EP 13
「システムを砕くプライドと、1%の奇跡」強制された殺意をねじ伏せる、最高の仲間たち
極大の光刃が、秋月冬夜の首筋に向かって振り下ろされる。
泥にまみれ、無様に転倒したトーヤの瞳に、死の閃光が焼き付いた。
逃げ場はない。トラップもない。
自分に【鬼ごっこ】を使ったのだ、当然だ。味方からの援護すら期待できない。この村にいる全生物が、今、トーヤの死を望んでいるのだから。
「(……ああ。でも、これでいい)」
トーヤは、ゆっくりと目を閉じた。
自分が死ねば、スキルの効果は解除される。ヘイトの対象を失った死蟲機たちは烏合の衆に戻り、キャルルやフェイトなら難なく逃げ延びることができるはずだ。
前世では守れなかったシフトを、今度こそ守り抜くことができた。
そう、これで——。
「(……いや、本当は)」
死の直前、恐怖でガタガタと震える心臓が、素直な本音を吐き出した。
「(……死にたくない。あいつらと、もっと一緒に……バカやりたかったな)」
——ガキィィィィィィィィンッッ!!!
直後。
トーヤの首を刎ね飛ばすはずだったゼロスの光刃が、真横から凄まじい衝撃を受けて大きく弾き飛ばされた。
「……な、に?」
ゼロスが驚愕に目を剥き、トーヤがゆっくりと目を開ける。
火花を散らし、光刃を強引に受け止めていたのは——鈍く輝く、大振りのミスリルソードだった。
「フェイ、ト……!?」
そこには、ポポロ村自警団リーダー、フェイト・ラックが立っていた。
だが、その姿は異様だった。
彼の両腕は、自身の筋肉が悲鳴を上げるほどにギリギリと震えている。剣の柄を握る手からは、力が入りすぎたせいで血が滲んでいた。
何より、彼の顔面は、尋常ではない苦痛に歪んでいたのだ。
「……はぁ、はぁ……」
フェイトの脳内では、ユニークスキル【鬼ごっこ】によるシステムの強制力が、けたたましい警告音を鳴らし続けていた。
『目の前の男を殺せ』『宇宙一の害悪だ』『大嫌いな汚物だ、今すぐ剣を振り下ろせ』。
絶対的な世界のルール。逆らうことなど許されない、システムによる洗脳。
それでも、フェイトは剣をトーヤに向けなかった。
彼の中にある『ギャンブラーとしての意地』と『悪友への情』が、システムの強制力に真っ向から反逆していたのだ。
「あぁクソ! 今、お前の事は大っ嫌いだ!」
フェイトは、血の滲むような声で吠えた。
「……けどよぉ! それでお前に剣をむけんのは、俺のプライドが許さねぇ!!」
「フェイト……お前……っ」
トーヤの目から、ブワッと涙が溢れ出した。
「馬鹿な……!? スキルの強制力に逆らっているだと!? そんなこと、あり得るはずが——」
ゼロスが狼狽する中、トーヤを庇うように、もう一つの小さな影が躍り出た。
「——私を舐めないでよね!」
両手にダブルトンファーを握りしめ、ボロボロと大粒の涙を流しながら立ちはだかったのは、キャルルだった。
彼女の頭の中でも、同じように『店長を殺せ』という呪いが渦巻いている。大好きなはずのトーヤの顔を見るだけで、胸糞が悪くなるような嫌悪感が強制的に湧き上がってくる。
しかし、彼女の震える足は、トーヤから逃げるでもなく、トーヤを攻撃するでもなく、トーヤを背中で庇うようにして大地を踏みしめていた。
「大嫌い! 大嫌いだけど……でも! 困ってる人は、見過ごせないもの!!」
元・近衛騎士としてのノブレス・オブリージュ(高貴なる義務)。
そして、理不尽な世界で自分を『一人の女の子』として扱ってくれた、不器用な店長への底知れぬ愛。
キャルルの根源にある優しさと愛が、システムが強制する「大嫌い」という感情を強引にねじ伏せていた。
「(……なんて、イカれたアルバイトどもだ)」
トーヤは、地面にへたり込んだまま、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして笑った。
絶対的な世界のルールすらも、個人のプライドと絆で叩き割る。こんな規格外の連中、どこのマニュアルを探しても載っていない。
「貴様ら……正気か!? 自分たちを囮にしたそのゴミのために、この俺に逆らうというのか!!」
激昂したゼロスが、再び光刃を振りかぶる。
「……へっ。勘違いすんなよ、金ピカ野郎」
フェイトが、口元にこびりついた血を手の甲で拭いながら、ニヤリと笑った。
「アンタは、俺たちに最高の盤面をくれた。……今度は俺が、アンタのシフトを守る番だ」
フェイトは、懐から一枚の銀貨を取り出した。
ユニークスキル【コイントス】。
だが、今回はトーヤが仕掛けた『磁気シート』も『水平器』もない。足元はぬかるんだ泥だらけの地面。確率を操作するズル(物理ハック)は、一切使えない。
純度100%、確率50%の、ただのコイントス。
「ふはははっ! そんなお遊びのスキルで、俺に勝てるとでも——」
ゼロスが嘲笑しながら踏み込んでくる。
フェイトは、一切の迷いなく、銀貨を天高く弾き飛ばした。
キィィィン……ッ!
銀貨が、曇り空の下で回転しながら空を舞う。
時間が引き延ばされたかのように、すべてがスローモーションに見えた。
表が出れば、2倍。ゼロスの課金バフには到底敵わない。
裏が出れば、ステータス激減。その瞬間に全滅する。
フェイトが狙っているのは——確率論を無視した、たった1%未満の『奇跡』。
(頼む……!)
トーヤが祈るように両手を握りしめる。
キャルルが息を呑む。
泥だらけの地面に向かって、銀貨が落ちていく。
ポチャリ、と泥を跳ね上げ、銀貨が地面に接触した。
倒れるか。
それとも——。
『————条件達成』
世界が、完全に静止した。
『ユニークスキル【コイントス:ジャックポット】』
『フェイト・ラックの全ステータスが、一時的に【100倍】に跳ね上がります』
——銀貨は。
泥の中で、見事に『縁』で直立していた。
「……ははっ」
フェイトが、低く、腹の底から笑い声を上げた。
「見たかよ、店長。……俺の運命は、俺自身で決めるんだよ」
ドゴォォォォォォォォォンッッ!!!
フェイトの体から、黄金のオーラなどというチャチなものではない、空間そのものを歪ませるほどの『極太の闘気』が火山のように噴出した。
100倍のステータス。それはもはや、神の領域に足を踏み入れた『戦神』の姿だった。
「な、ば、馬鹿な!? なんだその力はァァッ!?」
ゼロスの顔が、信じられないものを見るように引きつる。
「——遅え」
フェイトの声が響いたのは、ゼロスの『真後ろ』からだった。
ゼロスが振り向くより早く、100倍の膂力と神速が乗ったミスリルソードが、ゼロスの神聖なる鎧を豆腐のように切り裂いた。
ガァァァァンッ!!
「ぐあぁぁぁぁぁぁっ!?」
課金に課金を重ねた絶対防御の鎧が、一撃で粉微塵に吹き飛ぶ。
さらにフェイトは剣を返し、ゼロスの持つ『聖域殺し』のオリハルコンソードの刃を、根元から真っ二つに叩き折った。
「が、はっ……! 俺の……俺の全財産がぁっ……!!」
防御も武器も失い、無防備な状態となって空中に打ち上げられるゼロス。
もはや、彼を守るものは何一つ残されていない。
「姫さん!!」
フェイトが、空中のゼロスを見上げながら大音声で叫んだ。
「装甲は全部引っぺがしたぜ! あとは任せた!!」
「——ええ、やってやるわッ!!」
キャルルが大地を蹴った。
彼女の脳内にはまだ『トーヤが嫌い』というノイズが響いているが、それを上回る『ゼロスへの極限の怒り』と『店長への愛』が、彼女の体を限界のその先へと押し上げていく。
バチバチバチッ!!
特注の安全靴に仕込まれた『雷竜石』が解放され、紫電の雷光がキャルルの全身を包み込む。
寿命を削る満月ハイ状態の力に、さらに1億ボルトの雷撃が上乗せされる。
マッハ1のダッシュ。
20メートルの大跳躍。
空中で一回転し、すべてのエネルギーを右足のつま先に凝縮させる。
「私から店長を奪おうとした罪……その身で後悔しなさいッ!!」
無防備なゼロスの腹部に向かって、キャルルの必殺の飛び蹴りが、今まさに放たれようとしていた。
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