EP 10
ルナミス帝国最悪の負の遺産。致死量の悪臭兵器『ゲロオムレツ』を一斉投擲せよ!
「ふざけるなぁぁぁっ!! こんなデマ音声で、俺の……俺の輝かしい配信に泥を塗る気かぁぁっ!」
ポポロ村の防壁前。
隠し録りされていた炎上神ワイズとの「ヤラセ計画」の音声を大音量で流され、勇者ゼロスの顔は怒りと屈辱で真っ赤に染まっていた。
空中に浮かぶゴッドチューブの配信端末には、視聴者からの『ヤラセ勇者』『金のために村を焼くのか』『最低のクズ』といった非難のコメントが滝のように流れている。
「(クソッ、クソッ! こうなったら、この村の連中を全員皆殺しにして、証拠を隠滅するしかねえ! 『魔物の大群が村を滅ぼし、俺は間に合わなかったが魔物は討伐した』って筋書きに書き換えてやる!)」
ゼロスは血走った目で村を睨みつけると、自身のユニークスキル【マネー】を限界まで解放した。
「喰らえ! これが俺の全財産だ!!」
ゼロスがアイテムボックスから大量の金貨を虚空へ放り投げると、それが眩い光の粒子となって彼に吸収されていく。課金すればするほどステータスが跳ね上がるという、資本主義のバグのようなスキル。
神の加護と相まって、ゼロスの全身から黄金の闘気が爆発的に噴き上がった。
『ギィィィィィッ!!』
勇者の闘気に当てられ、数千の死蟲機たちが狂乱状態に陥る。
強固な装甲を持つ死甲虫機たちが、トーヤが仕掛けていた『超強力磁気粘着シート』の磁場を、力任せにメリメリと剥がしながら強引に進軍を再開した。
「ひぃぃぃぃっ!? 嘘だろ、ドワーフ製の強力磁石を力技で突破するなんて、どんだけ課金したんだよあの野郎!!」
防壁の上で、トーヤはタローマン製の防弾ヘルメットを押さえながら悲鳴を上げた。
怖い。無理だ。あんな数のバケモノと、ステータスがバグった勇者を相手にするなんて、正気の沙汰ではない。胃薬を噛み砕きすぎて、口の中が粉っぽい。
「店長! 防衛線が破られるぞ! さすがに俺のコイントスでも、あの数は全部斬りきれねえ!」
前線で待機していたフェイトから、焦りのこもった通信が入る。
「(……落ち着け。クレーム対応の基本は、相手の想定を超える『代替案』を提示することだ)」
トーヤは、ガタガタと震える膝を両手でバンッと叩き、無理やり立たせた。
そして、インカムに向かって叫ぶ。
「フェイト! 自警団の連中に伝えろ! 予定通り、プランB『不良在庫の一斉処分』を実行する! ガスマスクの装着を急げ!!」
「……マジでアレを使うのか? 店長、アンタほんとに悪魔だな」
フェイトが呆れたように笑う声が聞こえた直後。
防壁の裏側に設置されていた、急造の投石機数十台が一斉に稼働した。
「撃てぇぇぇっ!! 当店の『特別サービス(在庫処分)』だ!!」
ドスッ! ドスッ! ドスッ!!
空気を裂いて、ポポロ村から何百という『茶色いパッケージ』が射出された。
それが放物線を描き、ゼロスと死蟲機の軍団のど真ん中へと降り注ぐ。
「はっ! 投石だと? そんな児戯が、課金限界突破した俺の神聖なる鎧に通じるわけ——」
ゼロスが鼻で笑い、飛んできたパッケージの一つをオリハルコンソードで叩き斬った。
——その瞬間である。
パッケージに仕込まれていた『魔導水反応式・発熱ヒーター』が空中で暴走し、大音響とともに破裂した。
中から飛び出してきたのは、鮮やかな黄色をした、弾力のあるスポンジ状の四角い塊。
ルナミス帝国軍需省が産み出した最悪の負の遺産。
戦闘糧食3型(超圧縮長期保存型)——通称、**『ゲロオムレツ』**である。
「な……ッ!? ぐ、おえぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
破裂と同時に、戦場に『致死量の悪臭』が撒き散らされた。
強烈な胃酸の匂い。腐った靴下の風味。スライムの死骸と廃棄醤油草の絞りカスが高熱で熱せられたことで、物理的な毒ガスと見紛うほどの凄まじい悪臭が、ゼロスの鼻腔を直撃した。
「がはっ……!? ご、ゴホッ! 目が、目がぁぁぁっ! なんだこの腐臭は!?」
たまらずゼロスは剣を落とし、その場に四つん這いになって激しく嘔吐した。
どれだけ課金して筋力や防御力を上げようとも、「嗅覚」を鍛えることはできない。美しく輝いていた白銀のミスリルマントと神聖な鎧には、黄色い消しゴムのようなゲロオムレツの残骸がベチャベチャと張り付き、吐き気を催す強烈な匂いを放ち続けている。
『ギ、ギシャァァァァァッ!?』
さらに悲惨だったのは、嗅覚やフェロモンで連携をとる死蟲機たちだ。
致死量の悪臭兵器を直撃された死蜂機や死蟷螂機は、感覚器官を完全に破壊され、パニックに陥った。
仲間同士でカマを振り回して共食いを始めたり、悪臭から逃れるために自ら地面に頭を叩きつけて自滅していく。
「あーあ……。ルナミス帝国軍が『ゴブリンのフンの方がマシ』って言って全量回収した廃棄物を、フェイトのツテで闇市からタダ同然で買い取っておいて正解だったな」
トーヤは、タローマン製の高性能防毒マスク(有機溶剤用)を深く被りながら、地獄絵図と化した戦場を見下ろして冷たく呟いた。
一食あたり5円(同粒5枚)で作られた粗悪な食料が、数億ゴールドを課金した勇者の軍隊を、一瞬で崩壊させている。
ゴッドチューブの配信端末では、四つん這いでゲロを吐き続ける勇者の姿が大写しになっていた。
『うわぁ……勇者、めっちゃ吐いてる』
『神聖な鎧がウンコみたいな色になってるぞwww』
『ヤラセした挙句にゲロまみれとか、ダサすぎて草』
「(……勝った。このまま悪臭で行動不能になっている隙に、フェイトたちに遠距離魔法で掃討させれば——)」
トーヤが安堵の息を吐こうとした、まさにその時だった。
「……ふざ、けるな。ふざけるなふざけるなふざけるなぁぁぁっ!!」
汚物まみれになったゼロスが、血走った両目をひん剥いて立ち上がった。
もはや勇者の面影はない。あるのは、プライドを粉々にされた狂人の姿だけだ。
「俺は勇者だ! 選ばれし存在だ! 貴様らのようなゴミ虫に、こんな屈辱を味わわされてたまるかぁぁっ!」
ゼロスは、自身の命を削る『禁忌の魔法薬』を懐から取り出し、一気に飲み干した。
さらに、彼の背後に浮かぶ配信端末から、炎上神ワイズの怒りの神気が直接注ぎ込まれる。
『番組をぶち壊した店長を、確実に殺せ』という神の意志が、ゼロスを理不尽なまでのバケモノへと変貌させた。
ズガァァァァァァンッ!!
ゼロスの体から、先ほどとは比べ物にならない漆黒と黄金が混ざり合ったオーラが爆発した。
その衝撃波だけで、村の防壁の一部が吹き飛び、空中に充満していたゲロオムレツの悪臭すらも強引に吹き飛ばされていく。
「ひぃっ!? 防壁が……!!」
トーヤは吹き飛ばされそうになり、必死に地面にしがみついた。
ゼロスの放った莫大なエネルギーの奔流は、上空を覆っていた『分厚い暗雲』をも吹き飛ばした。
ぽっかりと空いた雲の穴。
そこから、ポポロ村の戦場に、冷たく、そして神秘的な光が差し込んだ。
——『満月』の光である。
「あっ……」
地下シェルターのモニター越しに、地上の惨状を見守っていたキャルル。
雲が晴れ、モニターに映し出された満月の光を見た瞬間、彼女の体の奥底に眠る『月兎族の血』が、激しく沸騰し始めた。
ドクンッ!!
「……っ! くぅ……あぁっ!」
心臓が跳ね上がり、全身の筋肉が軋み、莫大な魔力が溢れ出す。
前回のダメージが抜け切っていない体での『満月ハイ状態』への強制移行。細胞が悲鳴を上げ、口の端からツツーッと一筋の血が流れる。
『キャルル……お前はシェルターだ。絶対にそこから出るな』
インカムから聞こえた、トーヤの震える声。
自分が傷つくことを何よりも恐れているくせに、自分のために、村のために、たった一人で矢面に立っているあの不器用な店長。
モニターの中では、限界突破したゼロスが、狂ったように笑いながらトーヤのいる防壁へ向かって跳躍しようとしていた。
「(……店長が、殺される)」
その光景を見た瞬間。
キャルルの頭の中で、何かが完全にプツンと切れた。
「……店長に、触るな」
ドゴォォォォォンッ!!
地下シェルターの分厚い鋼鉄の扉が、内側からの凄まじい蹴りによって紙屑のように吹き飛んだ。
「キャルルちゃん!? 店長が絶対に出るなって——」
止める村人たちの声を置き去りにして。
寿命を燃やし、赤い血の涙を流しながら。
怒りと愛に狂ったマッハ1の兎姫が、漆黒の夜空へと跳躍した。
読んでいただきありがとうございます。
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