ここではないでしょう?
「誰だテメェ?」
新見が私の首元にナイフを突きつけたまま、入り口に現れた武田先輩に問い掛けた。
「…人に名前を訊ねる時は先に名乗るのが礼儀だと、幼い頃に学ばなかったのかい?」
武田先輩がいつも通りの口調で言った。
だけど、その表情に笑みはない。
「…誰だか知らないが動くなよ!動けばコイツがどうなるか分かっているよな?」
新見が追い詰められた立て籠もり犯のような台詞を吐く。
「やめろ、新見!情け無い真似をしてんじゃねぇ!」
芹沢の怒声が突如、部屋中に響く。
いつの間にか立ち上がっていた芹沢が新見に向かって怒りの表情を見せていた。
「…せ、芹沢さん。…しかし」
芹沢の怒りに明らかに新見が動揺を見せた。
少しだけ私の首元に突きつけられているナイフを持つ手が緩む。
その瞬間、入り口にいた筈の武田先輩がいつのまにか私のすぐ目の前まで距離を詰めていた。
そして、新見の持っていたナイフがあっという間に宙を舞う。
「何!?」
武田先輩の長くてしなやかな脚が新見の手を弾いたのだ。
実に鮮やかな蹴りだった。
更に武田先輩が私を新見から引き剥がし、その動きの延長上で新見の顔面を鋭い蹴りで攻撃する。
そして、白目を剥いた新見が前方に崩れ落ちた。
「大丈夫かい?」
武田先輩の動きに唖然としていると、いつもの優しい口調と表情で武田先輩が私に訊いた。
「あっ、はい…大丈夫です」
一見、強そうには絶対に見えない武田先輩の凄さに戸惑いながらも、頷いて答える。
「それは良かった。何でも沖田さんが面白そうなことに巻き込まれているって聞いて、様子を見に来た甲斐があったよ」
そう語る武田先輩にいつもの先輩を感じて安堵する。
だって、ここに入って来た時の武田先輩はとても怖い顔をしていたから…
「…先輩、強いんですね?」
私の問いに武田先輩が優しく笑みを浮かべた。
「…まあ、これでも一応ヤクザ一家の跡取り息子だからね」
その言葉に心がチクリとする。
それはヤクザの跡取りという言葉に一瞬、偏見を抱いてしまったからだ。
私が少し暗い表情を浮かべてしまっていると、武田先輩が優しく私の頭に手を置いた。
「こういう場に君や近藤君や土方君は似合わない。だから、後は僕に任せてここを立ち去るんだ」
「…私たちも戦います。こんな人数相手に武田先輩一人じゃ無理です!」
私の言葉に武田先輩が首を横に振った。
「沖田さんが腕を振るう場所はここではないでしょう?こんなところで君みたいな人が手を汚す必要なんてないよ」
武田先輩が少し悲しそうな表情を見せる。
「…こんなところで手を汚すのは僕たちのような者だけで充分だ」
そう言って武田先輩が踵を返して、芹沢の方へと歩いていく。
芹沢の前にいた大やコウ、そして原田の横まで行って、武田先輩は立ち止まった。
「君たちは早く沖田さんを連れてここから出るんだ」
武田先輩が芹沢の方を見ながら、大たちを促す。
「何、言ってんだよ!?芹沢相手に一人でやるつもりかよ?しかも、芹沢以外に何人いると思ってるんだ!?」




