EP 5
「親戚の犬の葬式なんで休みます」確率50%で最強になるクズ相棒・フェイトの憂鬱
「……親戚の従兄弟の隣のおばさんの友達の犬が死んでな。その葬式で忙しかったんだよ。……じゃ、俺は今日は有給もらうから」
ガチャリ、と。
ポポロ村の村長宅の寝室から、逃げるように扉を閉めようとしたフェイトの背中に向かって、トーヤの絶叫が響き渡った。
「ふざけるな! お前、先週もまったく同じ理由で休んだだろうが!!」
しかし、A級冒険者にしてポポロ村自警団リーダーのフェイト・ラック(25歳)は、悪びれる様子もなく肩をすくめるだけだ。
「仕方ねぇだろ。運命が今日は休めって言ってるんだ。キルケゴールも言ってるぜ、『絶望とは自己を見失うことである』ってな。無理して働いて自分を見失うくらいなら、俺は今日、死に至る病にかかってるってことで哲学的に正当化されるんだよ」
「キルケゴールに土下座して謝れ、この給料泥棒!!」
呆れ果てるトーヤ。
——その時である。
「むにゃむにゃ……店長ぉ……好きぃ……」と、ベッドの上でトーヤの腰にコアラのようにしがみついていたキャルルの、長くて白い兎耳が、ピクンッ!と垂直に立ち上がった。
「……ねえ、フェイトさん?」
先ほどまでの甘ったるい寝声はどこへやら。
絶対零度の声と共に、キャルルがベッドからふわりと降り立つ。
「あなたの心臓、すっごく下品で濁った『嘘』の音がしてるんだけど? 本当は、朝の日課の【コイントス】に外れて、ステータスが下がってふて寝したかっただけだよね?」
図星を突かれたフェイトの顔が、あからさまに引きつった。
「げっ。耳ざといウサギ……っ!」
「店長を困らせる不良アルバイトには……ご退店願いますッ!」
ドンッ!! と、キャルルが床を蹴った。
昨日の満月時のようなマッハの速度ではないが、それでもA級冒険者のフェイトが全く反応できないほどの神速。
踏み込みと同時に、特注安全靴の膝先が跳ね上がる。
『月影流・顎砕き』!
「ゴフッ!?」
フェイトの顎に、強烈な膝蹴りがクリーンヒット。
全身ミスリル製のアーマーを着込んだ巨体が宙を舞い、部屋の扉を木っ端微塵にぶち破って廊下へとすっ飛んでいった。
「……あーあ。タローマンで新しい扉の蝶番、買ってこないとな」
トーヤは頭を抱えながら、タローマン製の作業着を着込む。
廊下では、白目を剥いたフェイトがピクピクと痙攣していた。
フェイト・ラック。
ポポロ村が月給30万円という破格の待遇で雇用している自警団のリーダーであり、本来なら一人で一軍に匹敵する実力を持つ男だ。
剣術、体術、闘気、すべてが一流。おまけに装備は、ルナミス新聞の懸賞で当てた『全身ミスリル製』という異常な幸運の持ち主。
だが、彼には致命的な欠陥があった。
ユニークスキル【コイントス】。
彼が戦闘前や一日の始まりにコインを弾き、表(当たり)が出れば、その日の能力と運気は「2倍」に跳ね上がる。
しかし、裏(外れ)が出た瞬間、極度の体調不良とステータス低下に見舞われ、文字通り「使い物にならないクズ」へと成り下がるのだ。
「おいフェイト、生きてるか」
トーヤがタローマン製の回復スプレー(微香性)を顔面に吹きかけると、フェイトは「げほっ」とむせながら起き上がった。
「痛ぇな……あのウサギ、容赦ねぇ。俺のミスリルアーマーごと顎を砕きやがった……」
フェイトは懐からポポロ村特産の煙草『ポポロシガレット』を取り出し、カチリと火をつける。
「店長、悪いが今日はマジで動けねぇ。裏が出たんだ。阿佐田哲也も言ってるぜ、『勝負は運を使い切るかどうかの瀬戸際にある』ってな。今日の俺は運が空っぽだ。戦えば死ぬ」
「阿佐田哲也はサボりの免罪符じゃないぞ。ていうか、昨日の死蟲機の騒動の時もサボってたよな?」
トーヤがジト目で睨むと、背後からキャルルがプンスカと怒りながらトーヤの袖を引っ張った。
「店長! こんな不真面目なギャンブル中毒、今すぐ解雇しましょう! 村の警備なら私が一人でやりますから!」
「……いや、解雇はしない。こいつはシフトに残す」
トーヤの言葉に、キャルルも、煙草を吹かしていたフェイトも目を丸くした。
「いいかキャルル。店舗運営において、特定の『超優秀な一人』に依存するシフトは、いつか必ず崩壊する。お前が満月の力で限界を超えて戦えば、お前自身の寿命が削れて血を吐く。それは店長として、絶対に避けなきゃならない最悪の事態だ」
昨日の、血まみれになって倒れたキャルルの姿がトーヤの脳裏をよぎる。
前世で部下を守れなかった自分。同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。
トーヤは冷徹な目で、フェイトを見下ろす。
「フェイト。お前は確率50%で使い物にならなくなるゴミだ。普通の軍隊なら即刻クビだろうな」
「……辛辣だな、おい」
「だが、お前が『当たり』を引いた時の爆発力は、この村の防衛力として絶対に欠かせない。俺が欲しいのは、お前が当たりを引いた時——さらに言えば、万が一コインが『縁で立った時』の、能力100倍という神殺しのジョーカーだ」
フェイトの動きが止まった。
咥えていた煙草の煙が、細く宙にたなびく。
「……店長。アンタ、俺の運頼みで戦うつもりか?」
「勘違いするな」
トーヤは断言する。
「俺は『お前が外れを引いて使い物にならない前提』で、防衛トラップとシフトを組んでいる。お前がハズレようが、俺のシフトには1ミリの穴も空かない。俺がすべてのリスクを管理する。だから安心しろ、お前がクズでも俺たちは死なない」
それは、フェイトに対する「運には頼らない」という究極の突き放しでありながら。
裏を返せば「お前が失敗しても、俺がなんとかしてやる」という、指揮官としての絶対的な責任の宣言だった。
フェイトはぽかんと口を開けた後、フッと面白そうに笑い、紫煙を吐き出した。
「……へっ。アンタ、本当に頭のおかしい店長だよ。俺みたいなギャンブル狂いを抱え込んで、リスク管理ができてるなんて豪語する奴は初めてだ」
フェイトはよろよろと立ち上がると、ミスリルソードを肩に担いだ。
「今日はもうコインは振らねぇが、村の見回りくらいはしてきてやるよ。ウサギの顎砕きはもうご免だからな」
「最初からそうしろ。……頼んだぞ、フェイト」
憎まれ口を叩きながら歩き出すフェイトの後ろ姿には、確かな「悪友」としての信頼が芽生え始めていた。
「まったく、素直じゃないですね。店長が優しいからって調子に乗ってますよ」
キャルルが不満げに唇を尖らせる。
「いいんだよ、あれで。それに、俺は優しいわけじゃない。ただ、全員が生き残るための計算をしているだけだ」
トーヤは胃のあたりをさすった。昨日の巨大魔物のトラウマで、まだ胃がキリキリと痛む。
(本当は俺が一番安全な地下シェルターに引きこもりたいんだがな……。はぁ、異世界転生してまで、なんでこんな中間管理職みたいな苦労をしてるんだか)
そんなトーヤの切実な感傷をぶち破るように、村の農家のオヤジが血相を変えて飛び込んできた。
「て、店長ーーッ!! 大変だ!! ポポロ村特産の『ヤバい農作物』が、一斉に収穫期を迎えちまった!! 早く手伝ってくれ、このままじゃ俺たち農家が精神崩壊しちまう!!」
「……あー、そういえば今日は農業手伝いのシフトも入ってたな」
トーヤは重いため息をつくと、部屋の隅に置いてあった『タローマン製・業務用イヤーマフ』と『防毒マスク』を手に取った。
ルナミス帝国との緩衝地帯であるこのポポロ村には、地球の常識が通用しない、狂気に満ちた農作物が育っているのだ。
「行くぞキャルル。異世界農業は、魔物討伐より命がけだぞ」
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




