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New Age  変革編  作者: えんじゅ
第二部 「水瓶座の時代 Age of aquarius」
76/79

白と黒の約束「沈むは海へ、残すは灰を」⑦

━━メンデルハープの樹皮城内。


その違和感を覚った瞬間。〈朱猫の魔術師〉マオはぴたりと足を止めた。


「えっと、長政。だったよね?ちょっとすとっぷ!!」

毛先の跳ねた紺色の長髪を揺らして走る少女の背中に向かって呼び掛ける。

「むっ!?どうしたでござるか!?はやく白黒殿達を助けにいかねば……」

振り返った長政の瞳孔が(しぼ)み、声が止まる。

朱猫の魔術師の通り名を持つ少年……マオは猫耳をぴょこぴょこと動かしながら、ぼんやりと立ち尽くしていた。

彼の節々が灰となり、儚く散り始めている。

通路内を吹き抜ける隙間風がマオの肉体を少しずつ削いでいた。

「なっ!?マオ殿!!それは、どうしたでござるかっ!?」

灰化に蝕まれるマオへ駆け寄る長政。

「もう、いいんだ。もう……終わったんだよ」

猫耳の片方が灰となり飛散する。

「ねぇ長政。ヴァンプから少しだけ聞いたよ。君には、まだ帰るべき場所があるんだろ?」

「マオ殿!!そんなことよりも、早く……それを!!なんとかするでござる!!」

「君の帰りを待つ家族がまだ居るんだよね?なら、君は帰るべきだ。白黒もヴァンプも。きっとそれを望んでる」

「何を言ってるでござるか!!マオ殿、いいから早く、強制書換(ブレイカー)とやらで止めるでござる!!早くっ!!」

両足が灰燼と化し、立ち膝へ縮まる。

左腕が風に運ばれ、黒衣の裾が垂れ下がる。

右の頬が溶け、歯茎が剥き出しになる。

かろうじて残る右腕を長政へ伸ばすマオ。

その手先から葬具である十字鎌が、蒼い焔を灯して現れる。

「なんのつもりでござるかっ!?」

十字鎌の先端を突き付けられた長政は困惑の表情を見せていた。

「いいから。じっとしてて」

蒼い粒子が二人の周りを漂い、十字鎌に灯る蒼焔が一際、勢いを増す。

葬具〈改竄(かいざん)〉を行使し、長政のデータへ干渉を試みるマオ。

「よかった。帰還術の権限は残ってるね」

「マオ殿!!説明するでござる!!いったい……」

干渉の成功を意味する蒼き光輪が、長政の足元より浮かび上がる。

幾つもの輪が重なっていき、彼女の姿を覆い隠していく。

「長政、助けてくれてありがとう。おかげで、僕は……報われたよ」

朱色の髪がさらさらと塵になる。

鮮やかな橙色の眼球が形を失っていく。

十字鎌も消え、残された右腕が崩れ落ちる。

帰還術に拘束され、包まれた光により朱猫の姿を見失った長政は力の限り叫んでいた。

「マオ殿!!拙者はこんなの、認めないでござる!!こんなの……、こんな別れ方なんて、嫌っ!!」

設定遊戯(ロールプレイ)をも忘れ、マオとの……ヴァンプとの……白黒との別離を拒む少女。

「家出なんてして、あんまり家族を困らせちゃ駄目だよ。長政……失ってからじゃ遅いんだからね」

しかし、マオが言い終えるよりも先に、彼女は。浅井長政の姿は、彼の視界から消失していた。

帰還術を見届けたマオは通路の脇に設けられた小窓へ視線を移す。

窓の外では大樹が纏う薄霧を朝日が明るく照らしていた。

腰から下が飛散し、仰向けに倒れ込む。

夜明けを告げる純白の光が窓から差し、マオの顔へ降り注ぐ。

「ごめんね。猫はさ、人知れず死にたいんだ」

誰にも見取られる事は無いと、安心して目蓋を閉じる朱猫(マオ)

とても安らかな表情をしていた。

「ねぇ、メイジ。僕はさ……君の仲間に、なれたのかな」


猫は灰を残し、希望は友へ託されていく。



━━城壁都市ゴゴ・チャッカ辺境。


「これって……」

〈葬儀人〉リリアに突如として訪れる変化。

彼女の透き通った白肌が輝きを失い、灰褐色へ沈んでいく。

指先がさらさらと粉末状に崩れ出し、平原を薙ぐ風に(さら)われていく。

「リリア!?」

変化に気付いたココナがすぐ傍まで駆け寄る。が、触れる事すら(はばか)られ、口元をあわあわと震わせている。

「灰化が始まったか……あまり時間がない」

ギルド〈ゾディアーク教団〉所属、滅竜士(ドラゴンスレイヤー)バルドは、リリアを襲う灰化を見止め、口早に喋り出す。

「メイジ。単刀直入に言う。俺達の……〈ゾディアーク教団〉の元へ来い」

「なっ!!」

メイジの代わりに声を上げたのは、碧眼を見開くメルティだった。

「ど、どうしてですか?」

「今、疑問に答える時間はない。その葬儀人の灰化を止めたければ、お前はただ頷いて、俺の元まで歩け」

「メイジさん!!」

「メイジっ!!」

メルティとココナの声が交じる。

「僕がそちらに行けば、リリアは救われるのですか?」

「そうだ。ただし、お前はもう二度と仲間に会えなくなる」

残酷な響きを伴う交渉。

「メイジ。私はいいから」

リリアが呼び止める。

彼女の純銀髪の毛先も灰塵に侵食され始めていた。


とても大切な人に出会えた。

もう二度と失わないと誓った。

いつまでも彼女の隣に居られたなら、それはどんなに幸せなことだろうか。

遠くなかった筈の幸福な日々を思い描く。

浮かび上がる日常風景には、メルティだけじゃなく、言理やエル。ココナとなおえ。マオ……そして、白黒。

手離すにしては、あまりにも大きくなりすぎた仲間達の姿が映り込んでいた。

━━メイジさんは独りじゃない筈です。

アメリーの幻が微笑んでいた。

そうだ。僕は独りなんかじゃなかった。意地を張って、わざと独りになろうとしていただけで、こんなにも……たくさんの仲間が居たんだ。

━━ははっ、モテモテだな。羨ましいねー。

ぽん、と肩を叩いて不敵に笑うフォルテ。

━━キャメロット様を泣かせたら承知しないぞっ!!

ケヴェルが唾をとばして、睨みを利かせている。


〈変革〉後、行方をくらます直前、あの二人がそれぞれ向けてくれた言葉が蘇る。

━━メイジ。忘れるなよ……俺達は仲間だ。

黒ずくめの少女、古祈愛言理はぶっきらぼうに言って、一瞬だけ。歳相応の可愛らしい笑みを垣間見せていた。

━━大丈夫よ、必ずまたアメリー達に会えるわ。賭けてもいい。

眼鏡の奥から優しい眼差しを覗かせて、透き通った声で励ますエルミル・ビア・パナシェ。


「リリア!!いやだよっ!!やっと……会えたのに!!どうすれば!!」

涙ぐむココナが、震える声をしぼり出していた。

僕とメルティだけが救われて、一緒に居られたとして……でも、それって、本当に幸せなの?

ううん。きっと違うよね。

こんな僕でも誰かを救えるなら、失わずに済むなら。迷っちゃ駄目なんだ。

そして、そっとメルティと繋いでいた手を離すメイジ。

「メイジさんっ!!いかないでくださいっ!!私を……おいて、いかないで」

悲痛な叫び声が枷となって、歩みを鈍くさせる。

「メルティ……ごめんね、謝るだけの僕を許して」

メイジに向かって差し伸ばされるメルティのか細い腕。

しかし、メイジは背を向けたままバルドの元へ踏み出していく。

メルティにはその背中が瞳に映る以上に遠く、涙に滲んでぼやけて見えた。


「俺は、自己犠牲による救済が正しいとは決して思わない。だが、メイジ。よく決断してくれた。お前の優しさに敬意を表して、俺は、俺にできるせめてもの救済をさせて貰おう。だから、今は安心して眠るといい」

早口に告げ、バルドは背負っていた鈍器を構えた。

「っ!!」

無防備な腹部を打ち砕く鈍器。

メイジの意識が瞬く間に暗闇へ沈む。

一突きに倒れ込むメイジを軽々と担ぎ上げ、バルドは鈍器を片手に、空へ掲げてみせた。


━━蒼き竜が天の頂へ昇る。


蒼い粒子が爆散し、周囲を色濃く包んでいく


〈いかれ道化師 (スプーフィング Spoofing)〉


それが理想郷の先駆者としてバルドに許されし権限の名だった。

切り取り(カット)&貼り付け(ペースト)。

バルドはたった一つだけ、あらゆる事象を切り取って自身の内に保存できた。

滅竜士(ドラゴンスレイヤー)〉と称される発端になった竜殺し。その際、バルドは〈竜〉なる概念を切り取って、現在まで己のスキルとして活用してきたのだ。

それが世界に吐き出され(貼り出され)、竜は天へ還った。

そして……。

「葬儀人、お前の〈灰化〉は俺が貰い受けた」

本来であれば、水瓶座の時代が失ったデータを復元できないのと同様、灰化の浸食が始まった時点で、たとえ強制書換であろうと、その現象は覆せない。

筈なのだが、バルドの〈いかれ道化師〉は疑似的な復元をも可能にしてみせていた。

〈血操術〉の代償としてではなく、〈いかれ道化師〉によるスキル〈灰化〉へと変換し、不可逆の理を破って灰化を回復させるバルド。

灰と散った筈のリリアの肉体に蒼い粒子が纏わりつき、ゆっくりと元の形が描かれていく。

その結果を待って、メルティは右の中指に嵌まる指輪を(かざ)した。

極光を放ち、顕現する冠光剣(かんこうけん)〈ランスロット〉。

伸縮する光の剣が地平線を薙ぎ払う。

「おいおい、そいつは無粋ってやつだろ。なぁ?がはははっ」

じじっと不可解な雑音が鳴り、〈ランスロット〉の光が途切れる。

左腕を曲げ、手の甲から伸びる刃を縦に〈ランスロット〉の一閃を受け止める人物。

葬儀人アークは豪快な笑い声を上げ、葬具である拳甲刃を大地へ突き立てた。

「アーク!!」

「おぉリリアか!!お前さん。マオとの約束も守れなかったみたいだなぁ。いやはや、守るどころか、かえって足手まといになって守られるとは、がははっ、惨め過ぎて腹がよじれそうだわっ」


「バルドさん!!どうして葬儀人と一緒に居るんですか!?」

カンカン帽子の下から垂れる三つ編みを大きく揺らして叫ぶココナ。

押し黙っているバルドに代わって、大声に喉を震わせたのはアークだった。

「予定通りメイジも確保できたんだ。さっさと退散しようじゃないかっ!!」

アークの刃を中心に大地がひび割れ、裂け目から蒼い粒子が噴き出す。

一面を染める蒼に視界を奪われ、抗う術なく立ち尽くす三人。

晴空に澄む青とは異なる、儚げな微光を灯す蒼。

刹那、メルティの鼻先をほのかな匂いがかすめていった。

それはメイジが意図せず残す、ささやかな残滓。

ヲーニカ墓地で出会い、彼の隣に立った時にふと嗅いだ花の蜜を思わせるような、ちょっとだけ甘ったるい匂い。

以降、幾度となく触れ、間近に接している内に、いつしか彼女にとって、それが安らぎの種となっていた。

感じたのも束の間、メイジの気配は遠のき、非情なる別離が浮き彫りになっていく。

蒼い粒子の静まった視界にバルド達の姿は見当たらず、朝日に照らされた地平線だけが果てまで広がっていた。

泣き崩れるメルティへ掛けるべき言葉が見つからず、痛切な想いに駆られるココナとリリア。

彼女の鮮やかな金色の髪はやや乱れ、純白の頬は赤みを帯びて濡れていた。

「……メイジさん」


取り残された少女の嘆きが、大地へ虚しく()み渡る。




━━メンデルハープの樹皮城、屋外庭園。


(まぶた)が、重い。

指先までぴくりとも動かせなかった。

傷口から止め処なく溢れる血、湿る肌が次第に冷えていく。

ひゅう。と弱々しい息遣いだけが、静寂の中を吹き抜けていた。

差し込む朝日が、庭園を真っ白に染めている。

血を吸って赤褐色に濁った灰の傍に転がる幻想剣〈系譜〉と〈円卓〉。

やや離れた日陰に潜む幻想剣〈肖像〉。

薄く透き通った刃に瞳が吸い込まれる。


届きさえすれば……。


幻想剣には三対一願で復元の権利が与えられているんだろう?


……なら、俺が失ってきた全てを、返してくれ!!


「たはは、もう終わってるやん」


今にも息絶えようとしている小人を残して、ウェルズニールの因縁が終わりを迎えた庭園。

そこに遅れて姿を現したのは〈ゾディアーク教団〉所属、死霊師(ネクロマンサー)紫苑だった。

「いきなし城内の吸血鬼もどき達が灰なって、なんやろ思うたら、そういう事やったんやね」

青白い顔色にくっきりと浮かぶ隈、病的なまでに小さく細い四肢。

「おー幻想剣も揃うとるやん。びっくりやなー」

紫苑は先に〈肖像〉を拾い、残りの二本へ爪先を向けた。

「あれ?君、灰色の王子様やろ。どしたん?死にかけやん……」

かつては灰色の王子様と侮蔑されれば、威圧的な態度で返せたのに。

今はもう、ひゅうと喉が音を立てて息を吐くだけだった。

足元に伏す白黒へ、わざとらしく狼狽を起こす紫苑。

「あかん。もう手遅れやー、どないしよ!!」

あ、そうや。と彼は暫らくあたふたして見せていたが、やがて飽きたのか、唐突に左右の拳と掌とをぽんっと合わせて呟いた。

「なぁ灰色の王子様。僕な、死霊師(ネクロマンサー)やろ。君の事、生き返せるで」

ただしな……。と紫苑は深く息を吸う。

「絶対服従。これ、誓える言うたら、君の死を覆したるわ」

どないする?と目頭のやにを、人差し指の尖った爪で払いながら、白黒へ告げる紫苑。


そうか、俺は、死ぬのか。


白黒ははっきりと告げられるまで、自分が死ぬ。とはあまり実感できていなかった。

声を上げられず、片側の瞳孔を僅かに動かして応えようとする。

紫苑の飼い犬に成り果ててまで、生き返る意味があるのだろうか……。

一息に判断は付かなかった。


━━ずぶり。


紫苑が片手に抱えていた〈肖像〉を、白黒の背中へ突き立てる。

「はよ。もう時間ないでー?」

催促する様に、ぐりぐりと〈肖像〉で肉を(もてあそ)ぶ紫苑。

悲鳴さえも絞り出せず、意識がぼんやりと霞んでいく。

「なんか飽きてもうた。さっさと水瓶座の時代を復元しよ」

〈肖像〉から手を離し、残る二本〈系譜〉と〈円卓〉をのんびりと拾い上げる紫苑。

そして、〈肖像〉と同じく、二本を順々に白黒へ突き立てていく。

三本の幻想剣が白黒の肉体を地盤にして交差する。

肉眼でも視認できる濃度で、言葉の鳥達が庭園に群がり出す。

その中の一羽を掴み取って、紫苑は唱える。

「我、水瓶座の時代ことアメル・ティ・フロウウェンの復元を要求する」

淡く蒼く光る柱が、庭園を縦に貫いた。

眼前に顕現された光柱によって、白黒の視界が蒼く塗り潰されていく。

箱庭の深層より引き揚げ(サルベージ)られる少女。

次第に輪郭線がはっきりと表出し、幻影が実体を象っていく。


「私は水瓶座の時代 (エイジ・オブ・アクエリアス)。〈加賀(かが)道孝(みちたか)〉が残した愛像に〈水瓶の魔女〉ことアクア・ヒュン・リィムエリアの遺志が宿った存在です……。さぁ、何を望みますか?」


箱庭の創造主たる女神は、紫苑に対して屈託のない笑みを向けていた。

一方の紫苑は不健康そうな顔色のまま、のんびりと口を動かしている。


なにやら言葉を交わしているアクアと紫苑。

そのすぐ傍には礎となった白黒が倒れている。

見開かれたまま硬直している眼球、血の気の引いた肌は白く、鮮やかな血だまりに全身が浸っていた。


━━既に白黒の鼓動は、止まっていた。


「いいでしょう。その可能性を認めます」

「おおきになー」

「……ただし、一つだけ。交換条件があります」

「んー……なんや、水瓶座の時代は対価を求めるんか」

「いえ、これは至極個人的な希求です」

「言うてみー」

「幻想剣の礎となっている彼を、私にお譲りください」

「ふーむ。そうやなー……■■■■や。それで手を打ったる」

「感謝致します」

「でも、なんでなん?それ、もう死んでるで……水瓶座の時代は失ったものを復元できへんのやろ?」

「彼等は……、荘一郎を止めてくれました。ですから、せめて……まだ間に合う彼だけでも。私は救いたいのです」

「恩返しとか、なんや人間っぽくて気色悪いなぁ。けど、まぁ約束は約束やしな。ええで、交渉成立にしとこか」

「かさねがさね感謝致します」

「ほな、とっとと始めよか」


〈ゾディアーク教団〉紫苑と〈水瓶座の時代〉アクア・ヒュン・リィムエリア。

二人の密約はいずれ〈変革〉を凌ぐ変化となり、箱庭にとっての〈分水嶺(ぶんすいれい)〉となる。


━━その日以降、箱庭と上界の関係は……反転する事となった。


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