どっちを応援する?
「コウが伊東さんに頼んだんでしょ?」
インターハイ予選を間近に控えていることもあり、遅くまで練習があったので、辺りはすっかり暗くなっていた。
だから、大は斉藤さんを送って帰るため、私はコウと二人で帰路に就いている。
「…駄目もとでな。まさか本当に来てくれるとは思わなかったけどな…」
コウはそう言って苦笑した。
「ありがと。お陰でこの上ない練習になりました」
私は深々とコウにお辞儀をする。
「そうか。それは良かった」
コウが小さく笑みを浮かべた。
「…やっぱり伊東さんは強いよ。普段、練習をしていなくてもスタミナがあって、最後まで全然バテる様子がなかったもの!」
私は意気揚々とコウに話した。
「そうかな?彼女はプライドが高いから、見せないようにしていただけだとは思うけど…まあ、それでも充分に凄いか…」
とコウがクスクスと笑いだす。
私はよく分からずに首を傾げた。
「どうだ?予選を通過する手ごたえはありそうか?」
「そんなのやってみないと分かんないよ…コウの方こそどうなの?」
「…そうだな。組み合わせ次第だな…」
コウの言葉に坂本を思い出す。
「…いや、そんなことを言っていたら本戦では戦えないな」
コウが小さく首を振った。
「大丈夫、コウならやれるよ。私は最も近くでコウの剣道を見てきたもん。コウは中学の時よりも確実に強くなっている」
私は拳を作ってコウに見せるように言った。
「…ありがとう。ちえにそう言って貰えると心強いな」
コウがそう言って笑みを浮かべたが、その笑みには少し陰りがあるように思えた。
「…なあ…?もし、俺と大が試合することになった場合は、ちえは俺と大のどっちを応援する…?」
「えっ…?」
突然のコウの質問に一瞬、戸惑いを感じて歩みを緩めてしまうが、すぐに元に戻してコウについて行く。
「…どっちか片方だけを応援することはないよ。そりゃ二人共に勝っては欲しいけど勝負の世界だし…ちゃんと勝敗はついてくるものとは分かってる。だからこそ素直に二人共を応援すると思う」
そう本心をコウに伝える。
「そうか…そうだな。実にちえらしくていいな。…いや、困らせるような質問をして悪かった…ごめん」
歩きながらコウが私に軽く会釈をした。
それに対して黙って首を横に振る。
…コウらしくない質問だなとは思ったけれど、きっと迫ってくるプレッシャーにコウも押し潰されそうになっているのだと思った。
コウは普段そういうところを見せないから…
…だから、今のようにコウの弱い一面が見れたのは私の中では微笑ましかったんだ。
しかし、コウは更に真剣な表情を作って、話を続けた。
「でも、そうなったら俺は絶対に大には負けないから…」
「えっ…?」
コウの宣言にあらためてコウにとって大はライバルなんだなと感じた。
…いや、それ以上の存在かもしれない。
いつも近くにいたからこそ負けたくない存在…
私が二人には負けたくないという気持ちとおそらく一緒だろうなと小さく笑みを浮かべる。
「…だから、大と本当に試合をすることになった時はちえにほんの少しでも構わないから、俺のことを応援して欲しい…駄目か?」
コウがピタリと歩みを止めて、私を直視した。
あまりにも真剣過ぎる眼差しに思わず目を逸らしたくなる。
「…わかった。…ほんの少しなら」
私はコウの申し出を受け入れた。
…こんなコウは見たことがないくらいにどこか強欲で…そして少しだけ怖さを感じたんだ。
それは決してコウが怖いとかではなく…三人の関係になんだかヒビが入りそうで怖かった…
「…ありがとう。ちえは優しいな…でも、その言葉が優しさではないことを祈るよ…」
コウが寂しそうな表情をみせる。
「…いや、急に変なことを言い出してごめん…忘れてくれ…最近の俺は本当にどうかしてる」
右手で頭を抱えてコウが言った。
そして、それから私たちは再びゆっくりと帰路を歩み出す。
…でも、そこからは一切会話が無くなってしまったんだ。




