第2話 左遷先は北辺収蔵庫
北辺収蔵庫は、雪と石と油絵の匂いでできた静かな砦だった。
王都から四日。辿り着いたノルトハイム公領の収蔵塔は、城館北棟の奥に埋め込まれるように建っていた。高い窓の向こうには薄い雪が流れ、廊下には古い額縁が整然と立て掛けられている。王宮画廊のような華美さはない。あるのは家督継承用の祖先像、辺境契約に添えられた肖像、修道院から預かった劣化絵画ばかりだ。
「ここでは一枚の絵が、境界線より重い」
低く静かな声がした。北辺公ルーファス・ノルトハイム。三十五歳。黒に近い髪と灰色の瞳を持つ男で、余計な飾りを削ぎ落としたような立ち姿をしていた。
「王都から追い出されたと聞いた」
「追い出されたのではなく、押し出されました」
私がそう返すと、彼はわずかに眉を上げた。
「言い切れるなら、まだ折れていない」
歓迎でも慰めでもない。ただの確認。その無骨さが、かえってありがたかった。
私はその日のうちに、北辺へ回送された未整理箱の確認を始めた。埃の積もった木箱を開けていくと、婚礼展示室の朱い封蝋が付いた荷札が一枚だけ混じっていた。番号は三一八。母の目録から消えた番号だ。
だが箱の中身は空だった。代わりに残っていたのは、金箔の剥がれた小さな枠板と、百合の意匠が欠けた真鍮釘ひとつ。
「……ここへ来ていた」
思わず漏れた声に、ルーファスが横から箱を覗く。
「王都のごたごたが、私の収蔵庫まで届いているのか」
私は枠板を握りしめた。母の嫁入り肖像は確かに動かされた。そして、北辺へ来たあと、さらにどこかへ消えたのだ。




