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お庭に根付いた雑草どもは今日も元気に咲き誇る 27

 リラはみんなのお家のドアの前に進んで、そして、後退した。先ほどから同じ行動を繰り返している。


「勇気……勇気があれば、誰でも前に進める!」


 リラはかっこつけたことを言っているが、ただノックをするかどうか悩んでいるだけである。彼女は瞳を見開き、口を結び、ドアに向かって拳を振り下ろした。控えめなノックの音が屋内に伝わっていく。


「はぁ〜い。こんな時間に誰っスか? 新聞ならポストに入れておいてもらえたらいいんスけど」


 聞き覚えのある青年の声が耳に入り、リラの心臓が高速で高鳴る。

 ドアがゆっくりと開かれると、リラの目の前に孤独な心を埋めてくれる青年がいた。アセビである。彼はきょとんとした表情で首を傾げていた。


「リラちゃん? どうして君がここに?」

「そ、そのっ! ア、アタシっ! 勇気を出して! お願いがあって! 来たのッ!」


 緊張しているのか、リラは必要以上に大きな声を出してしまった。それが静寂な住宅街に響き渡る。

 アセビは慌てて唇に人差し指をつけた。


「しーっ! ご近所さん起きちゃうよ!」


 リラは慌てて両手で自身の口を押さえた。よっぽど力強く押さえつけたのか、顔が真っ赤になっている。

 アセビはリラの腕をそっと掴み、軽く引っ張った。


「とりあえず……入る?」

「あっ……お邪魔しますぅ……」


 アセビはみんなのお家にリラを招き入れると、迷惑にならないよう急いでドアを閉めた。

 問題児の住む家と近所でも有名なのだ。少しでも評判を下げるようなことはしたくないのだろう。

 リラはきょろきょろと周囲を見渡す。しっかりとした作りの家具、生活感を感じる空間。ここにアセビたちが住んでいるという事実に、リラは瞳を輝かせていた。


「みんなここに住んでるのね!」

「狭いけど雨風は防げるよ。何か飲む?」

「あっ……えっと……おまかせするわ」


 リラが答えると同時に、ルピナスとサツキの部屋のドアが開かれた。


「アセビ、さっきから何をぶつぶつ……あっ!」

「む? リラじゃないか!」


 ルピナスとサツキはリラの訪問に驚いていたが、喜んでいるらしく、すぐに笑みを浮かべた。一方当の本人は苦笑いしながら縮こまっている。

 アセビはホットミルクとコーヒーを人数分用意し、全員に席につくよう促した。


「リラちゃんはホットミルクね」

「あ、ありがと……」


 リラがコップに口をつける。僅かに入った蜂蜜の甘みが不安な心を溶かしていく。

 小さく微笑みを浮かべるリラを見て、アセビは単刀直入に要件を聞くことにした。


「リラちゃん、お願いがあるって言ってたよね。聞かせてもらっていいかな?」


 ルピナスとサツキも興味津々である。飲み物を口に含みながら言葉を待っている。

 リラは3人の視線を浴びて頬を赤くし、気持ちを落ち着かせるために数回深呼吸をした。


「その話はちょっと置いといて……あ、あたし! 冒険者になりたいの!」

「ほう、ついに決めたか! 待っていたぞ!」


 サツキが歓喜の声を上げた。

 リラは照れくさそうに頬をかき、言葉を続ける。


「天使長様に言われたじゃない。アタシに足りないものがあるって。その答えがわかったの!」

「コミュ障なところ?」

「そ、それもあるけど勇気! 1歩踏み込む勇気! あたしは勇気を出すの!」


 リラはルピナスの鋭い指摘をスルーし、高らかに宣言する。

 アセビはうんうんと嬉しそうに頷いていた。


「リラちゃんならきっと良い冒険者になれるよ。センスもあるし回復魔法も使えるしね!」

「まー、未完成だけど……」

「仲間が傷を癒やしてくれる。その安心感は何ものにも変えられないんだ。自信を持ってほしい」

「そ、そうかしら……?」


 アセビとサツキに評価され、リラはどこか誇らしげな表情を浮かべている。彼女はホットミルクを一気に飲み干し、持ってきたズタ袋をゴソゴソとあさり始めた。

 冒険者になるには、冒険者ギルドに行かなければならない。

 アセビは、自身がデビューした日のことを思い出していた。


「懐かしいなぁ。じゃあ今日ギルドに行って登録しようか。オレたちもいっしょに行くよ」

「そ、それでなんだけど……さっきお願いがあるって言ったじゃない……」


 リラは銀のメダルを机に1枚そっと置いた。キラキラと美しく煌めいている。


「リラちゃん? これは?」

「ア、アタシとその……正式にお友だちになってほしいっていうか……」


 リラはさらに銀のメダルを1枚置いた。


「ひとりじゃ無理……きっと冒険者としてはやっていけない……アタシなんにもできないぼっちだから……」


 リラはさらにもう1枚銀のメダルを置いた。


「その……お友だち料ってあるんでしょ? 料金は1週間で銀メダル3枚……どう?」


 アセビたちは絶句した。

 リラはさらにズタ袋から銀のメダルを取り出す。


「た、足りない!? だったらもっともっと勇気見せちゃうけど!? 追加でさらに5枚! それでも足りないならアタシの……」

「リラちゃんちょっとストップストップ!」


 アセビは手でリラの口をぎゅっと押さえた。彼女は目を白黒させ、モゴモゴと何かを訴えている。


「ムグモゴ……」

「リラちゃん、そういうのは勇気じゃないから! 自分のことを卑下しないで! 君は何にもできないぼっちなんかじゃないぞ! それに銀メダルは貴重品だからこういうことに使っちゃダメ! そもそもオレたちもう友だちだよな!? そうだろリラちゃん!」


 ルピナスは過去の行為を思い出し、青ざめている。彼女も以前リラと同じ発言をしていた。


「ぼくもお友だち料払おうとしたことあるけど……やられる側になると怖いよぅ……」

「リラ、そういうことはしなくていいんだよ。私たちはもうずっと前から友人なのだからね」


 サツキにまで優しく諭されてしまった。

 リラの顔がみるみるうちに真っ赤になっていく。アセビたちに言われて、お友だち料を払おうとしたことが急激に恥ずかしくなってきたのである。

 すっかりおとなしくなったリラを見て、アセビはそっと口から手を離した。


「ぷはっ……アタシ……自分のことが恥ずかしくなってきたわ……」

「ぼくもリラと同じことしたから、気持ちがわかるよぅ。唯一の繋がりを手放したくないんだよね。居場所が欲しいんだよね、安心したいんだよね」

「ルピナス、リラちゃんがぷるぷるしてるからその辺にしておこうな」


 リラは瞳を潤ませながら静かに頷く。


「うぅ……作戦失敗しちゃったわ……正式なお友だちになって……さりげなく……みんなのチームに入らせてもらおうと思ってたのに……」


 リラは無意識のうちに作戦内容をバラしてしまっていた。ルピナスのせいで、精神に大きな負荷がかかったからだろう。

 アセビは首を傾げた。


「リラちゃん、オレたちのチームに入りたいの?」

「ごめんなさい調子乗ってましたアタシはバカでしたぼっちでがんばりたいと思います」

「そ、そんな自虐しなくてもいいって。リラちゃんなら大歓迎だけど」

「……ええっ!?」


 アセビの想定外の言葉に、リラは声がうわずってしまった。仲間入りを否定されると思っていたのだ。だから銀のメダルを使って、関係性を繋ぎ止めようと考えていたのである。

 しかし最初からそんな必要はなかったのだ。

 ルピナスが珍しく自然な笑みを浮かべている。彼女もリラのことを歓迎しているのだ。


「うん。リラは顔見知りだからぼくも安心だよぅ」

「木刀の扱いにも慣れているしな。回復魔法だけでなく戦闘での活躍にも期待しているよ」

「最初は大変かもだけど、オレたちも全力でバックアップするからさ。いっしょにがんばろうね」


 リラは顔を両手で覆う。自身が孤独でもぼっちでもなかったことに気づいたのだ。リラは人の優しさに触れ、心が満たされていくのを感じていた。


「……ありがと」


 アセビが窓に目を向ける。まだ薄暗いが、そろそろ明日がやってくる時間だ。


「じゃあそろそろ朝ごはんにしようぜ」

「リラもいっしょに食べるであろう?」

「えっ!? アタシもいいの!?」

「みんなで食べたほうがうまいじゃん!」


 アセビたちは慣れた調子で朝食の準備を始めた。

 テーブルの上に野菜スープ、燻製肉、水が並べられていく。

 見たことがない食べ物に、リラは興味津々に瞳を輝かせている。彼女にとって全て未知の食べ物だった。


「じゃ、いただきます」

「いただきますっ!」


 リラは恐る恐る燻製肉をかじる。ほどよい塩加減の肉だった。噛めば噛むほど味が口内に広がっていく。


「おぉ!?」

「気に入った? お酒といっしょに食べるともっとおいしいんだよぅ」

「覚えておくわ! 次はこっちを……」


 リラは思う。野菜スープもおいしい、と。柔らかくしっかりと煮込まれた野菜たちが、口内で踊る。その度に舌に確かな満足感が広がっていく。リラは思わず両頬を押さえた。


「ん〜! こっちもおいしいわ!!」

「サツキは料理の達人だからな。質素な素材の料理も一流のごちそうに早変わりってわけ!」

「フフフッ面映ゆいな」


 サツキは満更でもない表情で頬をかく。彼女にとって愛する弟分からの称賛の声は最高の誉れなのだ。

 リラは野菜スープを一気に飲み干し、口を開く。


「あとは住む場所ね。宿屋さんがあるんでしょ? そこをしばらくアタシのお家代わりにして……」

「う? 面倒じゃない?」


 ルピナスがリラの言葉を遮る。


「みんなのお家はお部屋が4つあるよぅ。今は部屋に空きがあるんだよぅ」

「空き……?」


 ルピナスの言いたいことを察して、アセビはさっと席を立った。彼がマーガレットが使っていた部屋のドアを開く。彼女の私物は全て渡したため、今はベッドとクローゼットが置かれているだけである。


「ここ使う? マーガレットが使ってた部屋だけど」

「えっ!? いいの!? お家賃は!?」

「いらないって! だからオレ言ってるじゃん、友だちだっつーの! 友だちから金は取らないよ!」

「ありがとぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」


 リラは目を見開き歓喜の声を上げる。

 仲間に入れてもらえただけでなく、さらに部屋まで用意してもらえた。リラにとって願ったり叶ったりな状態である。驚くな、喜ぶなというのは無理な話だろう。


「ベッドとクローゼットはあるから好きに使って」

「ありがとぉぉぉ! わぁぁぁ! ひゃぁぁぁ!」


 リラは換気の雄叫びを上げる。そんな彼女を微笑ましい表情でアセビたちは見つめていた。


「リラには笑顔でいてほしいよぅ」

「ルピナスゥ! お前いい子だよなぁ!」

「よしよし!」


 アセビとサツキに頭を撫で回され、ルピナスは嬉しそうに頬を赤くした。モコモコとした髪型が、すっかりボサボサになってしまっている。

 髪の毛をセットし直しながらルピナスが口を開く。


「リラ落ち着いた? 良かったね。これから同じコミュ障同士、ぼっち気質同士、頑張ろうね」

「え、えぇ……も、もちろん……」

「フフフッやはりお前は、上げて落とすのが好きなようだな」


 ルピナスは少しずつ精神的に成長している。しかしこのスタイルは一切変わっていない。これはこれでルピナスの個性だと思うと、サツキは微笑ましく感じるのであった。


「リラちゃん、心配することは何もないからね。だから友だち料とか家賃とかそういうのは言わないでね」

「え、えぇもちろん! 仲間として全力でアンタたちを援護することで恩返しするわ! でも……」

「でも?」


 リラはアセビから視線を外す。頬は朱色に染まり、瞳を閉じてもじもじとしている。

 アセビは嫌な予感を覚えつつ、言葉を待った。


「アンタにマジモードでしかってもらえて……ちょっといいなって……」

「えっ」

「構ってもらえて……いいなって思った、か、も」

「……えっ」


 アセビは青ざめる。

 見習い天使とは、かくも構ってちゃんタイプが多いのか。否、アセビがリラを目覚めさせてしまったのだ。心の扉を破壊してしまったのである。

 しかしリラを責めることができようか。孤独なリラの心の隙間を埋めることができたのは、埋めてしまったのは、アセビなのだから。

 サツキが意味深にニヤリと笑う。


「才能があると見える」

「才能ってなんだよ」

「アセビ、ぼくのことも構ってね! もっともっといっしょにいてね!」

「アセビ、私の言いたいことはわかるであろう?」

「みんなスイッチ入っちゃったねぇ……」


 リラの構ってちゃんオーラが他の問題児たちにも伝染してしまった。刺さるような視線がアセビに集中する。

 問題児どもは目で言っていた。もっと構って、もっと遊んで、もっと甘えさせて、と。

 アセビは薄ら笑いを浮かべ、すっかり冷めてしまった野菜スープを飲むことしかできなかった。




「あはは! なんか面白いことになってるわね! アセビ小さくなっちゃってるじゃない!」

「アセビくんはアレだね。アレな子を引き付けるカリスマがあるね。彼多分死ぬまで苦労するね」


 マーガレットとハルジオンは、リラが殻を破って霧の森を出たことを喜んでいた。しかし構ってちゃんに目覚めたことは、想定外だったようだ。


「でもゴリラちゃんが目覚めちゃったのは意外ねぇ。もっと控えめな子だったのに」

「お前もあんなもんだったぞ。構って甘えさせて愛して遊んでって感じでよぉ」

「……マジ? やばいじゃないのそれ」

「気づいちゃいました?」


 ハルジオンは笑いたいのを必死に我慢し、肩を震わせていた。

 一方マーガレットの顔は血のように赤い。他者に指摘され、己のこれまでの行動が恥ずかしくなってしまったのだろう。


「よし、そろそろアセビくんの家に行くか」

「……うん」


 マーガレットが水晶玉を覗き込む。4人が楽しそうに和気あいあいと談笑している。リラはすっかりアセビたちのチームに馴染んでいた。

 マーガレットの表情が暗い。膝の上で拳を握り、わなわなと震わせている。


「……ジジイ」

「あ?」

「その、ゴリラちゃん、回復魔法使えるじゃない? あたしの部屋埋まっちゃったじゃない?」


 ハルジオンはマーガレットの言いたいことを、察してしまった。彼女は言っているのだ。もうあそこにあたしの居場所はない、と。


「今戻ってもそのぉ……あたしぃ……ただのおじゃま虫っていうかぁ……」

「お前さぁ、アセビくんたちがお前を邪険に扱うわけねえだろうが」

「で、でも……」


 ハルジオンがマーガレットの背中を本気で叩いた。彼女は咳き込みながら、瞳を潤ませ睨みつける。

 ハルジオンは気にせず水晶玉を懐に仕舞いながら、マーガレットの腕を力強く掴んだ。


「いいから行くぞ! それともいいのか?」

「いいのかって何がよ?」

「リラはアセビくんの優しさに触れてしまった。もしかしたら、近いうちにあの子がアセビくんに告白するかもしれないんだぞ?」

「なんですってっ!?」


 マーガレットはアセビの人の良さを思い出す。人間性に問題のある人間を、快く受け入れてくれる貴重なタイプの人種だ。告白されたら、そのまま付き合ってしまうかもしれない。

 マーガレットの脳裏に嫌な予感が浮かび、ソファから勢いよく立ち上がった。


「ルピナスかサツキならともかく! ゴリラちゃんにアセビは渡さない! 絶対渡さない! あの子に渡すぐらいなら、あたしがアセビもらうんだから!!」


 マーガレットにとってリラは親友。だがそれはそれとして、同じ見習い天使に心から愛している青年が奪われるのは、我慢ならないようだ。

 マーガレットはアセビがルピナスかサツキと付き合うことを望んでいる。ただ、誰とも付き合わず、もし独身のままなら死んだなら。天国に来たときに、正式に付き合いたいと思っていた。

 しかしアセビがリラに告白され、それを受け入れて地上で付き合った場合、どうなるだろう。

 マーガレットは、そのシチュエーションを脳内で想像してみることにした。


「アセビが死んじゃったあとに天国に来るとして……そのときにまたゴリラちゃんと付き合っちゃうんじゃないかしら……」


 マーガレットは、キレた。


「そんなの嫌よ! 絶対嫌よ! ジジイ、なにしてるのよ! 早くクレマチスに戻るわよ!」

「う、うん。よくわからんがお前が行く気になって安心したよ。じゃあ行きますかね……」

「あっ、3分待って! 準備してくるから!」


 マーガレットはそれだけ言うと、急いでハルジオンの部屋を飛び出していった。

 先ほどまで迷いを抱えていたが、今はもう地上に降りることで頭がいっぱいになっている。

 ハルジオンは小さくなっていく背中を苦笑しながら見つめていた。

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