表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
New Age  変革編  作者: えんじゅ
第二部 「水瓶座の時代 Age of aquarius」
77/79

白と黒の約束「沈むは海へ、残すは灰を」⑧


━━円錐階層都市バンブリオ第四層、戦国華憐家の一軒家(ホーム)


とんとんとん。と小気味良く、まな板に載せた野菜を包丁で刻んでいる女性。

白と黒を基調にしたメイド服に色褪せ気味の金髪が伸びている。

朝日が注ぐ窓際で、一羽の小鳥が羽を休めていた。

メイド服の女性が奏でる料理の音色に合わせてか、時折、さえずっている。

「ん、半兵衛(はんべえ)。おはよう。今日も早いね」

階段を降り、開け放しの廊下から姿を表す人影。

こちらは艶やかな黒髪を短めに切り揃えており、メイド服の半兵衛に負けず劣らず、桜色の浴衣がよく似合っていた。

「おはようございます。あの……なおえ。元親(もとちか)を起こしてきていただけますか?」

半兵衛は背を向けたまま、なおえへ元親の起床を任せる。

「はいよー。あ、ところで今日のご飯はなんだい?」

「パールサーモンの塩焼きに、ミュルエッグのオムレツと霜草(しもぐさ)の煮びたし。それに、るり茸のお吸いものです」

「オムレツには?」

「はい、バターをたっぷりと。ですね」

「パーフェクトだよっ!!なぁ、半兵衛。私と結婚しよう」

「ふふっ、考えておきます」

失ったものは決して戻らない。

それでも、彼女達には幸せな日常が戻りつつあった。

この幸せがいつまで続くのか、これからこの世界はどうなっていくのか。行先なんてまるで分からない。

せめて今だけは……と、半兵衛は心の中で祈る。

小鳥がばたばたと羽ばたいて、彼女の肩に落ち着く。

「もう少し我慢しててくださいね」

ちゅん。と耳元で一鳴きされ、口元が自然と(ほころ)ぶ。

「ふぁぁ、ったく、朝も段々と暑くなってきたなぁ。もうすぐ夏かぁ?」

「あーもう、元親。こっちだよ!!って、どこ触ろうとしてるんだい!?ばかっ!!斬るよ!!」

「ちょ、まっ!!違うんだって、いやほんとに、って、おいぃ!!今、なんか鼻先かすめたんですけど!?」

壁伝いに階段を降りた元親が方向を誤り、なおえが慌てて連れ戻そうとしていた。

その際の会話を耳にしていた半兵衛の手元から包丁が投擲され、なおえと元親の間を横切って、廊下の突き当たりへ刺さる。

小鳥も慌てて、窓際まで舞い戻っていた。

「ちょっと半兵衛!!包丁、どうすんのさ!?」

「安心してください。今はもう必要ありませんので」

「え、包丁だったの?ねぇ半兵衛ちゃん。つっこみきつ過ぎだから。せめて鍋とか、鈍器にして貰える?」

「次からはそうします」

「そういう問題なのかい?」


元親となおえがテーブルを挟んで椅子へ腰掛け、半兵衛が優雅な振舞いで配膳を始めた頃合いに、それは起きた。


一番早く変化を悟ったのはなおえだった。

初め、彼女は自身が所有する強制書換(ブレイカー)極須(きょくす)神質(かみたち) (ビジュアルスノウ Bisual snow)〉が発現したのかと錯覚した。

まるで〈雪〉の如く視界にちらついた、微かな光。

「これは……?」

黄金色の輝きを放つオムレツの載った丸皿を片手に、ちらつく粒子を瞳に捉えた半兵衛がぼそりと呟く。

半兵衛の表情を受けて、なおえはちらつく粒子が自分以外にも視えているのだと把握した。

「ん、どした?」

盲目の元親は、状況がのみ込めず口を半開きにしている。

玄関の近くに集まる蒼い粒子。

次第に粒子は輪を模り、輪は筒を織り成していく。

「帰還術だね」

結論付けるなおえ。

「なっ!?おい!!ほんとか!?」

元親は首を左右に振って、曇った瞳孔を当てもなく彷徨わせた。

光の筒がゆっくりと薄れていく。

蒼い粒子が儚く飛散し、光の向こうから姿を現したのは……。

所々毛先の跳ねている紺色の髪は小柄な体躯に不釣合いなほど長い。

やや大きめの忍び装束を纏っており、丸っこい黒目が幼さを強調していた。

「……長政?」

半兵衛は家出少女の帰還を見つめ、その名を呼んだ。

「……っ。白黒殿、ヴァンプ殿、スメラギ殿。マオ殿。どうしてっ!!どうして拙者だけっ!!」

哀しみに打ち拉がれている長政。

ただならぬ家族の叫び声に、元親が焦って席を立つ。

「長政!?帰ってきたのか!?どうしたんだ!?なにかあったのか!?」

「おかえりなさい。長政」

半兵衛の優しい声色に、発作に近い肩での呼吸を繰り返しながらも、なんとか言葉を返す長政。

「だだいま……でござるっ!!」

なおえは成り行きを無言で見守っていた。


━━そうか、白黒、マオ。お前たち……死んだのか。


そっと両目を瞑り、かつての仲間へ黙祷を捧げる〈花卉(かき)の魔女〉なおえかねつぐ。


半兵衛に抱きついて、嗚咽に没す長政。

元親がまるで年頃の愛娘を想う父親の様にあたふたと取り乱している。

そして、彼はテーブルの端に足をぶつけ、大きくよろめいた。

「って!!」

「ちょっと……元親、大丈夫かい?」

「あぁ。わるい」

二人のやり取りを聞いて、長政はようやく家出中に訪れた変化へ気が向いた。

「その声、もしや謙信でござるか?」

「そうだよ。久しぶりだね、長政。今の私はなおえかねつぐ、と名乗っている。またよろしく頼む」

「かねつぐ。でござるか。よろしくでござる!!」

目元を腫らす長政は、無垢な笑みで返した。

「元親?どうしたでござるか!?傷だらけでござるよ!!」

「あー、ちょっとな。派手に転んでよ」

気まずそうに、傷痕の残る頬を指で掻く元親。

「拙者はこっちでござるよ?元親……?」

彼の定まらない焦点に違和感を覚え、長政は名前を呼んで確かめた。

「ん、そっちか?わるいな、まだ慣れてなくてよ」

「もしかして……視えてない。でござるか?」

鋭く突き刺さる視線。かわせずに硬直する元親。

「そうだなぁ。視えなくなっちまった」

「なっ!!なぜで、ござるか!?」

「……まぁ、その。なんだ。こっちも色々あったんだ」

ぶっきらぼうな説明に、静まり返る家族。

あの……。と半兵衛が口を挟み掛けた。

「ごめんなさい」

半兵衛の言葉を遮って、長政は深く頭を下げた。

「いじけて家出なんてして、拙者……肝心な時にっ」

「俺の方こそ。すまなかった。長政、お前が大切だったから、俺はお前を〈移人狩〉に巻き込みたくなかったんだ」

「お互いに聞きたい事、話すべき事は山ほどあると思うけどね。ほら、とりあえず席に着くんだ。折角の朝食も冷めてしまっては半兵衛に申し訳ないよ」

「お、おう。そうだな」

と、椅子を求めて、元親の手が宙を彷徨う。

「こっちでござるよ」

長政はその腕を掴んで、彼の目の代わりとなる。

横に並んで座る元親と長政。向かい側ではなおえが待ち侘びた。とでも言いたげに表情を弛ませ、視線は食卓の上に釘付けとなっていた。

「ありがとな」

元親は再び腕を伸ばし、優しく長政の頭を撫でた。

「……っ」

唇を結んで、じっと愛撫を受け入れる長政。

「長政、おかえり」

「ただいま。でござる」

半兵衛も、窓際に小皿を置いて、小鳥がつっつき始めるの見届けると、食卓へ落ち着いた。

「それじゃあ……」

と、半兵衛が席に座る音を、家族が揃うのを見計らって、元親は声を張り上げた。

「いただきますっ!!」


今日もまた〈戦国華憐家〉の一日が始まる━━。



━━旧ナノケリア領土、祝庵の樹下〈トワイライト〉宿屋オルタンシア。


ちりん。と寂しげな鈴の音が、辺りへ沁み渡る。

その日も、ロランは普段通り『Hortensia』と滑らかなに記された看板を、扉の脇へ立て掛けていた。

看板の定位置となる台座の周りには、幾つもの紫陽花の(つぼみ)が寄り添っており、鮮やかに軒先を彩る景色もそう遠くはないだろう

〈変革〉以降、トワイライトの景観は変わり果てていた。

耳障りな程の喧騒は何処にも見当たらず、寂れた遊歩道には大樹ムージュの葉が積もったままだ。

かつて上界の移人が降り立つ地として栄え、活気に満ち溢れていた街並は失われ、暮らす人々にとって、それは遠く、過去へ忘れ去られようとしていた。

現状、隣国バンブリオに降伏した旧ナノケリア領民は肩身が狭く、慎ましい生活を強いられている。

宿屋オルタンシアも例に漏れず、受付にと雇っていたニコルは三カ月前にトワイライトを去り、今では、宿の切り盛りは彼と、妻のモニカの二人のみで成り立っていた。

それでも差し支えない程度に客足は乏しく、食堂のテーブルがぴかぴかに磨かれたまま深夜を迎える事も珍しくなかった。

季節の変わり目を告げる風を肌で感じ、街中を照らす朝日に目を細めるロラン。

街の中央に(そび)え立つ大樹の葉層が、道の奥へ影を落としていた。

ふと、彼はその暗がりから日のあたる方へ歩いてくる人影に目を奪われた。

「……っ」

ロランから微かな吐息が漏れる。

真っ直ぐに、彼の元へ。宿屋オルタンシアの元へ近付いてくる複数の姿。


「なんだぁ?トワイライトも随分としけちまったなぁおい」


やや乱暴な言葉遣いを見せる青年。世界観にそぐわないスウェットの袖をまくって、尖った八重歯を剥き出しに笑っている。

青年の両隣には、がっちりと筋肉質な体格を地味な外套(ローブ)で覆う男性と、黒髪をお団子に真っ白な割烹着を纏う華奢な少女とが並び立っていた。

注視すると、どうやらもう一人……男性に背負われている人間が垣間見える。

「おかえり、小梅(しゃおめい)。あぎとさん、モーゼルさん」

不敵、温和、純朴。とそれぞれに異なる類の笑顔をロランへ返す三人。

ロランが実に半年振りとなる〈変革〉以来の再会について訊ねかけるよりも先に、あぎとは口を開いた。

「突然帰ってきて、いきなり悪いな。今すぐにこいつの手当てがしたいんだ。部屋を貸してくれ」

モーゼルの背中にぐったりと沈んでいる青年。前にあぎとが着ていたパーカーを羽織っており、深く被ったフードから二本の細長い耳が垂れ下がり、ぶらぶらと左右に揺れていた。

「えぇ、それは構いませんが。なぜ……」うちに?と。

その疑問へ牽制気味に答えるモーゼル。

「彼を(かくま)いたいのだ」

「ここしかねーんだよ。俺達あんま味方いねーし」

ロランの元へ歩み寄り、上目で訴えかける小梅。

声を失った少女の主張を受けて、ロランは扉を開け放す。

「わかりました。とにかく……中へ」


窓を拭いていたモニカに、手当ての準備をお願いした。

「手当てって、何が必要ですか?」

妻の疑問は至極真っ当だった。対してロランは何も答えられず「えっと……」と言尻を濁らす。

「止血を優先したい。それと、鎮痛剤の類があれば用意して頂けると助かる」

「わかりました」言うより早く、受付の奥へ。ロラン達の居住スペースへ姿を消すモニカ。

「間に合うのですか?」

早急な対処が求められる筈の止血。

あぎと達がその青年と出会ったのがいつなのか?それすらも曖昧なロランは、不安を口に出した。

「拾ったのは偶然、ついさっきだけどな。こいつとはちょっとだけ面識があるんだ。詳しい事情はわからねーが、なんとなく状況は理解してるつもりだ」

「元々、オルタンシアへ立ち寄る予定じゃった。久遠は見つけとらんが、小梅がな」

奥の部屋に通されたモーゼルは、青年を優しくベッドへ寝かせながら呟いた。

その続きを語る為に、小梅は視線を自らの肩へ向けた。

「シャオメイー、モウデテキテモイイノカー?」

イイノカー?と甲高い声が繰り返し問い、無言で頷く小梅。

橙色の粒子が漂い、小梅の肩から影が浮かび上がった。

「ハジメマシテダナー」

鼻が丸く、頭部から直接、手足の伸びる奇妙な形状をした生き物だった。

土霊(ノーム)じゃ」

「精霊……ですか!?」

「っは!!やっぱ驚くよな!!」

あぎとが愉快そうに息を吐く。

「お待たせしました」と、モニカが飛び込んでくる。

「頼む」

モーゼルが青年に被せていたフードを上げる。

「……!?」

その瞬間、更なる驚愕がロランを襲った。

「その顔立ち……まさか、シュヴァリエの双子?」

「お、なんだ?姫の片翼こと最強の矛君を知ってんのか?」

気を失ったまま、衰弱した呼吸を見せている青年。

首元には深く抉られた傷があり、首から胸元にかけてが溢れ出る血で真っ赤に染まっていた。

「はい。そんな……でも見間違う訳がありません。けれど、双子はもう何年も前に行方不明になっていた筈……」

見覚えのある、頬に浅く残った古傷。

ロランがバンブリオで暮らしていた頃、彼は幼き双子と面識があった。

ナイトレイとギルフォート。

当時、まだ移人も少なく、物珍しかった漆黒の黒髪が印象的な双子だった。

しかし、幼い双子はある日、突然、姿を消した。


〈神隠し〉だとまことしやかに(はや)され、その後、双子の行方も〈神隠し〉の真相も謎に包まれたまま、シュヴァリエの両親は他界したと聞いている。


「生きていたのか……でも、いったい。何処で?」



━━漂流都市アクレリス。


其れは、雲泥を見下ろし、蒼穹に寄り添って、未開領域を漂流する島の名。

とてつもなく巨大な岩山を削り取ったかの様な形をした島の上に築き上げられし浮遊城〈エリダヌス〉。

障害の座を中和する結界が泡の如く、アクレリス全体を包んでおり、また浮遊を維持する言葉の鳥達が、常に周囲を飛び交っていた。


〈エリダヌス〉の中央に(そび)える巨大な時計塔の頂に、孤独な少年の姿があった。

蒼銀色の髪はまるで絹糸の様にさらさらと煌めいている。サファイアを思わせる瞳は大きく愛らしいが、どこか憂いを秘めていた。

まっさらな白銀のローブだけを身に纏っており、穢れを知らない素肌は生まれたての赤子よりも(つや)やかだ。

三賢人の一人━━スピリティブ・フォン・ド・ジキルは幻想じみて綺麗な声色で漏らした。


「理想郷の先駆者 (ニューエイジャー)に導かれ、小人の反逆が始まるよ……お母様」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ