第3話 【裏書読解】は塗り潰しを隠さない
その夜、巡回展示を見ていた未亡人のマルタが、破れた小型肖像を抱えて収蔵庫へやって来た。
「雪道で落としてしまって……裏板まで割れてしまいました。もし弁償が必要なら」
差し出されたのは、貴婦人の半身像だった。正面はありふれた複製に見えたけれど、裏板の隅に百合紋の焼印が残っていた。母の持参絵画に使われていた箱印と同じだ。
私は割れた裏板へそっと指を触れた。
次の瞬間、視界の奥に白い文字が滲み出した。
旧目録番号三一八。
移送先、王宮婚礼展示室。
再移送先、北辺収蔵庫。
書換者、イリス・ヴァインベルク。
「……見える」
思わず呟くと、隣にいたルーファスが低く問う。
「何が」
「塗り潰された裏書です。誰が、どこへ動かして、どの名前で書き換えたのか」
ひび割れた木の感触、乾き切らない黒インク、隠すために重ねられた下塗り。その全部が文字の形になって流れ込んでくる。私は指先の震えを押さえながら、もう一度裏板をなぞった。
「義妹が自分の名前で移送記録を上書きしています。母の絵を婚礼展示へ持ち込み、そのあと北辺へ送った」
マルタが小さく息を呑んだ。
「そんなことが……」
「なら、隠した側は裏面を見られるのを恐れている」
ルーファスは短く言った。
「その文字を追え。必要な鍵は私が出す」
王都では、説明しても聞き流されるだけだった。けれど北辺公は、私の言葉を即座に調査の理由へ変えた。胸の奥で、冷えていた何かが少しだけ動き出す。




