EP 2
「頼む、俺にタッチさせてくれええ!」全人類から命を狙われる『鬼』になった勇者の末路
「グハァッ!? 貴様ら、狂ったのか! 俺だぞ! 雇い主のゼロス様だぞ!!」
ポポロ村の入り口は、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
数秒前までゼロスへ媚びへつらっていた傭兵たちが、今は血走った目で一斉に剣を振り下ろしている。撮影スタッフは重い魔導カメラを鈍器のように振り回し、ゼロスの後頭部を容赦なく殴打していた。
「死ネッ! 生カシテオケナイ! 宇宙一ノ、汚物ゥゥ!!」
「アァァアアッ! 殺セェエエ!」
彼らの脳内には今、一つの絶対的な命令が強制的に書き込まれている。
『あの白銀の鎧を着た男は、全生命に対する敵である』と。
これこそが、秋月冬夜の持つユニークスキル【鬼ごっこ】の全容だ。
トーヤが直接、あるいは自身が持っている道具越しに対象へ「タッチ」した瞬間、その者は『鬼』となる。
鬼に指定された者は、理力、知性、立場、恩義など一切の前提をすっ飛ばし、強制的に「世界の全生物から異常なまでのヘイト(殺意)を向けられる」という、史上最凶のデバフスキルである。
「痛ぇっ! ぐああっ! やめろ! 契約金を倍にしてやるから、正気に戻れ!」
金で強さを買った課金勇者のステータスは高い。通常であれば、その辺の傭兵など一蹴できる。
だが、今のゼロスは四面楚歌どころの騒ぎではない。
バサバサバサッ!!
「ギャァアアア!? な、なんだこいつら!!」
空から降ってきたのは、ポポロ村で家畜として飼われていた鳥型魔獣『トライバード』の群れだった。普段は大人しいはずの彼らが、狂ったようにゼロスの顔面をつつぎ、その白銀の鎧に大量のフンを撒き散らしている。
さらには、ゼロス自身が帯刀していた『意思を持つ魔剣』までもが、「お前のような汚物に握られるなど我慢ならん!」とばかりに、手袋越しにゼロスの指を噛みちぎろうと暴れ始めた。
味方に殴られ、鳥につつかれ、自身の武器にまで裏切られる。
完璧だった勇者の姿は、もはや見る影もなく、泥と血と鳥のフンにまみれた哀れなサンドバッグへと成り果てていた。
「(……ひぃぃぃっ! や、やっぱりこのスキル、えげつなすぎるだろ!)」
その惨状を十メートルほど離れた安全圏から見守っていたトーヤは、顔を青ざめさせながら、タローマン製の強力胃薬をボリボリと噛み砕いていた。
何度見ても胃が痛くなる光景だ。
しかし、ここで同情してはいけない。クレーマーに隙を見せれば、店舗が崩壊する。
「お、おい、貴様ァ……! なにを、なにをしたぁっ!」
ゼロスが、血反吐を吐きながらトーヤを睨みつけた。
彼の顔は怒りと絶望で歪んでいる。
「何って、ただの『鬼ごっこ』ですよ。……ゼロスさん、あなたが今、鬼です」
トーヤは魔導拡声器を口に当て、事務的な口調で告げた。
「このスキルを解除する方法はただ一つ。鬼であるあなたが、俺の肉体に直接『タッチ』し返すこと。それだけです」
「て、てめぇに触れば……この狂った状況が終わるんだな……!?」
ゼロスの目に、狂気じみた希望の光が宿った。
彼は課金バフで強引に傭兵たちの波を吹き飛ばすと、文字通り、地面を這いずるようにしてトーヤへと突進してきた。
「頼む、俺にタッチさせてくれええええ!!」
「うわあああ!? 来るな! 気持ち悪い、こっち来んなぁっ!」
ヨダレと血を垂らしながら迫り来る勇者の姿は、完全にホラー映画のクリーチャーだった。
ビビリなトーヤは、半狂乱で後ずさる。
あと五メートル。三メートル。一メートル。
ゼロスの血まみれの手が、トーヤの足首を掴もうと伸びた。
——バチィィインッ!!
「あぎゃあああああああああっ!?」
突如、ゼロスの全身が凄まじい衝撃と共に宙を舞い、そのまま地面へ叩きつけられた。
「な、なんだ!? 体が……動か、ない……ッ!?」
ゼロスは地面に這いつくばったまま、ピクリとも動けなくなった。
彼が突っ込んだ地面には、枯れ葉で巧妙に隠された『分厚い透明なシート』が一面に敷き詰められていたのだ。
「……ふぅ。危ない危ない。引っかかってくれて助かった」
トーヤは額の冷や汗を拭いながら、安堵の息を吐いた。
「タローマン製『害獣避け超強力粘着シート(業務用)』。ロックバイソンが突っ込んでも三日は剥がれないスライム由来の特殊粘着材だ。……店長たるもの、悪質な万引き犯や酔っ払いの突撃を想定した『過剰防衛』は、リスクマネジメントの基本だからな」
そう。トーヤはただ突っ立っていたわけではない。
事前に村の入り口周辺の土を掘り返し、この粘着シートを大量に敷き詰め、さらにその下には魔導地雷までセットしていたのだ。
一歩も動かずに勝つ。それが、死にたくない元店長が編み出した最凶の戦術である。
「た、頼む……! 助けてくれ……!」
粘着シートに張り付いたまま、ゼロスがボロボロと涙を流し始めた。
「金ならある! 領地でも、女でも、なんだってくれてやる! だから、その靴の先でもいい、俺に、俺に触らせてくれ……!」
かつて傲慢に村を焼こうとした男が、鼻水を垂らしながら必死に命乞いをしている。
しかし、トーヤの目は冷ややかだった。
「当店では、賄賂等の受け取りは一切お断りしております。……そのまま、自分の蒔いたヤラセの炎で燃え尽きてください」
冷酷な通告。
背後からは、再び血走った目をした傭兵たちと鳥の群れが、殺意を剥き出しにして迫ってくる。
「(ふざけるな……! ふざけるなぁぁっ!!)」
ゼロスの中で、何かが完全に弾けた。
俺は勇者だ。ワイズ様から寵愛を受けた、選ばれし存在だ。こんな名もなき村の、小汚い作業着を着たゴミにハメ殺されるなど、絶対に認められない!
「死ね! ならば、この村ごと全部吹き飛んでしまええええええっ!!」
ゼロスは粘着シートに張り付いたまま、アイテムポーチから強引に一本の巻物を引きずり出し、噛みちぎった。
——ヤラセ配信のクライマックスで使用するはずだった、『強制魔物召喚スクロール(特級)』。
本来なら、見栄えの良い中級魔物を数体呼び出すためのものだ。
しかし、極限のパニック状態と、ゼロスの中に渦巻く巨大な絶望と殺意が、スクロールの魔法陣をどす黒くバグらせた。
ズゴゴゴゴゴゴッ!!
「……は?」
トーヤの胃が、ヒュンと冷え切った。
ポポロ村の空を覆い尽くすほどの、巨大な魔法陣が出現したのだ。
そして、そこから這い出してきたのは——山のように巨大な、漆黒の鎌を持つ怪物だった。
『ギィィィイイイイイッ!!』
死蟲王サルバロスの眷属。
複数の死蟲機が悪魔合体して生まれた、規格外の災害級魔物『合成死蟲将軍機』。
あまりの巨大さとプレッシャーに、傭兵たちもゼロスへのヘイトを忘れ、泡を吹いて気絶した。
粘着シートに張り付いたままのゼロスも、「あ、あ、あ……」と絶望の声を漏らして白目を剥いている。
「ちょっ……! 冗談だろおい!? あんなの、俺のトラップじゃどうにもならないぞ!?」
トーヤの歯の根が合わなくなる。
防弾チョッキを三枚着ていようが、あんな巨大な鎌で薙ぎ払われれば、村ごとミンチにされて終わる。
完璧だったはずのシフト(盤面)が、崩壊しようとしていた。
「いやだ、死にたくない死にたくない死にたくない! 誰か、誰か助け——!」
巨大な鎌が、トーヤの頭上に振り下ろされようとした、その刹那。
——ドンッッ!!
空気が、爆発した。
突如、太陽の光を遮るように、空から『一つの影』が降ってきたのだ。
いや、それは降ってきたのではない。あまりにも速すぎる速度で、一直線に死蟲将軍機の顔面へと跳躍してきたのだ。
巡航ミサイルが直撃したかのような、凄まじい衝撃波。
マッハ1を超える速度から放たれた、規格外の飛び蹴り(ライダーキック)。
「——私の村で、勝手な真似しないでよねッ!!」
可憐で、けれどどこまでも凛とした少女の声が響いた直後。
山のように巨大だった合成死蟲将軍機の上半身が、文字通り、粉々に吹き飛んだ。
読んでいただきありがとうございます。
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