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お庭に根付いた雑草どもは今日も元気に咲き誇る 29

「またお世話になるわ! みんなよろしくね!」


 マーガレットはアセビに抱きつこうとするが、華麗に避けられ、そのまま壁に激突してしまった。痛かったのか、鼻を押さえている。

 アセビが席につくと、女子たちもすぐに座った。


「さて、これでチームが5人になったわけですが」

「うん」

「フフフッ賑やかになるな」


 アセビが気まずそうな表情で部屋を見回す。


「……部屋が足りないんだよね」

「あっ」


 みんなのお家は狭いが、風呂と便所があり、個室が4部屋ある。4人は快適に過ごせる空間があるのだ。しかし現在のアセビ一行は、全員で5人である。つまり全員が快適に過ごすには、部屋が足りない。


「ア、アタシが入っちゃったからよね……邪魔なら霧の森に帰るけど……うぅ、でもアタシ……」


 リラは体を震わせた。瞳は潤んでおり、今にも泣き出してしまいそうになっている。

 リラにとってアセビ一行は、無くてはならないものになってしまっている。もうこれなしでは生きられないほどに。

 アセビは慌てて両手を振った。


「いやいや、大丈夫だから! リラちゃんを追い出すことなんてしないって!」

「いっしょにがんばろう」


 アセビとルピナスの言葉を聞き、リラはほっと胸を撫で下ろした。安堵する彼女を見て、マーガレットは仏頂面で机に肘をついている。物言いたげな態度だ。


「ゴリラちゃん」

「リラよ!」

「あたしの部屋使うつもりなんでしょ? でもそれはダメ。あたしが戻ってきたんだから、あの部屋はあたしが使わせてもらうんだから」


 マーガレットは所有権を主張する。

 しかしそうなると、リラの部屋が存在しないことになってしまう。

 アセビは良いアイデアがあるのか、手のひらをぴしゃりと叩いた。


「そうだ! リラちゃん、オレの部屋使う?」

「えっ? アンタの?」

「うん。最低限の家具はあるしね。オレのお古が嫌だったら、新しく買いに行ってもいいけど」

「お古が嫌とかそういう感情はないわ。でも、アタシがアンタの部屋使うってなると……いっしょに過ごすってことよね……? よ、夜も……?」


 リラは両頬を押さえ、アセビから目を逸らす。体が熱くなり、心臓の鼓動が激しくなっている。年頃の乙女の感情は、激しく揺れていた。

 リラとはうってかわって、アセビは素のテンションで口を開く。


「いや? ひとりで使っていいけど?」

「えっ」

「オレがいたら、心から休憩できないでしょ?」


 期待するようなイベントは発生しないと知ったからだろう。リラは自身の熱くなった体が、急激に冷えていくのを感じていた。


「そ、そうよね……」

「ゴリラちゃんさぁ、エッチなこと期待してたんじゃないでしょうね?」

「はぁ!? そんなことないんですけどぉ!?」


 正直者である。リラは顔を真っ赤にして席を立ち、声を荒らげた。


「うぅ〜っ!!」 


 唸り声を上げて威嚇するリラをスルーし、マーガレットはのんきに欠伸をしていた。

 ルピナスが控えめに手を挙げる。


「アセビのお部屋はどうするの?」

「オレの部屋か……」

「ぼくのお部屋に来る? 物が少ないから、ひとり増えても大丈夫だよぅ」


 ルピナスはコミュ障だがアセビのことを母親のように慕っている。リラと違って、邪な期待があるわけでもない。

 アセビがルピナスの頭を撫でた。


「年頃の女の子の部屋に、オレがお邪魔するのもな」

「芋虫さんも喜ぶと思うよぅ」

「気持ちだけもらっておくぜ」


 ルピナスが誰かのために提案した。アセビはそれが嬉しかったのだ。それだけで十分だった。

 サツキが腕を組みながらアセビに視線を送る。


「アセビ。なら、私の部屋に来るか?」

「サツキの部屋?」

「うむ。ベッドはないから家具屋で新しく買ってもらう必要はあるがな。お前が気にしないなら、ひとつの布団をいっしょに使っても構わないぞ」


 以前アセビはある理由でサツキの部屋に入ったことがあったが、小さなタンスと布団しかなかった。仮にベッドを置いたとしても十分広々と使えるだろう。


「でも年頃の女の子の部屋に、オレがずっといるのはよくないと思うなぁ」

「気にするな。私はお姉ちゃんだからな。弟の面倒を見るのは当然のことであろう?」


 サツキはアセビの指に自身のそれを絡ませ、熱い視線を送っている。猛禽類を思わせる鋭い眼差しに、マーガレットは嫌な予感を覚え、勢いよく手を挙げた。


「ダメ! サツキは変態だからダメ! アセビに変なことするつもりでしょ!」

「むぅ。私はお姉ちゃんだぞ? 弟に変態なことをするわけがないではないか」


 サツキは頬を僅かに膨らませ、そっぽを向く。彼女の仕草を見て、アセビは地元に残した妹を思い出し、微笑ましい気持ちになっていた。


「そうだよな! サツキはお姉ちゃんだもんな! 変態なことするわけないもんな! サツキの部屋にお世話になろうかな!」

「そうするといい!」


 ご満悦なサツキだが、そうは問屋が卸さない。

 マーガレットが訝しむような視線を送っている。


「サツキ。アセビに手を出さないって約束できる?」

「……ヤクソクデキル」

「ほんとぉ?」

「……ホントォ」


 正直な女である。

 サツキが興奮すると、獣になることはすでに立証済みだ。マーガレットはしっかりそのことを覚えていたのである。


「……信じられないわね」

「まー、アセビから手を出されたら私は抵抗できないかもしれないな。私はか弱い乙女だからな。別に変態的なことを期待してるわけではないぞ? ただ、できれば肉体的にも精神的にも屈服されるような、そういうのが好ましいとだけ言っておこう。アセビ、わかるな?」

「めっちゃ期待してるじゃないの。やっぱりただの変態じゃないの」


 理想のシチュエーションを得意げな表情で語るサツキを見て、リラは青ざめていた。頼りになるお姉さんと思っていた女性が、ただのド変態だったのだから仕方がない話ではある。

 リラは恐る恐るルピナスの耳に口を近づける。


「サツキってカッコいいお姉さんのイメージだったんだけど、もしかしてやばい人……?」

「うん。かっこいいし頼りになるし優しいよ。変態だし怖いけど」

「ひ、人は見かけによらないのね……」


 サツキは暴走しなければ、目覚めなければ、誰よりも何よりも頼れるお姉さんだ。それはまぎれもない事実である。変態だが。甘えん坊のド変態だが。

 しかしサツキを一方的に責めることはできまい。彼女の心の扉を壊して、内なる魂を目覚めさせたのは、アセビなのだから。

 サツキが勢いよくテーブルを叩いた。


「よし、アセビは私の部屋で決定! お姉ちゃん権限で決まりだ! 文句は言わせないぞ!」

「う〜ん、ちょっと怖いなぁ」

「安心するといい。私がいる限り、みんなのお家の守りは万全だからな!」

「サツキさんが怖いと言ったんスよ」

「むぅ?」


 サツキは首を傾げ、頬を朱色に染めながらアセビに期待を込めた視線を送っている。自称黒猫が黒豹に進化するのは、時間の問題かもしれない。

 認めないと言わんばかりに、マーガレットがサツキとアセビの間に無理やり割って入った。


「だーめーでーすー! 変態さんにはアセビを任せられませーん! アセビはあたしたちのリーダーなの! 司令塔なの! サツキに変なことされて、させられて頭がおかしくなったら大変じゃない!」

「なんだとっ! 私がそんなことをするとでも!?」

「事実でしょうが! チャンスがあったらしたいと思ってるでしょうが!!」

「むむっ!」


 痛いところをつかれ、サツキは悔しそうに口をつぐんだ。素直に変態アピールをしすぎた弊害が、ここにきて大きな痛手となってしまったのである。

 マーガレットは勝ち誇り、アセビの背中を何度も叩いた。


「痛いって。叩くなって」

「ルピナスもダメ。サツキもダメ。ゴリラちゃんも当然ダメ。となると、答えはひとつしかないわよね」

「うん。庭で寝るわ」

「えっ」


 アセビの想定外の答えに、マーガレットは勢いよくずっこけた。他の女子たちはアセビの意見に納得したのだろう。うんうんと頷いている。

 マーガレットが立ち上がり、頬を膨らませた。


「ぶーっ!」

「ん? どうしたそんな膨れて」

「ここは? 流れ的に? マーガレットちゃんの? お部屋に? 来てもいいかって? 聞くところだと? 思うんですけど?」

「いやいいです」


 即答だった。


「は?」

「新しいテント買っていい? 前使ってたやつ穴が開いてるんだよね」

「いいんじゃない?」

「後でみんなでイベリスに行こう。きっと取り扱っているはずだ」

「アタシも行ってみたいわ!」

「いやいやいやいや! ちょっと待ちなさいって!」


 想定外の流れにマーガレットは再度頬を膨らませ、地団駄を踏んだ。

 アセビたちは口をぽかんと開けて見つめている。


「アセビさん? 考え直すなら今のうちよ?」

「えっなにが」


 マーガレットは得意げな顔で腕を組み、アセビの肩を肘で何度もつついている。


「特別出血大サービスでぇ、あたしの部屋でぇ、生活してもぉ、いいわよぉ?」

「いやいいっスわ」


 即答である。


「あっでもぉ、アセビさんエッチだからぁ、あたしに嫌らしいことするつもりでしょ! 本当にもうエッチなんだから!!」

「お前メンタルじゃなくて頭が壊れたんじゃないか」

「ひとりでエッチなことしたいなら言いなさい? ちゃんと見ないでおいてあげるから! ぷぷぷ! あっ、それとも手伝ってほしい感じ? ぷっぷっぷー!」

「ちょっと誰か天界に連絡できる手段知らない? 天使長様にこいつ引き取ってもらおうと思うんだけど」

「あの流れやったあとで、また天界に送り返すのは、ちょっと気まずいと思うよぅ」


 アセビは、想像以上に、食いつかなかった。ここまでくると道化である。

 女子たちは可哀想なものを見る目で問題児を見つめているが、彼女自身はそのことに気づかず、ひとりで自分の世界を展開し、喋り続けている。

 マーガレットの思い描く未来予想図では、アセビと部屋を共同で使い、たまにイチャイチャするという流れができあがっていたのだが、全て幻である。

 リラは頭のおかしい哀れな悪魔をスルーし、意見を述べることにした。


「アタシとマーガレットが同じ部屋ってことでいいんじゃない?」

「リラちゃんはそれでいいの? ふたりで使うとなると狭くなっちゃうよ?」

「うん。同じ見習い天使だし大丈夫よ。我慢するわ」


 一方マーガレットは不服そうだ。眉間にシワを寄せている。


「は? ゴリラちゃん何勝手に決めてるわけ?」

「元々アタシの部屋になる予定だったのよ。優先権はアタシにあるはず。文句言われる筋合いはないわ」

「言われてみればそうだな」

「ぐぬぬ」


 マーガレットは正論をぶつけられ、悔しそうに唇を噛んだ。元々彼女の部屋だったとしても、1度はみんなのお家を出た身である。その間にリラに部屋の権利が移ったと考えると、反論できる身分ではない。

 マーガレットは顔を赤くして、頬を膨らました。


「ぶーっ!」

「フン、そんな顔してもダメよ。じゃ、部屋はこれで決まりね?」


 リラはアセビにウィンクすると、笑いながらマーガレットの頬を指で何度もつついた。その光景をルピナスとサツキが温かい目で見守っている。

 リラはこの数時間でアセビ一行の普段の空気を掴むことができたのだろう。コミュニケーションが苦手なタイプだが、これならすぐに冒険者ギルドでも、すぐに誰とでも打ち解けられるかもしれない。

 アセビが内心ほっとすると同時に、クレマチス全体に弾けるような音が何度も鳴り響いた。


「な、なにっ!? 敵襲!?」


 リラは机の下に隠れ、頭を抱えて震えていた。先ほどまで調子に乗っていた人物とは思えない変わりようである。

 サツキはリラの手を取り、ゆっくりと立たせ、優しく微笑んだ。


「敵襲じゃないよ。安心してほしい」

「じゃあ今のは……?」

「あっ!?」


 突然マーガレットが大声を出し、リラはそれに驚き飛び上がってしまった。サツキが手を握っていなかったら、また机の下に隠れていたかもしれない。

 リラの大きなリアクションを見て、マーガレットはやれやれと肩をすくめた。


「ゴリラちゃん、そんなすぐビビってたら、冒険者やっていけないわよ」

「ア、アンタが突然大声出すからでしょ! いつものアタシなら全然驚かないんだから!」


 リラが顔を赤くして金切声を上げた。しかしマーガレットは涼しい顔でスルーし、ツルツルの脳みそを動かした。音の正体とそれが鳴った理由を考えるために。


「今の音は……花火よね? あっ、もしかして!」

「おう! お前の想像通りだ!」


 アセビが元気良く両手を広げた。

 マーガレットが天界に戻ったのは1週間前。クレマチスの祭りの開催日は、彼女が去ってから1週間後。

 今の花火が意味するものは、ひとつしかない。


「今日はお祭りの日じゃない!」

「正解! お祭りだよ!」

「いっしょにお祭りに行けるよぅ!」


 ルピナスがぎこちない笑みを浮かべながら、マーガレットにぎゅっと抱きついた。気づけば彼女の足に芋虫もくっついている。マーガレットの帰還を心から喜んでいるようだ。いっしょに祭りに行けることが、嬉しいのだろう。


「えへへ! 芋虫くんも元気そうね! いっしょにお祭り行きましょ!」

「今日はクレマチスのお祭りだ。ちょうどいい時期に戻ってきたな。楽しみにしていたであろう?」

「えぇ! ミスコンに参加しなきゃ! 賞金はあたしたちで総取りよ!」

「フフフッその意気だ。マーガレットなら優勝できるだろう。みんなで早速行こうではないか」


 サツキの言葉に気を良くしたマーガレットが、その場でポーズを決めた。それだけではなく、100点満点なドヤ顔もセットだ。

 サツキは思わず笑みがこぼれた。やはりこの妹は、可愛い。そう思わずにはいられなかった。


「あ、あの。そのお祭りって、アタシみたいな部外者も行っていいの? 詳しくはわからないけど、お祭りってみんなでわいわいするキラキラしたイベントよね?」


 クレマチスに来たばかりのリラは、どこか遠慮がちに尋ねた。元々コミュ障気味なところもあり、不安なのだろう。

 そんなリラの背中をアセビたちが何度も叩く。


「このお祭りはちびっこからお年寄りまで、誰でも関係なしにウェルカムなイベントなんだぜ!」

「ゴリラちゃんも今日からクレマチスの住人なんだから参加しなさい! 嫌だって言っても無理やり連れて行くんだから!」

「リラは仲間だよぅ。部外者じゃないよぅ」

「フフフッ家族が5人になったと思うと、心から嬉しいものだよ」


 もう孤独ではない。ここにいてもいいのだ。

 リラは背中の痛みに耐えながら、涙がこぼれ落ちないように顔をしかめて口を開いた。


「ゴリラじゃないっつーの……」

「花火も鳴ったしお祭りに参加といきますか! とりあえず、冒険者ギルドに行こう! おっちゃんが色々教えてくれるはずだぜ!」


 アセビがドアを開くと、爽やかな朝日が出迎えてくれた。絶好の祭日和になりそうである。

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