もう少しだけ
「…おい、ちえ?」
大が私の肩を揺すって訊いた。
「…えっ?何?」
「何じゃねぇよ。さっきからずっとぼっーとしてるじゃねえか?」
大が不満の声をあげる。
「そう?至って普通よ」
そう言って、薄暗くなった空を見上げた。
今日はコウが家の用事で早目に帰宅したため、部活が終わったあと、大と二人で帰っている。
「…というか、斎藤さんを送ってあげた方が良かったんじゃないの?」
「…何でだよ?今日はまだ暗くないから大丈夫だって」
昼間の斎藤の告白を聞いて、思わず言ってしまったのだ。
私は大の質問にそっぽを向く。
「…俺、何かしたか?」
「…何で?」
相変わらず、目を合わせずに答える。
「…いや、明らかに何か怒っているだろ?」
「怒ってないわよ!何で私が怒らないといけないのよ!」
そう言って、大の脇腹を右肘で突いた。
大が悲痛の声を出す。
「…な、何すんだよ!?やっぱり怒ってんじゃねぇかよ」
「怒ってないったら怒ってないの!」
「…ったく…一体なんなんだよ」
大がそう小さくぼやく。
それからしばらく私たちの間に沈黙が生まれた。
…私は何でこんなに心を乱しているのだろう?
そんなに幼馴染が大人へと巣立っていくのが嫌?
自分だけ置いていかれる気がするから?
…だったら、自分も恋をすればいいじゃない?
沈黙の間、私の脳裏にそんな自問自答が繰り返される。
それに耐えられなくなって、思わず口を開いた。
「…斎藤さんお似合いだと思うよ」
「…急に何だよそれ?」
大が口を尖らせて返してくる。
「前から…初めて二人が話している時から思っていたわよ…」
前に大を訪ねて1-Bの教室を覗いたことを思い出す。
「…ほんと…何だよそれ?」
「…別に大と斎藤さんが付き合っても、私たちが幼馴染じゃなくなるわけじゃないんだからさ」
「…そりゃ、そうだろ。俺らの絆はそんなもんで壊れたりしないだろ…」
大が真っ直ぐ前を見て言った。
その言葉になんだかスッーと心が洗われた。
自然と笑みになる。
「…前にも言ったよな?今の俺は剣道に集中したいんだよ。お前もそうだろ?もうすぐインターハイだぜ?今は集中しなきゃ勝てねえぞ」
坂本と山崎先輩の試合を思い出す。
「…だよね。変なこと言ってごめん」
そうだ…六月になればすぐにインターハイの予選が待っている。
「…何で斎藤さんのことを突然、言い出したりしたんだ?」
大が不思議そうに首を傾げた。
放課後の渡り廊下での斎藤さんとの会話が蘇る。
「ううん。なんとなく…忘れてっ」
そう言って、大の背中を叩いて前へと走り出す。
「ってえな!相変わらず暴力女だなお前は!」
大の文句にあっかんべで応える。
斎藤さんには悪いけど、やっぱり今はまだ協力出来ないや…
もう少し…もう少しだけ…このままで…
そして、五月が終わり、六月になった。
季節は夏へと移り変わっていく。




