EP 9
「PV至上主義の神と課金勇者の大軍。『俺の村に穴を空ける奴は、絶対に許さない』」
黒い雲が村を飲み込み、異様な圧迫感が空間を支配していた。
ポポロ村の防壁から外を見下ろせば、そこには文字通りの「死の海」が広がっていた。数千を超える死蟲機の群れが、カチカチと不快な顎を鳴らしながら、村を包囲していく。
その最前列、ひときわ眩い黄金の神気を放つ男がいた。
勇者ゼロス・ディバインだ。
彼は前回の敗北などなかったかのように、胸を張り、カメラに向かって高らかに叫んでいた。
「——ご覧ください! 我ら勇者パーティの軍勢が、邪悪な魔の巣窟と化したポポロ村を完全包囲しました! 中には非道な店長が潜んでいます! 奴を討ち、村人たちを救い出すのが、我ら神の使いの使命です!」
ゼロスの言葉と共に、神界から降ろされた「加護」が彼を包む。
その背後には、炎上神ワイズの意向を受けたゴッドチューブの配信端末が、空中を浮遊しながら全アングルで戦場を映し出していた。
「(ひひっ……いいぞ。視聴者数は一億を突破した。この圧倒的な武力で村を更地にし、最後はこの俺が『店長』という名の極悪人を断罪する……最高の劇だ)」
ゼロスは、手にしたオリハルコンソードを掲げた。
その剣には、神から与えられた膨大な予算によって購入された『聖域殺し』の付与魔法が宿っている。
防壁の上で、トーヤはインカムを握りしめ、冷や汗を流しながらそれを見ていた。
胃が痛い。吐きそうだ。心臓が限界まで早鐘を打っている。
画面越しに映るゼロスのステータスが、前回よりも明らかに跳ね上がっているのがわかる。ワイズという名の神が、このヤラセ配信を成功させるために、どれほどの資金を投入したのか。
「……店長、指示をくれ」
フェイトの声がインカムから聞こえる。彼の声は冷静だが、その奥にはA級冒険者としての『死の気配』を感じ取っている緊張感があった。
「あいつの課金ステータスは異常だ。今の俺のコイントスでも、一撃は耐えられるか怪しいぜ」
「(……ああ、分かってる)」
トーヤは、タローマン製の高性能防弾ヘルメットを深く被り直した。
今の自分に、剣で正面から戦う力はない。だが、戦う必要などないのだ。
店長には店長の、戦い方がある。
「フェイト。お前は防壁の右翼だ。敵の『死甲虫機』の突進を、俺の設置した衝撃吸収材(タローマン製)に誘導しろ。絶対に正面で受け止めるな」
「了解だ」
「キャルル……お前はシェルターだ。絶対にそこから出るな。これは村長命令だぞ」
「……はい。店長が、私の代わりに全部背負ってくれるんですよね?」
「ああ。全部だ」
トーヤはインカムを切り、タローマンの資材棚から取り出した、ある「最終兵器」を握りしめた。
それは、ルナミス帝国の開発部門が、女神ルチアナの飲み代欲しさに適当に作ったが、あまりの扱いにくさにボツになった『魔導音響増幅器(通称・ドカンと響く君)』だった。
「さて……」
トーヤは防壁の縁に立ち、ゼロスの軍勢に向かってメガホンを突きつけた。
周囲の村人たちは、トーヤの指示通りに地下へと消え、地上にはトーヤと、数人の精鋭自警団だけが残っている。
「秋月冬夜! 出てこい! 貴様のような悪徳商人に、もはや慈悲はない!」
ゼロスが吠える。
トーヤは、震える足を踏ん張り、メガホンを通じて叫んだ。
「ゼロスさん! お引き取りください! この村は現在、店舗改装中(シェルター営業中)につき、営業を終了しております!」
「舐めるなッ!! 全軍、突撃ィィィッ!!」
ゼロスの咆哮とともに、数千の魔物が雪崩のように村へなだれ込んできた。
先頭を切るのは、強固な殻を持つ死甲虫機だ。彼らが通るだけで地面が揺れ、防壁が軋む。
「今だ!」
トーヤがボタンを叩く。
カチリ。
地面に仕掛けられた膨大な数のトラップが一斉に作動した。
だが、今回はただの粘着シートではない。
村の地下に眠るミスリル鉱脈から抽出した『高出力磁力発生装置』が作動し、死甲虫機の装甲を強制的に地面へと縫い付けた。
「ガチガチガチッ!?」
進めなくなった魔物の群れが、混乱して団子状になる。
「(よし、計算通りだ。……次はこれだ)」
トーヤは、手にしていた『ドカンと響く君』のスイッチを入れた。
その装置は、ただのスピーカーではない。特定の周波数を増幅し、標的の脳内へ直接テレパシーを届ける——ネタキャベツの特性を極大化するための拡声器だ。
「聞こえるか、ゼロスさん! ……君の配信視聴者、全員に向けた『お知らせ』だ!」
トーヤが操作すると、村中に仕込んだスピーカーから、ゼロスの『真実』が流れ出した。
『……今の、マジな話。ワイズ様が言ってたんだけどさ。今回の村の焼き討ち、実はゴッドチューブのPV稼ぎのためのヤラセなんだよね。村人なんかどうでもいい、死んでくれたほうが保険金と義援金で倍稼げるし』
それは、ゼロスが以前、炎上神ワイズと密室で交わした会話の録音だった。
「なっ……!? なんでそれを貴様が!!」
ゼロスの顔から、勝利を確信していた笑みが消えた。
神の加護が揺らぐ。彼の背後で浮遊していた配信端末のチャット欄が、凄まじい速度で流れ始める。
『え、ヤラセなの?』
『村人を見捨てるってどういうことだよ!』
『勇者、お前……金のためかよ!』
視聴者たちの熱狂が、一瞬で「裏切られた」という怒りに変わる。
「黙れ黙れ黙れえええっ!! そんなのはデマだ!!」
焦ったゼロスは、さらに加護を注ぎ込み、強引に魔物の大群を動かした。
しかし、トーヤの『過剰防衛』はここからが本番だ。
「フェイト、配置につけ。……キャルル、地下で見てろ。俺が、俺のシフトを守り抜く姿を」
トーヤは震える手で、ポケットから最後の一つを取り出した。
それは、勇者の心臓に直接触れるための、たった一つの『鍵』だった。
敵の大群が、防壁を突き破り、トーヤのすぐ目の前まで迫る。
死の恐怖が全身を支配する。それでも、彼は店長としての誇りを胸に、一歩も引かなかった。
「(……シフトを、崩すな)」
トーヤの目が、戦士のそれへと切り替わった。
この戦い、店長の勝利(退勤)以外、ありえない。
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