EP 14
俺のチームは宇宙一だ。確率100倍の剣撃と、1億ボルトの飛び蹴り(メテオ・ストライク)!
ポポロ村の上空。
雲の隙間から差し込む満月の光を背に受けて、キャルル・ムーンハートは宙を舞っていた。
「ア、アァァァッ……! クソッ、動け! 俺の体、動けェェッ!」
防御を完全に剥がされ、空中に打ち上げられた勇者ゼロスが、無様に手足をバタつかせている。
だが、フェイトの100倍の神速による斬撃は、ゼロスの装甲だけでなく、彼の平衡感覚や神経すらも一時的に麻痺させていた。空中のゼロスは、完全な『的』だった。
キャルルの脳内では、未だに【鬼ごっこ】のシステムが『店長を殺せ』とけたたましい警告音を鳴らしている。
その嫌悪感とノイズを、彼女は極限の『怒り』と『愛』で強引に上書きした。
バチィィィィィィンッッ!!
キャルルが履いている特注の安全靴——タローマンの資材とドワーフの技術が結集したその靴底に仕込まれた『雷竜石』が、限界を超えて明滅する。
通常であれば雷竜のブレス数発分に相当するその莫大なエネルギーが、満月ハイ状態のキャルルの闘気と完全に融合した。
空間が紫電に染まる。
大気がプラズマ化し、バチバチと鼓膜を焼くような音が戦場を支配した。
「(……私に、初めて『居場所』をくれた人)」
キャルルの視界の端に、泥だらけになってへたり込んでいる秋月冬夜の姿が見えた。
戦闘力ゼロのくせに。世界で一番のビビリのくせに。
自分の寿命が削れるのを誰よりも怒り、自分の体を張って敵のヘイトを全部引き受けてくれた、世界で一番かっこいい元・店長。
「(あの人から私を奪おうとする奴は……神様だって、許さないッ!)」
キャルルは空中で体を丸め、凄まじい遠心力を生み出しながら前方宙返り(フロントフリップ)を打った。
紫電の雷光が、彼女の右足のつま先に、一点集中で収束していく。
100メートルを5秒台で走る脚力。
そこから生み出されるマッハ1の初速。
さらには雷竜石の完全解放による、1億ボルトの極大雷撃。
物理エネルギーと魔法エネルギーの異常な掛け合わせは、およそ277トンという、もはや単一の兵器を凌駕する規格外の破壊力となっていた。
「私の店長に……二度と、近づくなァァァァァァッ!!」
キャルルの右足が、流星となって振り下ろされた。
『——超電光流星脚(スーパー・ライトニング・メテオ・ストライク)ッッ!!!』
「や、やめろォォォォォォォォォ——」
ゼロスの絶叫は、最後まで紡がれなかった。
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォンッッ!!!
キャルルのつま先がゼロスの腹部にクリーンヒットした瞬間、音より先に『光』が爆発した。
物理法則を完全に無視した衝撃波が、ポポロ村の防壁外の空間をすり鉢状に抉り取る。
ゼロスの体は、文字通り『砲弾』と化した。
1億ボルトの紫電を纏いながら、マッハの速度で地面に向かって一直線に射出される。
そして、その射線上には——トーヤを追って密集していた、数千匹の死蟲機と、巨大な合成死蟲将軍機が待ち構えていた。
ズガガガガガガガガガガガッッ!!!
「ギシャァァァァァァァァッ!?」
ゼロスという名の人間大砲が、死蟲機の大群を次々と貫通していく。
ぶつかった魔物から順に、紫電の雷撃で炭化し、直後に277トンの運動エネルギーで塵も残さず粉砕されていく。
巨大な合成死蟲将軍機でさえ、ゼロスが腹を突き破った瞬間に内部から雷光が弾け、風船のようにパンッと破裂した。
雷鳴と爆発。
そして、大地を揺るがす大地震。
ポポロ村の広場にへたり込んでいたトーヤは、あまりの衝撃に両手で耳を塞ぎ、地面にうずくまった。
暴風が吹き荒れ、タローマン製の作業着がバタバタとはためく。
やがて——。
鼓膜を揺らす轟音が止み、静寂が訪れた。
「……あ、あははっ」
泥だらけのトーヤが恐る恐る顔を上げると、防壁の外に広がっていた『死の海』は、完全に消滅していた。
数千いたはずの死蟲機の群れは、一匹残らず黒い灰となって風に舞っている。
そして、その灰の真ん中。
隕石が落ちたような巨大なクレーターの底で、課金勇者ゼロスが、全身から黒煙を上げながらピクピクと痙攣していた。
「終わっ……たのか……?」
トーヤが呆然と呟いた、その時。
「てん……ちょう……っ」
ドサリ、と。
トーヤの胸元に、空から降り立ったキャルルが崩れ落ちてきた。
限界を超えた力を解放した反動で、彼女の体は立っていることすらできず、ウサギの耳もしおしおと垂れ下がっている。
「キャルル!」
トーヤが慌ててその華奢な体を抱きとめた。
『————条件達成』
『対象(鬼)である秋月冬夜が、接触による解除条件を満たしました』
『ユニークスキル【鬼ごっこ】の効果を終了します』
キャルルがトーヤの体に直接触れた(抱きついた)ことで、システム音声が鳴り響く。
世界を覆っていた『トーヤへの絶対的な殺意』の呪縛が、完全に霧散して消え去った。
「あ、あぁ……よかった。店長のこと、大好きって……思えるように、戻った……」
キャルルは、トーヤの胸に顔を埋めたまま、安心したようにポロポロと涙を流した。
「ごめんなさい、店長……。私、さっき店長のこと、大嫌いって……」
「バカ言え。お前が泣くことじゃない」
トーヤは、ボロボロになったキャルルの背中を、不器用な手つきで優しく撫でた。
「俺の方こそ、すまなかった。お前たちに、あんなクソみたいな感情を無理やり押し付けた。……でも、お前らはシステムに洗脳されても、俺を守ってくれた」
ザッ、ザッ。
足を引きずりながら、フェイトが歩み寄ってきた。
彼の手から銀貨がポロリとこぼれ落ちる。100倍のステータスバフが切れ、凄まじい反動と疲労が彼を襲っているのだ。
「……たく。とんでもねぇブラック労働させやがって。今月の給料、割増しにしてもらわねぇと割に合わねぇぜ、店長」
フェイトは、悪態をつきながらも、どこか晴れやかな顔で笑っていた。
「ああ、いくらでも払ってやるよ。……お前ら、本当に最高だ」
トーヤは、キャルルを抱きしめながら、フェイトに向かって親指を立てた。
「どんなマニュアルにも載ってない、最狂で最高の連中だ。——俺のシフト(チーム)は、間違いなく宇宙一だよ」
三人の間に、確かな絆の温もりが流れる。
理不尽な神のゲームの中で、最弱の店長と、欠陥だらけのアルバイトたちが、完全勝利を収めた瞬間だった。
——だが。
感動の余韻に浸るキャルルとフェイトを横目に、トーヤの瞳の奥には、再び『冷徹な経営者』の光が宿っていた。
「……さて。お前らはここで休んでろ。俺はもう一つ、店長としての『残業(クレーム対応)』を片付けてくる」
トーヤは、タローマン製の安全靴で泥を踏みしめながら立ち上がった。
そして、ゆっくりと——巨大なクレーターの底で、ピクピクと痙攣している勇者ゼロスの元へと歩み寄っていく。
「あ……がっ、がぁ……」
ゼロスは仰向けに倒れ、白目を剥いて泡を吹いていた。
課金に数億ゴールドを注ぎ込んだ神聖な鎧は消し飛び、残っているのはボロ布のような下着だけだ。
彼が頼りにしていた炎上神ワイズからの『加護』の光も、先ほどのキャルルの蹴りで完全に霧散し、消え失せていた。
「俺は……俺は……勇、者だ……。選ばれし……神の……」
うわ言のように、壊れたレコードのように呟き続けるゼロス。
トーヤは、そんな彼を見下ろし、一切の感情を交えない冷酷な声で言い放った。
「お前はもう勇者じゃない。ただの『悪質な迷惑客』だ」
トーヤは、作業着のポケットに手を入れた。
物理的な戦闘は、フェイトとキャルルが完璧に終わらせてくれた。
だが、このヤラセ事件を根本から解決するためには、ゼロスという男を『社会的』に完全に抹殺し、神々の番組そのものを大炎上させる必要がある。
「安心しろ、ゼロスさん。お前の大好きな配信は、まだ繋がったままだぞ」
トーヤの手には、葉っぱをブルブルと震わせている、一際色の濃い野菜が握られていた。
村の秘密兵器——『特ダネ級・ネタキャベツ』である。
「さあ、業務の総仕上げ(ざまぁ)といこうか」
読んでいただきありがとうございます。
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