EP 7
「店長が盤面を作るなら、俺は100%の神になる」クズ相棒フェイト、決死のコイントス
「急げ! 高齢者と子供は地下シェルターへ! 食料は『1型(缶詰)』を優先して運び込め! ネギオさん、入り口のバリケードにネギカリバーを設置してくれ!」
「ワテをタダ働きさせる気か、この元社畜ゥ! まぁええわ、後で特上ポポロコーヒー奢れよ!」
深夜のポポロ村は、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
特ダネ級・ネタキャベツがもたらした『明日の昼、勇者ゼロスの大軍が村を焼きに来る』という絶望的な情報。
秋月冬夜は胃薬を水なしで飲み込みながら、タローマン製の魔導拡声器を片手に、村人たちに的確な『避難シフト』を指示していた。
「店長! 私も戦います! 今ならまだ、私の脚で先制攻撃を——」
「ダメだ、キャルル! お前はシェルターの警護に回れ!」
インカム越しに抗議してくるキャルルを、トーヤは一喝した。
昨日の今日だ。彼女の体は、まだ『満月ハイ状態』の反動から抜け切っていない。これ以上寿命を削らせるわけにはいかない。
「いいか、俺の許可なく絶対に地上に出るな。シフト違反は懲戒解雇だぞ!」
「うぅ……理不尽なブラック店長……。分かりました、でも絶対に死なないでくださいね!」
通信が切れる。
トーヤは大きく息を吐き、タローマン製の防弾チョッキをさらに一枚着込んだ。
(明日の昼まで、あと半日。それまでに防衛トラップの敷設を終わらせないと——)
『ギチチチチチッ!!』
その時。
闇夜を引き裂くような、不快な羽音が村の入り口から響き渡った。
「なっ……!?」
トーヤが振り返ると、上空から複数の黒い影が急降下してきていた。
刃のような前脚を持つ『死蟷螂機』と、空中から毒針を放つ『死蜂機』の群れ。
死蟲機の先遣隊——およそ数十匹からなる奇襲部隊だ。
「馬鹿な……明日の昼じゃなかったのか!?」
トーヤの顔面から血の気が引く。
炎上神ワイズと勇者ゼロスは、本隊の進軍を待たず、村の防衛準備を妨害するために足の速い奇襲部隊を放っていたのだ。
『ヤラセ』の絵面を最高のものにするため、村人たちに事前の絶望を与える悪辣な盤面操作。
「ひぃっ……!」
トーヤは腰を抜かしそうになりながらも、逃げ出そうとする足を必死に地面に縫い留めた。
今ここで自分が逃げれば、シェルターへの避難が遅れている村人たちが狩られる。
「(怖い、死ぬ、嫌だ! でも……俺が時間を稼がないと!)」
トーヤが震える手で、ポケットの中の閃光玉を握りしめた、その時。
「よぉ、店長。見事なガクブルっぷりだな。ションベン漏らしてねえか?」
暗闇から、金属の擦れる音が響いた。
全身ミスリル製のアーマーを身に纏い、口元にポポロシガレットを咥えた男。
ポポロ村自警団リーダー、フェイト・ラックだ。
「フェ、フェイト! お前、有給じゃ……」
「こんな夜中にバカデカい羽音鳴らされたら、寝てられねぇよ」
フェイトはダルそうに首をポキポキと鳴らしながら、トーヤの前に立った。
数十匹の死蟲機が、新たな獲物を見つけて一斉に鎌と毒針を構える。圧倒的な戦力差だ。
「……先遣隊の奇襲か。ワイズの野郎も盤面をひっくり返すのが好きらしいな」
フェイトは忌々しそうに紫煙を吐き出すと、懐から一枚の『銀貨』を取り出した。
彼のユニークスキル【コイントス】。
表が出れば、能力と運気は「2倍」。
裏が出れば、ステータス激減の「大ハズレ」。
——そして、万が一コインが『縁で立った』場合、能力は「100倍」となる。
「店長。俺は今から運命を振る。裏が出たら、俺ごと見捨てて逃げろよ」
「馬鹿野郎」
トーヤは、ギリッと奥歯を噛み鳴らした。
「俺は店長だ。アルバイトの運なんかに、村人の命と自分の命を懸けられるか。……お前がハズレを引く前提で、こっちはシフトを組んでるんだよ」
「……へっ。言うねぇ」
フェイトはニヤリと笑い、親指でコインを夜空に向かって高々と弾き飛ばした。
キィィィン……!
銀貨が回転しながら空を舞う。
死蟲機たちが一斉にフェイトへ向かって襲いかかる。
表か、裏か。フェイトの運命が決まる、その刹那。
「——運命の女神が微笑まないなら、物理法則で無理やりこっちを向かせるまでだ!!」
トーヤが、足元に『ある仕掛け』を蹴り飛ばした。
それは、先ほどまで彼が必死に地面に設置していたタローマン製の資材。
『ドワーフ製・超強力磁気粘着シート』。
そして、その上に置かれた『超高精度デジタル水平器』だ。
ピッ、と水平器の電子音が鳴る。
地面の傾斜角、誤差0.000度の完全なる『水平』。
「な……っ!?」
フェイトが目を見開いた。
落ちてきた銀貨が、地面に触れる直前。
超強力な磁場が、銀貨の金属成分を強引に捉え——完全な水平を保った粘着シートの中心へと、真っ直ぐに引っ張り込んだのだ。
——カチンッ。
一切のブレもなく。
フェイトの投げた銀貨は、地面に吸い込まれるようにして、見事に『縁』で直立した。
『————条件達成』
『ユニークスキル【コイントス:ジャックポット】』
『フェイト・ラックの全ステータスが、一時的に【100倍】に跳ね上がります』
脳内に響くシステム音声と共に、フェイトの体から、夜空を焦がすほどの莫大な闘気が黄金のオーラとなって噴き上がった。
「は……ははっ、マジかよ」
フェイトは、直立したコインを見て、腹の底から笑い声を上げた。
「確率の神様を、ホームセンターの磁石と水平器でハメ殺しやがった……! アンタ、ほんとにイカれた店長だぜ!」
能力100倍。
それは、A級冒険者であるフェイトを、一時的に『神に等しい戦神』へと変貌させる絶対のジョーカー。
「店長がここまで完璧な盤面を作ってくれたんだ。——俺が100%の神にならねぇで、どうする!」
ドッ!!
フェイトの姿が、完全にブレて消えた。
いや、速すぎたのだ。100倍の筋力と闘気による踏み込みは、空間そのものを置き去りにした。
「シャァァッ!?」
死蟲機たちが反応するより早く。
空中に飛び上がったフェイトのミスリルソードが、黄金の軌跡を描いて夜空を縦横無尽に駆け抜ける。
一閃、十閃、百閃。
「——遅えよ、虫ケラども」
フェイトが再びトーヤの前に着地し、カチャリと剣を鞘に収めた瞬間。
空中で静止していた数十匹の死蟲機の先遣隊は、すべて均等なサイコロ状に細切れになり、パラパラと雨のように降り注いだ。
完全なる、一撃殲滅。
「……ふぅ。これで残業代は弾んでくれるんだろ、店長?」
フェイトは、額に薄っすらとかいた汗を拭いながら、振り返ってニカッと笑った。
「あ、ああ……。特別手当を出してやる」
トーヤは、極度の緊張から解放され、その場にヘナヘナと座り込んだ。
神の理すらも物理(ホームセンター資材)でねじ伏せる、悪魔的錬成。
だが、トーヤの心にあるのは、勝利の喜びよりも「俺がズルをしないと誰も守れない」という、己の無力感と冷や汗だけだった。
「……へっ、情けねぇ顔すんなよ。アンタの盤面のおかげで、俺は最高の仕事ができたんだ。感謝してるぜ、店長」
フェイトは、地面で直立している銀貨を拾い上げ、トーヤに向かって軽く親指を立てた。
その瞳には、これまでの「サボり魔のクズ」ではない、真の相棒としての確かな信頼が宿っていた。
だが、安堵も束の間。
「店長ーっ!! フェイトさん!!」
背後から、尋常ではない焦燥を帯びた声が響く。
振り返ると、休養を命じていたはずのキャルルが、青ざめた顔で走ってくるのが見えた。
そして彼女の頭上、ポポロ村の夜空を覆い尽くすほどの——漆黒の絶望が、音もなく迫っていた。
「……本隊か」
トーヤの胃袋が、ギリリと最悪の悲鳴を上げた。
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