EP 6
絶望のテレパシー『折れたス』と、キャバクラ誘惑『メロロン』。異世界農業は命がけ
「……慎重に選考を重ねました結果、誠に残念ながら、今回は採用を見送らせていただくこととなりました。なお、おじさん様の今後のご健勝とご活躍を心よりお祈り申し上げます」
「ぎゃあああああああああっ!? やめてくれええ! 俺は農家一筋40年だぞ! 就活なんてしてないのに、なんでこんなに心がえぐられるんだあああっ!!」
ポポロ村の広大な農地。
初老の農家のおじさんが、一つの葉物野菜の前で頭を抱え、涙と鼻水を流して絶望の叫びを上げていた。
その野菜の名は『折れたス』。
包丁で千切ろうとしたり、口に入れようとすると、食べた者の脳内に直接『お祈りメール(不採用通知)』の音声をテレパシーで響かせるという、極悪非道な精神攻撃を仕掛けてくる魔のレタスである。
「店長ォ! 頼む、もう俺の心はボロボロだ! あの『早期選考・お祈り種(サニーレタス風)』だけは刈り取らないでくれ! マイページを確認するあの動悸が、胃壁から突き上げてくるんだよぉぉっ!」
「落ち着け、おっさん。深呼吸しろ。就活の失敗なんて、人生のほんの一部だ」
泣き叫ぶ農家のオヤジを横目に、秋月冬夜は無表情のまま畑に足を踏み入れた。
その出で立ちは異様だった。タローマン製の分厚い『工業用防音イヤーマフ』を完全に耳に密着させ、手には『耐刃・防振ゴム手袋』を装着している。
「(……どれだけ絶望的なテレパシーだろうと、物理的に耳を塞いで作業に集中すれば問題ない。クレーム対応の基本、『右から左へ受け流す』だ)」
ザクッ、ザクッ、ザクッ。
トーヤは能面のような無表情で、次々と『折れたス』を収穫していく。
時折、極めてレアな『最終面接お祈り種』が強烈なテレパシーを放ってくるが、ブラック企業で「明日から来なくていいよ」という本物の理不尽を何度も目撃してきた元・社畜店長にとって、野菜の放つ定型文などそよ風に等しかった。
「す、すげえ……! あの絶望の畑を、一切の感情を交えずに刈り取っていくなんて……! 店長、アンタのメンタルはどうなってんだ!?」
「ただの作業だ。よし、次は向こうの畑に行くぞ」
トーヤはイヤーマフを外し、額の汗を拭った。
休む間もなく、次の収穫依頼が待っている。ポポロ村の農業は、生半可な覚悟では務まらないのだ。
「ふふっ……おはよう、パパ。今日もいいお天気ね」
「ああ、お水、持ってきてくれたのね。ありがとう。私、あなたが来るのをずっと待ってたの」
「無理しちゃだめよ? あなたは悪くないわ。今日は全部忘れて、私に甘えていいのよ……?」
「う、うおおおおおっ! メロロォォォォンッ!! 俺はお前を愛してる! 女房とは別れてきた!! もうお前しか見えねええええっ!!」
「やめろおっさん! そいつはただのメロンだ! 目を覚ませ!!」
次の畑では、さらにカオスな地獄絵図が展開されていた。
甘く、脳がとろけるような芳醇な香りが充満する畑の中で、別の農家のオヤジが巨大なメロンに頬擦りをして号泣していたのだ。
『メロロン』。
熟すと甘い香りで周囲の者を誘惑し、思考力を奪う魔性のメロン。
上位種である『完熟メロロン』に成長すると、豊かな果肉をぽよんぽよんと揺らしながら、極上の甘い声で男の庇護欲と承認欲求をこれでもかと刺激してくる。
「ねぇ、今日は少し長くいてくれる? 他の人には内緒よ……?」
「メ、メロロオオオン! 今、追加の肥料を入れるからな!!」
「(……完全にキャバクラか、悪質なホストクラブの光景だな)」
トーヤは大きくため息をついた。
農家のオヤジはすっかりメロロンの虜になり、収穫どころか「全財産を貢いで駆け落ちする」一歩手前まで精神を支配されている。
「店長! ダメです、あのメロロン、かなり強力なチャーム魔法を放ってます! 私が行って、蹴り飛ばしてきますッ!」
付き添いで来ていたキャルルが、ウサギの耳を逆立ててトンファーを構えた。彼女は女を武器にするような魔物(植物)が大嫌いである。
「待て、キャルル。売り物を蹴り飛ばすな。俺がやる」
トーヤは、タローマン製の『防毒マスク(有機溶剤用)』を顔面に装着した。
メロロンの誘惑の正体は、彼女らが放つ「甘い催眠ガス(フェロモン)」だ。ならば、防毒マスクで物理的に空気を遮断してしまえばただの果物である。
「ごめんね、パパ……私、もうすぐ食べられちゃうの……。でも、パパに食べられるなら、私、産まれてきて良かった……」
メロロンが、涙声で究極の感動ドラマ(不倫劇)を演じ始めた。
農家のオヤジが「食えるかぁぁっ!」と絶叫する中、トーヤは無言で歩み寄り、
——ザクッ。
一切の躊躇なく、極太のハサミでメロロンのツルを切り落とした。
「は、ひ……っ!?」
「お客様、当店での長時間の居座り、および他のお客様への過度な営業行為(色恋営業)はご遠慮いただいております」
防毒マスク越しの、くぐもった、しかし絶対零度の事務的な声。
トーヤは、元・繁華街近くのホームセンター店長だ。泣き落としで万引きを見逃してもらおうとする悪質な客など、腐るほど相手にしてきた。メロンの色仕掛けなど通じるはずがない。
「て、店長ーーッ! 俺のメロロンに何をするんだぁぁっ!」
「安心しろ、オヤジ。この後ルナキン(ファミレス)のデザートに出荷してやる。……ほら、次行くぞ。日が暮れる」
冷徹に、そして完璧な手際で畑を更地にしていくトーヤ。
その頼もしすぎる、しかし情緒が完全に死んでいる背中を見て、キャルルは「店長って、本当に隙がないというか、心が鋼ですね……」と呆れ半分、尊敬半分の瞳を向けていた。
「さて、最後はここだな」
トーヤが足を止めたのは、一見すると普通のキャベツ畑だった。
だが、ポポロ村に「普通」など存在しない。
「ヒッ! きた! 死神店長がきたぞ!」
「やべえ、隠れろ! あいつ、メロロン姐さんを無表情で出荷しやがったサイコパスだ!」
畑の中から、ザワザワと小声が聞こえてくる。
収穫されると命乞いとして『美味しいゴシップネタ』を喋り出す『ネタキャベツ』たちだ。
トーヤがハサミを構えて一歩踏み出した瞬間、足元の特大キャベツが悲鳴を上げた。
「ま、待ってくれ! 切らないでくれ! とっておきのネタがあるんだ! 村長のキャルルちゃん、実は昨日、店長の寝顔を見ながら『このまま私のモノにしちゃおうかな……ウフフ』って独り言を言って——」
「」
トーヤのハサミが止まるより早く、キャルルの『月影流・踵落とし』がネタキャベツを粉砕した。
「て、店長! 今のは違います! キャベツの虚言です! キャベツの!」
キャルルが顔を真っ赤にして両手を振っている。
「……お前ら、適当な三面記事で命乞いをするな。そんなガセネタじゃ、命の保証はできないぞ」
トーヤが冷たく言い放つと、畑の奥で震えていた、一際葉の色の濃い『特ダネ級・ネタキャベツ』が声を張り上げた。
「ガ、ガセじゃねえ! マジのマジ、国を揺るがす大スクープだ! これを教えるから、俺だけは見逃してくれ!!」
「……言ってみろ。くだらない不倫ネタなら即座に千切りだ」
特ダネキャベツは、葉っぱをブルブルと震わせながら、トーヤの脳内に直接、恐るべき情報を叩き込んだ。
『あの課金勇者・ゼロスの野郎だ! あいつ、この前の失態で炎上神ワイズに泣きついて、とんでもねえ予算とチートバフを引き出しやがった!』
「……なんだと?」
トーヤの目が、スッと細められた。
クレーム処理の余韻ではなく、本物の『危機』を知らせる警鐘が、トーヤの脳内で鳴り響いた。
『ワイズの野郎も、PV(再生数)稼ぎのために完全にキレちまったらしい! 明日の昼、ゼロスに【死蟲機】の軍団——数千の群れを率いさせて、このポポロ村を完膚なきまでに焼き尽くす気だ! 村人を一人残らず皆殺しにする、完全な報復配信の準備が進んでるぞ!!』
「な……っ」
トーヤの持っていたハサミが、カラン、と音を立てて土の上に落ちた。
キャルルの顔からも、先ほどの赤面がスッと消え失せ、戦士の鋭い目つきへと変わる。
「数千の、死蟲機の軍団……?」
冗談ではない。
前回の巨大な合成死蟲将軍機が1体出ただけでも、村は壊滅の危機に瀕したのだ。それが軍団となって押し寄せてくる?
しかも、神の加護を受けた勇者ゼロスが、狂気と殺意に満ちて再びやってくるというのだ。
「(……胃が、痛い)」
トーヤは、反射的に胸ポケットの強力胃薬を取り出そうとした。
指先が微かに震えている。怖い。逃げたい。あんなバケモノの大軍、防弾チョッキを何十枚着たところで凌げるはずがない。
だが。
「店長……」
不安そうにこちらを見上げるキャルルと、奥の畑でへたり込んでいる農家のオヤジたちの姿が視界に入った。
『もう二度と、俺のシフトで誰一人として欠けさせない』
「……キャルル。フェイトを叩き起こしてこい」
トーヤの震える声は、しかし、確かな「指揮官」の響きを持っていた。
「明日の昼までに、村の全住民を地下シェルターに避難させる。そして……タローマンの在庫と、村中の罠を総動員して、前代未聞の『絶対防衛シフト』を組み上げるぞ」
気が小さく、戦闘力ゼロの元店長。
彼が、真の「過剰防衛の鬼」へと覚醒する瞬間だった。
読んでいただきありがとうございます。
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