白と黒の約束「沈むは海へ、残すは灰を」⑤
〈三一〉。
ブラムが〈黎明の騎士団〉に入団して以来、幾多の争いを共に潜り抜けてきた。
彼の愛用する細剣型宝星具〈シャムロック〉に与えられし、固有スキルの名称だ。
極端に尖った鐔と刀身とが合わさって、十字架に見えなくもない〈シャムロック〉だが、その銘からか、ブラムは十字架ではなく三つ葉を模っているのだと認識していた。
シャムロックとは広く三つ葉 (クローバー)の総称である。
箱庭〈New Age〉にも三つ葉の草は生える。が、残念ながら、緑祭の都とも賛美されるウェルズニールにて、三つ葉は見かけられない。
ブラムはその血塗れた人生において、たった一度だけ、シャムロックを手に取る機会があった。
バンブリオより流れ着いた夫婦。ロランとモニカに城下で出会った時の話だ。
彼等は〈上界の移人〉との交流を深める為、ナノケリア領土内のとある街━━祝庵の樹下〈トワイライト〉へ向かっている道中だった。
荷馬車を二台も引き連れ、大掛かりな旅路に赴く夫婦。
驚く事に荷馬車の片方は、工芸品や保存食、草花などのバンブリオの名産物だけが一杯に詰め込まれていた。
その物珍しさに起因して、短い間ではあったが夫婦はウェルズニールの話題を攫っていた。
旅とは直接的に関与しないであろう無駄な荷物、そして、ウェルズニールを通過するという不必要な迂回。
ブラムは皮肉などではなく、単純に好奇心から夫であるロランに問い掛けた記憶がある。
「なぜ、わざわざこの国を通るんだ?それに、その荷物……旅には必要ないだろう」
唐突に投げ掛けられたブラムの疑問に対して、ロランはやんわりと微笑んだ。
「ははっ、そうですね。貴方の言う事は正しいと思います。確かに僕達の行動は無駄が多い。でも、僕は無駄だと思われるような時間こそを大切にしたいんですよ」
ロランは、すぐ傍で他の騎士達と会話を弾ませている妻のモニカを眺めながら、綴る。
「絆……は言い過ぎかもしれませんが、こうして芽生える繋がりは無駄ではないと、そうは思いませんか?」
ロランおじさーん。と二人の間に割って飛び込むは、数人の子供達だった。
「あっ、ブラム様。こんにちわっ!!」
ブラムの存在に気付いた子供達がばらばらに挨拶を向けてくる。
「あぁ、こんにちわ」
「ねねっロランおじさん。まだ剣と盾残ってる?」
いきなり子供の口から飛び出す物騒な単語に、眉をしかめるブラム。
「あるよ。モニカ、この子達も木武が欲しいって」
「はーい。皆、こっちにおいで」
「怪我しないようにね」
ロランの言葉よりも先に、モニカの方へ駆け寄っていく子供達。
「木武はバンブリオで造られた玩具なんです。剣や盾などを真似た形状をしていますが、木武自身に衝撃を相殺する魔術が仕掛けられています。闘技場に憧れる子供達に向けて、職人と魔術師が共同で開発したものです」
「ブラム様!!見ててくださいっ、僕もいつか黎明の騎士団に入団して、この国を守ります!!」
「魔物をいっぱい倒せるように、頑張って強くなるんだ」
モニカから手渡れた木武を空へ掲げ、次々と夢を口に語る子供達。
「楽しみにしているよ」
ブラムがその夢に応えると、子供達は満足したのか、嬉々とした様子でその場を去っていった。
「ウェルズニールはのどかですね」
「バンブリオは違うのか?」
「いえ、バンブリオも今は平和です。ただ、闘技場の所為か、血気盛んな人達が多いですから」
「メルギルウス王は野心家と聞くが」
「そうですね。未開領域を探索する為に勇士を募っているのも事実です。先月も、東方面の探索へ乗り出して、花の園へ辿り着きました」
「花の園?」
「はい、今は彩花の園ラフレンティアと名付けられています。僕達の手の届かない地に、あんな光景があったなんて。本当に未開領域は謎に包まれていますね」
そうだ。と不意にロランは荷馬車へ乗り出すと、奥から何かを手にとって戻ってきた。
「これ、よろしければどうぞ」
ロランに手渡されたのは、三つに分かれた葉が特徴的な草が植えられた小鉢だった。
「上界の友が言っていたんですが、シャムロックって言うらしいです。三つ葉には〈三位一体〉の意が込められているとか。このままバンブリオ、ウェルズニール、ナノケリアの三国が隔たりなく、いえ、もっともっと友好を築ければと祈っています。ブラムさん、貴方にもこれを大切にして貰えれば、僕は嬉しいです」
そして、必ず。いつかまた会いましょう。
たった一度だけ、不意にロランからブラム宛てで便りが届いたのは、それから半年後くらいだった。
手紙にはただ一言、こう書かれていた。
━━シャムロックの花は咲きましたか?
「くっ」
お互いの刃が弾け、甲高い金属音が鼓膜を突く。
相対しているスメラギの刺突剣型宝星具〈閃光〉の特性については、ブラムもよく理解している。
固有スキル〈光裂〉。
〈閃光〉は斬る、突くなどの動作に入ると、刀身が分裂する。
見た目通りではなく、判定だけが複数へ派生するのだ。
発動の有無は、微かな光の軌跡により判断できるが、お互いの剣戟が交錯する刹那の連続において、その光は頼りにするには、あまりにも淡すぎた。
黒衣が右肩から裂かれ、出血が手元まで滴り落ちる。
左胸を〈閃光〉の先端がかすめ、脇の複数箇所が同時に貫かれる。
退いて距離を取るブラム。
「ブラム、どうしてシャムロックの特性を発動させない?」
スメラギは剣先を下げて、ブラムへ訊ねる。
「必要がないからだ」
「……わかりやすい嘘を」
ブラムが〈閃光〉の特性を把握しているのと同様、スメラギもまた細剣型宝星具〈シャムロック〉の固有スキル〈三一〉については既知の所だ。
ただ、秘められし背景までは知らなかった。
「一太刀に三箇所を斬りつけるシャムロックの〈三一〉なら、私の〈閃光〉をも凌げる筈だ」
「そうかもしれないな」
「ブラム。君は……何を企んでいる?」
「何も企んではいない。言えるなら……そうだな。シャムロックの花は、とうの昔に枯れてしまったんだ」
「枯れた?」
「あぁ、もう咲く事はない」
宝星具が固有スキルを失う。という例は宝星具自体の破損を除いて、まだ一度も確認されていない。
ブラムは〈三一〉を失ったのではなく、扱えなくなったのだ。
葬儀人には、黒衣と葬具が設定される。
同時に、彼等は対価を支払わされていた。
〈水瓶の魔女〉に忌み嫌われる葬儀人は、宝星具のスキル行使権限が奪われる。
世界を守る為と葬具を奮う葬儀人が、箱庭の創造主たる女神に嫌われているというのは、つまり、お互いの意志が一致していないという事だ。
それは〈水瓶の魔女〉と〈岬朝日〉がもう二度と手を取り合わないであろう事を物語っていた。
「理由は訊ねないが、だからと言って手加減するつもりもないよ」
「それでいい。私にはまだ葬儀人としての力があるからな」
「ブラム。あの日、記調律へ誓った言葉は嘘だったのか?」
「自分が記調律に何を誓ったのかなど、もう忘れてしまったさ」
忘れるしかなかったのだ。
覚えていても、辛いだけなら。
忘れる事でしか、自分を保てなかった。
「スメラギ!!その誓いとやらを、私に思い出させてみせろ!!」
「ブラムっ!!」
再び交わる刃。
〈閃光〉の尖端がぶれて〈シャムロック〉をかわすと、ブラムの手首を貫いた。
骨が砕け、握る柄が抜け落ちる。
ブラムは咄嗟に、反対の腕を曲げた。
虚空から葬具である細剣を引き摺り出そうとする。
「させないっ!!」
その気配を察したスメラギが叫ぶ。
彼は続け様に〈閃光〉を掬い上げる。
「……なっ」
ブラムの左腕と、スメラギの〈閃光〉とが同時に振りきられた。
幾重にも分裂した刀身が、ブラムの左腕を斬り落とし、更に斜めいた線を彼の肉体へ刻みこむ。
溢れ出す鮮血を瞳に映しながら、ブラムは自問自答していた。
なぜ、葬具が発動しない!?
まさか……。
呆気なく崩れ落ちる旧友の姿。
「なぜだっ!!ブラム、なぜ剣を抜かなかったっ!?」
スメラギは慟哭に喉を震わせていた。
「ちがっ……」
途切れる言葉。
うつ伏せるブラム。じわりと生暖かい感触が彼を包みこんでいく。
━━不思議と涙は溢れなかった。
あの日。レギオンが終わりを告げた日。
「もうやめろ!!」
グレイが叫んでいた。
「進め!!一人残らず、打ち果たせ!!」
彼の叫びを打ち消す勢いで、ブラムは怒号を上げる。
枯渇した心を満たす為に、剣を振り、〈クシャティケルの灯〉を殲滅していった。
返り血が目蓋に飛び、目尻から顎まで伝い落ちていく
その様はまるで、泣いているようだった。
彼は反乱軍を斬り伏せながら、何度も何度も……一つの場面を頭の中に反芻させていた。
「がははっ!!すまない。遅くなったな!!」
スメラギ、フィズと共に、〈クシャティケルの灯〉のソウイチロウと対峙していた最中。
ソウイチロウは仲間である筈のマオやリリアにも狂刃を向け、吸血剣に血を吸わせていた。
唐突に……じじっと耳障りな雑音と、がははっという笑い声とを響かせながら、葬儀人アークは現れた。
「なっ、ティアメル様!?」
アークの傍らに立つ姫の姿を見咎めたスメラギが大きく目を見開いてる。
「アーク。どういうつもりだ!?」
「いやなに、水瓶座の時代が目覚めたからな。わざわざ連れてきてやった訳だ。感謝しろよ?がははっ」
途端に声を高くして、ティアメルへ呼び掛け始めるソウイチロウ。
「アクア!!会いたかったよ!!僕だ、大間荘一郎だよ!!」
「荘一郎。もうやめてください」
「やめるって、何をかな?いいよ。君の為なら何だってしてみせるよ。いや、やめてみせるよ」
吸血剣を放り捨て、ソウイチロウは両腕を大きく広げてみせた。
「貴方の〈残滓〉の権限と、その吸血剣の〈血操〉の能力は、この箱庭にとって見過ごせない害となっています。大人しく上界に戻ってください。その為に私は目覚めたのですから」
「違うよ。アクア、僕は君を迎えに来たんだ。上界に帰るなら、一緒に帰ろう」
「それは……できません」
「どうして?」
「私には道孝達と箱庭を創造した責任があります。それに、もう肉体は失われ〈水瓶座の時代〉としての遺志だけが残る身です。もう上界、いえ、現実には戻れませんよ」
「なら、僕も戻らない。ずっと君と一緒にいると決めたんだ。君と一緒じゃないなら、戻る意味がない」
「でしたら、もうこれ以上、無意味な犠牲を増やさないでください」
「うん、約束する。吸血剣も捨てる。だから、一緒に暮らそう?素敵な場所を見つけてあるんだ。ラフレンティアって言ってね、とても花が綺麗なんだよ」
しかし〈水瓶の魔女〉アクア・ヒュン・リィムエリアは首を横に振る。
「それもできません。先程も述べましたが、私はもはや遺志だけの可能性。〈水瓶座の時代〉として、この世界に可能性を示唆するだけの概念なのです」
「そんなのどうでもいいじゃないか。どうせ、この世界はもう朽ちていくだけなんだから。それまで一緒に生きよう。そして、一緒に死のうよ」
ソウイチロウの狂言には付き合い切れないといった様子で、フィズは浮遊剣を躍らせる。
「荘一郎。もういいだろう?〈水瓶座の時代〉は我々、葬儀人のものだ。だから、お前はもう、諦めろ」
「フィズ、冗談も大概にしてほしいな。今、諦めろって言ったの?僕に?アクアを諦めろって?ふふっ……くくく、あっはははは!!」
「がははははっ!!こいつはいい具合にイカれた奴だな」
「黙れ。ねぇ〈黎明の騎士団〉、それに〈葬儀人〉。君達さ、目障りだから、どっか行ってくれないかな?僕とアクアを二人っきりにしてよ」
「それはできない。ティアメル様はこの国の姫だ」
ブラムが拒む。
「ティアメルとか知らねーよ。ただのデータの癖に、小人がぎゃあぎゃあ喚くな。王様だって死んだみたいじゃないか。ふふっざまぁないね」
「コース王が!?」
ソウイチロウの狂言に、スメラギがたじろぐ。
「お?なぜ分かったんだ?がははっ、すまない。コース王は殺しまった。いやぁ、名誉ある戦死にはしておくからよ。許せよ?がはははっ」
「アーク……貴様、何を!?」
ブラムの声はかすれていた。
「そう怒るな。不可抗力だったんだわ。水瓶座の時代に接近していたからな、発動を防ぐ為には殺すしかなかったわけだ」
哀しげに視線を伏せるアクア。
スメラギは激昂し、アークの胸倉を掴み上げる。
「国王を殺した……だと!?」
「あぁ、殺したな。呆気なかったぞ」
「貴様!!」
「よせっ!!スメラギ!!」
「なっ、ブラム!?」
〈閃光〉を抜きかけたスメラギを、ブラムが呼び止める。
今、葬儀人と揉めても害しか生まれない。
彼は必死に考えを巡らせていた。
〈水瓶座の時代〉なら、死をも覆せるかもしれない。
まだ僅かな希望は残っている。そう言い聞かせて。
アークがおぉ、忘れていた。と付け加えて喋る。
「そういえば、ウェルズニールで〈クシャティケルの灯〉の伏兵が暴れておったぞ」
「スメラギ、今すぐ騎士団を連れて、ウェルズニールへ戻ってくれ」
「なっ、ブラム、しかし……」
「ここは私が……葬儀人が受け持つ」
「ブラム?葬儀人とは?君は何を言っている?」
「がはははっ、おめでたい奴じゃな。こやつはこっち側なんだよ」
今は弁解すべき時じゃない。
なんとしてでも、水瓶座の時代をこの手で発動させなければ。
「そういう事だ。隠していて悪かったな」
「なぜだ……まさか国王の事も、君は知っていたのか」
何も言い返せなかった。
「ブラムっ!!」
「ウェルズニールに急いだ方がいいと思うぞ。がはっ!!騎士団はほとんど残っていないんだろう?」
「くっ!!」
遠巻きに見守っていた騎士達にも、一字一句は聞こえていなかったが、事態の深刻さだけは伝わっていた。
アークの言葉を信じ、砦を去る仲間達。
僅かに取り残されたブラムの配下達も戸惑いを隠せていない。
「いや、君達もさ、早くどっかいってって、さっきから言ってるよね?」
苛立ち始めるソウイチロウ。
「ぐがっ!!」
その首をフィズの浮遊剣が刎ねた。
蒼い粒子が散る。
「ソウイチロウにのみ与えられた権限〈残滓〉は、精神体をどこにでも残せる。だが、私の装具〈施錠〉で錠を掛けた。岬朝日、これで大間壮一郎の暴走は糺したぞ」
葬具にも宝星具同様、ある特性が与えられていた。
ブラムには〈奪還〉。マオには〈改竄〉。そしてフィズには〈施錠〉。
ありとあらゆる権限に錠を施す。
〈施錠〉された権限は、フィズが解錠しない限り二度と扱えない。
吸血剣を拾い上げるブラム。
「フィズ、葬儀人は歪みを糺す存在なんだよな?」
「そうだ」
「国王の死が葬儀人によって齎された事実は覆すべきだと思うが、どうなんだ?」
「そうだな。葬儀人の存在が世界に露呈するのだけは避けたい」
「水瓶座の時代で先に国王の死を覆す。いいな?」
「がははっ、ブラム。あのな……」
「世界改変を可能とする〈水瓶座の時代〉でも、失われた命は……消えたデータは復元できません」
アークの笑いを阻んで、アクアは告げた。
「国王の死を覆すのではなく、国民の記憶を改変して欺く。それで我々、葬儀人はよしとする」
フィズが淡々と結論づける。
━━葬儀人と手を切りたいなら、この剣を大切にするんだ。
その時、拾い上げた吸血剣がブラムの頭の中へ語り掛けた。
〈残滓〉に錠を施しておいて、これの〈血操術〉には〈施錠〉しないなんて、フィズもぬけてるなぁ。
そして、悪魔の囁きはブラムを更なる奈落へ引き摺りこんでいった。
そうか……。樹皮城の屋外庭園で対峙した時、フィズは葬具に〈施錠〉を掛けていたのか。
必要はないと言っておきながら、抜け目なく手を打っておく辺り、さすがといった所か。
まぁ、こちらも嘘塗れな妄言を返していたからお互い様なのだろう。
いつからだったのだろうか。
友と理想を語らう事を忘れ、嘘ばかりを吐く様になっていた。
自らをも騙して、その道が正しいのだと思い込んでいた。
忘れたふりをしていただけだったんだ。
今も国を想う気持ちだけは変わらない。
けど、どうやら……それは随分と歪んでしまっていたみたいだ。
「〈肖像〉は、グレイが、持っている」
息も絶え絶えに、ブラムは可能な限りを言い残そうとする。
「……ブラム」
「城の、庭園だ。スメラギ。あとは、たの」
もう唇も動かなかった。
ゆっくりと鼓動が薄れていく。
霞んでいく意識の向こう側に、ブラムはあの日の記調律を思い出していた。
「ようやく認められたのかなと思うと嬉しいね」
「認められた。ですか?」
「だってさ、あれには私達の……この国の民の祈りが込められている。私達が幻想剣と誓った忠誠があの中にも紛れているんだと思うと、素敵じゃないかな?」
腰元に携えている幻想剣の鞘に手を添えて、スメラギは微笑んでいた。
「ふっ、柄にもなくロマンチックな事を言うな。スメラギ」
「俺は悪くないと思いますよ。……そういうの」
「むっ、なんだか二人とも、私を馬鹿にしているような気がするぞ」
「ははっそんなことないですよ」
グレイは言葉の鳥が宿す光に目を細めながら、呟いていた。
「ブラム隊長、スメラギさん。俺、もっと頑張ります」
「頼もしいな、グレイ。それに、スメラギ、この先、私達三人で国を守り続けよう」
「そうだね」
「はい」
あぁ、思い出した。
私は……。
この二人となら。
スメラギとグレイが一緒なら、〈黎明の騎士団〉はいつまでも国を守れると信じていたんだ。
この二人と共に国を守っていきたいと。
そう願っていたんだな……。




