第二章 極貧アイドルと、店長のプロデュース防衛戦
タローソン廃棄弁当争奪戦。五円玉ガトリングを放つ極貧人魚姫と、店長の『まかない』
勇者ゼロスによるポポロ村焼き討ち未遂(ヤラセ配信)事件から数日。
村には再び、のどかな辺境の日常が戻ってきていた。
「よし、今日のタローソン(ポポロ村提携コンビニ)の在庫チェックは完了、と。……平和なのはいいことだが、クレーム処理がないと逆に落ち着かないな。完全に社畜の職業病だ」
秋月冬夜は、クリップボードに挟んだシフト表と在庫リストにチェックを入れながら、タローマン製の作業着の襟をパタパタと煽って涼を取っていた。
「店長ー! 休憩時間終わりましたよ! 次はルナミスデパートの特設野菜直売所の見回りですよね?」
トーヤの背後を、ウサギの耳をピコピコと揺らしながらキャルルがついてくる。満月ハイ状態の反動もすっかり抜け、今ではすこぶる健康体だ。
「ああ。その前に、タローソンの裏口のゴミ捨て場を確認しておく。最近、野良犬が廃棄弁当を漁りに来て散らかしていくって、オーナーから苦情が——」
トーヤがタローソンの裏路地に足を踏み入れた、その時だった。
『グルルルルル……ッ!』
『シャァァァァァッ!!』
「ひぃっ!?」
路地裏から響いた猛獣のような唸り声に、トーヤは悲鳴を上げてビクッと飛び退いた。
反射的に防弾チョッキの胸元を探り、タローマン製の強力胃薬を取り出そうとする。まさか、また死蟲機の残党か!?
だが。
恐る恐る路地裏を覗き込んだトーヤの目に飛び込んできたのは、魔物ではなかった。
「……は?」
そこでは、一匹の大型の野良犬と、『一人の美少女』が、地面に落ちた一つのコンビニ弁当を巡って、バチバチの死闘を繰り広げていたのである。
少女の容姿は、控えめに言って「絶世」だった。
海のように透き通ったアズールブルーの長い髪。白磁のように滑らかな肌。誰もが振り返るような、神秘的で可憐な顔立ち。
しかし、その装備が絶望的に終わっていた。
彼女が身に纏っているのは、ルナミスデパートのワゴンセールで300円で売っていそうな『あずき色の芋ジャージ(上下)』。足元はイボイボがついた『健康サンダル』。
そして何より、その美しい顔を泥だらけにしながら、野良犬に向かって四つん這いで威嚇しているのだ。
「ワンッ! グルルルルッ!」
「甘いですわ! この『タローソン特製・デラックス海苔弁当(消費期限3時間オーバー)』は、私が先に見つけましたの! アイドルたるもの、炭水化物と揚げ物を摂取しなければステージで輝けませんわッ!!」
少女は野良犬に向かって、一歩も引かずに叫んだ。
その瞳には、純真さと狂気が入り混じった、すさまじい執念が宿っている。
「て、店長。あれ……」
キャルルが呆れたような顔で、トーヤの袖を引いた。
「知り合いか、キャルル?」
「ええ、まあ……私がルナミス帝国でシェアハウスをしてた時の同居人で……私の家賃も払えないヒモ友達です」
キャルルがため息をついている間にも、路地裏の死闘は最終局面を迎えていた。
野良犬が、海苔弁当に向かって鋭い牙を剥いて飛びかかろうとする。
「させませんわッ! くらえ、私の最終奥義!!」
少女は、ジャージのポケットから鈍く光る『五円玉』を取り出すと、あろうことかそれを自分の『鼻の穴』にスッと詰め込んだ。
「え?」とトーヤがドン引きする中。
「フンッッ!!」
少女が勢いよく鼻息を噴射した瞬間。
スポォォォンッ!! という小気味良い音と共に、鼻の穴から弾丸のような速度で五円玉が射出された。
「キャンッ!?」
見事なスナイプにより、五円玉は野良犬の鼻先にクリーンヒット。
痛みに驚いた野良犬は、尻尾を巻いて「キャイン、キャイン!」と路地裏から逃げ出していった。
「ふふん! 勝利ですわ! 五円(御縁)があって良かったですわね、ワンちゃん!」
少女は鼻の下を指でこすりながら得意げに笑うと、地面に落ちていた廃棄弁当を大事そうに胸に抱きしめた。
「……キャルル。お前の友達、ちょっとたくましすぎないか? 色んな意味で」
「あはは……。リーザちゃーん、何やってるの?」
キャルルが声をかけると、芋ジャージの少女——リーザは、ビクッと肩を揺らして振り返った。
「キャ、キャルル!? ななな、なぜこんな所に!?」
「いや、私今この村の村長やってるから。ていうか、なんでルナミス帝国にいるはずのリーザちゃんがポポロ村のゴミ捨て場にいるのよ。ご飯食べてないの?」
「た、食べてますわよ! 昨日は公園で鳩のおじさんから奪った豆と、その辺の食べられる雑草のサラダを……って、違いますわ! アイドルは施しなんて受けませんの!」
リーザはぐぅぅぅ~と腹の虫を盛大に鳴らしながら、強がってそっぽを向いた。
「(……なるほど、事情はだいたい把握した)」
トーヤは、大きなため息を一つ吐くと、タローマン製の作業手袋を外してリーザの前に歩み出た。
「お客様。当店周辺での、野良犬との抗争およびゴミ漁りは、他のお客様のご迷惑となりますので固くお断りしております」
「ひっ!? あなた、誰ですの!?」
「俺は秋月冬夜。このポポロ村のしがない裏方であり、キャルルを雇っている『店長』だ」
トーヤは、リーザの抱きしめている泥だらけの廃棄弁当をヒョイッと取り上げ、近くのゴミ箱に捨てた。
「ああっ!? 私の、私の命を繋ぐ海苔弁がぁぁっ!! ひどいですわ、悪魔! 鬼! 資本主義の豚!!」
リーザが涙目でトーヤの胸ぐらを掴もうとするが、トーヤはそれを片手で制し、親指で村の中心部を指し示した。
「そんな腹を壊しそうな不良在庫を食うな。……俺のシフト(村)に入ってきた奴を、腹ペコで餓死させるようなマネは、俺のプライドが許さない」
トーヤは、呆気に取られるリーザに向かって、完璧な接客スマイルを向けた。
「行くぞ。ルナキン(ポポロ村のファミレス)で、一番高い『特製ミックスグリル定食』を奢ってやる。安心しろ、店長の『まかない』扱いにしてやるから」
「……え?」
リーザの瞳から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「ほ、ほんとに……お肉、食べてもいいんですの……? 試食コーナーのウインナーじゃなくて、本物の……?」
「ああ。いくらでも食え」
「店長ぉぉぉぉぉぉっ!! 一生ついていきますわぁぁぁっ!!」
リーザは、泥だらけのジャージ姿のまま、トーヤの腰にガッチリと抱きつき、ワンワンと泣き始めた。
「お、おい! 泥がつく! 鼻水つけるな!」
慌てるトーヤの横で、キャルルが「もう、店長は本当に面倒見がいいんだから……ちょっと妬けちゃいますね」と、ウサギの耳を揺らしながらクスクスと笑っていた。
【数十分後・ルナミスキング(通称ルナキン)】
「はむっ、もきゅっ、んぐんぐ……ぷはぁっ! 美味しい! 美味しすぎますわ! 命が、細胞が喜んでいますの!」
ルナキンのテーブル席。
リーザは、顔のサイズほどある巨大なハンバーグと、山盛りのライス、さらにエビフライと唐揚げを、まるでダイソンの掃除機のような勢いでブラックホール(胃袋)へと吸い込んでいた。
その食べっぷりは、見ていて清々しいほどだが、美少女のガツガツ食いというギャップが凄まじい。
「喉に詰まらせるなよ。ほら、水だ」
「ありがとうございますわ、店長様! ゴクゴクゴク……ぷはぁっ!」
トーヤは向かいの席でコーヒーをすすりながら、キャルルからリーザの事情を聞き出していた。
「なるほど……。海中国家シーランの女王リヴァイアサンの娘……正真正銘の『人魚姫』なのか、こいつ」
「はい。でも、ルナミス帝国に親善大使として来た時に『地下アイドル』のライブを見ちゃって、それにドハマりして、お城に帰らなくなっちゃったんです」
キャルルが苦笑しながら説明する。
「女王様には『帝国でトップアイドルとして大成功してる!』って見栄を張って嘘の手紙を送り続けてるみたいなんですけど……現実は、この通り」
「パンの耳と茹で卵が主食でしたの。ルナミスマートの試食コーナーで、店員さんの死角を突いて腹を満たす技術なら、誰にも負けませんわ!」
「ドヤ顔で言うことじゃないぞ、それ」
トーヤは呆れて頭を抱えた。
アイドルとしての理想は高いが、現実の経済力はスライム以下。献血の無料ハンバーガーや、交番の取り調べ室でカツ丼を狙うという、もはやプロのホームレスのようなポイ活サバイバル生活を送っていたらしい。
「でも、なんで急にポポロ村に?」
「それはもちろん! キャルルがこの村で村長をやってるって聞いたからですわ!」
リーザは、最後のエビフライの尻尾までバリバリと噛み砕きながら、ビシッとトーヤを指差した。
「持つべきものは友! そしてパトロン! 私は今日から、このポポロ村の専属アイドルとして、キャルルと店長様に養っていただきますわ!!」
「図太すぎるだろ……」
まったく悪びれる様子のない極貧人魚姫の堂々たるニート宣言に、トーヤは深い深いため息をついた。
「ふふん! でも、ただでご飯を奢ってもらうような三流ではありませんわ。アイドルは、ファンに『最高の時間』を提供するのが仕事ですの!」
リーザは、バサッと芋ジャージの袖を捲り上げ、どこから取り出したのか、足元に『みかん箱』をセッティングした。
そして、その上にヒョイッと飛び乗る。
「店長様! 先ほどのまかないのお礼に、このリーザが、あなたのためだけに『絶対無敵のライブ』を披露してさしあげますわ! さあ、私の歌で、日常のストレスを全部忘れて——」
リーザが、胸の前で両手を組み、大きく息を吸い込んだ。
その瞬間。彼女のまとう空気が一変した。
芋ジャージを着ているはずなのに、彼女の周囲だけがスポットライトで照らされているような、圧倒的な『アイドル(支配者)のオーラ』が放たれたのだ。
「(……なんだ? ただの図太いニートじゃない。こいつ、本物の……)」
トーヤが息を呑み、リーザの歌声がルナキンの店内に響き渡ろうとした——まさに、その刹那だった。
『————ヒュッ』
突如。
ルナキンの開け放たれた窓の外から、氷のように冷たく、気味の悪い風が吹き込んだ。
「え?」とリーザの動きが止まる。
ザシュッ!!
ズバババババンッ!!!
外の通りから、連続した破砕音が響き渡った。
トーヤが慌てて窓の外を見ると——ルナキンの駐車場の脇に植えられていた街路樹や、看板、さらには農家の荷車に乗っていた頑丈な野菜の木箱が、まるで『見えない巨大な刃物』で撫でられたかのように、スパッと一文字に両断されていたのだ。
「な……っ!?」
トーヤの胃が、ギリリと最悪の痛みを訴えた。
剣の軌跡はない。魔法の詠唱も聞こえなかった。
ただ、そこにあるものが「見えない何か」によって、無差別に、そして精密に切り裂かれたのだ。
「きゃああっ!? な、なんですの今の!?」
みかん箱の上で、リーザが悲鳴を上げてしゃがみ込む。
「キャルル! リーザを連れて奥の厨房に下がれ!!」
トーヤは即座に立ち上がり、防弾チョッキの中に手を入れた。
平和だったはずのポポロ村に、再び忍び寄る理不尽な悪意の影。
第二の業務(クレーム対応)は、予期せぬ極貧アイドルの来訪と共に、静かに幕を開けようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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