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お庭に根付いた雑草どもは今日も元気に咲き誇る 30

このエピソードで完結となります。

ご愛読ありがとうございました。

「ミスコン出るなら急がないと。もしかしたら人数制限があるかもしれないよぅ」

「なんですってっ!? みんな急ぐわよ!」

「まー、ぼくは出ないからどうでもいいんだけど」

「何言ってるの! ルピナスも出るのよっ! 全員で参加することに意義があるんだから!」」

「い、意味なんてないよ! 恥かくだけだよぅ!」

「その意味のない思い出つくりが楽しいんじゃない」


 マーガレットは汚れのない微笑みを浮かべ、ルピナスの背中を優しくぽんぽんと叩く。それを見た芋虫は数回その場で飛び跳ねると、愛する契約者の足をぐいぐいと押し始めた。どうやらマーガレットの意見に賛同しているらしい。

 ルピナスは白目で薄ら笑いを浮かべている。高みの見物を決め込み、酒を浴びるように飲む計画がたった今崩壊したからだ。この流れではもう、何を言っても逃げられないだろう。


「ストレスで頭おかしくなりそうだよぅ……」

「大丈夫よ、ルピナスは小さい子が好きなおじさんたちにめちゃくちゃ受けが良いはずだから。そういうおじさん、この街に多いと思うわよ? つまり優勝候補なんだから、諦めて参加しなさい」

「……仮にぼくが優勝したら、変態であふれた街ってことになっちゃわない?」

「まぁ……そうね……はい」

「もう終わりだよこの街」


 ルピナスは絶望した。意味のない思い出を作りたくないからだ。


「ぼくはただ、お酒を飲みたかっただけなのに……」

「ルピナスなら間違いなく優勝っス! 自分が応援してるっス!」


 芋虫は無意識のうちにルピナスを励ました。海よりも深い絶望に沈む愛する契約者を、これ以上見ていられなかったのだろう。


「う〜ん。どうかなぁ……えっ!? 今の声……!!」


 ルピナスがはっとした表情で、足元の芋虫をじっと見つめる。はっきりと、夢で聞いた声がしたからだ。


「空耳かな……? ははっ、ぼく本当に頭がおかしくなっちゃったのかな……」


 ルピナスはしゃがみこんで芋虫の背中を撫でた。彼女は気持ちよさそうに目を細め、体を擦り付けている。


「芋虫さんが応援してくれるなら、ちょっとだけがんばっちゃおうかな……」

「そうだぞルピナス! お前なら優勝できるぞ!」


 アセビにも応援され、ルピナスは自信が出たのか、頬を赤くして何度も頷いた。


「うん! うん! うん! 優勝してくる!」


 ルピナスはそれだけ言うと、大股で歩いて行ってしまった。その表情に鬱屈した感情は見られない。

 芋虫は嬉しそうに体を伸び縮みさせ、愛する契約者の自信満々な背中を追いかけた。

 リラはその場でルピナスたちを見守っていたが、マーガレットに肩を叩かれ振り返った。


「ぼさっとしてんじゃないわよ。ゴリラちゃんもミスコン参加するのよ」

「リラだっつーの! ミスコンってアレでしょ? 可愛い子や美人な子が出るアレでしょ? 大好きな自分のルックスを世の男どもに見せびらかして、悦に入るようなイベントでしょ? 何が面白いの? 意味わからなくない? アタシには理解不能」

「どうしてそんなこと言うの」


 リラは早口で悪態をつき、顔をしかめている。アセビはその姿にルピナスの面影を見た。やはりあのふたりは似た者同士なのだ。

 マーガレットがリラの両肩に手を置いた。


「思い出つくりになるのよ。あなたも出なさい」

「そりゃアンタは楽しいから出たいでしょうよ。めちゃくちゃ可愛いしスタイル良いんだから」


 マーガレットは頬を赤く染めて押し黙った。照れくさそうにもじもじとしている。

 リラに素のテンションで褒められて、嬉しかったのだろう。


「アタシは絶対嫌よ。思い出と言う名の汚点を刻みたくないの。恥晒したくないの。参加するぐらいならこの場で死ぬわ」


 リラが吐き捨てるように宣言した。このままでは、確実にミスコンに出場しない可能性が高い。

 せっかくルピナスがその気になって、参加を表明したのだ。アセビは女子全員で参加して、良い思い出を作ってほしいと感じていた。

 そのときである。頼れるお姉ちゃんが口を開いた。


「リラ、あなたも可愛いよ」

「えっ」


 サツキの表情を見るに、嘘偽りではないだろう。


「もっと笑って。可愛い顔がより一層魅力的に見えるようになる」

「な、なによ! 美人でスタイルの良いサツキに褒められたって、嫌味にしか聞こえないっつーの!」


 むっとした顔で怒るリラ。彼女にサツキの声は届いていない。本心で褒めていると思っていないのだ。

 サツキはそんなリラを愛おしそうに見つめていた。


「フフフッ」

「な、なによぅ」

「あなたはマーガレットに負けないほど可愛いよ」

「そんな心にもないことっ!」


 マーガレットが、リラの腕と足を無遠慮にベタベタと触り始めた。


「そうね。あたしにはちょっぴり負けるけど、ゴリラちゃんも可愛いわよ。スタイルだっていいじゃない。あたしたちで賞金総取りも夢じゃないと思うわ」

「うっ!」


 マーガレットとサツキにルックスをこれでもかと褒められ、リラの心は大きく揺れていた。参加するつもりはなかったが、段々とその気になってきたらしい。

 リラの顔は赤く、目が泳いでいる。あと少し背中を押せば、全てが終わる。


「うん。リラちゃんはとっても可愛いよ!」


 アセビが満面の笑みで親指を立てている。

 賽は投げられた。

 気になる青年の素直な称賛の声。何よりも嬉しいその言葉。

 そしてリラは、弾けた。


「よっしゃあっ! じゃあ出てやるわよっ! ただしナンバー1の座はアタシがもらうんだから! 優勝するのはこのアタシ! リラちゃんよっ!!!!!!」


 リラは満面の笑みを浮かべ、アセビの背中を何度も叩くと、ルピナスの後を追いかけた。

 みるみるうちに小さくなっていく背中を見て、マーガレットは小声でボソリと呟く。


「単純ね」

「お前も似たようなもんだぞ」

「さて、私はどうしたものかな」


 サツキが首の骨を鳴らしながら伸びをしている。乗り気なのかそうでないのか、表情と反応からは判断がつかない。

 しかし面倒見が良く空気を読めるタイプなので、出ないとは言わないだろう。

 マーガレットは天を指し、高らかに宣言する。


「決まってるじゃない! サツキも出場するのよ!」

「承った」


 サツキは小さく笑うと、髪を結び直し、アセビに向かって歩みを進めた。その瞳は真珠のようにキラキラと輝いている。まるで夢見る少女だ。

 しかしアセビには獲物を前にした、獰猛な黒豹にしか見えていなかった。彼は頼れる姉貴分が、一瞬舌なめずりをしたのを見逃さなかったのである。

 サツキが物欲しそうな顔でアセビを見つめた。


「アセビ」

「ダメです」

「むぅ……まだ何も言っていないではないか」


 サツキは項垂れながら、アセビにチラチラと熱い視線を送っている。どうしても聞いてほしいことがあるのだろう。

 アセビは嫌な予感がしつつも、とりあえず聞いてみることにしたらしい。苦笑いしながら耳を傾けると、サツキは嬉しそうに何度も頷いた。


「で? オレになにかしてほしいんだろ?」

「アセビ、私は気まぐれな黒猫であろう? 繋ぎ止めておくには、必要なものがあると思わないか? それが何か知りたいであろう?」

「う、うん」


 アセビは獰猛な黒豹だろとツッコもうと思ったが、口にはしなかった。喉元までは出かかっていたが。

 アセビが耳を傾けると、サツキがそっと耳に口を近づけた。


「私、ご褒美が、欲しい」


 サツキらしからぬ、甘えるような声色だった。彼女は頬を朱色に染め、上目つかいでじっと何かを求めるように見つめている。

 アセビは思わずドキリとし、体温が上昇していくのを感じていた。


「ご褒美って……」

「親睦会の日の夜……覚えているか?」

「忘れられねえよ……」

「うむ。ただ、私は熱くなりすぎて頭がぼーっとしていてな。うろ覚えだ。気持ちよくなれたのは、なんとなく覚えているのだが……」

「何があったかは以前話したろ? アレはマジの事実だからな」


 当時のアセビは、とにかく必死だった。美女と深夜ふたりきりだったにも関わらず、状況や雰囲気に浸る余裕などなかったのだ。

 サツキはさらにアセビの耳に口を近づける。彼女の吐息が、甘ったるい声が、直に届く。


「今度は大丈夫。絶対に暴走しない。だから……私が優勝したら……その……」

「えっと……ミスコンで優勝したら、またあの日の夜みたいなことしたいって思ってます……?」


 サツキがゆっくりと何度も頷く。自分の本能を押さえる自信はあるのだろう。しかしサツキは暴走すると止まらない。どこまで信じていいかは疑問である。

 サツキがさらにアセビの耳に口を近づけた。


「あの背徳感をまた味わいたい……お前に力で強引に押さえつけられて……辱められて……苦しませられて……それが何よりも私の感情を……あぁ……」


 サツキの荒々しい呼気がアセビの耳に当たる。確実にスイッチが入りかけている状態だ。

 このままでは、いけない。


「はいストップ!」


 アセビは急いでサツキの両肩を掴み、急いで彼女との距離を離す。艷やかな声と甘い吐息が遠ざかった。

 サツキは再び近づこうとするが、流石に純粋な力ではアセビには敵わない。1歩も進めないまま、物欲しそうな目でじっと見つめていた。


「アセビ、私は……」


 今度はアセビがサツキに近づく番だった。


「えいっ」


 もう言葉は不要。そう言わんばかりに、アセビはサツキの口を手のひらで塞ぎ、耳に口を近づけた。


「んんっ!」

「いいよ。優勝したら、どんなことだって付き合う。オレはお前の全てを受け入れるからさ」

「ん〜っ!?」


 サツキは目を大きく見開く。心臓の鼓動が早くなっていた。

 この弟は、兄は、特別な彼は、なんでもわかってくれている。受け入れてくれる。壊れた自分を。変態な自分を。

 甘えたい。構ってほしい。壊してほしい。愛してほしい。

 サツキは混沌とした感情を抱きつつ、瞳を輝かせながらアセビを見つめた。


「んんっ……」


 サツキは口を塞がれて良かったと思っていた。そうじゃなかったら、きっと、本当の気持ちを口に出していたかもしれないからだ。

 感情を押さえきれず、くぐもった声を出すサツキを見て、アセビは満面の笑みを浮かべた。


「サツキ、応援してるからな!」


 サツキは目を細め、ゆっくりと頷く。昂る感情を必死に押さえつつ、口から離れるアセビの手を握り、その指をそっと甘噛みした。


「サツキ?」


 サツキは呼吸を整え、まっすぐアセビを見つめた。


「……フフフッ絶対優勝する。だ・か・ら、私を満足させてほしい」

「おぉ、その意気だぜ!」

「……約束、忘れるでないぞ?」


 サツキは頬を赤くし、アセビを見つめていた。しかしいつまでもそうしてはいられない。

 サツキはアセビに向かって小さく手を振り、ルピナスたちと合流するために歩き始めた。結んだ後ろ髪が左右に大きく揺れている。サツキが今どんな表情をしているかは、想像に難くない。

 マーガレットがニヤつきながら、アセビの腕を肘で何度もつついた。


「アセビさん、本当にサツキのこと知り尽くしてるわよねぇ。あっという間にその気にさせちゃって! まるで本当のお兄ちゃんね!」

「えっ? 知り尽くしてる? その気にさせた?」

「あら!? もしかして無意識でやってたの!?」


 アセビは素の状態でサツキの心をくすぐり、喜ばせていたのだ。マーガレットは目を丸くして驚愕する。

 もしかしたらアセビには、冒険者以外に向いてる職業があったのかもしれない。しかしその場合、マーガレットはアセビとは出会えなかっただろう。一切改心することなく、死ぬまで天界に戻ることができなかった可能性が非常に高い。


「ふ〜ん、やるじゃない。でもアセビ、サツキが本当に優勝したらまた変態行為するんでしょ?」


 マーガレットの言葉を聞き、アセビは思わずうっと声を出した。


「……そうでした」


 今さら口にしたことを、撤回することはできないだろう。もしそうしようものなら、サツキが黒鬼と化して暴れるのは目に見えている。

 アセビはサツキに対して、変態でもいい、生き方を変える必要はないと、本心からそう思っている。しかしサツキを満足させるには、覚悟が必要になるとも確信している。あの黒鬼は普通ではなく、変態なのだから。


「サツキの体を傷つけたり、苦しませるようなことはあまりしたくないんだよなぁ……」

「あら、別にいいじゃない。サツキはそれを望んでいるのよ」


 アセビはすがるように、マーガレットの顔を見つめた。


「マーガレット、お前優勝する自信あるか?」

「あるわよぉ? でもアセビさんがぁ? サツキと変態プレイするのを見るのもぉ? 楽しいかもしれないわよねぇ? やっぱ出場するのやめちゃおうかしらぁ?」


 頭を抱えるアセビを見て、マーガレットはにししと笑っている。大好きな青年の困っている姿を見るのが、たまらなく楽しいのだ。マーガレットは肩を震わせ、必死に笑いを堪えている。

 一方アセビは必死だ。真剣な表情でマーガレットの華奢な両肩を勢い良く掴んだ。


「優勝しろとは言わん! 出場しろ! 頼むぞ!」

「ぷぷぷ! わかってるわよ! ちゃんと参加するに決まってるじゃない! ぷっぷっぷー!」

「絶対だぞ! 約束破ったら借金倍だからな!」

「あはははは!!!!!!」


 必死の形相で肩を掴んで揺らすアセビを見て、マーガレットは笑い声を上げた。その熱い視線が心地よかったのだ。いつものように構ってもらえる。それだけで心が満たされていくのだ。

 マーガレットは目に浮かんだ涙を指で拭い、じっとアセビの瞳を見つめた。


「いいわ、約束する。でもそうね、あたしもサツキみたいにご褒美が欲しいのだけれど」


 マーガレットのねだるような視線がアセビを貫く。


「……借金半額でどうスか? マーガレットちゃん」

「それでもいいんだけどぉ。なんかもっとこう? あるじゃない? サツキみたいに、あたしもアセビに癒やしてほしいのよ」

「オレが癒やすとな? で、何をすればいいんだ?」


 アセビが怪訝そうにマーガレットを見ると、じっと見つめ返してきた。頬が赤くなっている。その瞳には熱い期待が込められていた。


「優勝したらそうね。デート1回ってのはどう?」


 マーガレットは前かがみになりながら、人差し指を立てウインクしてみせた。

 デート1回。強欲で貪欲な少女らしからぬ、愛らしい要求だった。

 マーガレットは照れくさくなってきたのか、先ほどよりも頬を赤くして、アセビの回答を待っている。


「えへへ!」


 アセビは素直に可愛いと思ってしまった。そんな自身に不思議な敗北感を覚えつつ、大きく頷く。


「オッケー! ただし優勝したら、な!」

「約束よ! はい小指出して!」

「あいよ」


 アセビとマーガレットは小指を絡め、上下に数回動かした。

 契約成立。

 マーガレットは心底嬉しそうに飛び跳ねた。デートができると確信しているのである。自分が優勝すると疑っていない様子だ。ここまで己に自信があると、生きていて実に楽しいことだろう。


「デートどこに行くか、考えておかなきゃ! 食べ歩きもいいけど、ショッピングもしたいわ!」

「もう優勝する気でいるのか」

「そのつもりで参加するに決まってるじゃない。そうじゃないとデートできないんだから」

「別に優勝できなくても、オレが暇なときだったらいつだって付き合ってやるよ」

「あら〜」


 マーガレットが高速で体を左右に動かしている。どうやらテンションが相当高くなったようだ。


「やっぱ、アセビあたしのこと好きなんでしょ? 素直じゃないんだから! もうっ!」

「バカ言え。お前のメンタル回復のために、仕方なく付き合ってやるだけだ」

「ふ〜ん」


 どっちにしろアセビが構ってくれる。マーガレットはそれだけで満足だった。それだけで幸せだった。


「実際あたしのことどう思ってるわけ?」

「赤ちゃん」


 即答である。

 しかしマーガレットにとって想定内の答えだった。


「フンだ! 赤ちゃん扱いするなら、これからもいっぱい面倒見ないとダメよ! 育児放棄は絶対に許さないんだから!」


 これからもいっぱい構って。いっぱい遊んで。いっぱい優しくして。いっぱい愛して。それだけで幸せになれるのだから。

 アセビはマーガレットの頭を何度もぽんぽんと優しく叩く。適当に相手しているようにも見えるが、その表情は穏やかそのものだった。


「はいはい。じゃあ行くぞ」

「あっ、ちょっと待って! 頑張るから! あたし絶対優勝するから!」


 マーガレットがアセビに近づいた。どこかものいいたげな視線を送っている。

 アセビは察しのいい男だ。マーガレットが何をしてほしいかすぐに感じ取ってしまった。

 アセビは1度苦笑すると、ゆっくりとした動きで大きく両手を広げる。


「ほら、どうぞ」

「アセビ!」


 マーガレットはぱあっと表情を輝かせると、勢いよくアセビの胸に飛び込んだ。

 ふたりは熱い抱擁を交わす。マーガレットの柔らかい感触と温もりが伝わっていく。アセビが背中を優しく撫でてやると、彼女は腕に込める力を強めた。


「あったかぁい……」

「やれやれ。本当に甘えん坊だなぁ」

「えへへ! でも、もうちょっとだけ……お願い」


 胸の中でこれでもかと甘えるマーガレットを見て、アセビは思う。普通にしていれば、こいつ本当に可愛いのにな、と。


「ありがとっ!」


 マーガレットはアセビとの抱擁を十分堪能して満足したらしい。彼と離れたあとも、満面の笑みを浮かべ続けている。どうやら気合が入ったらしく、肩を回して屈伸まで始めた。

 準備万端。いつでもミスコンに出場できると言いたげである。


「さて、優勝するわよ! ねえアセビ!」

「なんでぃ」

「あたし頑張るわ! だからね!」


 マーガレットは頬を赤くし、天使のような微笑みを浮かべる。純粋無垢という言葉を体現した、汚れのない柔らかな表情だ。

 アセビは思わずドキリとし、視線を逸らすことができなくなっていた。


「これからもいっぱいよろしくね! いっぱいいっぱい愛してね!」


 マーガレットはそれだけ言うと、照れくさそうにアセビの背中を1度叩き、冒険者ギルドに向かって全速力で駆け出していった。

 アセビがマーガレットを見つめながら呟く。


「こちらこそよろしくな」


 アセビはゆっくり歩きながら、マーガレットについて考えていた。

 彼女は問題児。間違いなく問題児。誰にも負けない問題児。

 しかし、それでも、だとしても。

 マーガレットが再びみんなのお家を訪れたとき、アセビは確かな幸福感を覚えていた。

 マーガレットいわく、天使は人々を正しく導き、幸福にする存在だという。問題児と呼ばれた少女。彼女は本当の意味で天使になったのかもしれない。

 アセビが空を見上げ、ぼそりと呟く。


「天使は人を幸福にする……か」

「コラー! アセビー!」


 アセビが声のする方角を見ると、マーガレットが手を大きく振って待っている。彼女だけではない。先に冒険者ギルドに向かっていた女子たちも、早く来てと言わんばかりに手を振っていた。


「早く来なさい! スーパー美少女たちを待たせるんじゃないわよ! このあたしが優勝するところ見たくないの!?」

「ちょっと待ってくれよぉ!」


 アセビは石畳の床を蹴り、マーガレットたちのいる方向へ急いで駆け出した。これ以上問題児を待たせてしまうと、泣き出しかねないからだ。

 アセビが合流すると、マーガレットが握り拳を作って震わせた。


「気合い入れていくわよ! 優勝賞金で今日はパーティーなんだから!」

「怖いんだなぁ。でも多分大丈夫だよね」

「うむ! みんないっしょだからな!」

「ア、アタシも頑張っちゃう!」

「よし、行こうぜ!」


 アセビが冒険者ギルドの扉を開きながら、背後に視線を向けると、問題児たちが満面の笑みを浮かべていた。不安、迷い、恐怖。負の感情は一切ない。

 問題児たちはいわゆるぼっちで、どこにも居場所がなかった者たちである。しかし支え合いながら生きてきたのだ。どんなトラブルに巻き込まれても、しつこく、粘り強く、たくましく。

 アセビはそんな問題児たちを見ていると、優しい気持ちになるのであった。彼は心から祈る。こいつらが全員幸せになれますように、と。


「アセビ? ニコニコしちゃってどうしたのよ」


 アセビがマーガレットの両肩に手を置いた。


「マーガレット」

「なになに? あたしとチューしたいって?」

「借金、返せよ」

「もぉ〜!! わかってるわよ!!」




 祭りの始まりを意味する花火の音が空に響く。それと同時に爽やかな風が吹いた。みんなのお家の庭に生えている雑草たちが、楽しそうに揺れている。彼らもたくましく生きているのだ。そう、アセビ一行のように。

 お庭に根付いた雑草たちは今日も元気に咲き誇る。

お読みいただきありがとうございました!

少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマーク、評価を何卒よろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
すごいおもしろかったです! アセビたち雑草の会話がとても好きでした!
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