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お庭に根付いた雑草どもは今日も元気に咲き誇る 28

 夜が明けようとしていた。

 みんなのお家周辺の民家からは、声がちらほら聞こえ始めている。30分もしないうちに朝日が顔を出すだろう。

 アセビ一行は談笑しながら、時が過ぎ去るのを待っていた。


「まずはギルドでアタシの名前を登録するのね……緊張してきたわ……」

「大丈夫だよ。ただ名前書くだけだから」

「字は書ける?」

「それぐらいなら! アタシこう見えて地上の文化には理解が……」


 リラの声を遮るように、ドアを叩く音が聞こえた。

 アセビたちの視線が一点に集中する。


「あれ? こんな時間にまたお客さん?」

「怪しいね。ぼくたちに恨みを持つモンスターや盗賊だったりして」


 ルピナスがマイナス思考を炸裂させた。リラは怯えて縮こまっている。

 アセビは最悪の場合を考え、サツキに何かあったら援護を頼むと目配せをした。彼女は声を出さずに小さく頷くと、テーブルに置かれた銀のナイフを握る。

 アセビがゆっくりと立ち上がった。


「さて、ここはオレがドアを……」


 ドアを叩く音が激しくなっていく。


「オレとしては多分新聞か宗教の勧誘……」


 ドアを叩く音がさらに激しくなっていく。最早殴りつけていると言ってもいいだろう。このままでは壊れてしまうかもしれない。

 アセビは勢い良くドアを開いた。


「オラァ! 朝からうるせぇぞ!!」


 アセビがドアを開けると同時に怒鳴りつけた。その目は怒りで燃えている。


「えっ」


 アセビの目の前には、白い衣装の人物がふたり立っていた。

 マーガレットとハルジオンである。

 アセビは目を丸くして固まってしまった。


「えっ……?」

「やっほ!」


 頬を赤くしたマーガレット。彼女はにししと照れくさそうに笑っている。

 ハルジオンは周囲をきょろきょろと見回しながら、アセビに向かってそっと顔を近づけた。


「やぁ。とりあえず、中に入っていいかな? ご近所さんに見られたらまずいからね」

「う、うっス! とりあえず、どうぞ!」

「お邪魔するよ」


 ハルジオンは吸い込まれるように、みんなのお家に入っていく。

 マーガレットは頬を赤くしてもじもじとしたまま動く気配がない。ただ、じっとアセビを見つめている。何か言いたげに。

 それはアセビも同じだった。


「マーガレット」

「えへへ!」

「もじもじしてどうした? 便所行きたいのか?」

「アセビさんはさぁ……」

「冗談だよ! さ、お前も早く入りな!」


 アセビがマーガレットの手をぎゅっと握る。それは大きく、そして温かった。

 マーガレットは天使のような微笑みを浮かべ、何度も何度も頷いている。


「うんうん! やっぱみんなのお家が最高よね! アセビもいるしルピナスもいるしサツキもいるもの!」


 アセビはマーガレットの大きな喜びっぷりを見て小さく微笑む。1週間前に別れたが、全く変わっていない問題児の姿を見て、優しい気持ちになったのだろう。

 アセビが大きく両手を広げると、マーガレットは勢いよく胸に向かって飛び込んだ。


「おかえり。ちょっとお姉さんになったか?」

「ただいま! あたし少しは立派になったのよ? まだ見習いだけどね! えへへ!」


 マーガレットがみんなのお家に入ると、ルピナスとサツキが同時に抱きついた。


「マーガレット!!」


 圧迫され息苦しさを感じつつも、本当の姉妹のように想っていたふたりに再びあえたことを、マーガレットは嬉しく思っていた。

 当然、ルピナスとサツキも同じ気持ちだ。


「おかえり! 帰ってきたんだね!」

「えへへ! ただいまっ!」

「おかえり。また会えると思っていたぞ」

「あはは……あのお別れのあとすぐ再会は……ちょっとだけ気まずいけれど……」

「いいの! 気にしないで! ずっとずっとここにいてほしいよぅ!!」


 ルピナスは万力のような力でマーガレットに抱きついたまま離れない。みるみるうちに顔が青くなっていく彼女を見て、サツキが慌てて引き剥がした。

 咳き込み膝をつくマーガレット。華奢な背中をさすりながら、サツキが口を開く。


「お前が戻ってきてくれて嬉しいよ。ただ、ここに戻ってきたのは、理由があるんじゃあないか?」

「えっとぉ……そのぉ……」


 マーガレットが、すがるようにハルジオンを見上げる。


「天使は人間と何度も会うべきではない。それなのにまたボクたちはここに来た。その理由を話さないとね」

「そうっスね。お願いしますわ」

「その前に何か飲み物もらえない? ちょっとおじさん喉乾いちゃったんだ」


 ハルジオンが舌を出しながら両手を合わせた。その物欲しそうな態度を見て、マーガレットはやれやれと肩をすくめている。


「ジジイはさぁ……あっ、あたし砂糖ドバドバのコーヒーさんが飲みたいのだけれど」

「フフフッわかったよ」


 我が物顔で振る舞う天使どもを見て、サツキは苦笑しながらコーヒーを準備し始めた。

 一方リラは、部屋の隅でマーガレットとハルジオンをじっと見つめている。その表情を見るに、再びふたりと出会えたことを喜んでいるらしい。体を小さく左右に揺らしている。

 ハルジオンの視線がリラに向けられた。彼女は背筋をピンと伸ばす。


「リラ、答えにたどり着いたようだね。嬉しいよ」

「は、はいっ! 全部天使長様のおかげですっ!」

「はは、ボクは別に何もしていないけどね。これから冒険者として、みんなといっしょに頑張るんだよ」

「はいっ! 冒険者として善行を積み、立派な翼を得られるように、頑張りますっ!」


 明らかに緊張してるリラを見て、ハルジオンは彼女の固くなった肩を揉みながら椅子に座らせた。


「きょ、恐縮です!」

「もっと肩の力を抜いてね。ボクのことは親戚のおじさんとでも思ってくれていいからね。困ったことがあったらなんでも言ってね」

「ジジイ、あたしお菓子が食べたいのだけれど」

「お前は雑草でも食ってろ」


 この扱いの差である。日頃の行いのせいなので、マーガレットへの対応は仕方がないことではあるのだが。

 サツキがテーブルの上にコーヒーを置くと、部屋に香りが充満した。


「良い香りだね。早速いただくよ」


 ハルジオンはカップを手に取ると、しばらく香りを楽しんでから口をつけた。苦みのなかに感じるほのかな甘味が、口内に少しずつ広がっていく。


「う〜ん。最高だね! サツキさん、ありがとう」

「それは良かった。それで、マーガレットと天使長様がここに来た理由は?」

「あぁ、説明するよ」


 ハルジオンはこれまでの経緯を細かく語り始めた。マーガレットが立派に仕事をしていたこと、友人をたくさん作ったことを。

 アセビたちはかつて問題児と呼ばれた仲間の成長を喜んでいたが、表情が一変する。マーガレットのメンタルに支障が生じていることを知ったからだ。


「マーガレットが隠れて泣いていた!?」

「それは本当か!?」


 アセビとサツキは動揺している。爽やかに別れたマーガレットに、精神的な問題が発生していると思っていなかったのだろう。

 ハルジオンはカップを置いて、深刻そうな表情で頷いた。


「うん。心の病気なんだ」

「心の病気……」

「アセビくんたちといっしょに過ごした時間。それはきっとマーガレットにとって、本当に大切なものだったんだろう。それが無くなってしまったから、あの子の心は病気になってしまったんだ」

「で、でも平気よ? あたしはいつだって最強の天使なんだからっ!」


 マーガレットは腕を組み、胸を張った。余裕しゃくしゃくと言った態度である。

 しかしマーガレットの肩は震えている。そのことをアセビたちは見逃さなかった。

 マーガレットは再び仲間たちと再会できたことを喜んでいるが、またこの場を去る瞬間が訪れるのを恐れているのだ。


「じゃあ、マーガレットはずっとみんなのお家ににいればいいよ! それなら泣かずにすむもん!」

「私もルピナスと同じ意見だ!」


 ルピナスが瞳を潤ませながら声を張り上げ、サツキもすかさず同意した。大好きなマーガレットが、人知れず悲しい思いをしていたのだ。声のひとつも荒げよう。

 ルピナスはコミュ障でマイナス思考だが、人の心の痛みを感じ取ることはできる。サツキのことを執拗に怖いと言うのをやめる気配はなさそうだが。

 ハルジオンがマーガレットに目を向けた。


「このままだとマーガレットの心が完全に壊れてしまうと思ってね。だからお邪魔したんだ」

「そういう理由だったんスね……」

「やっぱり来て良かったよ。マーガレットはここに来てからは、自然に笑うようになっているからね」

「ううっ……」


 ハルジオンの言ったことは正しかったのだろう。マーガレットは頬を赤くし、目を伏せた。


「で、相談なんだけど。アセビくん!」


 ハルジオンが手のひらをぴしゃりと叩いた。先程まで見せていた深刻そうな顔はすっかり消え失せている。気味が悪いほどニコニコと笑っていた。


「何か欲しいものある? 武器とか服とか」

「えっ」

「金でも宝石でもなんでもいいんだけど」


 ハルジオンは用紙と羽ペンを取り出し、アセビの前にそれらを置いた。その穏やかな目は言っている。遠慮せずに欲しいものを書いて、と。


「天使長様……これってつまり……」

「……うん」


 ハルジオンは気まずそうに頭をかいた。彼は好きなものをプレゼントする代わりに、またアセビにマーガレットを預けたいと言っているのである。

 ハルジオンの考えを察し、ルピナスとサツキは目を見開いた。またマーガレットと暮らせるかもしれないのである。ふたりにとってその喜びは計り知れない。

 ハルジオンは深いため息をついた。


「天使長として本当に情けないと思ってるよ……深く関わるべきでない人間の君たちに、マーガレットのことをまた任せようとしているのだからね……」

「みんなごめんなさいね、こんなジジイで」

「お前のために来てるんだよボケッ!!!!!!」

「あらこわい」


 激昂するハルジオンを見て、マーガレットはにししと笑っている。

 アセビたちは、本当に眼の前の問題児が隠れて泣いていたのか疑わしく感じ始めていた。どう見てもいつのもマーガレットにしか見えなかったからだ。

 アセビは思わず尋ねてしまう。


「……天使長様、まさか厄介払いのために嘘ついてるとかないっスよね? 本当はマーガレットが問題児のままだから、まーた追放したいわけじゃないっスよね?」

「ありそう」

「うむ」

「アタシはそんなことはないって信じたいけど……ちょっとね……」


 アセビたちの疑うような視線がハルジオンに突き刺さる。


「あっいや、マジだからね! さっきのおじさんの話はマジのマジだからね!」


 マーガレットがいつもの調子を取り戻したせいで、信憑性が失われ始めていた。日頃の行いは、本当に大事なのである。

 アセビがマーガレットを見つめると、鼻歌を歌いながら机に置かれた用紙にサラサラと何かを記していた。


「お前何書いてるの」

「何って、欲しいものなんでも書いてってジジイが言ってたじゃない」


 アセビたちが用紙を見ると、ミスアスターの新作ワンピース、ダイヤ、エメラルド、ルビー、サファイア、金属製のステッキ、500万イーサンと記されていた。マーガレットが欲しいものをこれでもかと言わんばかりに書いたのだ。相変わらず強欲で貪欲な女である。


「ジジイ、こんなもんでいいわよ」

「おバカ! これはアセビくんたちに書いてもらうんだよ! お前を預けるための対価をな!」


 マーガレットは驚愕の表情を浮かべる。


「えっ!? それじゃお金渡す代わりに、あたしの面倒見てねっていう契約書みたいじゃない!?」

「わかってるじゃん。バカでアホで問題児のお前の教育とメンタルの回復をお願いする代わりに、アセビくんたちに物資を献上するんだよ。無償の愛でお前を引き取る物好きはこの地上にはいないからね」

「何でそんなこと言うのよおぉぉぉ!? あたしは心優しい天使ちゃんでしょおぉぉぉ!? 誰よりも優しくして愛して可愛がらなきゃダメでしょぉぉぉ!?」


 マーガレットは涙を撒き散らしながら吠え、ハルジオンの肩を掴んで揺すっている。彼女の金切声がみんなのお家に響いているため、恐らくご近所さんにも聞こえているだろう。

 リラはマーガレットを見ておろおろとしているが、一方アセビたちはゲラゲラと笑っている。


「なんでみんな笑ってるのよ!? あの子ギャン泣きしちゃってるのよ!?」

「いいのいいの。いつもあんな感じだよぅ」

「うむ」

「あ、赤ちゃんみたいね……」

「実際赤ちゃんだからね」


 マーガレットの耳にアセビたちの声が届く。彼女は涙を拭いながら手のひらで胸を押さえた。


「そうよ! あたしは赤ちゃん! 赤ちゃんには優しくしなさい! 愛しなさい! もっと構いなさい! 甘えさせなさい! ほらほら!」

「……やばくないあの子。ちょっとレベル高すぎるんですけど」

「アセビくんたちはね。アレといっしょに生活してたんだよね。オレなら多分ブン殴ってるんだよね。だからアセビくんたちは本当に良い子なんだよね」


 ドン引きするリラだが、アセビたちにとってはいつものことである。

 アセビはマーガレットの口にジャムパンを押し込み静かにさせると、ハルジオンに羽ペンと用紙を返した。


「あぁ、アセビくんごめんね。予備の用紙を……」


 アセビは手をかざし、小さく微笑む。

 ハルジオンは動きを止めた。

 ふたりの視線が交差する。


「天使長様、その物好きがここにいるんスよね」


 アセビは親指を立て、ニヤリと笑った。

 何もいらない。マーガレットのことは、オレに任せてほしい。そう言っているのである。

 ハルジオンは目を丸くし、固まった。それと同時に思考する。アセビくんは本当に心優しい青年だ。実に、今すぐ、必ず、天界にほしい人材だ、と。


「……いいのかい?」

「問題ないっスよ! お前たちもそうだろ?」

「うん! 大歓迎だよぅ!」

「妹の面倒を見るのは当然であろう」


 気づけばルピナスとサツキが、アセビの背後に立っていた。彼女たちは満面の笑みを浮かべている。問題児の帰還を心から歓迎しているのだ。

 家族同然の仲間たちの笑顔を見て、マーガレットは瞳を輝かせる。自分はここにいていい。その事実が、マーガレットの心を癒やしていく。

 ハルジオンはふっと笑うと、席を立った。


「そうか。なら、物好きな君たちに、マーガレットのことを任せるしかなさそうだね」

「うっス。あいつのことはちゃんと面倒みるんで」


 ハルジオンは安堵した。アセビにならマーガレットを任せられる。そう確信したのだ。


「マーガレット」

「何よ?」

「アセビくんたちに迷惑をかけないように、しっかりと働きながら、ゆっくりと心を休めるんだよ」


 マーガレットは胸を張る。その表情に不安や悲しみは一切ない。帰りたかった場所に戻れたのだから。


「当然! あたしがみんなを全力でサポートしちゃうんだから!」

「頼もしいね。じゃあお前の心が完全に癒えた頃に、また来るからね。そのときは天界で立派に働くんだよ」

「……はいはいわかったわ」

「うわ、すっげえ嫌そうな顔」


 マーガレットは眉間にシワを寄せ、舌を出して嫌悪感をこれでもかと醸し出す。心からの安寧を得たのだ。それをもう失いたくないのだろう。

 ハルジオンはため息をつくと、アセビを見つめた。


「……アセビくん、本当に大丈夫そ?」

「ちょっと不安になってきたっスね」

「アセビさん!?」

「でも、まー、大丈夫じゃないスか?」


 アセビはやれやれと肩をすくめるが、その表情は誰よりも明るい。口にはしないが、彼もマーガレットの帰還を誰よりも喜んでいるのである。

 ハルジオンがドアをゆっくりと開くと、すでに夜は明けていた。清々しい朝がやってきたのだ。

 ハルジオンが外に出て、翼を広げる。それは非常に大きく、白く、そして、美しかった。


「おっと! そろそろ天界に戻らないと、ご近所さんに目撃されてしまうね!」

「ジジイ」


 ハルジオンが振り返るとマーガレットが笑顔で手を振っていた。


「ジジイ! ありがとっ!」


 ハルジオンはメンタルの心配をし、わざわざアセビたちの元に預けるよう取り計らってくれた。マーガレットは心から感謝しているのだ。

 ハルジオンは手を小さく振り返した。


「やれやれ。それじゃあマーガレット、いい子にしているんだよ、またね」


 それだけ言うとハルジオンは翼を羽ばたかせ、天に向かって舞い上がり、そのまま高速で天界に戻っていった。美しい白い羽が、ひらひらと宙を舞っている。

 アセビは空に向かって敬礼した。


「天使長様、あとは任せてください」


 あっという間に小さくなっていくハルジオンを見送ると、アセビたちはみんなのお家に戻った。

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