EP 12
「お客様、お帰りはあちらです」ガタガタ震える店長の、死と隣り合わせの【鬼ごっこ(セルフ・タッチ)】
『対象:秋月冬夜を【鬼(ヘイト対象)】に指定しました』
その無機質なシステム音声が世界に響き渡った瞬間。
ポポロ村を包み込んでいた空気が、まるでビデオテープを一時停止したかのようにピタリと凍りついた。
「(……やった。成功だ)」
トーヤは、自分自身の胸元に触れた右手を下ろしながら、激しく脈打つ心臓を押さえた。
【鬼ごっこ】。
彼が持つ唯一のユニークスキルは、タッチした相手を「宇宙一の害悪」に指定し、世界の全生物から命を狙われる存在へと強制的に変える、最凶最悪のデバフである。
これまでは、対象を敵のボスに設定することで、敵同士を相討ちさせる『ざまぁ』の盤面を作ってきた。
だが、今回は違う。
トーヤは、他でもない『自分自身』を対象に指定したのだ。
その結果は、即座に戦場へ現れた。
「……あ?」
上空で極大の光刃を振り下ろそうとしていた勇者ゼロス。
彼の狙いは先ほどまで、キャルルと、その後ろに広がるポポロ村の地下シェルターだった。だが、彼の瞳孔がギュンッと収縮し、その視線が不自然なほど急激に、トーヤただ一人に釘付けになった。
「あ……アァァァァァァァァァァッッ!! 秋月、冬夜ァァァッ!!」
ゼロスの口から、理性を微塵も感じさせない獣のような咆哮が迸る。
彼が掲げていた広範囲殲滅用の光刃は、その矛先を強引に捻じ曲げられ、トーヤの首を物理的に刎ね飛ばすための『単体殺戮用』の構えへと変化した。
それだけではない。
「ギチチチチチッ!」「キシャァァァァァァァッ!!」
キャルルや村人たちを食い殺そうと群がっていた数千の死蟲機たちが、一斉に動きを止め、カクカクと不気味な挙動でトーヤの方へ一斉に首を回したのだ。
彼らの脳内に、絶対的なルールが書き込まれた。
『あの作業着を着た男こそが、全宇宙で最も許されない汚物であり、最優先で排除すべき敵である』と。
「よし……来い、クソ客どもォォッ!! 当店のブラックリスト一番手は俺だ!! クレームがあるなら俺につけ!!」
トーヤは、恐怖で震え上がる両足を無理やり動かし、キャルルとシェルターから真逆の方向——村の広場へと向かって、全速力で駆け出した。
「殺ス! 生カシテオケナイ!! ゴミィィィッ!!」
ズドドドドドドドッ!!
大地が鳴動する。数千の魔物と、限界突破した課金勇者が、ただ一人の非力な元・社畜店長を追いかけて狂ったように殺到する。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
トーヤの目からボロボロと涙がこぼれる。
怖い。死ぬ。後ろを振り返れば、巨大なカマキリやカブトムシの魔物が、ヨダレを垂らしながら迫ってきている。ゼロスの放つ光刃の余波が、トーヤの背中を掠め、タローマン製の防弾チョッキを焦がしていく。
「(でも、これでいい! 俺がヘイト(タゲ)を全部取れば、キャルルも村人も無傷で済む!)」
戦闘力ゼロの究極の囮。
それが、死にたくない男が最後に選んだ、最も生存率の低い狂気の盤面だった。
***
一方で。
【鬼ごっこ】の呪いは、敵味方を区別しない。
「……え?」
シェルターの前でへたり込んでいたキャルルの脳内に、突如として、鋭いノイズが走った。
先ほどまで、あんなに愛おしかった男の背中。
自分のために矢面に立ち、頬を張ってまで寿命を燃やすことを止めてくれた、世界で一番大好きな『店長』。
そのはずなのに。
キャルルの頭の中に、真っ黒な感情がヘドロのように溢れ出してきた。
(……気持ち悪い)
(……許せない)
(……あんな男、大嫌い。今すぐ、私の手で八つ裂きにして殺さなきゃ——)
「あ……あぁ……っ?」
キャルルの両手から、ギリギリと嫌な音が鳴った。
無意識のうちに、彼女は愛用のダブルトンファーを強く握りしめ、逃げ回るトーヤの背中を『獲物』としてロックオンしていたのだ。
「ちが、違う……! 店長は、私の……一番、大切な……っ」
キャルルの瞳から、とめどなく涙が溢れ出す。
システムによる洗脳の恐怖。自分の心臓の音すらも書き換えてしまうような、絶対的な呪い。
彼女の足が、意思に反してトーヤに向かって一歩、踏み出そうとする。
それは、少し離れた場所で魔物の掃討を行っていたフェイトも同じだった。
「ッ……!? ガ、ハァッ!」
フェイトは突如として膝をつき、頭を抱えて蹲った。
脳が割れるように痛い。
先ほどまで『最高の指揮官』として背中を預けていた店長に対する敬意が、急速に『殺意』へと変換されていく。
(秋月冬夜。あのふざけたツナギを着た男。……腹が立つ。目障りだ。俺のミスリルソードで、今すぐあの首を刎ね飛ばしてやりたい——!)
「が、あぁぁぁぁぁっ……! 狂ってやがる……あの馬鹿店長、自分にスキルを使いやがったのか……ッ!」
フェイトは唇を噛みちぎるほどの力で食いしばり、必死に洗脳に抗おうとする。
だが、システムの強制力は強大だ。フェイトの右手は剣の柄を握りしめ、意思とは無関係にトーヤの方へと歩みを進めようとする。
***
「はぁっ! はぁっ……!」
トーヤは、肺が破裂しそうなほどに息を荒げながら、ポポロ村の広場を逃げ回っていた。
タローマン製の安全靴が泥を跳ね上げ、背後から迫る死蟲機の鎌を間一髪で躱す。
「(限界だ……体力も、罠も、もう何も残ってない!)」
だが、彼の狙いは最初から『自分が逃げ切ること』ではない。
チラリと視線を向ければ、キャルルとフェイトが、武器を構えたままギリギリのところで立ち尽くしているのが見えた。
彼らが自分に対して「殺意」を向けていることは、トーヤにも痛いほど分かっていた。分かった上で、彼は自分にスキルを使ったのだ。
「キャルル!! フェイト!!」
トーヤは、血を吐くような声で叫んだ。
「俺に構うな!! 敵は全部俺の周りに集まってる! 俺ごと……俺ごと、あいつらをぶっ飛ばせェェェェェッ!!」
それは、指揮官としての最後のオーダー(指示)。
自分がヘイトを集め、敵を一箇所に密集させた。あとは、洗脳されて自分に殺意を向けている味方の攻撃を利用して、敵ごと自分を吹き飛ばさせればいい。
自分が死んでも、村のシフトは守れる。
「さあ! 撃て!! なにモタモタしてるんだ、この不良アルバイトどもォォォッ!!」
トーヤは、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、最高の接客スマイル(煽り)を浮かべて笑った。
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
キャルルの悲痛な絶叫が響く。
「……クソがッ!」
フェイトが血まみれの口から、呪詛のように吐き捨てた。
二人の体が、システムの強制力に負け、トーヤに向かって動き出そうとした。
——だが、彼らの攻撃がトーヤに届くよりも早く。
「死ねェェェェェェェェェッ!! 宇宙一の、害悪ゥゥゥッ!!」
黄金と漆黒のオーラを纏った勇者ゼロスが、群がる死蟲機たちを踏み台にして大跳躍し、トーヤの頭上へと到達していた。
「(……あ、終わった)」
トーヤの足が泥に取られ、無様に転倒する。
タローマン製の防弾ヘルメットが転がり落ち、無防備になったトーヤの首筋に向けて、ゼロスの持つオリハルコンソードの極大の光刃が、容赦なく振り下ろされた。
逃げ場はない。トラップもない。
完全に、詰んだ盤面。
秋月冬夜という男の人生が、理不尽な神のゲームの中で、今まさに強制終了されようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




