ちゃんがそう忠告して、黙々と食事を再開した。
それ以降、私と和兄は一切喋らなかった…いや、あまりの婆ちゃんの圧に言葉を失ったが正解だ。
昔から婆ちゃんが怒ると怖い。
でも、今日はそれ以上になんというか凄みがある。
それは昨日の私が巻き込まれたことが原因なのか?
それとも、朝から爺ちゃんがいないことが関係しているのだろうか?
どちらにしろ、婆ちゃんを怒らせてしまったので、再度婆ちゃんに爺ちゃんのことを聞けなくなってしまったのだ。
仕方なく、私も大人しく朝食を済ませた。




